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  エデン 作者:川津 流一
7.敗北
 姐さんの手前二つ返事で引き受けた俺は、先導する男……レオンに着いて行く。もちろんなるべく腹部に刺激を与えないように一歩一歩細心の注意を払ってだ。

 ちなみに試合前にトイレに行きたいと言ったが、レオンからは逃げるのかと笑われ、それに反応した姐さんからジッと見つめられてしまっては行くことは不可能だった。
 おかげで歩く事すら極度の集中力をもってして行わなければならない。こんな状態で果たして戦えるのだろうか。

 レオンが歩みを止めたのは店の近くの広場。隅にベンチが並べられちょっとした休憩ができるようになっている。始まりの街ダラスは非常に広い為、ちょっと歩けば近くにこのような広場はいくらでもある。通常ならプレイヤー達の憩いの場となる場であり、今も幾人かのプレイヤー達が休憩していたようだが、ぞろぞろと集団でやってきた俺達に驚きジッと経過を見守っている。
 結局店にいたプレイヤーのほとんどが俺達の試合に興味を持ったようで着いてきてしまった。さらに歩いている最中にもどんどん野次馬は増え続け、今この場には広場を埋め尽くすほどのプレイヤーがいる。

 着いて行く最中に姐さんから聞いた話によると、レオンはリンやミーナと同じギルド『シルバーナイツ』のメンバーらしい。ギルド『シルバーナイツ』は何かしら銀色の防具を纏うのが決まりだそうで、先程の店でレオンの後ろにいた集団もやはり『シルバーナイツ』のメンバーらしい。

 レオンは有名ギルド『シルバーナイツ』の一員、対して俺はある意味有名人の『師範代』。面白い事に餓えている始まりの街ダラスのプレイヤー達にとって、目の前で見れるこの試合は見逃すことができないようだ。
 俺達に好奇の目線が突き刺さる。レオンはそんな周囲の視線を心地良さそうに受けており、俺に対して不敵に笑っている。
 俺は腹痛を必死に我慢してるせいでどうも俯きがちだ。きっと顔色も悪いだろう。
 さすがにそんな俺を心配してくれたのか姐さんが気遣うような声をかけてくれる。

「師範代さん~、大丈夫ですか~? ……私のせいでこんなことになってごめんなさい~。私、師範代さんが毎日頑張ってるの知ってるから~我慢できなくて~……」

 姐さんが落ち込んでしまってる。ここは嘘でも大丈夫だと言わなければ……。腹痛を無理やり我慢し、笑顔を浮かべる。

「大丈夫ですよ。それにありがとうございます。姐さんがああ言ってくれたのは嬉しかったですよ。……正直勝てるかわかりませんけど、頑張ってみます」

「……師範代さんなら~きっと勝てますよ~! 頑張ってください~!」

 そう言って祈るように両手を胸の前で結ぶ姐さん。
 正直勝率はかなり薄いだろう。何せ相手はリンやミーナと同じトッププレイヤーだ。未だ始まりの街ダラス周辺をうろちょろしてる俺が敵う相手だとは思えない。加えて今はコンディションが最悪だ。
 だが、世話になっている姐さんに報いる為にも精一杯がんばってみよう。それに性能的に大して変化のなかった俺の愛剣にも戦闘になれば何か変化があるかもしれない。
 とりあえず今は戦闘に集中だ。
 俺は慣れた動作で腰のポーチからカードを抜き出し、愛剣を具現化させた。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 


 
 スカーレットが『師範代』と呼ばれる彼に対し、心配そうに声をかけている。それを傍目に、私はレオンの元へと歩み寄っていた。
 レオンは『シルバーナイツ』でもよく一緒にいるのを見かけるメンバー達に囲まれて騒いでいる。私は喧騒が嫌いではないが、どうも彼らの雰囲気は苦手だ。だからこそ普段は必要以上に彼らに接することはない。
 それでも私がレオンに歩み寄っているのは、彼があまりに対戦相手を侮っている感を見受けるからだ。
 どうやら何分であの『師範代』を倒せるか賭けをしているようで、周囲が口々に3分だの5分だの言ってる傍ら本人は1分も要らないと豪語しているのが聞こえる。
 私は溜息をつきながらレオンに話しかけた。

