ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
  エデン 作者:川津 流一
15.秘密
 俺の視界に血を噴きながら転がるレオンが映る。
 俺の手には振り下ろされた『ブロンズロングソード』。真っ赤な血に塗れたその剣身はボロボロだった。無数の刃こぼれとひび割れが走り、未だ剣身が繋がってるのが不思議なくらいだ。
 レオンのレア装備であろう長剣の攻撃をさばき、鎧ごと叩き切ったのだから当然と言えば当然の結果だろう。どれ程アイテムランクの差があるのかは俺には判別できないが、最低ランクのこの剣で勝てたのは僥倖だ。
 姐さんに鍛えてもらった物以外の剣を普段通りに使うとすぐにボロボロになるのは判っていたのでなるべく耐久度が減らないような戦い方をしたつもりだったが、最低ランクとはいえ一度の戦闘で使用不可になるほどボロボロになったのは初めての経験だ。さすがはレア装備というわけか。

 俺はもはや武器として用を成さなくなった『ブロンズロングソード』を地面に投げ捨てる。『ブロンズロングソード』は地面に落ちると同時に澄んだ音をたてて剣身が砕け、光の粒子となって消えた。
 再び無手となった俺はレオンの遺体へと歩く。目的はレオンが使っていた剣だ。二本ともレオンの遺体の傍に転がっている。

 そう、まだ戦闘は終わってはいないのだ。

 俺の視界には尻餅をついたままブルブルと震える一人の男が映っている。確かゲイスといったか。圧倒的に有利な状況だったにも関わらず一転して危機に陥ってしまい気が動転してるのだろう。放っておいても良い気がするが、この男が『詠唱式』の魔術士というのが問題だ。
 今のこの距離ならば『詠唱』を終える前に一太刀浴びせることが出来る。だが、リン達の場所からでは無理だ。リン達の治療中に攻撃されたら、しかもそれが範囲攻撃だったら、俺はともかくリン達が危険だ。
 それに最初に俺が殴った男を回復させられても困る。

 レオンの元に辿り着いた俺は、剣身に複雑な模様が描かれた直剣を拾い上げた。キースを刺した剣だ。柄を握る手に力が入る。

 ゲイスの顔は真っ青になっていた。自身が辿る未来を想像したのだろう。血に塗れたレオンや斧使い、弓使いの遺体を交互にキョロキョロ見回している。
 ちょっとした間に随分と血生臭い場所になってしまった。
 その原因を作ったのは俺だというのに、不思議と俺は何も感じていない。
 戦い始める前にあれだけプレイヤーを斬る事に悩んでいたはずなのに、いざやってみるとそこには何の嫌悪も抵抗もなかった。
 むしろ慣れ、親しみすら感じている気がする。
 今までモンスターしか相手にしたことがなかったのに、プレイヤーとの殺し合いにこれだけ慣れてしまっている自分。
 何故プレイヤーを殺しても何も感じないのか。
 何故無抵抗な相手に止めを刺すことに抵抗を感じないのか。
 ザワリと俺の心の内で何かが蠢く。
 いつか感じたこの感覚。以前に比べ、随分身近に感じる。今なら掴んで引き上げてしまえそうだ。
 そうすれば俺の疑問の答えが見えそうな気がした。
 だが、俺はそこで思考を止める。

 今はまだ戦闘中だ。リン達も回復していない。考えるのは後だろう。
 殺す、殺さないは別にしてとりあえずこの魔術士はどうにかしなければ。

 そう結論付けた俺は一足飛びでゲイスへの間合いを詰め、剣を握った拳で殴りつける。一応手加減はしたのだが、思った以上にゲイスの身体は吹き飛び地面を転がった。
 後を追って確認すると、ゲイスは白目をむいて気絶しているようだ。
 それを見た俺は、リン達の元へ向かう。
 唖然とした顔で俺を見るリンとミーナだが、俺はあえて無視をしてリンとミーナのポーチを探る。
 カードの束を捲り、目的の物を探し出す。
 やがて探し当てた俺はカードを手に具現化。二本の緑色の液体が入った小瓶が現れる。
 見ての通り解毒ポーションだ。それも小瓶の細工の細かさ、液体の純度から見て高ランクアイテムなのは間違いない。
 レオン達が盛ったのが麻痺毒だというのはわかっているが、毒の強度はわからなかった。
 だが、さすがトップギルドのプレイヤーだけあって持っている消費アイテムもランクが高い。
 このランクのポーションならば大抵の毒を解毒できるだろう。
 俺はリンとミーナ二人へと交互に解毒ポーションを飲ませる。

