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  エデン 作者:川津 流一
19.鉱山へ
 あの夜の騒ぎから数日後、俺は始まりの街ダラスの南門の前にいた。
 これから向かう先がダラスよりはるか南に位置するダンジョンだからだ。

 あの夜話し合った結果、クーパー鉱山というダンジョンを目的地にする事にした。
 クーパー鉱山は高ランクに分類されるダンジョンであり、その名の通り内部には無数の採掘ポイントがある。そしてその採掘ポイントの殆どがAランクなのだ。
 生産材料を得るポイントにもランクというものがあり、当然ランクが高い程高ランクのアイテムを獲得できる。
 オリハルコン鉱石はBランクの採掘ポイントから獲得可能なのでもっとランクの低いダンジョンでも良かったのだが、Bランクの採掘ポイントではオリハルコン鉱石の獲得確率は低く、アダマンタイト鉱石やミスリル鉱石といった若干ランクが落ちる鉱石が大量に手に入るようになっている。
 今回の装備製作では思った以上にオリハルコン鉱石が必要であるようなので、姐さんの店の予備材料補充も兼ねてAランク採掘ポイントの乱獲を狙っているのだ。
 高ランクダンジョンの経験が殆ど無い俺を連れていきなり高ランクダンジョンに挑む事に不安を覚えるが、リン達によれば何度か採掘パーティを組んで行った事があるので、それ程心配する必要は無いとの事。トッププレイヤーとしてダンジョン攻略経験豊富な彼女達の言葉を俺は信じる事にした。

 そういうわけでダラスの南門で待ち合わせをする事になったのだが、どうやら到着するのが早すぎたようだ。周囲にはリン達や姐さんの姿は見当たらない。
 数日をかけて赴く上に目的地が高ランクダンジョンである為、いろいろと準備が必要になる。
 その為に待ち合わせを数日後としたのだが、俺は持ち物の殆どを失っていて準備する事がない上に装備もないので狩りにも行けず、この数日はひたすら修練所で型の反復を行っていた。勿論今朝も修練をこなしてきたのだが、思った以上に時間が余ってしまいこうして早めに来てしまったというわけだ。
 寝袋や食器等、旅の必需品くらいは準備しようかと考えていたのだが、リン達はそれすらもお礼の品として贈ると言ってきた為本当に何も準備する事がない。

 しばらく手持ち無沙汰で道行くプレイヤー達を眺める。
 重厚な鎧に身を包み斧を担いだ斧術士、様々な装飾のされたローブを纏う魔術士、街服を着て立ち話をするプレイヤー達。門を見れば様々な装備を身に着けた数人のプレイヤー達が集まり、パーティを組んで意気揚々と門を出て行き、逆に幾分汚れた装いのプレイヤー達が門をくぐってダラスへと帰還してくる。
 彼らの顔に絶望の影は見えず、日々を生き抜こうとする輝きが見えた。そこには最早ゲームをしているという感覚は薄れ、『エデン』という世界を生きているという錯覚を覚える。
 実際、設定されていた様々な制約は取り払われ、感覚的にも行動の自由さとしてもいまや現実と変わらない。むしろ流派による恩恵のおかげで現実では不可能な超人的な行動も可能だ。

 ゲームの世界で生きる……ゲームを愛する者なら一度は想像したであろう夢が今目の前に広がっている。
 こんな状況に陥った原因は未だにわかっていないが、もし首謀者とも言える存在がいるとしたのならば……一体何を考えてこの世界を生み出したのか。それともただのシステムトラブルによる偶然なのか。
 ……そしていつこの世界は終わりを迎えるのか。
 漠然と考える俺の目には今日も変わらないダラスの風景が映っていた。

 

 しばらくプレイヤー達の往来を眺めていた所でこちらに手を振りながら近づく人影に気付く。
 真っ赤な髪がよく目立つので一目で誰かがわかった。姐さんだ。
 金属の胸当てや脛当てを身に纏い、腰には冒険者必需品のポーチ、そして背中に大きなピッケルを担いでいる。
 日課だった死者の洞窟へ行けず、装備の修理を依頼する必要が無かった為に数日振りに見る姐さんだったが、普段のラフな格好に見慣れた身としてはこの旅装束はかなり新鮮に感じた。

