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  エデン 作者:川津 流一
2.始まりの街1
 部屋から出ると俺は階段を降り、食堂兼酒場を素通りして裏手にある井戸に向かう。
 井戸から水を汲み顔を洗う。刺すような冷たさで眠気が吹き飛ぶ。

 持ってきた手拭いで顔を拭きながら屋内へ戻ると仏頂面のおっさんが食堂兼酒場のカウンターに立っていた。
 色素の薄い髪は刈り込まれ、頬に走る傷とがっしりとした体躯がある種の威圧感を醸し出す。この食堂兼酒場兼宿屋の主人だ。恐らく俺が階下に降りたことに反応して出てきたんだろう。
 主人はカウンターの内にじっと佇みコップを磨いている。パッと見ではプレイヤーと見間違う存在だが、彼はNPCだ。その証拠に彼の額にはNPCを意味する紋章が描かれている。
 『エデン』においては全てのNPCの額にこの紋章が描かれている。この紋章がなければ優秀なAIが操作するNPCとプレイヤーとを判別するのは難しいだろう。

 主人はこちらが話しかけなければ口を開くことはない。最も、たとえ話しかけても食事や酒の勘定以外では無視されることも多いのだが……この寡黙さと頑固そうな外見を好んで俺はずっとこの宿屋を愛用していた。

 普通ならここで朝食といくところだろうが俺にはやることがある。
 階段を昇って部屋に戻り、軽く身支度を整えると宿屋を出発した。


 まだ夜が明けたばかりで薄暗い中俺は歩く。
 周囲はほぼ全て石造りの家。歩く道も石畳だ。どこか中世のヨーロッパを思わせる街並み。
 道々では露店を開いた跡が残っており、開店の準備をしている人影もちらほらと見える。
 あと数時間もすれば多くのプレイヤー達も目覚め、この道も活気に溢れるだろう。

 『エデン』に捕われたプレイヤー数は約5万人から6万人と言われている。これはプレイヤー達に割り当てられたIDナンバーで60000を超えた数字が発見されていないというのが主な理由だ。
 その中でも始まりの街ダラスにはプレイヤー達の約6割程が暮らしていると考えられている。これはプレイヤー達の経験則から来る勝手な判断であり、実状はわかっていない。
 だが、本当に多くのプレイヤーがこの街では暮らしている。


 しばらく歩くとひらけた場所に出た。
 塀で囲まれた広大な広場。奥には大きな建物も見える。
 入り口の門には『バルド流剣術練武場』と書かれた看板が掲げられている。
 ここが俺の目的地だ。
 門をくぐり、広場の中央へと進む。周囲に人影は見当たらない。時間帯が早朝だからという理由もあるが、元々この場所には人が少ないのだ。

 広場中央へと辿り着いた俺は、腰に巻いた皮のポーチから一枚のカードを抜き出す。表面には1本の剣の絵と『スチールロングソード+9』という文字。
 カードを手に、頭の中でスイッチを押すイメージ。カードがうっすらと輝き、一瞬でカードに描かれた絵通りの剣と化す。
 別に『開封』や『オープンカード』の発声でも同じ事ができるが、思考操作に慣れた今となってはこれでカードを具現化するのが一番速い。

 『エデン』においてプレイヤーやNPC、モンスターを除くオブジェクト類はカード化可能オブジェクトとカード化不可能オブジェクトに分けられる。
 前者は主に装備類や各種消耗品(回復アイテムから生産材料まで多種に渡る)が該当する。後者は主に木や岩といったフィールドオブジェクトだ。勿論生産材料になる木や岩は存在するし、それらはカード化可能である。だが、そこら辺に落ちている無価値な石や枝を拾ってもカード化はできない。
 カード化は『封印』や『シールカード』の発声か思考操作で行う。カード化可能アイテムを手に取り、操作を実行すれば先程の逆の流れでカード化する。
 カードの具現化は先程の通りだ。

 手にした剣は90cm程の直剣。やや幅広で肉厚な剣身は黒く鈍く光り、武器としての凄みを見せている。『エデン』にログインした初期から使い続けている相棒だ。初めて手に入れたロングソードを耐久度が減る度に鍛え続けた。

 その相棒を静かに構える。剣道でいう正眼に似た構え。眼前に敵がいると想定し、また頭の中でスイッチを押すイメージ。
 俺の攻撃意思を感知したシステムが流派『バルド流剣術』の斬撃をアシストする。
 俺の身体が何者かに操られるような感覚。それに逆らわず素直にシステムアシストに乗る。正眼から剣をやや右上に振り上げ、力強く踏み込みながら仮想敵を切り裂いた。
 それをしばらく何度も繰り返すと、今度は攻撃を受けるイメージをする。想定する攻撃は頭上からの切り落とし。また頭の中でスイッチを押すイメージ。
 俺の腕がシステムアシストによって引っ張られる。剣を傾けながら振り上げ、剣身に腕を添え、重心をしっかりと落とす。想定した攻撃は俺の剣をすべり横に流れる。
 この『バルド流剣術』の攻撃と防御をあらゆる状況をイメージしながら繰り返す。ただひたすらにスイッチを押すイメージ……アシストを受ける感覚を忘れ、俺の意思がそのまま『バルド流剣術』の動きに直結するまで。

 『エデン』には戦闘や生産の動きをサポートする為に、行動意思を感知したシステムがある程度プレイヤーの身体を動かす機能がある。
 だが、例えば斬るという行動でも様々な『斬り方』がある。
 そういった違いをある程度の方向性を持たせて体系化したシステムが『流派』システムだ。
 例を挙げれば、俺が体得している『バルド流剣術』は攻撃よりも防御の動きのバリエーションに重点をおいた流派であり、使用武器は両手持ちの長剣だ。
 同じ両手持ちの長剣を使う『リムルート流剣術』なんてものもある。こちらはフェイントを多用する流派だ。
 使用武器や動きによって様々な流派が設定されており、その総数は判明していない。

 流派はマスターNPCと呼ばれるキャラクターに入門を希望することで体得できる。
 中には入門に条件がある流派やマスターNPCがとんでもない場所にいたりする流派があるが、それらはレア流派と呼ばれプレイヤー達が血眼になって追い求めている。
 入門直後はその流派の基礎的な動きをマスターNPCから学ぶ。最初はその基礎しかアシストしてくれないが、モンスターとの戦闘をこなしたり、俺のように練習を繰り返すことでマスターNPCが新たな動きを教えてくれるのだ。
 そしてある程度成長すると『型』と呼ばれるものや『流派スキル』と呼ばれるものを学べる。これは所謂、前者がアクティブスキル、後者がパッシブスキルと言い換える事が出来るかもしれない。
 勿論『流派スキル』の中にも意識しなければ起動しないものもある為、厳密には違うのだが一般的にはそう説明するのが判り易いだろう。

 こうして流派を学び、習熟することで『エデン』でのプレイヤーは成長していくのだ。


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