 効果はすぐに現れた。
 液体を嚥下してすぐにリンが声をかけてきたのだ。

「し、師範代君……君は……」

「リンさん、話すのは後にしましょう。今はキースの治療を」

 俺を見上げながら戦慄くリンの言葉を遮って忠告する。俺の言葉にハッとなったリンは頷いて慌てて立ち上がった。

「そうだった! ミーナいける!?」

「もちろんよ! ……後でちゃんと説明しなさいよ、師範代さん」

 ジロリと俺を一睨みしたミーナはリンを連れ立ってキースの元へ向かう。俺も顔を引き攣らせながらその後に続いた。
 俺には何かある種の予感めいたものがあったのでそれ程驚いてはいないが、彼女達にとっては寝耳に水な状況だろう。
 装備アイテムランク差、人数差、そして流派。これだけ不利な状況を覆せるなど普通誰も考え付かない。
 実際、俺もこれほど圧倒的に勝ててしまったことに困惑してもいた。

 キースの元に辿り着いた俺達はうつ伏せに倒れているキースを仰向けにする。
 その身体はまだ微かに暖かかった。出血も傷に比べると思ったより少ない。やはり助かる可能性があるかもしれない。
 キースの身体に杖をかざしたミーナが猛烈な勢いで空中に『紋章』を描き出す。
 あっという間に完成した『紋章』は、一瞬輝くとキースの身体へと溶け消えた。それと同時に消える紋章の代わりとでもいうかのようにキースの身体が淡く輝く。
 よく見れば腹部の刺し傷に光が集まっているのがわかった。
 やがて輝きが収まるとそこには無傷のキースの姿。
 それを見てリンとミーナが一息つく。

「良かった……なんとか間に合ったみたい」

「お疲れ様、ミーナ」

 二人の様子から見るに大丈夫だったようだ。死亡したプレイヤーには回復魔術が発動しないはずなので魔術が発動した時点で望みはあったが、あの短時間で紡いだ魔術でまさか完治までするとは……さすがは『シルバーナイツ』の魔術士というべきか。
 瞠目する俺を他所に、リンとミーナがキースを揺り動かす。
 それに反応してキースがもぞもそと動くのが見えた。リン達と俺の顔が喜色に染まる。
 俺達が見下ろす中、寝ぼけ眼で身を起こしたキースが周囲を見渡した。

「お……おお? 確か、俺の腹から剣が突き出てやばかったはずなんだが……って、お嬢達大丈夫だったのか!?」

 状況を思い出したのか大声を張り上げるキース。
 そんな彼の肩に手をかけ微笑むリン。

「危なかったが無事でよかった、キース。私達は大丈夫だったよ。彼……師範代君が助けてくれたんだ」

「師範代が……? あの状況で一体どうやって……っ!?」

 俺達の背後に広がる惨状に気付いたらしい。キースが思わず息を飲んだ。

「……あれを一人でやったって言うのか? レオン達は胸糞悪くなるような連中だったけど、腕は確かだったんだぜ」

 キースの困惑を含んだ視線が俺へと突き刺さる。自然とリンとミーナの視線もこちらに集中した。
 お互いの視線が交錯し、沈黙が場を支配する。

 果たして何と説明すれば納得してくれるのだろうか。自分でもこの結果には戸惑っているのだ。

 そうして俺が内心頭を抱えていると、ミーナが口火を切った。

「まずはお礼を言っておくわ。本当にありがとう。あなたが助けてくれなかったらきっと酷い目に遭わされてた。だから本当に感謝してるわ。で、差し支えなければ教えて欲しいんだけどあれは一体どういうことなのかしら? とても『バルド流剣術』だけを修めてたんじゃ成し得ない結果だと思うんだけど……」

 そう言って俺を見つめるミーナの視線には若干の疑惑が込められていた。仲間に裏切られた直後で騙されることに敏感になっているのかもしれない。
 だが、俺が口を開くより先にリンの声が響いた。

