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  エデン 作者:川津 流一
16.身に潜む力
 始まりの街ダラスの西門をくぐる。
 ダラスの広大さと比例するかのように巨大な門を見て、俺の胸は何ともいえない懐かしさに包まれていた。
 奥義【心眼】を得て、クエスト攻略の為にここを出発してから随分時間が経っている気がする。
 今までの日々において、ここまで長期間ダラスから離れた事はなかった。
 やはり3年間もここで生活をしていると、自分が思っていた以上に愛着がわいていたようだ。
 プレイヤー達の溢れる大通り、視界一杯に広がるダラスの街並み。
 プレイヤー達が奏でる喧騒を耳にしてようやく帰ってきたと実感できる。

 人口が多い為にいつもある程度の喧騒はあるダラスだが、今は昼前でいつもなら多少は落ち着いているはず。
 だが街並みこそ変わらないものの、どうも喧騒がいつもより騒がしい気がする。
 なんだか街全体が騒然としている気がするのだ。
 事実、『シルバーナイツ』のリン達と『バルド流剣術』の『師範代』である俺、そして簀巻きにされたゲイスとラッシュという奇妙な組み合わせだというのにそれほど注目を集めていないのだ。
 あまり根掘り葉掘り訊かれても困るので、ある意味この状況は助かるともいえるのだが……。
 面白そうにこちらを眺める幾人かのプレイヤーを余所に俺達は大通りを進む。

「なんだかいつもより騒がしいわね。何かあったのかしら」

 前を歩くミーナが周囲を見渡しながらそう口にする。俺と同じ疑問を抱いていたらしい。
 それに対してリンが同じく周囲を眺めながら答える。

「確かにそうだね……私達が遠征している間にグランドクエストの進行でもあったのかな」

 グランドクエスト……現在の『エデン』のプレイヤー達の心の拠り所。これをクリアした果てに現状を打破する何かが起きるのではないか……少なくとも外部と連絡を取れるのではないかと期待するプレイヤーは多い。というのも、事前の『エデン』公式ページにてグランドクエスト攻略者はGMゲームマスターより様々な特典を得られると公表されていた為だ。
 既に事前に公表されていた仕様とはすっかり様変わりしてしまった『エデン』。今でもグランドクエスト攻略によってそのイベントが正常に起きるかはわからない。それでもプレイヤー達は一縷の望みを賭けて戦っているのだ。

 それだけプレイヤー達の注目を集めているグランドクエストだが、その進行度が騒がれるのは何もログアウトへの望みに近づく為だけではない。グランドクエストの進行によって新たなダンジョンが解放される事があるのだ。
 ダンジョンには様々な魅力が詰まっている。モンスターからのドロップ品、ランダムに出現する宝箱から得られるアイテム、そして各種生産材料。
 新たなダンジョンが発見されれば我先にとプレイヤー達が殺到することになる。

 今のダラスの騒然さ……新たなダンジョンが発見された時のような感じを受けるが、少し違う気もする。

 現在のグランドクエストの進行状況はどうだったか……。一度も前線に出た事のない俺はグランドクエストの攻略に関わった事はないが、さすがに情報は集めている。
 確か暫く前に始まりの街ダラスより遥か北東に位置するグリフォーク渓谷にある高レベルダンジョン、ラッセル洞窟が発見されたはず。それからは特に情報は入っていない。つまり、まだラッセル洞窟の攻略が成されている最中のはずだ。
 だが、その攻略がどの程度進んでいるかはわからない。ラッセル洞窟が発見されてからかなり時間が経過している。そろそろ攻略されても良い頃だとは思うのだが……。

「リンさん、今のグランドクエストの攻略状況ってどんな感じなんですか?」

 最前線で戦っているトップギルド『シルバーナイツ』の面々だ。恐らく知っているはず。
 俺の声に振り返ったリンは一瞬声を詰まらせた。
 その様子に違和感を覚える。そんな答え辛い質問ではないはすだ。
 俺が困惑していると、横から声がかかる。

「今はどうなったかわからないけど、遠征する前は正直停滞していたわ」

 代わりに答えたのはミーナだった。
 しかし、停滞とは……?

