2013-10-05
■enchantMOONのこれまでとこれから
2.6.0も無事リリースされたので、いちどここでenchantMOONプロジェクトのこれまでを振り返り、これからのことをひとまずまとめておきます。
まず、enchantMOONの現状に関して
先日、開発者向けのドキュメントを公開しました。
enchantMOON開発者用ドキュメントを公開いたしました | enchantMOON News- enchantMOON ; The Hypertext Authoring Tablet
ブコメで2.6.0の新機能の使い方がよくわからないという指摘を受けたので、別記事を起こしました。ぜひご覧下さい
ハードウェアそのものに関しては、デザイン上、機構設計上、製造上、さまざまなレイヤーで問題があり、経験値が少なかった故に、スケジュールを満足に守ることが出来なかったことと、同時に工場内部、そして成田でUEIが検品するときに、最終的に検品拒否率が15%以上だったこと、工場が度重なるスケジュールの遅延を重ねてきたことなどをふまえて、一旦、新規の予約受付を停止しています。工場は製造を続けており、それは今月中には納品される予定です。
即納在庫はわずかだけれども存在しています。
アスキーさんが書籍の発売にあわせて、アスキーストアで限定50台だけでも販売したいというのでそれはさすがに仕方が無いということで許諾しました。これは即納体制で販売される初めてのenchantMOONということになります。
その他の部分については、enchantMOONを、今まで売ったことがないチャネルで売って経験値を稼いでおきたいという気持ちから、数週間後を目指して再度、残り在庫の販売計画を立てています。
ソフトウェア、MOONPhaseに関しては、2.6.0でかなり改善された部分も多いのですが、まだまだ荒削りな部分が多いと認識しておりますし、当初のイメージしたビジョンとは程遠い状態で、まだ道半ばにあると言えます。
なぜそうなってしまったのか、と言うと、主な原因はコミュニケーションのロスにありました。
Androidとはいえ、基盤が変わればSDKは変わる。ドライバ類も変わます。ところがどうも中国のメーカーには、ソフトウェアエンジニアが殆ど居ないらしく、メーカーであってもSDKをきちんと用意できてないケースが多かったのです。ソースを貰っても、一部が脱落していたり、ドキュメントの英語が間違っていたりして、Saturn-Vの担当者はずいぶん混乱していました。しかも、開発途中でSDKがどんどん変わるので、MOONPhaseの開発チームはその変更に大きく振り回されることになってしまいます。ようやくメーカー側から提供されるSDKが確定し、枯れてきたのが3月末でした。
もう一つは書き味の追求で、これに通常よりも時間を掛けた結果、基本機能の実装やチューニングをする時間を充分にとることができませんでした。
実装を担当するプログラマーの強い要望で機能を削ったり、仕様変更した場所がずいぶんあります。
今後は、これを当初の企画コンセプトに近づけていくという方向性でバージョンアップしていく予定です。
また、機能要望に関してはIssue Tracker(https://code.google.com/p/enchantmoon/)を公開していて、ユーザーの皆様からの要望を広く募り、毎週の定例会議でトリアージ作業を行っています。既に100以上の要望のトリアージが終わっており、現状は一段落していますが、2.6.0公開に際して、さらに要望が寄せられると期待しております。
MOONBlockに関しても、できることをこれからもっと増やして行きたいという開発チーム側の意志があります。過去に例のない仕組みであり、手探りの部分も多いのですが、継続的にやる予定です。
enchantMOONの現行世代機に関しては、ハードウェア、ソフトウェアともに未成熟であることは認めざるを得ない状況です。とはいえ、あの時点で発売していなければ、プロジェクトは解散し、僕は会社を追われていたかもしれません。
ソフトウェアに関しては、今後もバージョンアップを続けて行くことで、改善を継続し、次につなげて行きたいと考えています。
ハードウェアに関しては、内部ストレージエラーが、ハードウェア的な問題であることを確定するのに時間が掛かってしまいました。ソフトウェア的な問題、またはハードウェアの問題、どちらも検証したのですが、バラバラな状態では正常に動作するものが、組み合わせによっては動作しなくなることを工場側に証明するのに時間がかかり、これがハードウェア内部の相性問題に起因することを先方に認めさせることができたのは9月頭の時点でした。現在この問題は、工場側の責任に於いて保証されており、現象が発生する個体に関しては適宜内部基盤の交換対応をさせていただいております。
現行世代のenchantMOONをビジネス的に見ると、プラスマイナスゼロか、ほぼ赤字、です。
特に、製造が遅れたことになって、分割して輸送しなければならず、航空機や通関手続きの費用が予定よりも大幅に膨らんだ(数百万円が数千万円に)ことが大きかったです。この費用によって、本来得られるはずだった利益が吹き飛び、最悪のケースでは一台あたり271円の粗利しか見込めなくなってしまいました。
これは製造の遅れと、倉庫の専有面積と占有時間に主な問題があります。
そこで、製造プロセス全体を見直す必要がありました。
ひとつの工場に頼り切るのが危険であると判断し、実は6月時点から、深圳にある別の工場とも実験的にコンタクトをとり、別プロジェクトを進めていました。
別の工場を使って日本国内の教育サービス大手企業のタブレットを使った学習の大規模な実証実験のための端末のOEM製造を我々が担当させていただきました(このことについてこの表現で言及する許可を先方からいただいている)。
実験なので規模は小さい(1000台程度)のですが、他の工場で製造した場合、きちんと期日までに納品できるか見極める経験値を積むことを目的にしていました。また、技適にスムーズに合格したのも経験値としては大きかったです。前回は日本国内で行ったのですがラボが秋田で工場が深圳と絶望的に遠く、しかもラボが非常に混雑していて全く時間がとれない状況の中、回路の変更もままならないという状況でした。中国国内で日本の技適をとれる試験会社を見つけ、きちんと国内で販売できたのは大きかったです。CPUとGPUもクワッドコア化し、HDMI端子もついていてIPS液晶を搭載していて、USBから充電できます。enchantMOONの次世代機にもこのノウハウは必ずフィードバックされます。
クライアント企業に中国でのODM製造経験者の方がおり、その方たちと実際に工場を視察し、注意点などを充分ふまえた上で新しい工場と交渉し、これに関しては、10月1日に無事、予定通り全ての端末を納品することができ、ほっと胸を撫で下ろしています。
これに関しては、年内にクライアント企業からUEIの関与も含めて正式にアナウンスされる予定だそうです。
どちらにせよ、我々はこれによって二回の工場生産という経験値を積むことが出来たので、次世代機はより安定した生産ラインで製造ができると考えています。
この端末では既にSaturn-Vが動作しており、高性能なデジタイザーとIPS液晶を搭載した端末を教育用途向けに提供する実績が出来ました。今後のことを考えると、これは非常に大きな一歩です。
とはいえ、ベンチャー企業にとって、収益性がトントンの仕事だけをしていては、プロジェクトの継続性は非常に危うくなってしまいます。現に主要株主の中には、ネットの評判を見てハードウェア事業から撤退してはどうかとかなり早い段階で提案する人も居ました。僕は時間をかけてバージョンアップを続けて行けば、必ずユーザの信頼は取り戻せるし、今ここで撤退したら、それこそ永久に信頼を喪ってしまうと主張し、同時にビジネスを広げるためのパートナーシップを早期に確立することの重要性を訴えました。