「いや、師範代君の流派は間違いなく『バルド流剣術』だよ」

「……どういうこと、リン?」

「ザンスとケイを倒すのに使った型、そしてレオンを倒すのに使った型。……私が見て間違いなく『バルド流剣術』の【双牙】と【烈牙】だった。他流派に師事していたのではこの二つの型は使えないはず……そうだね、師範代君?」

 訊ねるリンに対して俺は大きく頷いた。

「……じゃあ、【グランロデオ】や【バーストスパイラル】を片手で防いだ事は? それにあれが【双牙】と【烈牙】だったとしても、あんなアイテムランク差を超越できるような凄い型だったかしら? 初心者用の剣術だったはずでしょう?」

「そこが私にもわからない。動きは確かに『バルド流剣術』の物。だが、その威力は今まで見たことの無いような凄まじさだ。……師範代君、助けて貰っておいて失礼な話だが教えてもらえないかな? 勿論助けて貰った事に対するお礼とは別に情報の対価は支払う。どうかな?」

 リンとミーナが答えを待つようにじっと俺を見つめる。状況がわからず静観していたキースも興味深そうにこちらを見ていた。
 それに対する俺の答えはもう決まっていた。

 ……できる限りの事は話そう。俺自身も確認したい事があるし、何よりここで彼女達の信頼を失うのは痛い。

「わかりました。俺自身わかっていないことも多いのですが、出来る限りの事はお話しします。……ですが、その前にレオン達をどうにかしてからにしましょう」

 ゲイスと武士のような格好の男は気絶しているだけだ。いつ起きて再び襲ってくるかわからない。今のうちに拘束しておく必要がある。
 それにレオン達3人の遺体も片付けたい。『エデン』公開前の仕様情報では、ここまでのリアルさは無かったはずだが『運命の日』以降その仕様はガラリと変わり、まるで現実かのような生々しさを世界が持つようになってしまったのだ。
 モンスターの死体ですらあまり気分の良いものではないのに、プレイヤーの死体となると尚更だった。

 

 周囲を片付けた俺達は焚き火を囲って座り込んだ。
 レオン達のようなプレイヤーの遺体もモンスターと同様にカード化を行うことで消滅させることができる。残るのは遺体が装備していた防具類のカードだ。武器や所持アイテムカードを回収した後で遺体のカード化を行い、防具のカードも回収した。
 おかげで血に塗れた周囲の状況は一変し、何とか異変が起こる以前の穏やかな夜の風景を取り戻している。
 レオン達が所持していた装備やアイテムは撃破した俺の物だとリン達が渡してきたので、ギルドで配布したらしいアイテムや装備は除いて一応受け取っておいた。
 ゲイスと武士のような格好の男―――リン達によるとラッシュという名前らしい―――はレオン達が持っていた拘束用の鎖をもって縛り上げて隅に転がしている。
 ラッシュは縛り上げる時に意識を取り戻したようで一瞬暴れたが、鎖と同じくレオン達が所持していた睡眠薬を無理やり飲ませて大人しくさせた。ゲイスは未だ意識を取り戻さないものの、念の為彼の口にも無理やり流し込んで嚥下させている。
 そうしてようやく腰を落ち着けた俺達は溜息をついた。

「……裏切った相手とはいえ、プレイヤーの遺体を片付けるのはやっぱり慣れないわね」

 沈んだ表情でそう語るのはミーナ。リンも同意するように頷く。

「そうだな……あくまで仮想現実の死で現実世界との関連があるかはわからないとはいえ、こんなことに慣れてしまうのは問題かもしれない」

 それを聞く俺やキースも表情が晴れることはない。俺は斬り殺した当初こそ何も感じなかったが、こうして落ち着くと自分が行った行為に後悔が滲んでくる。
 もしかして殺すまでやる必要はなかったのではないか。
 そういう考えが浮かぶ一方で、もしまた同じような状況になれば今回同様容赦なく殺すだろうという奇妙な確信もある。
 相反する考えを抱きながら、どちらにも共感を覚えてしまう俺。
 どうも最近自分の心というのがよくわからない。
 いつから俺はこんな支離滅裂な感情を持つようになったのか。日々親しみ慣れたルーチンワークからかけ離れたイベントの連続で俺の隠れていた内面が顔を覗かせただけなのか。俺は本当にこんな冷酷な一面を持っていたのか。
 俺の意識が段々と深淵へと潜っていく。

 わからないことだらけ……? 本当に俺はわかっていないのか……?

