3.始まりの街2
ただひたすらに『バルド流剣術』の動きを繰り返す。何度斬って、何度防いだかなんて覚えていない。己の身体に練り込むように動き続ける。
『バルド流剣術』一の型【双牙】、二の型【烈牙】まで修練を終えると、周囲はすっかり明るくなっていた。
今ままでの経験から朝と言うにはちょっと遅い時間帯のはずだ。それでもこの練武場には未だ一人も訪れていない。
それは今までずっとそうだったし、これからも変わらないだろう。
俺は『バルド流剣術』に入門して以来ずっとこの修練を続けている。この練武場に人が溢れていたのはログイン直後から半年くらいまでだ。それから段々と人は減り続け、ついにここを毎日訪れるのは俺だけになってしまった。
これには理由がある。
『エデン』では他のRPGと同じく初心者の為にチュートリアルが用意されている。そしてチュートリアルの流れの中で『流派』について学ぶ為にまず『バルド流剣術』に入門させられるのだ。
初のVRMMORPGとあってほぼ全てのプレイヤーがチュートリアルを受けた。……つまりほぼ全てのプレイヤーが『バルド流剣術』に入門していたのだ。
俺も『バルド流剣術』に入門したきっかけは当然チュートリアルである。
おかげで初期はこの広大な練武場が毎日人で埋め尽くされるほどの賑やかさを見せていたものだが、『エデン』が攻略されるに従って次々と新たな流派が発見されるとプレイヤー達は『バルド流剣術』を見限り、他流派へと乗り換えていった。
勿論他流派に換えるとそれまで学んでいた流派の動作アシスト及び『型』のアシストは受けれなくなる。
それでもプレイヤー達は全く逡巡せずに『バルド流剣術』から離れていった。
というのも『バルド流剣術』に設定されている『型』は一の型【双牙】、二の型【烈牙】のたった二つ。『流派スキル』に至っては戦闘系流派の共通スキルと言われる(ように後になった)【見切り】、【気配察知】、【思考加速】の3つだけ。
加えて『流派スキル』については他流派の物でも使用可能とわかると最早『バルド流剣術』に残る者などほとんどいなかった。
俺が残っているのは武器への愛着とちょっとした拘り故だ。
俺はRPGをやる時、上げれるだけレベルを上げて次へと進む。
そして死亡に関する情報が全く無い為に死へのリスクが高すぎる現状、いくら強くなっても困ることはない。
せめてこの『バルド流剣術』を極めれるほど戦闘に慣れてから他流派を学びたいと思っていた。チュートリアルによると流派には隠れパラメータとして熟練度が設定されており、熟練度が最大値に到達すると『奥義』を会得できるらしいのだ。
チュートリアルで入門させられる上、『型』も『スキル』も基本的な物ばかりの正に初心者用剣術。
他流派に比べれば簡単に『奥義』を会得できるだろう……そう思っていたのは俺だけじゃなかった。
だが、正直『バルド流剣術』を舐めていたと言わざるを得ない。
どんどん強くなり、『エデン』攻略に参加し、様々なアイテムを得る他流派のプレイヤー。
俺達はほとんどプレイヤーがいなくなった練武場での訓練や始まりの街ダラス周辺での狩り。
もっと高レベルのダンジョン等に挑戦することも考えられたが、少なすぎる『型』と『スキル』、そして初心者用剣術というレッテルに不安を覚える他流派のプレイヤー達はパーティを組んでくれることはなく、俺達だけで高レベルダンジョンに赴くのはリスクが高すぎた。
その上、いくら訓練やモンスターとの戦闘をこなしても一向に『奥義』を会得できる気配はない。
『バルド流剣術』を極めんとする同志は一人、また一人と減りついには俺一人となってしまった。
俺も正直他流派のプレイヤーが羨ましいとは思う。悔しいとも思っていたし、意固地にもなっていた。
だが、3年も訓練を続け生活が安定してくるとあまり気にしなくなった。
今ではこの訓練も完全なる生活の一部として無心で行っている。
そして未だ『奥義』は会得できていない。
一度熟練度がどれほど溜まっているのか見てみたいが不可能だ。
『エデン』においてステータスパラメーターを表示させる機能は存在しない。