「早いですね~、師範代さん~」

 笑顔で俺の前まで歩いてきた姐さんが話しかけてくる。遠目には判らなかったが、近くで見ると姐さんが身に纏う装備には細かな細工と不思議な色合いが見て取れる。【鑑定】スキルの無い俺では詳しい情報は読み取れないが、それでも高ランクの防具である事くらいは判った。

「こんにちは、姐さん。持ち物を殆ど失くしていた上にリンさん達が全て用意してくれるって話ですからね。正直何もする事がなかったんですよ」

 そう言って肩を竦んでみせる。

 あの夜の一件で敬語は無しにするはずだったのだが、どうも姐さんに対しては敬語になってしまう。やはり長年の癖というのは中々抜けないらしい。
 ただ、姐さん自身も周りに対する敬語が抜けないので最早姐さんに対しては敬語でも仕方が無いという話であの夜は落ち着いていた。

 俺の答えに姐さんは困ったように笑う。

「あ~、そうでしたね~。でも、リンさん達ならきっとすごく良い物を用意してくれますよ~」

「それは俺も期待してます。装備はともかく、高級回復アイテムを揃えてもらえるのはかなり有難いですね」

 消耗品である回復アイテムも高ランクの物になるとかなり高価であるに加え、入手し辛いのだ。ヴァリトール山への準備で資産を使い果たした俺が良い例だろう。
 高ランクの物は熟練の生産系プレイヤーによる製作か、モンスターからのドロップ、ダンジョン内の宝箱から手に入れるかのどれかしか入手経路がない。さらに、死ぬ事が現実への復帰に繋がらないという認識が一般的になっている現在、回復アイテムへの需要は高まる一方だ。
 こうした理由でたかが消耗品と言ってもそれなりのランクの物を揃えるとなるとかなりの出費を覚悟しなければならないのだ。

「そういえば、先日は部屋に戻った後大丈夫でした? 部屋で転んだりしませんでした?」

 ふと思い立って姐さんに尋ねると、満面の笑みで頷いてくれた。
 あの夜は夜遅くに解散したのでブラートと二人で姐さんを送ってきたのだ。普段ずっと眠そうな姐さんだけあって解散後の深夜は眠気のピークを迎えており、フラフラとしながら店舗に入っていく姿に不安を覚えていたのだが、杞憂だった模様。

「大丈夫でしたよ~。楽しすぎて疲れちゃったのか、帰ってすぐ寝ちゃいましたけど~。あ、それでですね~……」

 
 姐さんと共にあの夜の話で盛り上がりながらしばらく待つと、ようやくリン達三人が現れた。

「遅くなってごめんね~。いろいろ揃えてたら意外と時間かかっちゃって」

 手を合わせてミーナが謝ってくる。リンとキースも申し訳なさそうだ。
 先日見た戦装束に身を包んだリン達。銀色のトレードマークが眩しい。さすがにトップギルドのメンバーだけあって周りの注目を集めている。

「気にしなくて良いさ。それほど待ってたわけじゃないからね」

 俺の言葉にうんうんと頷く姐さん。俺達の様子に三人はホッとしたような表情を浮かべた。

「悪いな。代わりにアイテムや装備は良いのを揃えてきたから勘弁してくれ」

 ニヤリとキースが笑う。俺もそれにつられてニヤリと笑った。

「お、それは楽しみ。期待させてもらうよ。……ところで結局ギルドマスターからは旅の許可はもらえたのかい?」

 あの夜、もしかするとしばらく遠出は禁止されるかもしれないという話が出た。つい先日狙われて襲撃されたばかりであるし、しかも相手は用意周到に『シルバーナイツ』の内部に潜り込んでいた輩……キース達が曰くには『シルバーナイツ』のギルドマスターならば背後関係を洗うまで安全の為に自分達に謹慎を命じる可能性があるらしい。
 師範代君の傍が一番安全だろうけどねと笑うリン達だったが、ギルドマスターの心情も理解できる上にレオン達強盗プレイヤーの手がどれほど伸びているかは確かに不安でもあるので、とりあえずはギルドマスターにお伺いを立てに行くという事になっていたのだ。