「……師範代君」

 その声にハッとする俺。どうやら随分深く考え込んでいたようだ。リン達の視線が俺に向けられる。

「良ければそろそろ教えてもらえないだろうか」

 そう語りながら俺を見つめるリンの眼差しを受けて、俺は軽く頷く。

「……まず最初に皆さんに謝らなくてはいけません。最初会った時に俺はドラゴンに襲われて逃げてきたと説明しましたが、あれは嘘です」

 3人が真剣な目で俺を見つめていた。それを見返しながら一拍置いて口を開く。
 さて、どんな反応が返ってくるのだろうか。

「本当はドラゴンを倒してきた帰り道だったんです」

 リン達の顔に驚きが浮かぶ。キースが唖然とした表情で「マジかよ……」と呟くのが聞こえた。俺はそのまま言葉を続ける。

「とあるクエストを受けたのですが、そのクリア条件が竜種モンスターの単独撃破だったんです。その為に一人でヴァリトール山に入ってドラゴンと戦い、倒しました。その後、帰ろうとしていた所でリンさん達と遭遇したんですよ」

 相変わらず顔に驚きの表情を浮かべたまま、俺の話を聞き入るリン達。
 さらに言葉を連ねようとした所でリンが口を開いた。

「……私もギルドメンバーと共にドラゴンと戦った経験がある身だ。あれを一人で倒すなど……今までなら荒唐無稽な話だと捉えていただろうね。……だけど、あのレオン達を圧倒した強さを見た今なら納得せざるを得ないな」

 苦笑しながらリンが話す横で、ミーナは頷き先程の戦闘を見ていないキースは首をひねる。
 今度はミーナが質問を飛ばしてきた。

「ちなみにそのクエストって? そんな厳しい条件を課せられるクエストなんて聞いた事ないわ。しかも師範代さんの行動範囲から言ってダラス周辺で発生したクエストでしょ? そんな場所でここまで厳しいクリア条件……凄いレアなクエストじゃないかしら」

 興味深そうな表情を見せるミーナ。

「レアといえばレアかもしれません……。俺が『バルド流剣術』を師事していることはもうご存知だと思うんですが、先日ついに奥義を獲得したんですよ。それによって派生流派の入門クエストが始まりまして、それが先程のクエストなんです」

「ええ!?」

 三人から驚きの声があがった。ドラゴンを一人で倒すことよりこっちの方が驚くらしい。

「そっかあ……その奥義が強化系スキルなのね。だからあんな……」

「あ、違います。奥義は視界を補助する程度の物で直接強さに関係するわけじゃないですね」

 ぼそりと呟かれたミーナの言葉を即座に否定する。自分の予想を否定されたミーナは目を丸くした。

「じゃあ、あの馬鹿力とか剣速とかはなんなのよ。『バルド流剣術』で他に何か特別なスキルでも手に入れた経験でもあるのかしら? 基本スキルと型だけでドラゴンを単独撃破なんてちょっと考えられないわよ」

 探るようにこちらを見つめるミーナ。意外と好奇心旺盛のようだ。リンとキースは俺の話に驚きながら、追求役をミーナに任せて静観している。

「特別なスキルといえば一つ自分でもよくわからないのがありますけど……それはドラゴンを倒して手に入れたんですよね。ドラゴンとの一騎打ちはブースト系アイテムは使用しましたけど、他は皆さんが良く知ってる基本スキルと型のみで戦いました。……俺にはよくわからないんですけど、剣速なんかもあれが俺にとっての普通なんですよ」

「あれが普通!? それに基本スキルと型だけでドラゴン倒すなんて一体どんなステータスしてるのよ……」

 首を傾げながら話した俺の言葉にミーナが顔を引き攣らせて絶句する。そのミーナの反応に俺も戸惑いを感じていた。先程から感じていたが、どうも彼女達と俺とで感覚にズレがある気がする。
 そこで沈黙を守っていたリンが口を開いた。

「……なんとなくわかってきたよ。師範代君の強さの秘密はその常識外れのステータスの高さのようだね。何故そこまで高いステータスを得られたのかがよくわからないけど……師範代君には何か心当たりはあるかな?」