そこでenchantMOONのプロジェクトをより大きく発展させていくことができるような事業パートナーを獲得することが、このプロジェクト全体にとって重要な関心事になりました。
要はenchantMOON本体のビジネスがトントンであっても、その先の発展性、将来性に目をつけ、一緒に未来を作り出す可能性を模索してくれるパートナーが必要だったのです。そのことが株主を安心させ、事業の安定性を担保する存在として、しっかりとした結びつきが必要でした。
例えば、かつてのAppleやNeXTにとってのキヤノン販売(Macintoshの代理店やNeXTへの出資などを担当)のようなパートナーを見つける必要があったというわけです。
その意味で、今回、我々は最も理想に近いパートナーを得ることになりました。
既に両社の取締役会決議を通過し、今月末にも正式に新会社が始動する予定で、今は物件を探しているところです。
新しい組織では、enchantMOONの持つ可能性をさらに大きく広げることに集中し、一年、二年といった短期スパンではなく、3年後、5年後、10年後といった中長期的スパンで事業のグランドデザインと製品試作・開発を行って行く予定です。
enchantMOON、およびMOONPhaseのアーキテクチャにおいて重要な特徴は、二つあると思います。
ひとつはスケーラブルUXです。
現状の商用OS、WindowsとMacOS、そしてAndroidとiOSのいずれも、画面のサイズがデスクトップ以下の、シングルユーザ向けUXしか想定していません。
しかし、仮に今後、未来世界において、会議机がひとつの巨大なコンピュータになり、複数人が同時に同じ画面を使用するなどの用途を考えた場合、現状の延長上にあるUI/UXではなにもできません。
現状のUI/UXはあくまでも一人の人間が一人で使うコンピュータのためのUI/UXであり、複数人が同時に使うことを想定していないからです。
UEI/ARCでも当初から電子黒板を導入していましたが、Windowsで起動する以上、文字通り黒板としてしか使うことが出来なかった。これでは電子黒板である意味がほとんど感じられませんでした。
ところが、MOONPhaseは、UI/UXの実現において、NO UIというコンセプトを貫いています。
このコンセプトの重要なポイントは、利用する画面のサイズや場所を一切選ばないということです。同時多発的に利用することが出来、なおかつ、ユーザは自分の書きやすい大きさの文字を書いて、それを指で丸く囲んだところがUIになるという仕組みです。
これなら、シール台帳の出現方法を工夫するだけで、すぐにマルチユーザ向けのシングルスクリーンUI/UXとして拡張することが出来ます。
Microsoftがシャカリキになって目指した、デスクトップとモバイルの融合は、Windows8によって派手に失敗しましたが、NO UIならば完璧に実現できます。この差は非常に大きいと思います。
もう一つは、データとアプリケーションの逆転構造です。
現行のどのOSでも、アプリケーションにデータが従属するという構造は20年以上も変わっていません。
WordのファイルをExcelが読み込むことはできません。ただし、OLEというややこしい機能によって、Wordの文章をExcelに張り込むことはできなくはありません。しかしこれは、大掛かりなわりには効果が薄いやり方です。
なぜそういうことが起きてしまうのかというと、OSがきちんとデータフォーマットを定義していないからです。
複数のアプリケーションが同一のデータを編集するコンパウンドドキュメントのアイデアは、それほど目新しいものではありません。
AppleがOpenDocを提唱し、坂村健は仮身/実身モデルをBTRONで示しました。
それぞれ優れているのですが、それぞれ上手く行きませんでした。優れていれば上手く行くというわけではないのが難しいところです。
Microsoftだけが唯一、OLE(Object Linking and Embedding)で実用的なコンパウンドドキュメントを実装したのですが、現在きちんと活用されているとは言い難い状況です。ExcelにWordの書類を張り込んで使ってる人がどれだけ居るのでしょうか。そもそもそんな機能がある事自体、知らない人が多いのではないかと思います。
この中で最も優れているのは仮身/実身モデルだと思いますが、いかんせん実装系が少なくて充分に研究されていません。
僕がenchantMOONを単なるソフトウェアではなく、ハードウェアとして事業化しようと考えたのは、BTRONが最終的にソフトウェアとしてだけ販売されて、それがビジネスとしてなかなか広がって行かないという現状を見たからです。
魂には依り代が必要なのだと思いました。
あまたのコンパウンドドキュメントアーキテクチャが失敗した原因は様々ですが、例えばOpenDocは既存のソフトウェアビジネスの延長上に位置づけようとした結果うまくいかなくなり、OLEはコンパウンドドキュメントを扱う主役を決めなかったのでどちらとも言えない中途半端なキメラのようなアプリケーションを生み出すことになりました。
そのうえ、OLEのプログラムを書くのが難しすぎます。
僕は四回挑戦して、四回とも挫折してしまいました。
なにしろOLEのバイブルみたいな本が、実のところ、聖書よりも厚く、難解なのです。
それを隅々まで全部読んでも、思い通りのOLEコンテナを作れるようにはならないのも失望を大きくさせました。
とはいえ、いずれにせよ、これからのOSはコンパウンドドキュメントの方向に行かなければなりません。これは必然的な流れであると思います。人間はExcelを使うためにコンピュータを起動しているのではなく、データを扱うために起動しているのです。道具に人間の方を合わせるなんていう今の現状が、そのまま続いて行っては人類の進歩は袋小路に入ってしまいます。
しかし、OpenDocの惨めな失敗と、OLEの複雑すぎる構造は、人々を混乱させ、OSの本質的な進化から目をそらせることになりました。その結果うまれたのが、WindowsVista以降の姑息な見た目の変更やWindwos8のとても合理的とは言い難いUXの大幅な変更でした。
ちょうどSGMLが理念としては優れていたものの、実際にはほとんど実用的には使われなかったのと似ていると思います。その後、SGMLはXMLとしてより実用的なものに生まれ変わります。
僕は過去のコンパウンドドキュメントの最大の欠点は、編集と表示環境の分化にあると思っています。
OpenDocを例にとると解りやすいのですが、OpenDocでは、ひとつのドキュメントに画像やテキストを埋め込むことができ、画像やテキストはそれぞれ異なるプログラムで編集・表示されるようになっていました。
メールかなにかであるドキュメントを受け取った時、そのドキュメントに含まれている"全てのデータ"に対するビューアアプリケーションがインストールされている必要がありますが、たいていはインストールされていません。下手をすると、ある一部分のデータを見るために、ビューアを別途買わなければならない可能性もありました。
そんなもの、誰が喜んで使うのでしょうか。
結局、この世代のコンパウンド・ドキュメントというのは、データの内容に関わる管理をOSが放棄していたのです。データの内容はあくまでもアプリケーションに任せていて、OSはアプリケーションを管理するものであるという前提を覆すことが出来なかったことに原因があります。
ところで、実は既に我々は、非常に強力なコンパウンドドキュメントの実装環境を持っています。
HTML5です。