「一応許可は貰えたよ。さすがに最初は渋い顔をされたけどね。力強い味方が付いて行くって事で説得してみた」

 微笑むリンだったが、彼女の言葉に若干俺の顔が引き攣る。これは……ヴァリトールの事を話してしまったという事だろうか。

「……もしかして俺の事話しちゃった?」

 俺の表情を見て何かを悟ったリンは慌てて顔を左右に振った。

「いや、口止めをお願いされてるからヴァリトールの事は話してないよ。ただ、レオン達を倒した事とトッププレイヤーに引けを取らない実力者だとは話した。……私達三人の旅ではさすがに今は信用がないからね。担ぎ出してすまない」

 申し訳なさそうに謝るリンを見て少し気の毒になる。元はと言えば俺の我侭なのにここまで気を使わせるのも何だか申し訳ない。いっそ公言してしまえとも思うが、後の事態を想像すると二の足を踏んでしまう。
 俺が悩んでいる横でキースがあっけらかんとした声を出した。

「難色を示すマスターや他のメンバー相手にお前の強さを力説するお嬢達は見物だったぞ。マスターは興味深そうに聞いていたけど、他の男共の嫉妬顔は見てられなかったな。うちのギルドメンバーに会う時は気を付けろよ?」

 ガハハと笑うキースだったが、俺の顔は更に引き攣る。リン達が俺を認めてくれるのは嬉しいが、それで他のプレイヤーと軋轢が生まれるのは勘弁して欲しい所だ。
 だが、今更過ぎた事を考えても仕方ない。

「……せいぜい夜道には気を付けるよ」

 苦笑しながら答える俺にミーナが近づく。

「ごめんね。みんな師範代さんが強いって事信じてくれなくて、その上馬鹿にするような事も言うからムキになっちゃった。マスターは判ってくれたみたいで許可を出してくれたけど、みんなは納得してないみたいだから後でちゃんとフォローしておくわ。……それで、はい。約束のアイテムよ」

 そう言ってミーナが俺にアイテムカードの束を手渡してきた。
 思ってた以上に分厚い。束を受け取った俺は、パラパラとめくってカードの表示を確かめる。
 寝袋やランタンを始めとする旅の必需品から各種回復系ポーションの数々。その全てが最上級の高級品だ。
 寝袋は寝心地、肌触り共に素晴らしくベッドで寝るよりよく寝れると言われる有名なプレイヤーメイドの一品。ランタンはモンスターの遭遇率低下と疲労回復効果のあるレアだし、ポーションは言わずもがな。他にはロープやカップに至るまで高級品でそろえている。
 さらにめくると輝く木の実の絵柄のカードがずらりと並ぶ。思わず顔が引き攣った。

 良いアイテムを揃えてくるとは言っていたが、これほどとは……。

 このアイテムカードの束で相当な資産になるだろう。俺は恐る恐るミーナ達に尋ねる。

「これ、本当に貰っちゃっていいのか? 金にしたらとんでもない額になりそうなんだけど……」

「良いのを揃えてきたって言ったろ? 命を金に換算できるとは思わないが、俺らの精一杯の感謝の気持ちだ。お前はそれを受け取るに値する事をやってのけたんだから遠慮せずに受け取れ」

 最初はニヤニヤ笑っていたが、最後には真面目な顔で語るキース。傍らではリンとミーナが微笑みながら頷いていた。

「そうだよ、師範代君。それにまだ防具を見ていないだろう? 防具は借りるという話だったけどこれも師範代君の物にして良い。例の鎧が完成するまでの短い間だけど、私とミーナで見繕ったから気に入ってもらえるといいな」

 リンの言葉を受けて、手元のアイテムカードをさらにめくる。
 現れたのは目が覚めるような蒼い装甲を持つ鎧の絵柄。装甲の各所を金で縁取りされたその姿は、カードに描かれた絵柄にも拘らず荘厳さを醸し出していた。そのカードの後には同じ系統の防具だとわかる兜やガントレット、グリーブのカードが続く。
 この特徴的な見た目……。これは確か……。

「『ブレイブアーマー』に『ブレイブガントレット』……所謂『ブレイブシリーズ』ですね~。高ランクダンジョンの宝箱でのみ入手が確認されていますけど、獲得確率は非常に低いって聞きますよ~。ユニークアイテムでこそないですけど、当然ランクAの防具です~。確かシリーズの防具全てを纏えば回復力が上昇するって特殊効果がつくはずですけど~……あ、全部揃ってますね~! 全部揃えるなんてよくできましたね~!?」