 そう尋ねられて俺は考え込む。リン達の言葉を信じるのならば俺のステータスは相当高いらしい。プレイヤーとの交流が薄くて比較できなかったので全く気がついてなかった。
 だが、俺が今までで何か特別なスキル入手やイベント遭遇に直面した事があるのはここ最近の出来事だけだ。『バルド流剣術』の入門時に三つの基本スキルと二つの型を手に入れた後は3年間何もなかったと言って良い。日々の修練で少しずつステータスの上昇を実感できるくらいで、急激にステータスが上昇したと思える出来事はなかったと思う。

「特にないですね……3年間毎日一人で修練とダンジョン篭りを続けてきましたけど特別な事は何も……」

「ちょっとストップ。今”毎日”って言った?」

「……? え、ええ。そう言いましたけど」

 異様な雰囲気で迫ってくるミーナ。思わず身を引きながら答える。

「そのダンジョンはどこの?」

「死者の洞窟です……けど……」

 そう答えた瞬間。

「あなたバカじゃないの!? ダンジョンなんて一度潜ったら2,3日は休息を取るのが普通なのよ!? 痛覚も死のリスクもなかった昔の仕様ならともかく今そんなことしてたら死に急ぐようなものよ! しかもよりにもよって死者の洞窟……ダラス周辺で一番性質が悪いダンジョンじゃない! 一人でそんなダンジョン毎日篭るなんて自殺行為……むぐぐ!?」

 何故だかミーナに思い切り叱られて呆然とする俺の前で、憤慨するミーナをキースが羽交い絞めにしていた。

「まあまあ、落ち着けよミーナ。心配するのはわかるが、もう3年も続けてるんだ。今更な話だぜ。……なあ師範代、なんで死者の洞窟なんだ? あそこはソロで篭るには不向きだろう?」

 むーむーと唸るミーナを抱えて苦笑するキースが俺へと問い掛ける。

「最初は他のプレイヤーを避けるっていうのが目的だったんですけどね。でもすぐに自分に最適の狩場だって気付いたんですよ。プレイヤーがいない上に敵の出現率は高い……一人で最下層行くと笑えるくらい敵が涌きますからね。おかげで『バルド流剣術』が重点を置く防御を存分に磨けました」

 そう説明すると三人は呆れたような、生暖かい視線を送ってきた。
 ……何か変な事言っただろうか。

「……常識を知らないってのは幸せなのか不幸なのか……もう一度聞くけどそれを毎日やってたんだよな?」

「そうですね。早朝に型の修練をやった後、半日くらい最下層に篭ってます」

「あの”地獄の間”に半日もか……」

 そう呟くと自身の無精髭を撫でながら押し黙ったキース。一瞬場に沈黙が訪れる。
 だが、すぐに小さな笑い声が響いた。

「フ……フフフ」

 出所はリン。端正な口元に手を当てて可笑しそうに声を漏らしている。それに合わせて綺麗な黒髪がサラサラと揺れた。

「リン?」

 いつの間にかキースの羽交い絞めから抜け出したミーナが声をかける。

「一体どんな凄いスキルを持っているんだろうと期待してたからあまりに予想外の事実で呆気に取られてしまってね。気を悪くしたらすまなかった師範代君。でも、君の高ステータスの理由もなんとなくわかったよ」

 別に馬鹿にした様な感じも受けなかったので気にするなと返しておく。
 リンの言葉を受けて少し考え込むミーナ。

「私もわかったかも」

「おいおい、俺にも説明してくれよ」

 キースに同意するように俺もリンとミーナを見る。気になるので聞いておきたい。
 俺達の視線を受けたリンは軽く頷くと説明を始めた。

「ポイントは、師範代君が基本スキルと型しか習得していないことだね。確か『エデン』でのプレイヤーは各自等しく定められたキャパシティを割り振って成長させるという事をチュートリアルで学んだはずだ。そしてそのキャパシティはステータス上昇、スキルや型の習得によって消費されるとも。師範代君の場合、スキルと型に消費されるキャパシティは基本のみなので最低限。つまり丸々キャパシティが残っていたことになる」

「それで3年間ぶっ続けの戦闘行為するとどうなるかってことね。キース、わかったでしょ?」

「ステータスは戦闘時や修練時に上昇するって言われてるからな。つまり、残ったキャパシティの殆どをステータス上昇に費やしたってわけか」

「スキルや型の劇的な効果に比べてステータス上昇は効果が実感しにくいからね。加えて数値的なステータス表示機能も無いから尚更だ。この理論、判っていても皆が挫折するか無視する道なのに……極めるとここまでの差を生むとはね」