HTML5は、かつて皆が理想としたコンパウンド・ドキュメントの理想形に最も近いと思います。
ハイパーテキスト構造を持っていて、画像とテキストを扱うことができ、高度なプログラム機能も内蔵しています。ビューアが必要でも、ビューアプログラムごと、ドキュメントとして配布できるのがHTML5の強みです。
我々が新しくコンパウンドドキュメントフォーマットを作る必要はありません。HTML5で充分なのです。
ただひとつの問題は、HTML5がコンパウンドドキュメントの最終進化系であるという、その前提にたって設計されたOSが世界のどこにもなかったことです。FirefoxOSやPalmPreはHTML5ベースですが、あれは単に既成概念のアプリケーションをHTML5で実装できるようにしているだけで、コンパウンドドキュメントとしてHTML5をとらえているわけではありません。
HTML5によって、ユーザは「ビューアの制約」からようやく解放されました。
編集は無理でもせめてみることだけでもできれば、現状はずっとマシです。
次の問題は、HTML5は流通性が高く優れたドキュメントフォーマットであるが、多くの場合、それを作成する環境がOSと切り離されているということです。多くは有料の別アプリケーションです。これほど重要な機能なのに、OSが一切関与していないのです。
未来のコンピュータは、あらゆる細かな機能について、ユーザがそれを必要か不要か選択できるようになっているべきだと、僕は考えています。
enchantMOONでは、HTML5がコンパウンドドキュメントであるという前提に照らして、アプリケーションとデータの関係性を逆転させています。
これがMOONPhaseが(実装上はAndroidベースではあるけれども)、独自のOSであると名乗る根拠となっています。
OSの定義には色々ありますが、そのうち重要なひとつは、「アプリケーションとデータのあり方を定義する」というものです。
例えばWindows3.1は、MS-DOSの上で動いていたので、厳密にはOSではないとも言えますが、Windowsアプリケーションが動くのはWindowsの上だけで、従ってWindowsアプリケーションを定義しているという点では立派に独自のOSです。
MacOS、iOSも、内部はDarwinというBSDベースのUNIXですが、iOSアプリ、MacOSアプリを動作させるにはDarwinだけではダメです。従って、MacOS、iOSも独自のOSであると言えます。
同じ意味で、MOONPhaseも、内部的にはAndroidを使っていますが、MOONPhase向けのシール、またはハイパーステッカー(HyperSticker)と呼ぶ機能も、MOONPhaseなしでは動きません。従って、MOONPhaseは独自のOSです。
シールは、これまでのGUIアプリケーションとは全く異なる概念を提供します。
MOONPhaseは、コンパウンド・ドキュメントの作成・編集機能をOS側に持たせた特殊なOSであると言えます。
ハイパーリンク、作図、などをOSだけで行うことが出来るようになっているのです。
シールは、そうして作られたコンパウンドドキュメントを「変化」させるためのフィルターとして機能します。
その結果、「Undo」を行うシールを作ることが出来たり、データを書きはじめから書き終わりまで「再生」するシールを作ったり、カット&ペーストをするシールを作ったりすることができるのです。
これは、GUIアプリケーションの歴史そのものから考えれば、あり得ないほど大きなパラダイムシフトであり、思考のための道具としてのコンピュータの可能性を、無限大まで拡張するものです。
コピー&ペーストやUndo機能はOSが提供して当たり前だとみんなが思っていました。
しかし実際にはUndo機能はアプリケーションが個別に実装するケースが多いのです。
だから、Undoができるアプリケーションとできないアプリケーションが混在することになります。これは複雑です。でも仕方ないんです。アプリケーションによってデータ構造が違うので、データの扱い方を知っているのがアプリケーションだけならば、そういうことになります。
MOONPhaseはデータの扱い方を知っているOSです。それはMOONPhase自身のみならず、全てのシールアプリケーションがデータの扱い方を知っています。従って、Undoやコピー&ペーストのような基本機能も、アプリケーションとして後から追加可能なのです。
MOONPhaseではできるだけシンプルに自分のやりたいことを実現するシールだけをシール台帳に集めて、ミニマムな環境で思考に集中できるよう配慮しています。
たとえば僕はアイデアスケッチをするときにはボールペンを使います。
消しゴムは使いません。ボールペンの書き味が好きなので、一発で書く爽快感がアイデアの源泉です。
しかし人によってはUndo機能が欲しいという場合もあるでしょう。
単なるUndoではなくて、好きなだけ手順を戻せるとか、さらにRedoもできるのがいいと思う場合もあると思います。
MOONPhaseではそういうシールを、作ることが出来るのです。
ユーザは好きなUndo機能を自分で実装するか、他に誰か賢い人の作ったシールを活用することができます。
つまり、道具を自分たち自身の手で拡張したり、カスタマイズしたりできるのです。
最もイメージとして近いのは、UNIXのフィルタープログラムです。
UNIXではテキストファイルを様々なフィルタープログラムにかけることで複雑な処理を簡単に行わせることができます。
ただしこれはテキストデータに対してだけできることで、画像データはUNIXが生まれたときにはまだ一般的ではなかったから、できませんでした。
MOONPhaseでは、基本は画像であり、テキストデータではありません。
だからこそ、シール側のプログラムにはこれまでにない大きな可能性があると思います。
MOONPhaseはコンピュータの歴史を継承しつつ発展させた、新しいパラダイムを具現化したものであり、当の開発チームさえも予想していなかった大きなジャンプを遂げている、と僕は評価しています。よくやってくれた、と思っています。
半分は意図的な、半分は偶然の産物であり、結果として非常に筋の良い構造を持っています。
さらに、MOONBlockは、アラン・ケイ氏との議論の中で、学習曲線を意識することによってその存在意義がより明確になりました。
MOONBlockは全ての人々をプログラミングさせるための枷であり、同時に思考のカタパルトでもあります。
通常のOSでは、人々はマウスやタッチパッドに習熟し、キーボードに習熟した時点で学習をやめてしまいます。
ハイパーテキストを作るまでのハードルが高く、そこに第一のギャップがあり、次にアプリケーションをプログラミングするという、コンピュータ本来の使い方にたどり着くまでに第二のギャップがあります。
僕のように、六歳児の頃からプログラミングをしているような生粋のプログラマーであっても、今のコンピュータ向けのプログラミングは面倒くさいのです。
たとえばラーメンが出来上がるまでの時間を測るキッチンタイマーを作ろうとしても、Xcodeを起動する気には全くなりません。まあそんなものは、
javascript:window.setTimeout(function(){alert("ラーメンできたよ")},3*60*1000)
とでもブラウザのURL窓に打てば済む話なのですが、こんな呪文をコンピュータを使う人みんなに覚えさせようというのはかなり大それた話です。
しかしMOONBlockなら誰でも簡単に書ける可能性があります。
ペンの色を変えるのにも背景の色を変えるのにも、わざわざMOONBlockでプログラミングしなければならないようにしているのは、文字通り「あらゆる人々」にプログラミングの入り口だけでも体験して欲しいからです。