「停滞……ですか。ダンジョンボスがそんなに強いんですか?」

 俺の声に顔を横に振るミーナ。
 そのままミーナはリンとキースの方を向いて口を開く。

「恩人だし、信じられそうだから別に話しちゃってもいいわよね?」

 それを受けたリンとキースはしっかりと頷いた。
 何気なく訊いた質問だったが、どうも秘密があったようだ。

「上位ギルドのメンバーなら皆知ってるんだけどね。ラッセル洞窟が随分前に発見されたのは知ってると思うんだけど、実はもうダンジョンボスも倒してラッセル洞窟は攻略されちゃってるのよ」

 あっさりと語られた事実に驚く俺。
 ダンジョンボスはもう倒されている!? ならば何故その情報が出回っていない? ラッセル洞窟が攻略されたのならば次のクエスト情報が出回っているはずなのだが……。
 さらに続けてミーナが口を開く。

「ならなんでグランドクエストが進行しないのかって思うわよね? ダンジョンボスが出現する広場の奥にあったクエストアイテムがグランドクエストを進行するのに必要だったんだけど、それを獲得して帰る途中で奪われたのよ」

「奪われた!? その相手は……」

「……強盗プレイヤー達よ。さすがにこっちもトッププレイヤー揃いだったし、相手の大半が良くて中堅程度の技量しかなかったから撃退はしたんだけど、相手の数が多かった上に私達と同等の高レベルプレイヤーが何人か紛れててね……ドサクサに紛れてクエストアイテムが盗まれたみたい。まさかプレイヤーがログアウトへの道程を邪魔するなんてね……それに皆の希望を背負っているトッププレイヤー達が強盗プレイヤーにしてやられたなんて話が流れるのも皆を失望させるって事で緘口令が敷かれてるの」

 そこまで言って溜息をつくミーナ。リンとキースもやるせない顔だ。
 まさか最前線で戦うトッププレイヤー達を強盗プレイヤー達が襲うとは予想外だった。強盗プレイヤーと言えば、自分の欲を優先するが為に低リスクな自分よりもレベルの低いプレイヤーを主に獲物としている傾向が殆どだ。
 それだけにミーナから聞かされた事実には、強盗プレイヤー達にトッププレイヤー達と戦うというハイリスクを取らせるだけの何かしらの思惑、そしてそれを強制させるリーダー的存在を強く感じさせた。
 彼らの目的は一体何なんだろうか。
 俺の視線が自然と簀巻きにされたゲイスとラッシュの方を向く。もしかしたら彼らが何か知っているかもしれない。
 リン達の視線もゲイス達へ向いている所から察するに彼女達も俺と同じ事を考えているのだろう。これは『シルバーナイツ』に任せておけば良いか。

「クエストアイテムはリポップしないんですか?」

 俺の声にリン達の視線が俺の方へ戻る。
 今度はリンが答えた。

「NPC達からの情報を纏めるとどうやら2ヶ月程でリポップはするらしい。だが今後また同じ状況に陥る可能性が高い事もあって、ラッセル洞窟の攻略に参加した上位ギルドで話し合った結果、先に強盗プレイヤー達の無力化を優先することにしたんだ」

 リンが話した後にキースが続く。

「さすがに掃いて捨てるほどにいる奴ら全員を掃討できるとは思ってねえ。前に話したと思うが、最近奴らは徒党を組んでやがるからな。俺達の予想では強盗プレイヤーを纏めてる奴がいると考えている。せめてそいつか、その母体のグループを倒してしまえば強盗プレイヤー共はトッププレイヤーのレイドパーティを襲うなんて大きな動きは出来ないだろうってわけだ」

 強盗プレイヤー達の弊害は聞いていたし、つい先日にその醜悪さを垣間見たばかりだ。だが、実態は思った以上に深刻な様子。彼らが一群となって悪意を撒き散らせば、前線で戦うトッププレイヤー達はとも角、中堅プレイヤーや生産系プレイヤー、そしてただ救助を待つ一般プレイヤー達はなす術も無く蹂躙されてしまうだろう。
 可能ならば俺も彼らと戦うリン達に協力したい所だ。