 リンの説明を聞いて俺も納得できた。【心眼】獲得時にリンの説明を肯定する心当たりがあったのだ。

「そういえば奥義獲得時に似たような事を言われましたね。ここまでの過程でお前は筋力と頑丈さを人としての限界まで鍛えられたと」

 それを聞いたリンが軽く頷いた。

「ふむ……、そうなると師範代君のステータスは上限値に達していることになるね」

「なんだ、つまり……俺達もトップギルドだなんだって言われるくらい戦いの日々だったけど、ダラスで馬鹿にされてた師範代が結局の所一番廃プレイをしてたってわけだな!」

 ガハハと笑うキースにつられる様にリンとミーナも苦笑する。自分が思ってた以上に常識外れだった事を知って何とも俺は困惑していた。いくら馬鹿にされてたとはいえ、あまり世俗から離れてるのもよくないなと実感。
 キースがしばらく笑ったところで、ミーナの大きな丸い瞳がこちらを向いた。

「そういえば話は変わるけど、戦闘中のあの瞳の変化は奥義の効果かしら? さっき奥義は視界を補助するものだって言ってたわよね」

「ああ、それは私も聞きたかった。最初見たときは中々肝が冷えたよ」

 ミーナの言葉にうんうんと頷きながら同意するリン。この二人は何を言っているんだろうか。【心眼】獲得後の訓練中、水面や刃の表面の反射等何度も【心眼】使用中の自分の姿は目にした事はあった。だが、特に驚くような変化は全く無かったはずなのだが……。

「え~と、一体何の事を言ってるのですか? 奥義は使用しても見た目に変化が起きることは無かったはずなんですが」

 俺の言葉にリンとミーナは首を傾げた。

「気付いてなかったの? レオン達と戦ってる間、師範代さんの瞳が金色に輝いてたのよ。まるでドラゴンの瞳みたいにね」

 ドラゴンという単語にピンときた。それに【心眼】獲得後で何か変化が起こる心当たりは一つしかない。

「それはもしかしたら【龍躯】の効果かもしれません」

「……初めて聞くスキルだね。それはもしかしてドラゴンを倒して手に入れたってものかな?」

 たずねるリンに俺は肯定するように頷く。

「一応スキルではなくて、特殊アビリティらしいんですよ。効果は全く不明です。ヴァリトールを倒すのに精一杯でメッセージウィンドウ出た時にチラリと見ただけで気絶しちゃいましたから……って、あれ?」

 三人の動きが止まったので、何事かと首を傾げる。三人とも絶句して顔を引き攣らせていた。
 やがていち早く動き出したミーナが眉間を押さえながら口を開く。

「……今凄く有り得ない単語を聞いたと思うんだけど……もしかしてヴァリトールって言ったのかしら?」

「え、ええ……言い忘れてましたけど、倒したドラゴンってヴァリトールなんです。……ちなみにこれが証拠です」

 ミーナの質問に肯定した瞬間の三人の異様な迫力に押されて思わずヴァリトールのドロップアイテムを見せる俺。
 三人は叫ぼうとしたのか大きく口を開けた所で差し出されたアイテムカードを確認し、またも硬直した。

「……うわあ、信じたくないけどこんなの見せられたら信じるしかないじゃねえかよ……ユニークモンスターを一人で倒すとか、どんだけ化け物なんだ……」

 頭を抱えて呻くキース。ミーナは固まったまま燃え尽きたように放心状態になっている。
 リンはというと、最初こそ非常に驚いていたようだがすぐにクスクスと笑っていた。

「先程から本当に私達を驚かせてくれるね、師範代君。こんなに驚いたのは初めてかもしれない」

 そう言って笑うリンにいつの間にか復活したミーナが食って掛かった。

「ちょっと、リン! どうしてそんな平然とできるのよ! ヴァリトールよ!? ユニークモンスター中最強だなんて言われてる様な化け物なのよ!?」

「まあまあ、ミーナ落ち着いて。私だって驚いてるよ? ただ、師範代君ならなんとかしてしまいそうな感じがしてね。私達を救ってくれた時の様にどんな障害も捻じ伏せてくれる気がする」