「レオン」

「ん? ってリンさん! もしかして応援しにきてくれたんすか!? 嬉しいな~!」

「違う。私は忠告しに来たのだ」

「忠告~? ……どういうことっすか?」

 レオンと周囲の『シルバーナイツ』の面々は私が何を言ってるのかわからないとでもいうような顔をする。
 私はスカーレットの横に立つ男を見つめながら言葉を続けた。

「君は彼を侮りすぎている。油断していると足元を掬われるぞ」

 一瞬キョトンとした顔を見せたレオンは周囲を見ながら笑い出した。それに応えるように周囲のメンバーも笑う。

「はっはっは、リンさん冗談きついっすよ~! 俺があんなのに負けるはずないじゃないですか。装備、流派、経験。どれを取っても負ける要素がないっすよ!」

「……そうか。なら私から言うことは何も無い。頑張ってくれ」

 そう言って身を翻すと、背後では私に応援されたと喜ぶレオンの声が聞こえてきた。果たしてあの明るさをいつまで保ってられる事やら……。
 私がミーナの待つ位置まで戻ってくると、聞きたくてうずうずしてたらしいミーナが飛びついてきた。横で一つ括りにされた髪を揺らしながら女性の私から見ても可愛い顔が間近に迫ってくる。

「ちょっとちょっと! あのレオンを応援しに行くだなんてどういう風の吹き回しよ!?」

「別に応援しに行ったわけじゃないよ。ちょっと忠告しに行っただけさ、相手を侮るなとね」

「忠告~? スカーレットには悪いんだけど、今回の試合は勝負にならない気がするわ。あの『師範代』だっけ? 彼、『バルド流剣術』なんでしょ。それじゃ型もスキルも遥かに多いレオンの『ガーランド流剣術』には敵わないわ」

「確かに流派のシステムアシストやスキルは強力だ。でもそれだけが勝負を決める要因じゃない。……ミーナ、君はここに来るまでの間彼の動きを見ていたか?」

「そりゃチラチラとは見ていたけど、特におかしなとこはなかった気がするわよ……どういうこと?」

「……彼は席を立ってからここに至るまでの間、全く体幹がぶれていないんだ。そして恐ろしく滑らかな足運び。システムアシストに頼り切りの者ではこうはいかない。恐らく、そんなプレイヤー達では決して到達できない域に彼はいる」

 そう言い切る私に目を丸くするミーナ。

「え、それほんと? 私にはとてもそんな凄い奴には見えないんだけど……まあ、リアルでも武道やってるあなたがそう言うのならそうなのかもね。意外と良い勝負になるのかしら……」

 私とミーナ、二人の視線が自然とあの男へと向かう。適当に切られた黒髪に黒い瞳。カッコいいと言うよりかは逞しいと言える様な顔立ち。装備は私達からすれば初期装備と大差ないスチールシリーズ。それでも剣を構える姿は堂に入っていた。



 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 


 
 俺とレオン、お互いが準備を終え、距離を置いて相対する。
 俺が腰の鞘から剣を抜き放ち正眼に構えると、レオンもカードを二枚取り出し具現化させる。
 現れたのは二本の剣。一本は複雑な模様が剣身に刻まれた直剣。もう一本は血に濡れたような真っ赤な刃を持つ曲刀。
 どちらも一目見ただけでレア物だとわかる武器だ。そしてその二つを両手に握って構えるレオン。両手の武器がどちらも長剣の類から見るに恐らく流派は『ガーランド流剣術』。レア流派の中でも群を抜いて人気の高い二刀流を扱う流派だ。手数の多さによる攻撃密度の高さが非常に強力だと聞く。
 二人が剣を構えた事で周囲の喧騒が急に止む。突然湧いた無音空間に女性の声が響いた。

「ちょっと待ちなさいよあなた達。勝敗の決め方決めないでいきなり戦おうとするんじゃないわよ。それにこのまま戦ったら致命傷を負うかもしれないでしょ。【アイシス】をかけてあげるから、どちらかの【アイシス】が砕けた時点で勝負は終わりね」

 俺達の前に進み出てきたのはミーナだ。彼女が俺に近づき、俺の胸元で指を動かす。高速で動かされた指は空中に白い軌跡を残し、やがて一つの紋章を形作る。そして一瞬紋章が輝くと俺の胸へと溶け出し消えた。