実をいうと、これはゲームデザインなのです。
学習曲線の設計はゲームデザインと類似性があることを我々は良く知っています。
なにしろ我々はずっとゲームを作ってきたのですから。
正確にはレベルデザインです。
少しずつ複雑にしていき、最後はなんでもできるようになるといいなと思っています。
そういうふうにOSがユーザを育て、またユーザがOSを育てるという共生関係を構築することを目指しています。
実はMOONPhaseの可能性はあまりにも途方もなく広いのです。
この大海原をくまなく冒険するのは、UEIにいるチームだけでは到底できないことです。
まずはコンテストです。
賞金総額100万円を、enchantMOONの活用法を考えて下さった方々に分配します。
また、審査員として、iOSの開発者の一人であるUX研究の第一人者である増井俊之先生、人類の未来を真剣に研究しているソニーCSLの北野宏明所長、そしてコクヨの山崎部長とEvernote日本法人会長の外村仁さんといった、蒼々たる方々をお迎えしました。
そうした素晴らしい才能と見識を持った方々と一緒に、enchantMOONの未来を考えて行きたいと思っています。
さらに、来週にも正式に発表することになっていますが、日本国内の大学、公的研究機関の希望する研究室に、enchantMOONを、無償で貸し出すことにしました(複数台も可)。多くは成田で「出荷基準に達せず」と出荷を見送った、画面やハンドルに傷があるもの、要はアウトレット品です。
そして、enchantMOONを使った研究を国際学会で発表する際には、その渡航費を1チームあたり最大50万円まで援助する「Global Society Challenge」をスタートします。
既に先日、北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)で開催された芸術科学会(http://art-science.org)においてこの構想を発表したところ、大変な反響をいただきました。
というのも、日本のコンピュータ研究室は、通常、瑣末な予算獲得に追われており、学生やポスドクを雇うための助成金をあてにした「ためにする研究」のために優秀な人材の貴重な時間が奪われているのです。そのうえ、本来、世界の一流国であれば国際学会へは積極的に参加し、学生の見聞を広め、世界に向けて発信していかなければならないにも関わらず、渡航費などの予算を確保できないため、国内でこじんまりした研究を意志に反して続けている先生方も少なくありません。
UEIリサーチ設立時に、西田友是教授に要請されたのは、「自分の給料は年100万でもいいから、研究員の渡航費だけはなんとしても確保して欲しい」ということでした。世界有数の研究者である西田教授にとっても渡航費の問題だけは頭痛の種だったようです。一流の研究をするには、まず渡航費の確保が大前提であると、何度も力説されました。UEIリサーチの年間予算は数千万円ですが、その大半は渡航費に使われます。
東大の一流研究室ですらその有様なのだから、他大学の状況は推して知るべしでしょう。
結局、ポスドクや助教の人件費を捻出するために、文科省の官僚が考えた絵に描いた餅のような近視眼的な研究テーマに沿った研究しか許されないのだとしたら、これは人類の大きな損失です。官僚はあくまで官僚。彼らが負っているのは国家・国益への責任であり、科学の未来に責任を持っているわけではありません。研究者は自らのテーマをもっと自由に選択できるべきだと思います。
そうであれば、我々として貢献できるのは、enchantMOONに関連した研究に取り組む意志のある研究室を支援し、一緒に大きな成功を目指すことです。
これからの未来のコンピュータを考えようとするとき、タブレットはいずれの場合でも必要になるでしょうし、一台や二台ならともかく、大量に必要な実験の場合は予算に占める割合もばかになりません。
ですからそこに、我々のアウトレット在庫を貸し出しましょう、ということです。
優秀な人材が見聞を広めるチャンスを得るために、我々をうまく利用していただきたいと思っています。
既に当日参加されたお茶の水大、東京工科大、神奈川工科大など、多数の研究室から打診を頂いていますが、公平を喫すため正式な公募は来週発表とさせていただきます。
私たちが描いたenchantMOONの夢は、一年と6ヶ月が経って、最初に予約していただいた方々、度重なる延期をじっと耐えていただいた方々、出来の悪いOSを騙し騙し使ってみていただいた方々、等等、無数の人々の愛によって、いまや、大きな流れを作り出そうとしています。
私たちがここまで来れたのも、ただひたすら、予約し、待ち、購入して下さった方々のご理解とご助力の賜物です。その結果、私たちは次の打席に立つことが出来ました。
現状のハードウェアそのものが、日本国内の基準に照らして厳しいものであることは、今後、様々な不具合を改良し、大幅に性能を向上した次世代機を発売できるようになったとき、現行世代からのアップグレードとして現行ユーザの皆様に大しては大幅な値引きとともに発売すると社長としてお約束させていただきます。
おそらく、次世代機以降を3万9800円という価格で販売できることは、二度とないと思います。それは直販を前提とした価格であり、日本のベンチャー企業が初めて挑むからこそ、販売パートナーの皆様からも、かなり無理なお願いを聞いていただいた結果の価格設定であり、UEI自身はもちろん、販売パートナーの皆様にも、かなりの忍耐を要求する価格です。
けれども、現行世代の端末を購入して下さったユーザの皆様に対しても、ハードウェア的に未熟な部分に関して同様の忍耐を頂いているであろうことは想像に固くありません。従って、我々にできることは、せめて、次世代機が完成した暁には、それをできるだけ安く現行ユーザの皆様に提供するということだけだと考えています。
従って、ユーザ登録ハガキは非常に重要なので、ぜひユーザ登録をしていただきたく思います。
また、今月はMOONBlockの活用法をみんなで模索する、MOONBlockハッカソンを開催します。
とにかく、enchantMOON、そしてMOONPhaseの可能性を皆さんと一緒に模索し、広げて行きたいと考えています。
そのうえでの、人材募集を行っています。
これからもどうぞ宜しくお願いします。
2013-10-04
■海軍に入るくらいなら、海賊になったほうがましなので乗組員募集
大勢の人々の心配をよそに、enchantMOONから始まった「21世紀の新しい文房具をつくる」プロジェクトは急激な広がりを見せている。まだ発表できないが決定したいろいろな取り組みが、急ピッチで実現の道に向かっている。
もうオフィスが足りないので、昨日から不動産屋さんの内見に入っているくらいだ。
こうなると足りないのが人だ。圧倒的に足りない。
そこで僕は新たに、社内に海賊を作ることにした。
僕の執務室を新たに「フライングダッチマン」と命名し直し、海賊旗を掲げた。
新しい部署をつくる。
それはenchantMOONのさらに先、その向こう側、それを作るための企画者、マーケッター、広報、そしてソフトウェアエンジニア、もちろんハードウェアの設計が出来る人、などなど、広く募集したい。つまり会社をまるごとひとつ新しく作る、くらいの勢いで人を集めたい。
前職の報酬は保証します。
また、文科系の大学生で、UEIで火中の栗を拾う修行がしたいという物好きな人も同時に募集しています。
一人だけ選んで、僕が企画とビジネスについて直接指導し、育てます。
いずれの申し込みの場合も、筆記試験があります
申し込みは以下から
正社員(年齢不問)
学生さんむけ
そうそう。関係ないけど、今週土曜日のよる11時55分からドラマ版「東京トイボックス」が始まるよ!
