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  エデン 作者:川津 流一
6.出会い
 姐さんに連れられしばらく歩くと周りの店も段々と趣きを変え、料理屋や酒場といったものが増えてくる。朝にも近くを通った料理系流派選択者の多い地区だ。
 人間の三大欲の一つに食欲があるように、食に関する物の周りには人がよく集まる。先程までの職人街では金属を鍛える音がよく響いていたが、ここではプレイヤー達の喧騒が非常に大きい。
 鎧を着た戦士、ローブを着た魔術士、ラフな格好をした恐らくは生産系プレイヤー。様々なプレイヤー達が集い、笑い、騒いでいる。時には喧嘩らしい怒鳴り声も聞こえてくる。
 ここは一時とはいえ絶望と恐怖を忘れ、生きる活力を与えてくれる場所だ。

 姐さんがようやく歩みを止めたのは、その地区では比較的大きめの店の前。アメリカの開拓時代を思わせる両開きのドア、そして店内。頭上の看板には人参を咥えたウサギが可愛くデフォルメされて描かれていた。
 プレイヤーが引っ切り無しに出入りしてる所を見ると結構人気の店のようだ。

「この店は初めて見ますね」

「ちょっと前にオープンしたばかりのお店らしいんです~。ここの照り焼きステーキは絶品なんですよ~!」

 今にも涎を垂らしそうな顔の姐さん。……いや、その大きな胸に既に涎の染みがついてる気が……。前を歩いてるから気がつかなかったが、もしやずっとこの顔で歩いていたのだろうか。

「さあ、入りましょ~!」


 店内に入るとほぼ満員状態だったが、ちょうど席を立つグループがいたようだ。メイドの格好をしたウェイトレスに案内され、姐さんと向かい合うように席に着く。このウェイトレスはこの店でバイトをしているプレイヤーだろう。彼女の額にはNPCを意味する紋章がない。
 日銭を稼げないプレイヤーや純粋にバイト生活を楽しみたいプレイヤー達が、このような大きな店舗を構えるプレイヤーに雇われるというのはよくあることだ。
 席に着いて落ち着く間もなく、姉さんがウェイトレスに注文し始める。どうやら姐さんの中では既に注文が決まってるようだ。どうせ奢られる身なので素直に姐さんに任せておく。

 する事もないので周囲を見渡す。俺にはちょっと懸念があった。こういったプレイヤーの多い場所ではたまに俺に絡んでくる者がいるのだ。俺一人の時ならまだいいのだが、今は姐さんがいる。さすがに姐さんに手を出すことはないだろうが不快にさせるかもしれない。
 そんなプレイヤーがいなければいいのだが……と、見渡す俺と目が合うプレイヤー。慌てて視線を逸らすも、席を立ち近づいてくるのがスキル【気配察知】によって俺の視界の端に表示された簡易レーダーでわかってしまう。
 周囲をキョロキョロ見てたのは失敗だったかもしれない。
 注文を終えたらしい姐さんがこちらを向くのと机の脇にプレイヤーが立つのは同時だった。

「この店を気に入ってくれたようで嬉しいよ、スカーレット」

「……あら~、リンさん~! こんばんは~。このお店の料理ほんとに美味しいんですもの~。忘れられなくてまた来ちゃいました~」

「それは紹介した甲斐があるものだ……ところで、君が男と二人で食事とは珍しいな」

 そう言ってこちらを見下ろす彼女。肩甲骨辺りまで伸ばされた濡れ羽色の真っ直ぐな髪。髪と相反するように真っ白の肌に切れ長の瞳。さすがに姐さん程ではないにしても標準以上に豊かな胸に細いウエスト。かなりの美女だ。

「この方は~私の大事な常連さんなんです~。ちょっと残念な事があったので励まそうと思って連れて来たんですよ~」

「なるほど、てっきり彼……」

「ちょっと、リン! いきなり席を立ったと思ったらどこ行ってるのよ! ……って、スカーレットじゃない」

 会話に騒がしく乱入してきた小柄なプレイヤー。
 どうやら彼女はリンというプレイヤーの連れのようだ。
 リンというプレイヤーとはガラッと雰囲気が変わり、軽くウェーブのかかった明るい茶髪を横に一つ括りにしている。背が結構低めでスタイルはウェストが細いものの胸は残念としか言い様がない。
 それでも顔はかなり可愛いと言って過言はないだろう。