「そうすると、彼らは重要な情報を持ってそうですね」

 俺がゲイス達を眺めながら話すとキースは大きく頷いた。

「ああ、こいつらにはギルドハウスで存分に吐いてもらう「リンさん!」……お?」

 リンに声をかけたのは左腕に銀色のガントレット、上半身に赤い何かの鱗のような物を張り巡らせた鎧を着込んだ小柄な姿。身長はミーナよりは大きいが、リンには届かない。腰には短剣が2本、背中に短弓が一つ下げられている。
 色素の薄い茶色のサラサラな髪と同じく茶色の瞳。一瞬美少女に見えたが、恐らくは美少年……だとは思う。白人とのハーフのような顔に満面の笑顔を浮かべて駆け寄ってくる姿にリンやミーナ、キースも笑顔を浮かべた。装備から見るに『シルバーナイツ』の関係者だろうか。

「やあ、ミラ。遅くなったけど、今帰ってきたよ」

 そう話したリンに駆け寄った彼―――ミラというらしい―――も口を開く。

「待ってましたよ! リンさん達には訊きたい事がたくさんあって! ……って、ゲイスさん達どうしたんですか?」

 愛らしい顔に不思議そうな表情を浮かべて首を傾げるミラ。
 そんな彼にリンが先日あったことを説明し始める。

「……実はレオン達が強盗プレイヤーの一味だった事が判明してね。裏切られて私達も危なかったけど、そこにいる師範代君の助けを得て、何とか撃退したんだよ。ゲイスとラッシュは事情を訊く為に連れて来たんだ」

 あまり注目を浴びたくない事を事前に伝えてあったので、リンは上手くぼやかして説明してくれた。もっとも、ゲイスが先日の戦闘の詳細を語ればバレてしまうことだけれども。
 リンの説明を聞いたミラの顔が笑顔になる。ただし、その目は全く笑ってなかった。元の顔が人形のように可愛いだけにその笑顔はある種の凄みがある。思わず俺の肌が粟立った程だ。

「……あはは、まさか『シルバーナイツ』にゴミが紛れてたなんてね~。僕の一生の不覚ですよ。僕やマスターの事を知ってて潜り込んでたのなら大した者ですけど、こうして捕まったのなら覚悟してくださいね? 僕が敵に対してどんな事してたか知ってるでしょ? ……フフフ」

 それを聞いたゲイスとラッシュは顔面蒼白となる。特にゲイスなどはガタガタ震え、今にも失神しそうだ。
 道中不貞腐れた態度を取り続けていた二人がこうまで恐れるとは……一体どんな人物なのだ。
 俺がゲイス達の豹変に面食らっているとミラが不意にこちらを向いて、笑顔を向ける。今度はちゃんとした可愛らしい笑顔だ。
 そしてそのまま俺に向かって深く頭を下げた。

「リンさん達を助けて下さったらしいですね。本当にありがとうございました。彼女達を失っていたかもしれないと考えると今でもゾッとします」

 その丁寧な謝辞に俺が慌てる。

「いやいや、俺も丁度困ってた所で彼女達に助けてもらいましたからね。お相子です」

 俺がそう答えるとミラは顔を上げ、ニコリと笑う。

「そうでしたか。それでも彼女達を助けて貰った事は大きな恩です。何か困った事が起きたら僕達に相談してください。可能な限り力を貸しますので。……申し遅れましたけど、僕は『シルバーナイツ』サブマスターをしているミラといいます。流派は『グラチェス流弓術』です」

 『シルバーナイツ』のサブマスター!? 成程言われてみればミラの装備している鎧……見覚えがあると思えば、あれは竜鱗だ。その色からして恐らくはレッドドラゴンの竜鱗。
 竜鱗の鎧などという超高級装備を纏えるのはトッププレイヤー達の中でも一握りだけ。装備だけでもその実力は覗えるが、その流派が『グラチェス流弓術』……弓の扱いを主とする弓術流派の中で唯一短剣二刀流による接近戦に重きを置く上位流派だ。短剣による攻撃の軽さを補う手数と執拗な急所攻撃の多さ、そして弓も扱える事で中距離から遠距離までの戦闘もこなす優秀な流派だと言える。
 ただ、流派派生条件の厳しさと癖のある戦い方の為に使う人を選ぶ流派でもある。
 だが、少数精鋭の『シルバーナイツ』のサブマスターの地位にいるのだ。流派の動きに翻弄されるようなプレイヤーではあるまい。完全に流派の動きを自分の物としているはず。
 恐らくはリン達を超える強者を前に、可愛い外見で油断していると痛い目を見そうだ。