「【アイシス】は一定のダメージを肩代わりしてくれる不可視の盾よ。これで死ぬことはないだろうからがんばりなさい」

 そう言い残した彼女はレオンの元にも赴き、同じ紋章を描く。レオンが何かミーナに話しかけたようだが、それを適当にあしらった彼女はリンの元へと戻っていった。
 ミーナに相手にされなかったレオンは俺を睨みながら剣を構える。

「正直お前程度の相手に【アイシス】なんて必要ないんだけどな。……どうせすぐ終わるからなぁ~!!」

 勝負は唐突に始まった。
 レオンが地面を力強く蹴り出し、加速する。その速度はかなり速い。二人の間にあった距離をあっという間に詰めて俺へと攻撃を仕掛けてきた。俺の視界に表示される無数の攻撃予測軌道。
 だが俺もスキル【思考加速】を起動、周囲の動きがゆっくりと知覚されるようになる。レオンの攻撃は……見える。初撃は俺から見て左上段からの袈裟斬り。
 レオンが右手に持つ剣による初撃に剣を合わせる。響く金属音。斬撃を受けると同時に俺の身体を走る衝撃。それによって刺激された腹部の激痛に思わず呻きそうになる。

 弾くのは駄目だ。受け流さなければ……。

 すぐさまレオンの左手が閃き、下から剣先を跳ね上げてくる。初撃を捌いた事で自分のコンディションの予想以上の悪化を思い知らされた俺は、鼻血が出そうなほど集中。レオンの剣に俺の剣を触れ合わせ滑らせる。
 だがそれでも僅かな衝撃は消せず、俺の腹部を追い詰める。
 これではとても反撃なんてできない。
 今度は弾いた右手の剣が突き出されるのが見えた。
 俺は自分の剣を引き寄せ、下から跳ね上げるようにレオンの突きをそらす。
 再び腹部に走る痛み。
 苦しむ俺の事などまるで気にせず、レオンは次々と攻撃を繰り出してくる。

 このままではまずい……捌ききれないかもしれない。

 思考の片隅から漂う暗雲を感じながら、俺はただひたすらにレオンの攻撃を受け流し続けた。

 

 一体何合打ち合っただろうか。『ガーランド流剣術』の真骨頂とも言うべき手数の多さは未だに攻撃の途切れ目を作らない。俺は極度の腹痛と集中で意識が既に限界を迎え、ブラックアウトしそうだった。
 それでも身体に染み付いた動きが機械的に攻撃を捌く。俺のスキル【見切り】は意外と熟練度が高かったようでレオンの攻撃予測軌道を完全に表示してくれる。そしてスキル【思考加速】も加えればレオンの攻撃を防ぎきれることがわかった。
 だが、腹痛の為に攻撃へと転じる事が出来ない。

 攻撃をことごとく防ぐ俺の姿を見て、レオンの顔にも若干焦りが見えていた。
 周囲も防戦一方とは言え、曲がりなりにもトッププレイヤーであるレオンの猛攻を防ぎきる俺の姿に固唾を呑んで見守る。
 そんな周囲の反応と簡単に叩き潰せると思っていた俺の粘りように焦れたらしい。レオンが大きく叫んだ。

「弱小の癖に生意気なんだよ! うぜぇ抵抗するんじゃねぇ!」

 あれだけ過密だった斬撃が止み、一瞬溜めを作るレオン。大技の気配、この絶好の隙を突かねば危険かもしれない。
 攻撃の為、一歩踏み出そうとするも激痛が俺の動きを阻害する。
 事態を打破するチャンスは失われ、レオンの攻撃準備が整った。
 腕の稼動限界まで引き絞り、一気に放たれるレオンの腕。ぶれて腕が何本にも分裂したかのように見える。それらが左右から同時に俺へと波濤のように殺到した。
 これは、恐らく『ガーランド流剣術』八の型【スラッシュウェーブ】。この型を見るのはこれが初めてだが、『エデン』内に出回る情報誌によって知識だけはあった。高位の型だけあってその斬撃は、今までとは鋭さが違う。
 必死に左右に剣を振り回し防ぐも、受け流す余裕のない俺はどんどん腹痛で追い詰められ……ついに俺の防御を掻い潜るレオンの斬撃。
 俺の胸を切り裂くかと思われたレオンの赤い刃は寸前で停止し、代わりに金属を叩いたような音が響き渡る。
 さらにもう一本の剣が迫る。今度はガラスを砕いたような音が響き、俺は吹き飛ばされた。