業界関係者もそうでない人も必見!・・・のドラマになるといいな
個人的に原作の大ファンで、原作者のうめ先生にも会ったことがあるので、思い入れのあるドラマです。
スポンサーであるガンホーの橋本君が、「清水もエキストラで出たらいいじゃん」っていうのでお声がかかるのを期待しているのですが、果たして
ぜひご覧下さい
2013-10-02
■アスキーとぼく
小学生の頃だ。
ぼくは新潟県長岡市立上川西小学校の教室で、パイプ椅子に腰掛け、机の上で"内職"をしていた。
といっても、実際に働いていたわけではない。
先生の退屈な授業を聞いてるふりをしながら、ノートにあれやこれやと落書きをしていたのだ。
宇宙船だったり、宇宙人だったり、マンガだったり、時には設計図のようなものだったりした。
その日、ぼくはソワソワしていつにも増して授業に集中できていなかった。
ぼくとって、授業などどうでも良かった。
たいがいのことは既に教科書をおしまいまで読んでしまって知ってることだし、先生の知識はところどころ不完全か、間違っていた。仕方ない。
「質問があればなんでも聞きにこい」というので、職員室に行って、「この四×四行列の意味がよくわからない」と質問したことがある。目を白黒させて、いろんな先生に助けを求めて、結局、「こんなものは小学生が知る必要がない」と返された。
「小学生はこんな雑誌を読むべきではない」と担任の当銀先生は言った。
半裸の女性が広告に入っているし、しばしば如何わしい映画だのゲームだのの話題で彩られている。そのうえ、この本を毎月のように職員室に持ってきては、この数式はなんだ、哲学者のカントはどうしただのと面倒くさいことを聞いてくる。ぜんぶその雑誌に書いてあることだった。
その日は、そんな読むべきではない雑誌の発売日だった。
18日。
その日付はまるで魔法のようだ。
Oh!PC、月刊マイコン、月刊I/O、そして月刊ASCIIが発売される日だった。
18日になると、ぼくは一目散に学校を飛び出し、家に帰ってぴかぴかの財布をポケットに放り込み、自転車で近所の本屋に走った。
一年生のお小遣いとしてもらう500円。これで毎月、月刊マイコンとOh!PCと月刊I/Oと月刊ASCIIと、どれを買うべきか真剣に悩むのだった。
Oh!PCはソフトバンクが出版していた雑誌で、プログラムの話題が中心の雑誌だった。ただしマシン語のダンプリストが中心で、それを打ち込む根性はぼくにはなかった。
月刊マイコンも同様で、多少、バラエティに富んでいるが、基本的にはダンプリストを掲載している雑誌だった。
月刊I/Oはよりホビー寄りな内容で、ダンプリストも掲載されていたが、ハードウェア工作の話題も多かった。
しかし圧倒的にぼくを惹き付けてやまなかったのは、月刊ASCIIだった。
月刊ASCIIは、基本的にはプログラムを中心には扱っていない。
しかしコンピュータとそれにまつわる様々な話題、映画の話題や外国で作られたアナログのカードゲーム、ボードゲームの話題、テレビ番組の制作の舞台裏、哲学者がコンピュータをどのように仕事に活かしているかという連載、能力の低いバッチファイルだけで仕事をどこまで効率化できるかというテクニック、人工知能、高等数学、コンピュータ・グラフィック、天体の軌道計算、ゲームプログラミング、セル・オートマトン、UNIX、ハイパーテキスト、などなど、まだパーソナルコンピュータでは扱えないような高度な話題。
そういったものの諸々が、全部渾然一体となってひとつの本にまとまり、そこに不思議な調和が完成している、まさに「雑誌」と呼ぶのがふさわしい本だった。
特に1992年の15周年記念号(7月号)だったか、それはとても衝撃を受けた。ずっと遠藤さんにあれを貸して欲しい、もう一度読ませて欲しいと頼んでいるのだが、「あれどこいったかなあ」ととぼけられている。とにかく衝撃的な内容の特集で、わざわざ未来の端末のモックアップまで作っている凝りようだった。いつかこんな機械を作りたい、というのが僕をコンピュータの道に向かわせた直接のきっかけである。
ASCIIがなければ、ぼくはコンピュータというもののすばらしさに気づくまでにずいぶん時間がかかったのではないかと思う。
その思いは、当時ぼくと同じような気持ちでASCIIを読んでいた全ての読者のなかにあるのではないだろうか。
ASCIIから毎号溢れ出ていたメッセージは明快だ。「コンピュータはすばらしい!みんなですばらしいコンピュータを楽しもう!もっとコンピュータを素晴らしくして行こう!」
ASCIIという会社は日本のみならず世界のコンピュータ業界全体に大きな影響を与えた伝説的な会社である。
なにしろ、創業者の西和彦氏は、米Microsoft本社の副社長までつとめた人物で、Microsoftがわずか数人の社員しかいない頃、IBMからのOS開発の依頼を引き受けろと、及び腰のビル・ゲイツに強く進言した人物でもある。
西氏が作ったホビーPC規格MSXは、MicroSoft-Xの略である。
日本におけるMicrosoftの唯一の代理店はASCIIだったのだから、その関係性がわかるというものだ。
そしてこのMSXは、全世界で使われる重要な規格になった。
Microsoftが日本法人を立ち上げる時、初代社長になった古川享(現慶應義塾大学教授)氏も、もともとはASCIIの編集者だ。
ASCIIは日本中に、「アスキーファン」とでも言うべき信者を多数抱えて離陸した。
ゲーム産業の黎明期に「ゲーム攻略本」というジャンルを切り開いた浜村さんも、ASCIIの社員だ。もともと、「ログイン」という雑誌がASCII ジュニアとして別冊で立ち上がり、そのログインの中にあったゲーム紹介のコーナーが「ファミコン通信」である。のちにそれが雑誌「ファミ通」になり、編集部はエンターブレインとして独立する。
この頃のASCIIは圧倒的に凄かった。
ソフトバンクの孫社長さえ、この分野では叶わないことを認めざるを得なかっただろう。
90年代の編集長は遠藤諭氏。彼のコラムに影響をうけて、ぼくという人間は大人になった。最もぼくに影響を与えた人物で、実の両親よりもぼくは彼のコラムの影響を強く受けている。
ぼくの文体は、実はそもそも遠藤氏のコラムを真似たものだ。
高校生の頃にこの文体で文章を書くと、編集部から「生意気だ」と少年が書くような文体に修正されたが、今は年相応になったのではないかと思っている。
今では信じられないことだけれども、ソフトバンクとASCIIは同じレベルで競っていたのだ。しかし広告の量をみれば、月刊ASCIIが圧勝していることは火を見るよりも明らかだった。
