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  エデン 作者:川津 流一
5.スカーレット
 死者の洞窟から始まりの街ダラスへと戻ってきた俺は、門のすぐそばで開かれているNPC雑貨屋に立ち寄りアンデッド達からドロップした採取アイテムを換金した。買い取り額はほぼ予想通り。
 店を出た俺は未だ喧騒の収まらぬ大通りを抜け、とある地区へと足早に進む。

 しばらく歩けば人通りも落ち着き、段々と空気に鉄と何かが燃える匂いが混じり始める。
 さらに歩くと金属同士を打ち合う甲高い音が多重奏で鳴り響くのが聞こえてくるだろう。

 始まりの街ダラスの職人街、特に鍛冶系流派を選択したプレイヤー達が集う場所だ。プレイヤー達の専用工房や、自身の工房がまだ持てないプレイヤー達の為の共用工房が連なるこの場所では昼夜を問わず金属を鍛錬する音が鳴り響く。
 今も歩けば、夜だというのに工房の端々で赤々と燃える炎を前に槌を振るうプレイヤー達の姿が見える。

 一応この職人街を目指して歩いてきたのだが、俺が目的とする場所はもう少し奥だ。
 さらに歩くと通りに面した店も段々と大きくなる。奥に行けば行くほど大きい店舗用の貸家が並んでいるのだが、その維持費も貸家の大きさに比例して高くなる。高位の戦闘系プレイヤー達のようにモンスターを狩って金やアイテムを稼ぐことが出来ない生産系プレイヤー達にとって店の維持費は頭の痛い問題だ。
 そしてこの付近で店を出せるということは、特に高額な維持費を支払える成功したプレイヤーである事を証明している。

 そうした店が建ち並ぶ中で比較的小さな店。店先の看板には「鍛冶屋スカーレット」と書かれている。
 ここが俺の目的地だ。
 素朴な感じのする木の扉を押し開くと中には剣や鎧が陳列された棚が整然と置かれ、奥のカウンターには一人の女性が眠そうにティーカップを傾けている。
 俺の入店に気づいても眠そうな顔は変わらない。それでも少しは眠そうな眼に光が灯ったような気が……したが気のせいかもしれない。

「やあ姐さん。今日も世話になるよ」

「……」

「姐さん?」

「……や~っと来ましたね~、師範代さ~ん。危うく私寝ちゃう所でしたよ~」

「(寝てたなこの人……)いや、姐さんはいつも寝そうじゃないですか……」

 眼の覚めるような赤いロングヘアーを無造作にポニーテールにした女性。いつも眠たそうな顔だが、凛とすれば結構美人だと思われる顔立ち。そして胸元を大きく盛り上げる豊かな双丘。
 彼女の名はスカーレット。主に西洋系の剣や鎧を造る『バルモンド流鍛冶術』を習得しており、最近奥義を会得した凄腕だ。

 いつも眠たそうで天然系な見かけとは裏腹に鍛冶屋としては非常に優秀な彼女は、様々なギルドから引っ張り凧だ。『バルモンド流鍛冶術』を極めた彼女が造る武具は同系統の他人が造った武具よりはるかに性能が高く、加えて性能をある程度客の要望通りに弄る事ができる。
 ちょっと腕のあるプレイヤーにとってスカーレット印の武具はブランド物であり、たまに彼女から語られる話だと、『ブラッククロス』や『シルバーナイツ』、『猫猫同盟』といった誰もが知る有名ギルドメンバーが彼女の造る装備を愛用しているらしい。

 そして俺の装備も全て彼女の作品だ。性能の要望は頑丈さ強化の一点集中。

 こんな俺が彼女に装備を造ってもらえる理由は、俺が彼女の客第一号だからだ。
 俺が初めて武器を見繕っていた時、たまたま覗いた露店で気に入る剣を見つけた。その露店がちょうど彼女が初めて自分の作品を並べた露店であり、俺が購入した剣が初めて売れた作品だったのだ。
 それ以来、『バルド流剣術』の性質と俺の訓練上、装備の耐久度低下が激しい俺は何度も装備の修復を依頼した。

 彼女が容姿と腕で有名になり始め、俺が馬鹿にされるようになり始めても相変わらず俺を客として扱ってくれる彼女に、ずっと装備の修復を依頼し続けた。
 今では最早彼女の店に寄る事は日課となってしまったが、それでも彼女は眠たそうな顔で俺を出迎えてくれる。
 ブラートと共に俺の大切な友人だと言えるだろう。

 ちなみに俺が彼女を「姐さん」と呼ぶのは、彼女の実年齢が俺より3つ程上であること、……そして何より豊か過ぎる双丘に畏敬の念と暖かな母性を感じて「姐さん」と呼んでいる。