 いつの間にか傍らから俺の手元を覗き込んでいた姐さんが全てを説明してくれた。
 この防具は見た目の良さと防御力の高さでかなりのレアながら非常に人気の鎧だ。姐さんが説明した通り、特殊効果はシリーズの防具全てを揃えなくては意味が無いが元々の性能が高いのでトッププレイヤー達の中には手に入れた一部だけでも愛用している者を時折見かける。
 宝箱からの入手率は低く、市場に出れば即争奪戦になる為にシリーズ全てを揃えた猛者は少ないと聞くが……まさかこんな所でシリーズ全てにお目にかかれるとは。

「ちょうどヤクモさんが『ブレイブアーマー』をダンジョンで手に入れて買取希望者を募っていたし、私達三人で他のパーツをいくつか所持してたので、この際だから全てを集めてプレゼントしようと思ってね。知り合いを当たって何とか全て揃えられたよ」

 幾分か誇らしげにリンが語る。
 運良くパーツの所在が判明したとしても、くれと言って即答で譲ってもらえるようなアイテムではない。譲ってもらう為に並々ならぬ対価を支払っているはずだ。
 先程見たアイテムの数々と合わせるとどれだけ散財したのか……。
 予想以上のプレゼントでかなり気が引ける。
 だが、せっかく彼女達が俺の為にと集めてくれたのだ。ここは気持ち良く受け取るべきだろう。

「……ありがとう。今日貰った物は大事に使わせてもらうよ。せっかくだから今装備しちゃってもいいかな?」

 俺の言葉にいち早くキースが反応した。

「よしきた! 俺が手伝ってやろう」

「お、じゃあ頼むよ」

 カードを具現化しても自動的に装着されるなんて事はないので、防具の着脱は手間がかかる。
 キースを伴って近くの建物の影に入った俺は早速カードを具現化。
 僅かな光芒と共にカードが弾け、絵柄通りの鮮やかな蒼が目の前に出現した。
 実際に見るとその芸術品のような美しさに目を奪われる。これで性能も良いっていうのだから人気になるというのも頷けるものだ。
 十分に鎧の美しさを堪能した後、ようやく鎧を身に着け始めた。
 キースに手伝ってもらったおかげでそれほど時間をかけずに装着が完了する。
 周囲に鏡が無いので自分の姿が判らないが、着心地は上々だ。軽く腕を振ったり身体を捻ったりしてみるも特に動き辛さは感じないし、兜も思った程視界を遮らない。
 具合を確かめる俺を見てキースが感嘆の声をあげる。

「さすが全身『ブレイブシリーズ』で固めると壮観だな! 具合はどうだ? お前の事だからステータス不足で動き辛いなんてことはないだろ?」

「ああ、全く問題ない。気に入ったよ」

 俺の言葉に破顔するキース。

「そいつは良かった! せっかくお嬢達が集めたんだ。お披露目と行こうぜ」

 上機嫌のキースに背中を押されながら建物の影から出る。
 待ちかねていたのか、リン達三人は出てきた俺達にすぐ気付き近寄ってきた。
 そして俺の姿を見た皆は、一様に溜息のような吐息を吐き出す。

「……うん、師範代君。すごく似合っているよ」

「そうね。このシリーズを揃えて装備してるプレイヤーを何度か見た事あるけどやっぱり素敵ね」

「すごく似合ってますよ~! これで装備も上級プレイヤーの仲間入りですね~」

 リン達から絶賛されてどうも照れ臭い。以前と比べていきなり装備のランクが上がったので装備負けしている気もするのだが、ここはリン達の言葉を信じよう。

「ありがとう。着心地も最高だし、すごく気に入った。大切に使わせてもらうよ」

 俺の言葉に嬉しそうに微笑むリンとミーナ。

 いくらお礼とはいえ、これだけのアイテムを貰ったのだからしっかりと活躍しないとな。

 数年ぶりのパーティ戦に思いを馳せていると、ふと気付いた。
 どうも周囲から視線を感じる。
 有名人であるリン達が合流してから多少なりとも周囲の視線は集めていたのは判っていたが、今は注目度合いがかなり違う。しかも、大多数の視線の先は……俺か?