もしかしたらアスキーが携帯電話キャリアを買収していたかもしれない。
なにしろ世界でもっとも使われているOS、日本のコンピュータマニアが最も愛読している雑誌、ゲームファンが最も多く読んでいる雑誌、全てをたった一つのベンチャー企業が掌握していたのだから。
絶好調のASCIIは映画会社、旅行代理店などの多角経営に乗り出した。いま振り返ればこれは終わりの始まりだった。多角経営の不振に始まるキャッシュフローの悪化
幹部と社長との対立、そして分裂に次ぐ分裂。
アスキーの創業者の一人、塚本慶一朗氏は独立してインプレスを作った。
雑誌ログインの成功で知られる小島文隆氏は、独立してアクセラという出版社を立ち上げるが、消滅した。
小島氏のもとで、ゲーム寄りなログインに対して、同じようなノリだがゲームに寄らない一般誌的な雑誌として、EYE-COMが立ち上がった。編集長は福岡俊弘氏、通称F岡さん。ちなみにアスキー系の雑誌で、編集長が「編集チョ」と書かれたり、編集者に変なリングネーム(スタパ斉藤、船田戦闘機等)がついているのは小島氏の影響と言われる。
F岡さんが立ち上げたEYE-COMは大成功し、業績不振で創刊と同事に苦境に陥っていた週刊アスキーをまかされたF岡さんは、見事にEYE-COMの週刊化という偉業を成し遂げた。ふつう、月刊誌を週刊誌にするということは、単純に考えて四倍の手間が必要である。短期間にそれを実現したF岡さんの手腕は非常に高く評価され、F岡さんの週刊アスキーは、今に至るまでASCIIという会社のドル箱になっている。
ASCIIという会社がピンチになり、その苦境を救ったのはCSKグループの大川社長だった。
大川さんが戦闘機やらを買って会社のキャッシュフローを悪化させていた西さんを評して一言
「天才にカネを持たせたらアカン」
CSKの傘下になったASCIIから、同じくCSK傘下のSEGAに多数の技術者が出向していた。
最初に高橋ピョン太さんと出会ったのはその頃で、僕もMicrosoftからSEGAに出張っていたのだ。
ログインの編集長だった河野真太郎さんは、しばらくソフトバンクの携帯コンテンツ事業の責任者をやられていた。
高橋ピョン太さんはドワンゴが着メロに力を入れたときに参加して、100万人サイトに育て上げた。
僕が遠藤さんと実際に出会ったのは、2003年頃だったと思う。
UBiMEMOという、携帯電話向けのハイパーテキストメモ帳を作ったときだ。
眼光鋭く、僕に乾電池一本で携帯電話を充電できる昇圧回路入りの充電器をくれた。
「乾電池が爆発するかもしれないけどね。うしし」
と言いながら。
遠藤さんはそれからちょくちょくと、会うことがあって、香港、そして深圳にも連れて行ってくれた。僕の知らないことを次々に教えてくれた。
遠藤さんとの出会いがなければ、ハードウェアを作ってみようなんて考えは、みじんも、浮かばなかった。今思えば遠藤さんは、きっとそういうことをさせたくて、僕を香港に連れて行ったのかもしれない。
「清水氏、ここにくれば、作りたいものはなんでも作れるんですよ。このビルにあるお店だけで、携帯電話を作るための部品はぜーーんぶ売ってるわけ。設計図すらもね。そうしてつくられた変な端末も山ほどある。面白いでしょう?」
それからアスキーは消滅した。
会社としても完全に消滅し、一つの会社、株式会社KADOKAWAになった。
エンターブレインも、KADOKAWAになった。
生き別れの兄弟とまた再会したような感覚かもしれない。
今の社長の佐藤辰男さんは、非常に素晴らしい経営者で、人格者だ。
アスキーという会社にとって、一番いい相手だったのではないかと思える。
アスキーという会社はなくなってしまっても、そこで働いた人々の思いは、KADOKAWAの中で生き続ける。それだけでなく、アスキーという会社が起こした小さな旋風は、今や巨大な時代の流れとなって、人類の歴史そのものに残って行くだろう。
組織が組織として残り続けることだけが重要なのではない。
組織が確かに存在した、その証を持ち続ければいい。
20世紀末、僕たちは確かに「アスキー」という旋風を体験した。
それはもう二度と戻ってこない、あの時代だからこそのものだろう。
アスキーに溢れていたのはコンピュータへの愛と、大きな夢だ。
コンピュータが発達すれば、こんなことができる、もっとこんなことができる。
そんな夢が詰まっていたのがまさにアスキーという会社そのものなのだ。その夢の力で周囲を巻き込み、旋風を起こし、一つの時代を作り上げた。我々が永遠に記憶すべき偉大な組織であり、偉大な人々だった。
私たち読者は、アスキーという風に吹かれて、いつも少しだけ違う自分になってきた。これからはかつて読者だった者たちが、自らの力で、新たな風を起こして行く。そんなフェーズなのだと勝手に思っている。
今までたくさんの夢をありがとう。
そして、さらば、アスキー。
遠藤諭さんによるコラム
2013-09-21
■偉大な経営者とは
偉大な経営者と呼ばれる人たちには共通項がある。
それは優れた後継者をきちんと育てていることだ。
できれば自らに不幸な死が訪れる前に、後継者を見つけ、育て、委ねているのがいい。
そして我が国で20世紀にうまれた最後の大企業、任天堂の山内溥さんも例外ではない。
岩田聡さんという優れたプログラマーでありビジョナリーである人物の才能を見いだし、彼に後継を託して引退なされた。
実は山内氏は岩田さんに出会うずっと前から、引退すると宣言していたがそれがなかなか実行に移されなかった。それで「どうせ死ぬまでやめるつもりはないのだろう」という大方の予想を裏切って、いともあっさり、岩田さんに後継を譲って退いた。
全く見事な世代交代だったと思う。
これは日本の産業史を顧みても極めて希有な成功例ではないかと思うのだ。
たとえば、僕は本田宗一郎と藤沢武夫、井深大と盛田昭夫、大賀典雄の名を知ってはいても、宗一郎亡き後のHONDAを率いた社長や、大賀典雄の後をひきついだSONYの社長の名を知らない。また、それはあまり強い記憶として残らない。
しかし今、21世紀のゲーム業界で、岩田聡の名を知らぬ者がいれば、それは間違いなくモグリである。
NintendoDSを成功させ、Wiiを成功させ、見事にポスト山内体制の任天堂を完璧なまでに作り上げた。
これほど優れた後継者を見いだし、育て、そしてポストを譲るということは、そう簡単にできることではない。