 石畳を転がる俺と剣を振り切った状態のレオン。
 勝敗は一目見て明らかだった。
 途端ドッと湧く野次馬達。剣戟の音しかなかった広場にプレイヤー達の喧騒が上塗りする。
 周囲から次々と賞賛の声をかけられるも、レオンは憮然とした顔でそれらを無視し歩く。向かう先は地面に蹲って悶絶する俺だ。
 俺の脇に立つなりレオンは右手の剣を振り上げる。

「俺にこんなに手を焼かせやがって……むかつくわお前」

 そう言って剣を振り下ろそうとするレオンに鋭い仲裁が入った。

「待て! ……勝負は既についた。もうこれ以上彼に攻撃を加える必要は無い!」

 リンだ。声の鋭さに再び周囲が静まる。
 睨み合うリンとレオン。
 しばらく睨み合った二人だが、先に視線を逸らしたのはレオンだった。

「……そうっすね。こんな奴斬って剣の耐久度減らすのも馬鹿らしいっすからね」

 剣をカード化するレオンにホッと安堵の息を漏らすリン。
 カードを懐にしまったレオンは蹲る俺の横を通り過ぎながらボソッと呟いた。

「これ以上リンさん達に近づくなよ。雑魚がっ」

 おまけとばかりに俺に唾を吐きかけ、後頭部を踏みにじる。

「レオン!」

「ははは、勝ったのは俺っすからね。敗者はいたぶられて当然っす」

 そう笑うと一緒にいた『シルバーナイツ』のメンバーと共にレオンは立ち去っていった。
 周囲の野次馬も自然と解散していく。

 「意外とがんばったなあ」

 「そうか? 手も足も出てなかったし、所詮『バルド流剣術』じゃあの程度だよ」

 立ち去る野次馬達の声がかすかに聞こえる。
 野次馬達を掻い潜り、俺の元に走り寄るリン。
 すぐにレオンの唾を拭ってくれる。

「……すまない。レオンには同じギルドメンバーとして後できつく言っておく」

 俺は返答しようとしたものの激痛で声も出せなかった。
 さらに足音が聞こえる。姐さんだろう。

「師範代さん~! 大丈夫ですか~!? 怪我はないですか~!?」

 声も出せず蹲ったままの俺にあたふたとする姐さん。

「……【アイシス】があったから、直接攻撃が身体に届く事はないわ。ただ、砕けた時に防ぎきれなかったダメージが衝撃として通ったみたいだけど……」

 どうやらミーナも俺の近くに来たらしい。
 皆が俺のことを心配してくれている。とても嬉しい。だが素直に喜ぶのを状況が許さない。

「……すいません。しばらく、一人にさせてください……」

 気力を振り絞ってそれだけ伝えると、3人はハッとしたように互いに顔を見合わせた。

「すまない。……何か助けが必要になった時は遠慮なく私やミーナを頼ってくれ。今日はこれで失礼する」

 そう俺を気遣ってくれたリンとミーナは頷き合うと、静かに立ち去っていった。
 一人残る姐さん。
 いつの間にか周囲に人はいなくなっていた。

「師範代さん……、本当にごめんなさい~。私が余計な事をしなければ~……」

 違う! と言いたかった。姐さんにそんなことを言わせてしまう自分が情けなかった。腹痛がなんだ。本当に強ければそんなハンデなど物ともしないはずだ。三年間……これだけの時間をただただ修練に捧げてもこの程度だった。
 自己嫌悪と悔しさで押し潰されそうな俺は姐さんに返答する余裕もない。
 応えの無い俺をどう思ったのか、悲しそうな顔をして姐さんも立ち去っていった。

 


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 
 私とミーナは静かに自宅への道を歩いていた。
 ここまで私もミーナも何も話さず空気は重い。だがお互い考えてることは同じだろう。
 ふとついにミーナが口を開いた。