だが表示されないだけで各自にステータスパラメーターは設定されており、様々な行動で増減する。
チュートリアル及び、公式HPの説明によると『エデン』のステータスモデルはレベル制ではなくスキル制であり、各自等しい値で設定されたキャパシティを割り振って成長させなければならない。
そしてそれは筋力や頑強さ等のステータス、流派熟練度や『型』、『流派スキル』の熟練度等全てが同じキャパシティを取り合うことになる。故に前述した『流派スキル』を無数に取ろうとも、他のステータスや熟練度を犠牲にすることになってしまうのだ。
だからこそプレイヤー達は皆、試行錯誤を重ねながら隠されたステータスを探ろうと躍起になってたりする。
毎朝の修練を終えた俺は早朝に通った練武場への道程を戻っていた。
やがて大通りへと差し掛かる。
早朝とは打って変わった騒がしさ。
道の端に露店が立ち並び、プレイヤー達が様々な商品を並べ、それを物色するプレイヤー達がひしめき合う。
露店を開いているのは始まりの街ダラスで暮らす生産系プレイヤー達だ。
自分専用の店舗を手に入れるには大金が必要な為、多くの生産系プレイヤー達はこうして露店を開いて自分の作品を販売する。
人の波を潜り抜け、俺は目当ての露店へと向かう。
少し通りを歩くといくつかのテーブルや椅子が無造作に置かれたスペースがある。
この辺りは料理系の商品を販売する露店が集まる場所だ。
あまりにも多くの露店が立ち並ぶ為にプレイヤー達の中で暗黙のルールが制定され、販売する商品の種類によって住み分ける様になったのだ。
そんな料理露店スペースの中で端の方に位置する小さな露店へと近づく。
店主は俺と同じくらいの背丈の口髭が似合う男。調理服のような白い服を着た彼は近づく俺に気づくとニヤリと笑った。
彼はブラート。かつて『バルド流剣術』を極めんとして脱落した同志の一人だ。今では『ジル流調理術』の門下生であり、こうして露店を開いて料理を売って生活している。
「よう師範代、そろそろ来る頃だと思ってたよ。いつものでいいだろ?」
「あぁ、頼む」
ブラートは手早くカップにスープを注ぎ、陳列していたパンと一緒に差し出してくる。
俺は腰のポーチから300ルビーと書かれたカードを取り出し、食事と交換した。
コンソメの良い香りとパンの香ばしい香りが食欲をそそる。
俺は露店の脇に置かれている椅子に座りながら朝食を取り始めた。
「しかし師範代、今朝はどうだった? あの偏屈な爺さんは『奥義』を教えてくれたか?」
「駄目だな。訓練の後に寄ってみたけど、相変わらず基礎を大事にしろとしか言わないよ」
「まだ駄目か。もう3年だろ? 巷じゃ他流派の『奥義』獲得者も結構出てるってのによ」
「まぁ今更焦っても仕方ないさ。俺は俺のペースでやるよ」
「……師範代も本当に相変わらずだな。これだけ皆に馬鹿にされても続けられるのはスゲーよ」
「俺はMっ気があるんだよ。むしろ快感だね」
「はっはっは、そりゃ間違いない!」
『師範代』とは、いつまでも『バルド流剣術』にしがみついて未だに『奥義』を会得できない俺を皮肉ってつけられたあだ名だ。だが寧ろ俺は気に入って愛称として使用している。
ブラートが語った通り初心者用剣術を狂ったように訓練する俺を馬鹿にする者は多く、今じゃ始まりの街ダラスではちょっとした有名人になってしまった。
街中でも皮肉や影口を叩かれることは多い。外に出れば戦闘を邪魔されることも多かった。
今は外でモンスターと戦う際には、見た目と匂いで人気が無くほぼ人の来ないアンデット系のダンジョンに一人篭って戦うことにしている。
そんな中、ブラートはかつての同志として俺と仲良くしてくれる大切な友人だ。
「師範代、今日も行くんだろ?」
「あぁ、日課だからな。いつもの弁当頼む」
「わかった。もう慣れてるだろうから大丈夫だとは思うが油断はするな。死ぬなよ」
「ありがとう。肝に銘じとくよ」
そう言ってブラートから弁当を受け取るとカード化し、腰のポーチにしまう。
そのままブラートに手を掲げながら街の外へと俺は向かった。
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