「まあ、姐さん。今日も修復頼みますよ。後、ロングソードの強化も。この大剣は何時も通り分解しちゃってください」

 俺はカードから装備と強化用宝石を具現化させてカウンターに並べる。
 装備を眺める姐さんの目は普段よりちょっと厳しい。

「ま~た結構ボロボロにしてきましたね~。こ~んな短時間でこれだけ耐久度減らしてくるのは師範代さんくらいですよ~? 危ない事してませんか~?」

「大丈夫ですよ。きちんと保険はかけてますから」

「ならいいんですけど~……師範代さんが死んじゃったら私泣いちゃいますからね~」

「姐さんにそこまで言ってもらえるのは嬉しいですね。でも俺は臆病ですから死ぬような真似はしないですよ」

「臆病でも死なないのは大事ですよ~。私も少しでも良い装備が造れる様に頑張りますから~、師範代さんも頑張ってくださいね~。じゃあちょっと奥で作業して来ますから~、お店の中でゆっくりしててくださいね~」

 そう言うと姐さんはカウンター上の装備と宝石をカード化し、奥の工房へと歩いて行った。
 やがて奥から金属を叩く音が鳴り始める。
 作業が終わるまで少し時間がかかるだろう。俺は姐さんに言われた通り店の中の商品を見て回ることにした。

 
 店の中をしばらく物色してると工房からの金属音が止み、姐さんの声が聞こえてくる。

「修復と分解終わりましたよ~。分解は強化用宝石が一個でました~」

「じゃあその宝石もロングソードの強化に突っ込んでください」

「は~い。じゃあこれから強化しますね~」

 再び工房からは金属音が鳴り始める。

 装備はダンジョンボスがドロップする強化用宝石を用いて強化することができる。
 +の数値は大きくなる毎に次の数値への成功確率はどんどん減少していく。
 最高値は+10であり、+10にまで強化を成功させた者はいない。
 アイテムランクが低く強化成功率が高めになるはずの俺の『スチールロングソード』ですら3年かけてようやく+9である。

「ごめんなさ~い! 1回目失敗しちゃいました~」

「別に大丈夫ですよ。気にしないで下さい」

 +9になってから数えるのを止めた位失敗してる。
 今更一回二回の失敗で動揺する俺ではない。

「ごめんなさ~い! 2回目も失敗しちゃいました~」

「……大丈夫です。次は+10ですからね、難しいのはわかってますから」

 +10は夢ではあるが今回も無理だろう。
 頑張ってる姐さんには悪いが俺は早々に諦めに入った。
 またどうせもうちょっとしたら「ごめんなさ~い」って聞こえて……。

「きゃ~~~~~~!! 成功した~~~!!」

「はいは……ええっ!? 成功した!?」

「そうですよ~!! 成功したんですよ~~!!」

 そう言って姐さんが普段からは想像できない速度で工房から飛び出してくる。
 手には1本の剣。

「これが……俺の剣……スチールロングソード+10」

 やや幅広で肉厚な剣身。黒く鈍く光る刃先……。

「……って、あまり以前と変わらないような気がしませんか」

「……そうですね~。私の目でも+10だっていうのはわかるんですけど~、他はあまり変化ないかもしれません~」

「それは見た目ですか? それとも性能ですか?」

「……残念だけど~両方~」

 さっきの喜びはどこに消えたのだろうか。さすがにこの事実はショックがでかい。
 +10になれば剣身が光ったりするのかと期待してただけに、見た目はおろか性能すらほぼ変化なしとは予想外だ。

 がっくりと項垂れる俺に姐さんが責任を感じたのか優しく声をかけてくれる。

「元気出してください~師範代さ~ん。+10なんて誰も持ってないんですから~、すっごく自慢できますよ~?」

「……寧ろもっと笑い者の材料にされそうです」

「う……う~、じゃあ一緒にご飯でも行きましょう~! お腹いっぱいになれば考えも変わりますよ~。うん、決定~!」

「え、ちょっ、姐さん待って下さい!」

 珍しく強引な姐さんに店の外へと引っ張り出される。毎日槌を振るう姐さんは意外と筋力パラメーターが高いのか力持ちだ。

「うさぎとにんじん亭でいいですか~? 最近常連さんに教えて貰ったんですけど~、あそこの料理美味しいんですよね~。楽しみ~」

「わ、わかりましたから、う、腕を……」

「気にしない~気にしない~」

 腕を掴んだまま姐さんは歩き出し、俺は大通りを引きずられていった


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