「彼には悪い事をしたわね。……レオンはさすがにちょっとやりすぎだわ」

「そうだな。レオンには私から言っておく。彼があのまま自棄にならなければ良いが……」

「そうね……でも、今回珍しくあなたの当てが外れたわね。確かにちょっと頑張ってたけど、結局防御で手一杯で一撃も反撃できなかったし」

「うん……確かに出来る気配を感じたのだが……私の思い違いか」

 歩いてきた道を振り返り、あの広場があるであろう方角を見つめる。
 本当に私の思い違いなのだろうか……だが、私の心の隅で何かが引っかかる。
 『バルド流剣術』の『師範代』。黒髪に黒い瞳。剣を構える彼の背中。蹲る彼の姿。
 何故かひどく強い印象を私の中に残した。

「リ~ン! 何してるのよ! もう遅いんだし早く帰りましょう」

「……ああ、すまない。今行く」

 もう一度だけ振り返り彼の姿を思い出すと、先を歩くミーナに追いつく為足早に歩きだした。

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 

 

 どれだけ時間が経っただろうか。周囲の喧騒は全く無くなり、怖いくらいの静謐があった。
 僅かに身体を起こす俺。
 多少は収まった腹痛だが、代わりに自己嫌悪と悔しさは際限なく俺の内で増大していた。
 今までこんな気持ちが無かったわけではない。誰かに馬鹿にされ、笑われる度にドロドロと熱をもった溶岩のようなそれは少しずつ俺の心に溜まっていたのを自覚している。
 そんな俺の心がついに溢れる。それは言葉となって自然と口から零れた。

「……強くなりたい。どんな敵も圧倒できる……力が欲しい」

 零れた言葉は自分が思った以上に力強く周囲に、そして何より俺の心に響いた。





 その夜、俺は夢を見た。


 真っ暗な闇の世界。音も何もなく、まるで深い海の中にいるようだ。
 不思議と落ち着くその空間に身を委ね、闇を漂う。

 ふといつの間にか誰かが俺の目の前にいるのに気づいた。
 何の脈絡もなく現れた姿に俺は驚くことなく、相対する。
 長い髪に丸みを帯びたライン。相手はどうやら女性らしい。どんな顔だろうかと目を凝らすが、何故か焦点がぼやけてはっきり見えない。
 彼女は何も語らない。恐らく微笑んでいるんだろうという事がなんとなく雰囲気でわかった。

 だが彼女を見つめる俺の心には段々と焦燥感が沸き起こる。

 ――――――俺は、君を守らなければならない。

 自然とその言葉が心に浮かぶ。同時にさらに高まる焦燥感。

 でも、君は一体誰なんだ……。

 胸の内の焦燥感に押されるように俺はそっと手を伸ばし、彼女に触れようとした。
 その瞬間、……世界が暗転した。

 気づくと俺は戦場にいた。
 周りは無数の敵。味方は一人……いや守るべき者が一人。
 彼女を背後に、幾多の敵と戦う俺。
 俺の意識はぼんやりとしていて、身体が勝手に戦っている。

 これも夢だろう。

 そんな考えが頭をよぎる。何せここでも音がないのだ。
 勝手に動く手足にまかせ、剣を弾き、槍を受け流し、矢を叩き落し、そして敵であろう人型を斬り殺す。

 俺は実に多くの敵を屠った。その様は死者の洞窟を思い出させる。
 だがいつもの日課とは違い、終わりの無い戦いの果てついに凶刃を受ける俺。
 そのまま倒れこんだ俺の背中には刃を突き立てられる感触。
 ゆっくりと瞼が閉じていく。
 狭まる視界には俺と同様に無数の刃を突き立てられる彼女が見えた。
 それを見た瞬間、ぼんやりとした俺の意識に……爆発するような憤怒と悲しみが広がる。
 

 ――――――絶対に守ると誓ったのに……俺は、俺は……君を守れなかった!


 レオンとの試合がフラッシュバックする。


 ――――――いつまで無力でいる気だ?

 ――――――このままではまたも彼女を守れない。

 ――――――力が……彼女を守るにはさらなる力が必要だ。

 

 ――――――そう、俺は既にあれを知っているはずだろう? こんな段階で立ち止まっている暇は無いのだ。


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