 顔を引き締めた俺は、ミラに続いて自己紹介をする。

「俺は『師範代』とでも呼んでください。流派は『バルド流剣術』です」

 『バルド流剣術』と聞いてミラの目が一瞬大きくなる。だが、彼の表情にこちらを侮るような気配はまるで感じられない。寧ろ何かを探るような感覚。

「なるほど、あなたがあの……噂は当てにならないものですね」

 一頻り俺を眺めた後で頷くミラ。一体何を感じたのだろうか。
 俺とミラの視線が交差する。
 ミラが何かを言いかけた所でリンが声をかけてきた。

「ところでミラ、さっき私に訊きたい事があると言ってたけど何かあったのかな?」

 その言葉にミラが何かを思い出したかのように大きく拍手を打つ。

「そうでしたそうでした。……実は数日前からですね、ダラスの街中のNPC達がある事を口にして騒ぎ出したんですよ。それについての情報を集める為にダラス中のプレイヤーが走り回ってる状況なんです」

 ミラが真剣な顔で語る。
 NPCが騒ぐ? この数日で一体何が起きたのだろうか。
 そこでミーナが口を挟む。

「そのある事って?」

 ミラの視線が一瞬ミーナの方を向く。
 そしてそこにいる皆の顔をゆっくり眺めながら焦らすようにそれを語った。

「ヴァリトール山の巨龍ヴァリトールがついに討伐された……です」

 その言葉にリン達3人、そして俺が固まった。
 俺達の様子に満足気に頷くミラ。

「やっぱり驚きますよね! あのユニークモンスター中最強と言われてる化け物が討伐されたなんて信じ難い話ですから。これが何かのクエストの前触れなのか、それとも本当にプレイヤーが討伐してしまったのか……今ダラス中のプレイヤー達が真相を探るべく動いてます」

 ミラの言葉に俺達は顔を見合わせる。
 まさかダラスではこんな事態になっているなんて……。
 リン達にはあまり目立ちたくないので公表することはないように頼んであるがどうだろうか。
 俺の視線を受けたリンが顔を引き攣らせて声を出す。

「あ、あのヴァリトールを!? そ、そんなこと可能なのだろうか」

 リンが必死に驚いている振りをしてくれている。俺やミーナ、キースの生暖かい視線を受けながら演技をするリン。
 そんな彼女の様子に気がつかずミラは熱の篭った声で語る。

「普通はそう考えますよね! でも、もしプレイヤーがそれを成し遂げたとしたらどれ程の力を持っていることやら……『ブラッククロス』や『猫猫同盟』、『ライオンハート』といった有名ギルドにも問い合わせましたが、どこも情報を持っていない様子。逆に『シルバーナイツ』がやり遂げたんじゃないかと疑われる始末です。そこで、リンさん達が丁度ヴァリトール山の近くに遠征してることを思い出したので、こうして待ってたんです。……ヴァリトール山について何か情報を持っていませんか?」

 ズイズイと迫るミラに声を詰まらせるリン。危ないと思ったのかミーナが助け舟を出した。

「ヴァリトール山までは行ってないからわからないわ。さすがにヴァリトール山まで踏み込むのは自殺行為だったしね。残念だけど役に立つ情報は持ってないわ。私達だってヴァリトールが討伐されたなんて話に驚いてるくらいですもの」

 真剣な顔で語るミーナに続いてリンとキースも大きく頷く。
 その言葉に若干の落胆を滲ませるミラ。

「ちょっと期待してたんですけど、それはもっともな事ですよね……。僕達もドラゴンの巣窟であるあそこへ調査隊を送るか悩んでるんです。下手をすれば誰かが死にかねない場所ですから。……そういえば師範代さんは何か知ってたりしませんか?」

