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  エデン 作者:川津 流一
9.謎の男
 ヴァリトール山に向かう道中、俺は新たに手に入れた奥義【心眼】の効果を検証し続けた。その結果、アシュレイが言っていた死角がなくなるというのは誇張表現ではなかった。

 効果自体はそれほど複雑なものではない。単に視界が切り替わるだけだ。

 奥義【心眼】を発動すると俺の視界は普段の1人称視点から俺自身を見下ろすような鳥瞰視点に切り替わる。視界が違うだけで身体の感覚は変わらないので、【心眼】発動状態で身体を動かすのはなかなか距離感が掴めず難しい。

 だが、自分の周囲全てを一目で確認できる有用性は大きい。
 道中のフィールドモンスターとの戦闘で【心眼】視界にスキル【見切り】の攻撃予測軌道が表示されることも確認した。
 これで顔を向けることなく敵からの攻撃を捌くことが可能だし、スキル【気配察知】と合わせれば最早俺に奇襲は通用しないだろう。
 勿論、それには常時【心眼】を発動し、【心眼】発動状態で普段と変わらない動きが出来ることが条件ではあるが。

 加えて嬉しいのは、【心眼】視界では例え夜でも昼間とほぼ変わらない視界を得ることができることだ。ほぼ変わらないと言ったのは、【心眼】視界では影が存在しないことによる。おかげで普段薄暗い場所でもはっきりと細部を確認できる。
 ダンジョンの洞窟ではまだ試すことが出来ていないが、少なくともフィールド上では夜に松明やランプなどの光源を必要とすることはなくなった。
 これは非常に助かる。やはり闇というのは恐怖を誘うものだし、魔術ならいざ知らず松明やランプでは光源としては心許無い。闇を気にせず戦えるというのはかなり負担が軽くなると言える。

 奥義【心眼】の検証によって浮かび上がった問題点は、やはり【心眼】視界での身体の動かし方と距離感。これを克服しなければ戦闘での使用は難しい。
 【心眼】の問題克服の為にしばらく訓練をするべきだろう。本来なら始まりの街ダラス周辺やいつものように死者の洞窟で訓練を積むべきだが、今はレオンとの試合のせいで俺への注目度が高い。俺が【心眼】を獲得したことを知られない為、そして邪魔をされない為にも始まりの街ダラスからは少し離れた方がいいだろう。
 ヴァリトール山への道中を想像し、修練するのに都合の良い場所を考える。
 そうすると一つの村が俺の脳裏に浮かんだ。


 始まりの街ダラスを発ってから約3週間。俺はヴァリトール山の麓でその威容を仰ぎ見ていた。
 本来なら数日の日程で到着できるはずをこんなにも時間がかかったのは【心眼】の習熟訓練の為だ。ヴァリトール山に程近いホルンという小さな村を拠点に修練を積んだ。この付近はヴァリトール山以外にダンジョンらしい物は存在せず、プレイヤーの姿を見ることも少ない。おかげで俺も気ままに修練を積むことができる。
 始まりの街ダラスを出た時からこの村に目星をつけていた俺は、ここでみっちり修練を積んでいたのだ。
 その甲斐あって【心眼】視界でも普段とほぼ変わらない動きをすることが出来る。
 準備は整ったと判断した俺はこうしてヴァリトール山へとやってきたわけだ。

 話には聞いていたが、本当に大きい。麓こそ緑に覆われているが、標高が上がっていくにつれて緑はなくなりごつごつとした岩肌が目立ってくる。その頂は雲に隠れて見る事はできない。
 中腹辺りで鳥のようなものが複数飛んでいるのが見えるが、サイズがおかしい。おそらく飛竜の一種だろう。ここからではまだ詳細が見えないが他の竜種も大勢いると思われる。明らかに獣とは違う獰猛な咆哮がここまで聞こえてくるのだ。
 竜の巣窟。死と隣り合わせの場所。思わず俺の喉がゴクリと鳴る。これからの苦難を想像し、集中していた為か声を掛けられるまで俺はそいつが後ろに立っている事に気づく事が出来なかった。


「やはり今回も君か」


「!?」

 己の【気配察知】スキルに信頼を置いていた俺は、こんな至近距離まで近づかれるのを全く想定していなかった。
 俺は思わず飛び退きながら腰のポーチからカードを抜き取り、瞬時に愛剣を具現化させられるように構える。
 ここは街の中ではなく、フィールド上。さらに人気も全くないと言って良い。
 そんな状況で俺に真後ろから接触してくる相手。もし相手が俺を害する考えがあるのならば、既に俺はやられてしまっていたと言える。それがただ声をかけてきただけと言う事は、少なくともすぐに俺をどうこうしようという気はなさそうだ。
 だが、否応無く警戒心は高まる。

 俺の真後ろにいた相手は、一言で言えば異様な風体だった。
 闇が滲み出たような真っ黒なフードとローブを着込み、顔や体格が全くわからない。一応背の高さは俺と同程度、声は聞く限り男性のようではあるが……。


「だが、随分と来るのが早い……」

 ぼそりと呟き俯く男。俺が警戒を露にしているというのに全く気にも留めず思慮に浸っているようだ。

 何なのだ、この男は? もしかしてクエストに関係するNPCなのだろうか。
 男の額を確認したいが、フードに隠れて口元しか見えない。

 思考を終えたのか、男が俺へと顔を向ける。だが、依然として顔はフードの暗がりに隠れはっきりしない。恐らくは認識を遮断する効果を持った装備だろう。いくつかそういう効果を持ったレア装備が存在することを噂に聞いている。
 身元が全くわからない相手に俺の警戒心がさらに高まる。

「……忠告しておこう。今のこの時期、ヴァリトール山は竜達の繁殖期を迎え、総じて竜達が凶暴化している。別の時期ならいざ知らず、今の君ではまだここに挑むのは早い。命が惜しければ出直すことだ」

 思わぬ言葉に困惑する俺。この言葉だけを聞くなら、竜達の凶暴化を伝えるNPCと考えられなくはないが……最初の言葉が不可解だ。今回も? それではまるで……。

 ザワリと俺の心の内で何かが蠢いた気がした。その正体を探ろうとした途端、意識に靄がかかる。

 俺は今何を考えていた?
 ……駄目だ、思い出せない。

 何かもどかしさを感じながらも意識を外界に戻すといつの間にかあの男は消えていた。

 今の一瞬の気の緩みで俺に気づかれずに移動した!?

 驚愕しながら慌てて周囲を警戒するが、【気配察知】にも【心眼】にもあの男の存在は感じられない。

 最初から気配を察知できなかった事から俺よりもはるかに高レベルのプレイヤーかもしれない。だが、それでも俺は油断し過ぎだった。もっと気を引き締めなければこれから先が思いやられる。

 あの男が言う竜達の凶暴化というのは、この付近の情報があまり出回らない為聞いた事はない。あの不気味な怪しい風体から正直真実を語っているとは断定できないが、それでも何故か嘘を言っているようにも思えなかった。

 そうするとこのままヴァリトール山に挑むのは非常に危険で無謀な挑戦となるかもしれない。今までならそんなハイリスクには挑まず、戻ってまた修練を続け時間を置いてから再挑戦するだろう。
 だが、今は焦燥感が心に燻っていた。

 早く強くなりたい。……いや、強くならなければならない。

 だからこそ俺はこの試練を今、乗り越える。

 そうして俺はヴァリトール山へと足を踏み入れた。


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