「ああ、ミーナ。すまない、ちょっと珍しい場面を見つけてしまってね」

 すまないと謝りながらも全く悪気がなさそうに微笑んでいるリンというプレイヤー。見た目はキリっとした美女ながら意外と天然なのだろうか。

「まったくもう、いきなり行くからびっくりしたわよ。……でも確かにスカーレットが男連れで食事なんて珍しいわね。デート中かしら?」

「違います~! この方は常連さんなんです~。ちょっと残念な事があったので励ましたいだけなんですよ~」

「ほんとかしら~。うちのメンバー含めいろんな男からの誘いを断ってるのに、いきなり二人で食事でしょ? 怪しいわ」

「も~、ミーナさ~ん!」

 恐らくミーナというプレイヤーは姐さんをからかってるだけなんだろうが、姐さんは顔を真っ赤にして反論している。確かに、この姐さんの反応を見たらからかってみたい気もよくわかる。

「まあまあ、二人とも。奇遇にもこうして出会えたわけだし、皆で一緒に食事をするのはどうかな」

「それはいいわね。スカーレットと彼との関係も気になるし」

「ミーナさ~ん! ……私は大丈夫ですけど~師範代さんは……」

 そう言ってこちらを伺う姐さん。この乱入してきた二人組は姐さんとも仲が良いようだし、悪い人間ではなさそうだ。一緒に食事するのもいいだろう。

「俺も大丈夫ですよ」

 そう言うとパッと笑顔に花を咲かせる姐さん。

「じゃあ、一緒に食事しましょ~。ウェイトレスさ~ん~」


 


 ウェイトレスに相席することを伝え、4人で席を作り終えた所で料理が届く。
 香ばしい香り漂う肉や色とりどりのサラダ。湯気を立てるパンやスープ。見た目と香りだけでもかなり美味しそうだ。さすがに姐さんがあれだけはまるだけはある。
 肉を切り分け一口頬張る。途端照り焼きの香ばしさととろけるような食感が口に広がった。正直相当に旨い。ダンジョンに篭り、空腹となっていた所でこれはかなりの衝撃だ。
 隣では姐さんがフォークを口に突っ込んだままだらしの無い顔を晒し、対面に座る二人も満足のいく味に思わず微笑みが零れる。
 しばらく会話も無く一心不乱に料理をつつく俺達。結構な量だったテーブル上の料理があっという間に無くなっていった。
 ある程度腹が落ち着いた頃、対面のリンというプレイヤーが口を開いた。

「そろそろ自己紹介をしようか。私はギルド『シルバーナイツ』所属のリン。流派は『ヒテン流剣術』を修めている」

「同じく『シルバーナイツ』所属のミーナよ。流派は『カイン流魔術』を修めてるわ」

 ギルド『シルバーナイツ』! 『エデン』の戦闘系トッププレイヤー達が集う超有名ギルドだ。ギルド『ブラッククロス』程の人数はいないとはいえ構成メンバーは軒並み戦闘力が高く、総合力において『ブラッククロス』と互角と言われておりトップギルドの座をこの二つのギルドで争っている。

 この二人、ギルド『シルバーナイツ』に所属しているというだけでも相当な実力者であることを示しているが、流派も相応にレア流派だ。
 流派『ヒテン流剣術』は日本刀を主武装とする流派で主に居合いを得意とする流派だ。間合いを測らせず超高速の抜き打ちで敵を仕留める。傍目には鞘に刀を納めながら華麗に敵を切り刻む姿は思わず見とれる程だという。日本人に人気な日本刀主体の流派『コテツ流剣術』の奥義を獲得することで派生するレア流派だ。