 ミラの視線が俺へと向いた。落胆した表情ながらも鋭さを残した視線が俺を貫く。だが、既に心の準備を終えていた俺は動じることはなかった。

「……俺も知ってることは特に無いですね」

 ミラが探るように俺の目を覗き込むが、俺はそれを真っ向から受け止める。
 しばらくして目を逸らしたのはミラだった。

「そうですか……。こうも情報が無いとなると、本当に調査隊を送る事を考えなければなりませんね」

 唸りながら思案するミラ。だが、それもすぐに止め笑顔を見せる。

「まあここで考えても仕方ないですし、今はリンさん達の無事を喜びましょう。……お疲れでしょうし、とりあえずはギルドハウスに戻りましょうか。……そこの二人に訊きたい事もたくさんありますしね」

 ニヤリと笑うミラを見て、ビクリと竦むゲイスとラッシュ。レオンの話ではまだまだ余罪もありそうだし、上手く解決してくれる事を祈ろう。
 ミラの言葉に頷いたリンが俺へと向く。

「私達はこれから『シルバーナイツ』のギルドハウスへと向かうが、師範代君はどうする?」

 どうやらここで一先ずお別れのようだ。『真バルド流剣術』への入門、装備の新調、姐さんやブラートへの結果報告などと俺もダラスへと帰ってきたからにはやるべきことがいろいろとある。

「俺は他にいろいろ寄らないといけない場所がありますから、とりあえずはここでお別れですね」

 俺がそう告げると、軽く頷きながらリンが微笑む。

「……今回は本当にありがとう、師範代君。君がいなければ今頃私達はここにはいなかったからね。お礼は期待していて欲しい。ちなみにどこを拠点にしてるのかな?」

 そう尋ねるリンに俺が答える。

「ダラスの外周南西部辺りにある宿屋『アイアンハンマー』です。小さな宿屋ですし、入り組んだ場所にあるのでちょっとわかりにくいかもしれませんけど、看板に大きなハンマーが掲げられてるので見ればすぐわかります」

 始まりの街ダラスは非常に広大な街なので、こんな情報だけでは辿り着けないと思うかもしれない。だが、ある程度の場所と目的地の名前さえわかっていれば付近のNPCに尋ねる事で道は教えて貰えるはずだ。

「わかった。後で……そうだね、今夜にでもお邪魔させてもらうよ」

 ミーナやキースへと視線を向けながらリンがそう告げると、二人とも軽く頷いた。

「わかりました。じゃあ、今夜宿屋で待ってます」

「うん、じゃあまた後ほど会おう!」

 俺の言葉に微笑みながらリンが歩き出す。それに続くようにミーナとキースが歩き出しながら俺へと声をかけてきた。

「また後でね、師範代さん!」

「またな!」

 軽くウインクしながら軽やかに去っていくミーナ、そしてガハハと笑いながら俺の肩を叩き去っていくキースに苦笑しながら彼女達を見送る。プレイヤー達の人混みに隠れるまで見送ったが、彼女達の顔にはあの夜に見た絶望の表情は見受けられない。

 果たしてプレイヤーを殺す事で彼女達を救う事が正しかったのかどうかはわからない。それでも彼女達はまた笑顔を見せる事ができるようになった。
 この選択肢を選んだのは俺自身。もしまた同じ状況になれば同じ選択肢を取るだろう。だが、これが一体どんな結果をもたらす事になるのか……。

 俺は若干の不安を胸に抱きながらリン達が進む方向とは違う向きへ歩き出す。向かう先は『バルド流剣術』の練武場。

 

 
 力をつけるのだ。たとえどんな絶望が襲ってきても捻じ伏せれる力を。

 

 

 
 見慣れた石畳の道を歩く。大通りでは人混みと化してたプレイヤー達の姿も少しずつ周囲から消えていった。
 やはりこの辺りは相変わらず寂れているらしい。
 穏やかな日光とそよ風を身に受けながら歩く静寂の道。やがて見慣れた堀に囲まれた広場が見えてくる。
 練武場へと近づくにつれ、俺の緊張は段々と高まっていた。
 久しぶりに練武場の大きな門をくぐり、広場へと辿り着く。
 ダラスを出発する前と同様人影の無い広大な広場……ではない。広場の中心に一人の老人が立っていた。
 俺の瞳が驚きと期待で大きく広がるのを自覚する。
 立っていたのは『バルド流剣術』のマスターNPC、アシュレイ=バルド。白髪の老人ながら筋骨隆々の肉体を持つ彼が一人静かに瞳を閉じ、剣を地面に付き立てながら立つ姿はある種の畏敬を感じさせた。
 いつもなら奥の建物に居る筈の彼が広場で待っている。日常を裏切るその光景に僅かな既視感。奥義【心眼】を獲得した時の情景を思い出し、俺の緊張と期待は否応無く高まった。