血縁でもなく、クリエイターでもなく、ただひたすら優れたプログラマーに経営の要衝を譲ったというのは、山内氏のふるった数々の神懸かり的采配の真骨頂と言えるだろう。
彼がいなければ、現代のようなゲームの隆盛は決して無かったであろうことは想像に難くない。
彼はただファミリーコンピュータという商品を世に送り出しただけではない。一度、死にかけた、家庭用ゲームという文化を、独自の解釈で蘇らせたのだ。それは並大抵の人間にできる芸当ではない。
真に偉大な経営者とは、まさしく彼のような人物を言うのだと思う。
Wii Uにおける、開発環境としてのenchant.jsの採用に際して、僕自身もこの半年、幾度か京都の任天堂本社を訪れる機会に恵まれた。
これが本格的に花開く前に逝ってしまわれたというのは、僕としては非常に残念であるが、同時に、山内氏にとって、悔いの無い人生だったのではないかと、僕は思う。
なぜなら、優れた後継者を選びとり、彼が舵を切り、数々の優れた商品を生み出していく姿、きちんと世代交代した未来の任天堂の姿をしかと眼に刻み付け、それから旅立たれたのだろう。それはこの業界を生み出した創造主の一人として、満足の行く姿だったのではないだろうか。たとえどんな困難があろうとも、彼らなら必ず乗り越えてくれるだろう、そういう安堵の伴った最期だったと僕は信じたい。
ファミコンの影響を全く受けていないコンピュータゲームなどあり得ない。
つまりいま、この業界に生きる我々は、大なり小なり、山内氏の影響を受けてこの仕事をしているはずである。
コンピュータゲームだけでなく、山内氏個人は、小倉百人一首や囲碁の達人であり、愛好家としても知られていた。
つまり、骨の髄までゲームを愛した人物だったのである。
だからこそ、アタリショック後の世界で、家庭用ゲーム機という事業に敢えて挑戦し、勝利をつかみ取ることが出来たのだと思う。
山内氏の活躍により、我々が得られた知見はあまりにも多い。
その功績を全て書き記すことは到底できないが、本当にせめてもの救いは、岩田聡さんというすばらしい後継者がきちんと会社の舵取りをしていることだ。だから安心して逝くことができたのではないかと思う。
謹んで哀悼の意を表し、お悔やみ申し上げます。
2013-09-20
■東京ゲームショウ、iPhone5S、Androidプロジェクター、enchantMOON、クッキー、料理
東京ゲームショウに行って来た。
芸者東京の密集隊形、PS4、いろいろあった。
上の写真は田中タイセイの5D MarkIIによるもの。美人ぞろい。クレイジー。
下の写真は田中タイセイが「清水さんのために密集隊形やるからアップしてよ!」というのでアップした。ちょっと恥ずかしい。
スウェーデンのウプサラ大学が初のブース展示を行っていた。
面白いのは、スウェーデンの大学でありながら日本人の研究者が多く在籍していること。
ところでスウェーデンって、ゲーム大国なの知ってる人ってどのくらい居たんだろう?
実はBATTLE FIELDシリーズやJUST CAUSEシリーズ、そしてMINECRAFTもスウェーデン製。
ヨーロッパで最高の権威を持つウプサラ大学は500年以上の歴史を持つ名門で、ノーベル賞受賞者を15人も送り出している。
そうした超名門大学が、実はゲーム開発教育にも力を入れている。
ざっと見回してみると、なかなか面白い技術が多い。東工大との共同研究で作られた3Dフォースフィードバックはなかでも良く出来ていた。
PS4とXbox ONEに関しては意外(?)にもPS4の方が個人的には好印象。
ただ、グラフィックの質的向上についてはもはや僕が見てもこれまでのゲームとの違いがよくわからないレベルになっていたのでいまのところ「おお、凄い!」という感じにはならないのだけど、PS4に最初からついてるAR体験できるソフト「Playroom」が面白かった。
PS4のARはKinectと違い二つのカメラの視差で距離を計測するLeapMotion方式のようなので、ソフトを工夫すればLeapMotionのようなこともできそうだ。
ソニーが開発したSmartARは、残念ながらまだあまりゲームに有効活用されているとは言えないけれども、実際には凄い可能性を秘めていると思う。
原理的にはこれと同じなので、カメラ二つで部屋の家具の寸法まで導きだすことが出来る。
惜しいのは、当たり前だけどどうしても鏡を見て遊んでいるような感じになってしまうこと。
この違和感をどう払拭するかが今後のゲームデザイン上の課題になっていくかもしれない。
オフィスに戻ると、iPhone5Sが届いていた。docomo版だ。
僕は1999年からずっとdocomoの携帯をメインに使い続けていて、大学時代からの友達はずっとドコモのキャリアメールに連絡をしてくる。MNPはともかく、キャリアメールが大事なのでずっと取っておいたのと、番号に256が入っているので番号そのものを気に入っているという理由から、なかなか手放せずに居た。これがiPhone5SになってついにiPhone二台体制に突入。
指紋認証が思ったより面白い。しかしこれは多くの人が指摘しているように、寝てる間にこっそり指を当てられたら終わりだ。これでは家庭内電話警察の追求を逃れることはできない。
しかし指紋認証以外の機能は全くと言っていいほどただのiOS7なので、モーションプロセッサを活かしたアプリが出て来て欲しいところ。
個人的に注目しているのはiBeaconで、これがちゃんと使えるようになったらかなり面白いと思う。
enchantMOONにも本当はBluetoothを付けたかったけど、コスト的にできなかった。
ただ、実はdocomoが提供している「ショッぷらっと」は、iBeaconと似ているけどBluetoothが要らない。
人間の耳には聞こえない非可聴域に情報を載せて近距離通信を行う技術で、これは実装がとても簡単なので瞬く間に普及した。iOSでもAndroidでも使えるし。
この技術の唯一の泣き所は、ポップアップができず専用アプリを起動しなくてはならないこと。
まあでもいいよね。クーポンが店の近く通りがかる度にどんどんポップアップして来たら社会問題になりそうだ(そしてiBeaconはそうなってしまう危険性をはらんでいる)。
中国に居た頃お世話になったジーニーの藤岡社長から「こんな製品を作りましたよ」とメールを頂いた。なんとAndroidが内蔵されたプロジェクター。
http://www.geanee.jp/products/geanee_mpj-a500.html