 対して『カイン流魔術』はその名の通り、魔術と呼ばれるシステムによって様々な現象を起こす流派だ。
 魔術の使用方法は他の戦闘系流派と同じだ。ある魔術を使いたいと強く念じる事でシステムアシストが発生し、自身の流派の形式で現象が顕在化する。
 そしてその発動形式によって魔術は大きく二つに分けられる。
 『詠唱式』と『紋章式』だ。
 『詠唱式』は決められたキーワードを発声することによって発動し、『紋章式』は決められた図形を指で描くことによって発動する。
 一般的に『詠唱式』は発動速度が圧倒的に速く、威力や効果は若干弱めであり、『紋章式』は発動速度は遅いが、威力や効果は非常に強いと言われている。
 『カイン流魔術』は『紋章式』の魔術であり、いくつかのキーアイテムを所持することや特定のクエストをクリアすることを条件とするレア流派だと聞いている。

 どちらも入門する為には相当な実力が必要とされる流派だ。まぎれもなくトッププレイヤー達だと言える。
 そしてこんな二人と仲が良い姐さんに対する尊敬度が上がった気がするが、姐さんもれっきとした生産系の有名プレイヤー。
 この場にいるのが場違いに思えてきた俺だが、自己紹介されて返さないわけにはいかない。

「俺は……ぐっ」

 急に感じた下腹部の違和感に動きを止める俺。訝しむ3人。そこに新たな乱入者が現れた。

「リンさん、ミーナさん! やっぱここにいたんだ! あ、しかもスカーレットさんまでいるし! 今日はツいてる!」

 やたらとテンション高く話しかけてきた金髪をツンツンにした男。背は高く、がっしりとした風で銀色に輝く全身鎧を着込んでいる。顔はなかなかの美男子でパッと見て、さわやかな好青年と言えなくも無い。

「それに……あぁ? なんだ誰かと思えば初心者剣術の師範代じゃねぇか。リンさん、なんでこんな奴と食事なんかしてるんすか?」

「彼はスカーレットの常連らしくてね。スカーレットと二人で食事してた所に我々二人がお邪魔させてもらったのだよ」

「スカーレットさんの常連!? 初心者剣術使いが!? ありえねぇ~! ……あ、俺こういうのなんて言うか知ってるわ。豚に真珠って言うんだろ?」

 そう言って笑う男。それに合わせて彼の後ろにいた集団からも笑いが零れる。集団も男と似たような風貌で銀色の鎧を纏っている。

「そう笑うものではないよ、レオン」

 食事を邪魔されて不快に思ったのか、軽く窘めるリン。ミーナと姐さんも表情が少し険しい。

「でもリンさん知らないんですか? こいつ未だにバルド流にしがみついてて奥義も獲得できてないんすよ。もう3年も経つのにな! 才能ないから諦めた方がいいのによ!」

 リンとミーナが驚いたような顔でこちらを向く。どうやら俺が『師範代』であることを知らなかったらしい。こういう形で紹介されるとは思ってなかったが、遅かれ早かれ彼女達には知られることだ。
 どう思われても今更気にする俺ではないが、今はそんなことよりも急務があった。
 先程からの下腹部の違和感が鈍痛に変わり、きりきりと鋭い痛みへと変わってきている。

 これは……下痢な気がする。

 先程の食事に何か混ぜられたのだろうか。激痛をこらえる俺は自然と顔色が悪くなり、俯きがちになる。
 それを見て何を思ったか姐さんが猛然と立ち上がった。

「才能ないだなんてそんなことありません~! 確かに師範代さんは奥義を獲得してませんけど~、それでもすっごく強いんですよ~!」

 間延びした話し方ながらも力強い言葉を放つ姐さん。姐さんの気遣いは非常にありがたいのだが、こう火に油を注いでは事態が面倒なことになってトイレへの道が遠のく気がする。
 男がニヤリと笑うのが俺を不安にさせる。

「へぇ、初心者剣術も極めれないこいつが強いねぇ。確かにこいつが戦ってるとこは見たこと無かったわ。……スカーレットさんは俺よりもこいつが強いと思うわけ?」

「もちろんです~!」

 男がさらにニヤリと笑う。俺の不安と腹痛はどんどん大きくなる。思わずリンとミーナを見るが、二人は面白そうに事態を静観している。

「そこまで言うなら俺と勝負しよう! まさか女にここまで言われて逃げるなんてことないよなぁ、師範代さん?」

 残念ながら悪い予想が当たりそうだ。


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