 ゴクリと喉を鳴らし、アシュレイの下へ歩く。
 そしてアシュレイの前に立った時、彼の瞼が開いた。

「よくぞかの難題を成し遂げ戻った」

 低いよく通る声が広場に響く。この声を聞くのも随分久しぶりだ。

「『バルド流剣術』を極め、竜を滅したお前は新たなる力を得たはずだ。……まずはその証、見せてもらおう」

 そうアシュレイが語った瞬間、俺の視界にスキル【見切り】によって表示された攻撃予測軌道が映る。真っ直ぐに俺の脳天から股間を斬り裂く事を告げる赤い線。
 攻撃を感知した俺の意識がスキル【思考加速】を起動。時間の流れが急激に遅くなる中、俺は後方に飛んで距離を取りながら腰に差してあったレオンの剣を抜き放つ。だが、予測された攻撃は……来ない。

 アシュレイは地面に突き立ててあった長剣を抜き頭上高くに掲げていた。所謂上段の構え。だが、その剣を振り下ろす事無くゆっくりと下ろし、再び地面へと突き立てる。

 そんなアシュレイの瞳は瞳孔が縦に裂け、金色に輝いていた。ちらりと俺が持つレオンの剣の剣身に映る俺の瞳を見てみれば、アシュレイと同様の金色の輝き。
 俺とアシュレイの視線が交差する。

「……紛れも無くその瞳は【竜躯】を得た証たる【竜眼】。『真バルド流剣術』を扱う上で最も重要な要素だ」

 今のアシュレイの攻撃はどうやら俺にこの瞳を発現させる為のブラフだったようだ。確かにこの瞳はリン達と検証した結果、戦闘状態じゃないと発現しないとわかっている。
 それにしても、アシュレイの言葉を聞くに【龍躯】を得る事が『真バルド流剣術』入門の条件だったようだ。

「お前も新たなる力に困惑しているだろう。……【竜躯】は竜の魂をその身に取り込み、人を超えたる竜の力を肉体に宿す業。人として限界にまで極めた初代が更なる先を目指した末に辿り着いた秘蹟。【竜躯】を得た者は人を人として縛る枠を外れ、人を超える存在として成長する。『バルド流剣術』の全てはこの【竜躯】を得る為だけにあったのだ」

 俺はアシュレイの言葉を呆然と聞いていた。この言葉の意味する所は、恐らくキャパシティの限界値上昇。奥義を得るのに3年もかかったり、派生流派への入門にドラゴン単独撃破なんて難題を出されたりもしたが、結果としては破格ではないだろうか。
 リン達の考察によりこれ以上のステータス上昇は望めないと思われていたが、更なる力を得る事が出来ると思うと俺の身体が自然にブルリと武者震いを起こした。
 俺の中で更なる力への欲求が高まる。
 興奮する俺の前でアシュレイの言葉は続いた。

「だが……お前の得た力は【竜躯】ではない。お前の内から感じるのは、ワシの内に潜む竜よりも遥かに強大な存在。……人々の噂によって、かの巨龍ヴァリトールが討たれた事は知っている。恐らくお前が得た力は、長い『バルド流剣術』の歴史でも初代ただ一人しか獲得できなかったもの、【龍躯】だ」

 意外な話の展開で俺の思考が止まる。先程まで話していたのは【龍躯】ではなく【竜躯】……という事だろうか。どうやら俺が獲得した特殊アビリティは少々特別だった模様……考えてみればユニークモンスターを撃破した末に手に入れたものなので、当然といれば当然かもしれない。

 だが、【竜躯】の効果だけでもかなり強力なものだったのだ。それが【龍躯】となるとどれ程のものになるのか……。

「伝え聞く所によると、初代は火や毒をものともせず、その肉体は恐るべき回復力を誇ったと聞く。その強靭な肉体を以って様々な伝説を残したのだ。そしてお前の内に潜む力の大きさを見るに、恐らく【竜躯】によって解き放たれた限界を更に超えて成長するだろう。……お前ならばもしや初代に届くやもしれん」