Androidが内蔵されているので、プロジェクターだけで単体で動作する。
掌に乗るほど小さいので、プロジェクションマッピングやインスタレーションに活用できそう。
僕もしばらく借りて遊んでいたんだけど、工夫次第でいろんなことに使えそうな代物だ。
オペレーションはUSB端子にマウスやタッチパッドを挿して行う。
ワイヤレスマウスがオススメ。
ジーニーの藤岡さんは、以前は日本でEXEMODEという家電メーカーを経営していたバリバリの日本人。けれども中国語がペラペラ。ほぼ現地人のように喋れる。
こういうユニークな製品を作ってるメーカーがどんどん出て来ると嬉しい。
enchantMOONは、今週でようやく頂いた全ての予約分の出荷が終わった。
先週は中国でenchantMOONの製造を担当していたチェリーさんが記念に日本に初来日。
実は中国人は自由に国外に出ることが出来ない。どんな場所にいくにもビザが必要で、しかも期限がかなり短い。持ち出し可能な外貨も厳しく制限されている。
そういう中での訪日だったのでできるだけ日本を楽しんでもらおうと趣向をこらしたがあいにくの台風上陸などでけっこう大変だった。
そしてMOONPhase 2.6.0がようやく最初のテストが終わってバグ出しが落ち着いて来たのでエイジングテスト用にROMを焼いてもらった。かなり大幅にコードをいじっているので大事をとって通常よりもデバッグ期間を延長した。
UIの手触りが明らかにまた少し速くなってる。
今回一番嬉しいのはなんといってもMOONBlockの起動速度が短縮されたこと。
EagleVMがバージョンアップしたのと、JavaScriptのコードの多少の最適化を行い、起動速度が優先されたのでより手軽にプログラミングを楽しむことが出来る。
ビデオブログ、モモナエレクトロニキチの百名さんがenchantMOONの修理がてらUEIに取材に来て下さったので、そもそもなぜenchantMOONがこういう感じで設計されているのか、考えを直接語る機会を頂いた。
寝癖+眠そうな顔なのは、朝だったので。しかし寝癖くらいは直したかったorz
実はこういう切り口の取材は初めてで、喋っている内容も外ではあまり言っていなかったことが多い。
そうこうしているうちに、enchantMOON初のムック本が刷り上がって来たらしい(手元にはまだ来てない。写真は角川アスキー総研の遠藤諭さんの手元に届いたもの)。
8月中はこの本の執筆作業で文字通り忙殺されていた。
enchantMOON オーナーズガイド&MOONBlockプログラミング
- 作者: アスキー書籍編集部
- 出版社/メーカー: アスキー・メディアワークス
- 発売日: 2013/10/01
- メディア: 大型本
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最初企画書には「ブログを引用」としか書いてなかったんだけど、ブログの記事をまんま引用するだけだと意味が通じないので結局盛大にリライト&書き下ろしする羽目になった。
MOONBlockに関する部分は完全に書き下ろし。
enchantMOONらしいプログラム入門になっていると思う。
ただ、本当はもっと書きたかった。時間がないのとページがないので書けなかったんだけど。また機会を見つけて書きたい。
そうそう、アラン・ケイさんとのインタビュー内容も本書に収蔵されています。
それと、来週火曜日から成蹊大学経済学部でenchantMOONを使った授業(情報分析特殊講義Aデザイン+プログラミング programming skills for creative design)を始めます。文科系の学部でやるのがミソ。
講義は僕が自ら行い、プログラミングの歴史と意義、そして実際のハイパーテキストオーサリングと、プログラミングに挑戦してもらう予定です。全15回。単位も取得できる正式な講義です。
ところで最近急に流行ってるクッキー・クリッカーに僕も遅ればせながら参戦してみた。
しかしこのハードSF感と、ゲームしてるのかしてないのかわからない感は凄い。しかしシンプルなルールでもこれだけ面白いものが作れるとなると面白いなあ。
個人的には最近、料理にハマってる。
外食をやめて家で自分で飯を作るようにしたら、意外と楽しくてハマってしまった。
良く言われるんだけれども、料理はプログラミングに似ている。
決められたレシピ(アルゴリズム)はあるんだけど、手持ちの材料とか自分の力量とかで微調整しないといけない。
デザインパターンもある。
素晴らしいのは、自分の好きなものを作って食べることが出来るということだ。当たり前だけど。
そのおかげで、自分が食べたいものは大抵作れるようになってしまった。
料理しながらレシピを見るのに、enchantMOONのように縦に自立する端末は便利だ。
レシピをメモするのにも使える。
画面を見ながら料理を作っているとときどきスリープに入ってしまうのが困っていたんだけど、2.6.0ではスリープまでの時間もMOONBlockで設定できるようになるので、レシピ閲覧機としてもっと便利に活用できそうだ。
レシピにあわせてMOONBlockでキッチンタイマーを自作するのも楽しい。
現状デフォルトのタイマーボードだと64秒までしか設定できないので、代入ブロックを使って画面に現れた時に初期値を600秒に設定すれば10分のキッチンタイマーになる。時間が来た時に音を鳴らせばいい。
自分で書いたプログラムを使って自分で料理を作る。
プログラミングの楽しさの本質は、こうしたいわゆるアハ体験にあるのではないかと思う。
「あれとあれとあれをこんな感じで組み合わせたら、こういうことができるんじゃないか」
そういう思いつきが、実際に形になって、思い通りに動いた時、「やった!」と思う。それがプログラミングのアハ体験。手元にある道具を組み合わせて、自分の世界を創りだす。こういうことがあるからやめられないんだよなあ。
プログラミングも料理もトライアンドエラーが大事。初めて挑戦したカルボナーラも、最初は失敗したけど、二回、三回と練習したらちゃんと作れるようになった。
スーパーマーケットで材料を探している時、下ごしらえしてるとき、いろんな所に楽しさがある。
こんなふうに生活のなかにenchantMOONを取り入れて行きながら、その先の可能性を模索していきたいと思っている。
そうそう。日経BP主催のITpro EXPOに登壇します。