「お、おいおい! あれ、見てみろよ」

「すっげー、あの装備全部『ブレイブシリーズ』か!?」

「うへぇ、俺あれ全部揃えてる人初めて見た。一体どこのトッププレイヤーだ?」

「あいつ『銀騎士』のメンバーか? リン様達と仲良く話してるなんて羨ましい……」

「……キースの兄貴、今日も良い漢っぷりだぜ……」

 周囲のプレイヤー達のざわめきが聞こえてくる。

 注目を集めている原因は……この装備か。確かにこの鎧の色は目立つし、希少価値の高いアイテムだから注目されるのも仕方ない。
 だが、こうもジロジロ見られるのも良い気持ちではないな。

 俺が思案していると、背後からバサリと何かをかけられた。
 良く見るとマントのようだ。身体全てを覆う大きさでフード付き。おかげですっかり鎧が隠れている。
 後ろを振り向けばキースがニヤリと笑っていた。

「騒がれるのは苦手なんだろ? 例の装備程じゃないが、それも十分注目されるようなレア装備だからな。このマントを被ってればマシになる。一応認識遮断の効果付きのマジックアイテムだ。軽度の効果だからせいぜいマントで覆った装備の鑑定が出来なくなる程度だけどな」

 キースの用意の良さに思わず賞賛したくなる。

「ありがとう、かなり助かる。……まさか装備一つでここまで注目されるとは思わなかったよ」

「はっはっは、珍しいレア装備を身に着けていたら注目されるのは当たり前だ。お前はまだこれからとんでもない装備が待ってるんだからな、いまのうちに慣れておけ」

 キースの言葉を噛み締めながら頷く。
 今思えば俺もよく他のトッププレイヤー達の煌びやかな装備の数々を眺めて過ごしていたっけ。あの時の彼らの立場に俺もようやく立てたという事か。
 俺が何とも感慨にふけっている所でリンから声がかかった。

「さて、師範代君の準備も整ったしそろそろ出発しようか。クーパー鉱山だとメリッサ村から行くのが近い。距離もかなりあるから馬車を使おう、いいかな?」

 リンの提案に皆が肯定の意を示す。

 『エデン』の世界は非常に広大である為、公式の仕様では街や村の入り口には拠点間を一瞬で移動できるゲートと呼ばれる物が設置されている筈だった。だが実際にログインしてみればゲートは稼動していない事が判明し、現在では遠距離を一瞬で移動するような手段は存在しない。
 代わりに今では馬車が主要な遠距離移動手段と化している。ゲート同様に各街や村を結ぶ乗合馬車による交通ネットワークが設定されているのだが、勿論ゲートのように瞬時に移動というわけにはいかず徒歩よりかは大分速いといった程度のものだ。
 馬車の利点は途中下車出来ること。つまり当初は拠点間のダンジョンや狩場への移動手段として考えられていたわけだ。
 ゲートが使用不可能な今では拠点間の移動手段としても立派に活躍している。

 俺が調べた所では、メリッサ村までは馬車を乗り継いで二日といった所か。
 周囲の注目を集めながらも、リンを先頭に連れ立って歩きだした俺達は門の外の乗合馬車停留所へと向かった。

 

 

 
 ダラスを出発して二日、いくつかの村を経由して予定通りメリッサ村に到着した。
 移動中、常に【気配察知】や【心眼】を使用して周囲の警戒を行っていたが、俺達の跡をつけてくるような輩はいなかった。レオン達の仲間が仇討ちの機会を覗っている不安があったのだ。
 乗合馬車には非常に強力なNPCの護衛も乗っているので、移動中の襲撃の心配はないが降りてからはそうではない。
 そういうわけで追跡者に注意を払っていたのだが、とりあえずは大丈夫そうだ。勿論完全に気を抜くわけにはいかないだろうけど。
 メリッサ村に到着した俺達は、休憩がてら移動中に消費した飲食料を補充する事にした。

 メリッサ村の全貌はNPCによる雑貨屋や鍛冶屋、宿屋等が合わせて数軒に民家がいくつか建ち並ぶ小規模な物だ。
 だが、流石高ランク鉱石素材産出のメッカだけあって通りを行き来するプレイヤーの数は多く、露店の数もダラス程ではないがそれなりに開かれている。実力不足でクーパー鉱山に挑めないプレイヤーでも何とか高ランク鉱石を手に入れようとこの村で他の実力者達相手に買い付けを行っている事が多い。
 本来は鉱山にモンスターが住み着いて廃れた村という設定なのだが、日夜訪れるプレイヤー達のおかげで逆に賑わいを見せている。