 火属性攻撃や毒等の状態異常への耐性、自然回復力の上昇、そして【竜躯】を超えたキャパシティ限界値の上昇といった所だろうか。あまりに強力過ぎるので半信半疑になったが、よく考えればどれも思い当たる節がある。
 レオン達をああも簡単に撃破できたのは、この【龍躯】を得ていたが為だったようだ。お互いに剣だけで戦うのならば同じ結果を出せるかもしれないが、状態異常による戦闘力低下は身に染みている上に回避の動きがない『バルド流剣術』では魔術攻撃の良い的だった事だろう。
 そう、【龍躯】によって思いがけない力を得たとはいえ、まだまだ俺には弱点がある。

 それは魔術攻撃だ。

 物理攻撃ならばあらゆる攻撃を捌く自信がついたが、魔術攻撃だけは迎撃が出来ない。
 たまたまあの夜では、ゲイスの攻撃魔術が火属性だったからこそ【龍躯】によって大した傷も負わず耐えられたが、他の属性だったならば結果はわからない。
 レオン達を殺してしまったからこそ、彼らの仲間達によっていつまた同じ状況になるかわからない。
 なんとか対処する手段を考えなければ……。

 思考する俺の前でアシュレイが口を開く。
 そういえばまだ『真バルド流剣術』への入門の最中だった。
 俺は意識を切り替えて彼の言葉に集中する。

「何はともあれ、お前は『真バルド流剣術』を扱うのに必要な条件を満たした。今この時を以ってお前に『真バルド流剣術』を授けsnujfmopwmflw」

 突然、アシュレイの口から奇怪な音声が飛び出した。と、同時に俺の視界が真っ赤に染まり、俺の頭を凄まじい激痛が襲う。

「ぐ……がっ……!」

 突然の激痛に思わず頭を抑えて崩れ落ちる俺。余りの痛みに悲鳴も出ない。
 真っ赤に染まった視界の中で一瞬明滅する「SYSTEM ALERT」の文字。

 これは……ヴァリトールとの戦いで見た……!?

 あの時は極限状態だったからこそ耐えられた。今では到底耐えれるものではない。
 苦痛の中で俺の意識が段々と薄れていく。

 一体……何が……何故……突然…………。

 俺の意識が完全に闇へと落ちた。

 

 

 

 
 ――――――よし! ついに、ついに『真バルド流剣術』に入門だ!

 
 ――――――これが【竜烈牙】か。【烈牙】の上位版ってとこかな。

 
 ――――――基本的な動きは『バルド流剣術』と変わらないか。でも、受け方が少し攻撃的だな。

 
 ――――――斬り下ろすイメージ。斬り上げるイメージ。斬り払うイメージ。受け止めるイメージ。受け弾くイメージ。受け…………。

 
 ――――――もっとだ。もっと動きを俺の身体に染み込ませるんだ。

 
 ――――――え、奥義……だって!? 奥義の壱【神脚】!? 『真バルド流剣術』の奥義は【神眼】じゃないのか?

 
 ――――――今を駆ける【神脚】、過…………る【神腕】、そして……来を……す【神眼】。

 
 ――――――そうか。思い……た。こ……後、あいつが…………。

 
 ――――――駄目だ、駄……だ! シス…………シストに頼ってい…………きれない! もっと速く、もっ…………シス……を従……!

 
 ――――――今回も…………った。まだ足……い。

 
 ――――――力を……力を求…………。

 

 

 



 

 

 ――――――今度こそ彼女を守りきるのだ。

 

 

 



 

 

 パチリと瞳を開く。
 俺はいつの間にか広場の石畳に横たわっていた。地面に接する頬から冷たい石の感触が感じられる。
 現状が把握できず、呆然としながら俺は立ち上がった。
 周囲を見渡せば広場には俺一人しか存在しない。まだ太陽が高い位置にいる事から見て今は昼過ぎといったところか。時間にして数時間横たわっていたようだ。
 アシュレイの前で倒れたはずだが、彼の姿は見当たらない。建物へと帰ったのだろうか。