 微笑みながら語るリンを見てミーナも少し考え込む。レオン達との事を思い出してるのだろうか。
 やがて顔をあげたミーナはポツリと呟いた。

「確かにそうかも」

「おい!? お前らそれで納得するのかよ!?」

 キースが間髪いれずに叫ぶ。

「うるさいわね、キース! あんたもレオン達と師範代さんとの戦いを見てればきっと納得するわよ! 不覚にもちょっと格好良いなんて思っちゃったんだから!」

「え……?」

 思わず声をあげてしまった。いきなり何を言ってるんだろうかこの子は。
 一瞬場が凍る。
 自分が口走ったことを理解したのか、ミーナは瞬時に顔を赤くして喚き出した。

「あわわ、今の無し! 忘れなさい! すぐに今聞いた事は忘れなさい!」

「プ……アハハ」

 途端に笑い出すリン。それでさらに顔を赤くしたミーナがリンに詰め寄る。

「リン!」

「いやいや、恥ずかしがる事はないよ、ミーナ。私も同じように感じたからね。……プ、クク」

「だったら笑うな~!」

 ギャーギャー騒ぐミーナにクスクス笑うリン。照れ臭くて何とも居心地が悪い。
 ふと横を見ればキースがニヤニヤしながらこちらを見ている。

「ふむ、あのミーナがあんな事言うなんてなあ……」

「……キ~ス~!」

「やべ、聞こえたか!」

「忘れなさいって言ったわよね~!」

 地の底から響くような声をあげながら、ミーナの指先に光が灯る。それを見たキースの顔が青ざめた。

「ちょ、おま! 魔術なんか使うな!」

「うるさい!」

 慌てて立ち上がって逃げるキース。それを追ってミーナも走り出した。
 時折ミーナの指先で描かれた紋章から光の矢が撃ち出され、キースの顔を掠める。その度にキースが悲鳴をあげながら許しを請うが、ミーナはまだまだ許す気はないようだ。
 そんな二人を見て笑うリン。
 俺もつられる様に笑い出す。

 
 そうして夜は更けていった。

 

 

 

 

 夜が明けて翌朝。
 俺達はダラスへと出発した。
 ゲイスとラッシュについては簀巻きにして俺が担いで歩く。やはり筋力ステータスが高いのか、二人を担いで歩く事など俺には造作も無い事だった。
 歩いている内に二人とも目が覚めたようだが、何も出来ないように拘束してあるのでどうしようもない。
 リン達によると、シルバーナイツの本拠地に連れ帰って尋問を行うらしい。
 他にもレオン達の仲間がいる可能性もあるので、襲撃されるのを避ける為にとりあえずは安全を確保するのを優先するとの判断だ。
 レオン達の口振りでは他にも被害者がいるようなので、そこは何とか口を割らせて救って欲しいと思う。

 道中、ゲイスとラッシュに聞かれないように対処した上でリン達三人とは様々な話をした。
 レッドドラゴンとの戦いや、ヴァリトールの強さの非常識ぶりなど。話す度に皆が絶句したり、呆れられたりしたが、そのうち耐性が出来たのか動じなくなっていった。
 【神脚】について語るべきか悩んだが、これは伏せておくことにした。スイッチのイメージはあるものの、まだヴァリトール戦の後で使用していないので再び使えるのか自信が無かった上に、もし使えるならこれは俺の奥の手になり得る。さすがにそこまで自分の手を明かすつもりは無かった。
 それに何故自分がこんなスキルを使えるのかがわからないのだ。恐らくは『真バルド流剣術』の奥義。今の俺がこれを使えることにどういう意味があるのか。何となくこれは自分で答えを見つける必要がある気がしていた。

 そして、【龍躯】。リン達の話では俺の瞳がまるでドラゴンの瞳の様になっていたらしい。ダラスへの道中何度か確認したが、どうやら俺が戦闘状態になると変化を起こすようだ。
 その他の効果は不明。名称から考えるに、何かステータスが上昇しているかもしれないがそれを確認する術はない。
 アビリティというカテゴリはスキルと違い、意識しなくても常時発動している特性の事だとリン達は言う。
 例として火属性ダメージを軽減する【耐火】や魔力回復量を増加させる【魔想】、攻撃力や射程にボーナスが付くレアアビリティ【闘気】等があるらしい。
 だが、俺の【龍躯】のように肉体的変化が起こるアビリティは初めて聞くそうだ。それこそが”特殊”アビリティたる由縁かもしれない。

 

 そんな道中を経て、数日。
 ついに俺達はダラスへと到着した。



+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。