 NPCの雑貨屋やプレイヤーの露店から必要な物を補充した俺達は、目的地であるクーパー鉱山へと出発した。
 メリッサ村からクーパー鉱山までは目と鼻の先だ。元々メリッサ村はクーパー鉱山で働いていた鉱夫達の村なのでクーパー鉱山の北に面した麓に作られている。おかげで村の南口から出ればもうそこはクーパー鉱山の領域だ。
 クーパー鉱山はいくつかの峰を持つ連山であり、この辺り一帯の山地をクーパー鉱山と呼んでいる。岩肌が目立つ山地であり、鉱石を運び出す線路や朽ちた採掘道具等が視界のあちこちに映る場所だ。

 村から伸びる線路に沿って歩く。この線路を辿れば本格的なダンジョンの入り口となる坑道が見えてくるはずだ。
 既にモンスターが出現するフィールドにいる為、皆各々の武装を具現化し周囲の警戒にあたっている。
 俺もいつでも腰の『迅剣テュルウィンド』を抜けるように柄頭に手をかけ、【気配察知】によって周囲の反応を探っているが……まだモンスターらしき反応はない。
 恐らく坑道と村とを行き来するプレイヤー達によって粗方掃除されてしまっている為だろう。流石に村の中に比べれば数は減ったとはいえ、まだ視界にはパーティを組んだプレイヤーの集団がいくつか見える。

「坑道の外はモンスターがほとんどいないな」

 横を歩くミーナが俺の呟きを聞いて振り向いた。

「そりゃ、これだけプレイヤーで溢れてたら出てこないわよ。それに元々坑道の外ではモンスターの数も少ないしね」

 そう言いながらミーナが肩を竦める。そこで前を歩くリンが顔だけ振り返りながらミーナの言葉に続いた。

「だからと言って坑道の中も同じだと侮るのは困るよ。中と外じゃモンスターの出現率も大きく違うし、中はかなり広大な上に入り組んでる。そして採掘ポイントの発生がランダムだからプレイヤー達がよく通る決まったルートというのは存在しない。気を緩めていられるのも今だけだよ」

 微笑みながら語るもその瞳は鋭い。切れ長の瞳のせいで何とも言えない凛々しさが匂い立っている。

「中で出現するのはゴブリンワーカーにアーマードゴブリン、アースゴーレム、サイクロプス、そしてカースエレメントだったよね?」

 道中でリン達から聞いた話を思い出しながら再確認の意を込めて尋ねた。ミーナが頷きながら答える。

「そうよ。全体的に防御力が高めのモンスターが多いわ。特に注意するのはサイクロプスとカースエレメント。サイクロプスはかなり攻撃力が高いから油断してると即死しかねないし、カースエレメントは非実体系だから戦う前に属性付与を受けていないと嬲り殺しにされるわよ」

 ミーナの言葉を脳裏に刻んでいると、今度はキースが声をかけてきた。

「まあ、師範代はしばらくスカーレットを守りながら俺達の戦いを見ていてくれ。それでここの敵にはどうやって戦えばいいか大体判るだろ。慣れてきたら指示を出すから戦闘に参加してくれ」

 男臭い笑みを浮かべるキースへと頷き返す。

「判った。とりあえずは姐さんを守りながら静観してるよ」

「師範代さん、お願いしますね~。代わりにたくさん鉱石掘りますよ~!」

 ニコニコ微笑みながら姐さんがピッケルを担ぎ上げて振り回した。かなり細い腕なのに軽々と大きなピッケルを扱う様には非常に違和感を感じる。
 下手をすれば攻撃力だけなら十分戦闘でも通用するかもしれない。
 そんな事を考える俺の周りは姐さんの元気な様子を見て笑っていた。

「フフ、この中でAランク採掘ポイントで採掘できるのは【採掘】スキル持ちのスカーレットだけだからね。しっかり頑張ってもらおう……っと、入り口に着いたみたいだよ」

 クスクス笑っていたリンが前方を見て気付く。俺も視線を向ければ、大きく口を開くトンネルが見えた。
 内部は薄暗く、通路に沿って明かりが転々と壁に掛けられているのが微かに判る。
 入り口の周囲はちょっとした広場になっていて、幾人ものプレイヤー達がたむろっているようだ。