 意識を失う前にあれだけ俺を苦しめた頭痛は消えてなくなっていた。むしろ非常に頭がすっきりしていると言っても良い。
 だが、そんなことはどうでも良いのだ。
 自分の掌を見つめながら戦慄く。
 俺は今、自分の内に存在するある感覚に動揺を隠せないでいた。
 震える手で脇に転がっていた剣を拾う。
 そのまま正眼に構え、頭の中に型を起動するスイッチをイメージ。
 今まで何十万回とイメージしてきた『バルド流剣術』の型やスキルのスイッチとは別の場所に、見慣れない筈なのに何故か見慣れたスイッチが並ぶ。
 【神脚】と同列に並ぶそれらの内の一つを押すイメージ。
 攻撃意思を感知したシステムが俺の動きをアシストし始める。だが、問題なのはその勢い。『バルド流剣術』では感じられなかった猛烈な勢いが俺の身体を動かす。

 両手で握った剣を跳ね上げながら全身の筋肉が隆起し、踏み出した右足が文字通り石畳を粉砕。同時に振り下ろされた剣が凄まじい速度で空気を斬り裂く。斬撃に遅れてズドンッという轟音が響き、それに続くように広がった衝撃で前方の石畳にヒビが走った。


 『真バルド流剣術』二の型【竜烈牙】。

 
 その名の通り『バルド流剣術』二の型【烈牙】の上位版とも言える型だ。基本的な動きは変わらないものの、その威力は遥かに上がっている。

 剣を振り終えた俺はそのまま更なるスイッチを押し込むイメージ。
 再び振り上げられた剣が踏み込みと同時に掻き消える。銀光を残して現れた剣身はまたも上段。


 『真バルド流剣術』一の型【竜双牙】。

 
 これも【竜烈牙】と同様に【双牙】の上位版であり、動きそのものは【双牙】とは変わらない。だが、その恐るべき剣速は最早斬り下ろしてから斬り上げるという連続攻撃ではなく、上下から挟み斬るような同時攻撃のように錯覚する。

 そして……俺はイメージされたもう一つのスイッチを押し込む。


 その瞬間、世界から音が消失する。

 
 自分以外の全てが停止した静寂の世界で俺が練武場を縦横無尽に駆け巡る。
 しばらくすると世界が音を取り戻した。
 途端に俺の身体を襲う凄まじい倦怠感。脚をガクガクと震えさせながら俺は広場の石畳へと倒れこんだ。

 言うまでも無く今のは、『真バルド流剣術』奥義の壱【神脚】である。
 主観時間にして数十秒程だが、周囲の世界の時が止まったかのような加速世界で自在に動ける奥義だ。
 とんでもない効果だが、使用後は御覧の通りしばらく行動不能になる。

 
 そう、俺は何故か『真バルド流剣術』がわかるのだ。いや、むしろ身体に染み込んでいると言っても良い。今まで振るってきた『バルド流剣術』の動きと同レベルで俺の身体に馴染んでいる。
 ヴァリトールとの戦闘時における突然の【神脚】使用、そして今回の『真バルド流剣術』への習熟。
 一体俺の身体には何が起こっているのだ!?
 先程意識を取り戻す前、何か大切な事を見て、聞いていた気がする。
 だが、今となってはそれを思い出すことが出来ない。何ともそれがもどかしい。

 わけのわからない状況、それに頭の中を埋め尽くす知らない筈の『真バルド流剣術』の情報。
 喚きたい気持ちで胸が一杯になるが、それを何とか抑える。

 

 しばらくして身体の倦怠感が取れてきた。
 俺はゆっくりと立ち上がる。
 既に俺の心はある程度の落ち着きを取り戻していた。
 そうすると俺の心にはある感情が静かに強く湧き出してくるのが自覚できる。

 それは力への渇望。

 これほどの力を得て、更にどんな力を望むと言うのか。
 そう考える俺がいる中で、もっと力をと求める俺もいる。
 相反する感情を胸に押し込めて、俺は剣を腰の鞘に差した。

 ヴァリトールを倒してからわけのわからないことばかりが起きている。
 あまりに異常が多過ぎる……俺は一体何者なんだ?
 


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