 ダンジョンの入り口ではこのようにプレイヤー達が集まる事が多い。
 探索や戦闘の打ち合わせや、アイテムの確認等の準備をしたり、探索者目当ての露店が開かれたり、臨時のパーティメンバー集めをしたりとその目的や行動は様々だ。

 そしてそれはクーパー鉱山でも例外ではない様子。
 俺達も例に漏れず、回復アイテム等の最終確認をこの広場で行う事にしている。
 そうしてそれぞれが手持ちのアイテムカードを確認していると、俺達に声を掛けるプレイヤーが現れた。

「おやおや、シルバーナイツさんも鉱石採取かい?」

 鋲の打たれた頑丈そうな皮鎧に身を包んだ茶髪の男。背中に己の身長ほどの大剣を担いでいるのを見るとどうやら剣術士のようだ。
 彼の言葉にリンが反応する。

「いや、今回はプライベートでね。鉱石が目的ではあるけれど、採掘する友人の護衛なんだ」

 リンがそう答えると彼はリンの後方に視線を向けた。彼の視線の先は……姐さん。その顔を見て得心がいったというような表情をする。

「ああ、スカーレットさんの護衛依頼ってわけか。お宅ら仲良いもんな。……スカーレットさん! 今度また皆で店に寄らせてもらうよ!」

 姐さんに向かって彼が声を張り上げると、姐さんはにこやかに笑って「はい~、待ってます~」と答えた。
 どうやらリン達も姐さんも知ってる相手のようだが、誰なのだろうか。
 俺が考えている前で再びリンが口を開く。

「そちらこそ鉱石採取かな? ブラッククロスさんにしては小規模なパーティ編成のようだけど」

 リンの視線の先を追うと、こちらのやり取りを眺める六人。装備から判断するに魔術士が二人、弓術士と剣術士が一人ずつ、残り二人は生産系プレイヤーのようだ。
 それにしても今のリンの言葉で先程の疑問は氷解した。トップギルド『ブラッククロス』のメンバーならばリン達や姐さんと面識があるのも頷ける。
 よく見れば彼の左腕の篭手には『ブラッククロス』のギルドマークである黒い十字架が刻まれていた。

「いやうちもお宅らと同じで護衛の依頼を受けて来てるんだ。ただ、依頼者が調薬士で目的が調薬材料ってとこが違うけどね。まあ、勿論ここまで来て鉱石掘っていかないのは馬鹿らしいから鍛冶士も連れてきてるけどな」

 そう言いながら彼が顔を傾けて後ろを見る。あの生産系プレイヤー二人は調薬士と鍛冶士らしい。一人はピッケルを担ぎ、皮鎧を着込んだ大柄な男。見たまんま彼が鍛冶士だろう。
 もう一人は非常に小柄な少女のようだ。もしかするとミーナよりも小柄かもしれない。細かい刺繍の施されたフード付きのローブを着込んでいて、伏目がちに視線を落としている。
 何気なく俺がその少女を見つめていると彼女が顔を上げ、視線が合った。大きな瞳にスッと通った鼻梁。どこか幼さが垣間見える顔立ちながらリン達に劣らぬ美貌だ。

 ……ゾクリ。

 と、何故か彼女の視線を受けて俺の背筋を悪寒が走る。
 一体なんだ!?

 慄く俺の視界に映ったのは少女の能面のような生気が抜けた顔。

 だが、それも一瞬だったようで思わず瞬きをして確かめると少女は華のような笑みを浮かべていた。

「あら、可愛い娘ね」

 俺の隣で微笑みながらミーナが呟く。
 皆の顔を確かめるが、全員にこやかに少女の笑顔を見ていた。

 先程の顔は俺の見間違いだったのだろうか……。

 困惑する俺を余所にリンと剣術士の男との話は進む。

「まあ、そういうわけで中でもし出会ったらよろしくな。……ところで、そちらの彼は『シルバーナイツ』の新人さん?」

 フードを被った俺の顔を見つめながら男が尋ねた。

「いや、彼は『シルバーナイツ』ではないよ。私達とスカーレットの共通の友人なんだ」

 そうリンが答えると男は珍しそうに俺の顔を覗き込んでくる。

「へえ! リンさん達とスカーレットさんの友人ねぇ。一体何処の……って、あれ? お宅……もしかしてバルド流の師範代か!?」

 男の顔が驚愕に染まった。
 どうやら彼は俺の事を知っていたようだ。

「ああ。お察しの通り『バルド流剣術』の師範代だ」

 ごまかしても仕方が無いので正直に答える。

「おおう! 俺は『ブラッククロス』一番隊のレイジだ。一応初めましてか? 悪いな。まさかこんな所で会うとは思わなかったから驚いちまった」

 男……レイジはにこやかに笑いながら握手を求めてきた。
 予想していた反応と違っていたので若干戸惑いながらも握手に応える。

「この間のレオンとの試合見てたんだ。結果は残念だったがナイスファイトだったよ」

 握手をしながらレイジがニヤリと笑った。
 思わぬ言葉に面食らう。

「ああ、あれを見てたのか」

「あれだけ騒いでたら見たくもなるさ。……それよりお宅がこんな所にいるのは珍しいね。ダラス周辺からほとんど出ないって聞いたんだがな」

「ちょっと経験を積みたくてね。お願いして連れてきてもらったんだ」

 レイジがチラリとリンを見る。その視線に気付いたリンは微笑みながら大きく頷いた。

「そうか……リンさん達なら大丈夫だと思うけど、指示にはしっかり従った方が良いよ。ここは高ランクダンジョンだからね。トッププレイヤーでも油断すると危険な場所だ」

 真面目な顔でレイジが語る。その表情には俺への嘲りは見受けられない。純粋に助言のようだ。
 彼に応えるように俺は頷いた。

「それは肝に銘じているさ。彼女達の足は引っ張らないようにするよ」

 俺の言葉を聞いて、レイジはニコリと笑う。

「それが判っているなら大丈夫そうだな。……ほんとはお宅がどうしてリンさん達と友人なのか聞いてみたい所なんだが、俺の仲間が待ちくたびれてるみたいなんでね。ここらで失礼させてもらうよ。……リンさん、引き止めて悪かった! また今度!」

 そう言って手を振りながらレイジは仲間の下へと歩いて行った。
 話していて感じたが、随分面倒見の良い優しい男のようだ。

 レイジの後姿を見送る俺の横でミーナがポツリと呟く。

「彼が『ブラッククロス』マスターの右腕って言われているプレイヤーよ。強さとカリスマでメンバーを率いるマスターと違って、あの面倒見の良さで人気を集めてるみたいね。実力もマスターに次ぐって言われているわ」

「確か『ブラッククロス』の一番隊は精鋭揃いって聞いたよ」

 『ブラッククロス』は数百人規模のかなり大所帯のギルドだ。その為、メンバー達は扱う武器や流派によっていくつかの組分けが成されているらしい。

「そうだな。一番隊はマスターが隊長を兼任する直属部隊。マスターも含め、隊員全員が上位流派の『アレクト流剣術』を扱う猛者だって話だ。実際に何度かグランドクエストの攻略で目にした事はあるが、あいつらの突撃はすごい威力だぜ」

 いつの間にか俺達の横に並んだキースが無精髭をさすりながら語る。

 俺達が見守る先では準備を終えたらしいレイジ達のパーティが坑道の中へと踏み込んで行くのが見えた。
 その最後尾、例の調薬士の少女が坑道の暗がりに消える瞬間、こちらへと振り返る。その視線の先は俺……と感じたのは自意識過剰だろうか。
 当然俺には確認する術もなく、彼女は坑道の中へと消えた。
 俺には彼女の面識は無かったが、彼女は俺を知っているのだろうか? 

 悩む俺の後ろからリンの声が響いた。

「さて、彼らのパーティも中に入ったみたいだしそろそろ私達も先に進むとしようか。皆準備は良いかな?」

 リンの言葉に俺の悩みも霧散する。
 今はそんなことで悩んでいる場合ではない。これから高ランクダンジョンに挑戦するのだからもっと集中しなければ。
 俺は手早く装備とアイテムカードの確認を済ませた。
 リンが皆をぐるりと見渡し、準備が整った事を確認する。

「良し、大丈夫なようだね。じゃあ出発だ。……師範代君はスカーレットをよろしく頼むよ」

 姐さんがそっと背後に寄って来るのを感じながら俺は力強く頷く。
 それを見て微笑むリンとキースを先頭に俺達は坑道の暗がりへと踏み込んでいった。



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