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被曝と健康、医療をもう一度、考える  2.規制値の決定方法




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基本概念に基づいて規制値が決められる.まず被曝によるハッキリした健康被害は100ミリシーベルトを短期間に浴びた程度から明確になる.集団としてはより低線量から障害が認められるが、個人の低線量被曝と疾病は明確ではない。

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ここに示した図は被曝と健康障害について良く使用される図だが、左の図はもともと間違っている.地上に住んでいる限り、被曝量がゼロということはなく、従って、被曝量がゼロの時にガンのリスクがゼロになるということは科学的には不明である.

つまり、日本では自然放射線が1.5ミリシーベルトであり、0ミリシーベルトの時にどの程度のガンのリスクがあるかは不明で、「少し被曝した方がガンのリスクが減る」という可能性は否定できず、これをホルミシス効果という場合がある。

自然放射線を超えた場合の影響については様々でまだ医学的にも科学的(細胞、生殖など)について明確ではない。明確ではないときに「大丈夫」とか「危険だ」ということは思想としてはあり得るが科学ではあり得ない.

そのような場合は一般人の安全を守る原則がある。その一つに「食品安全」がある。

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この図はそれをよく示しているが、ADIという概念があり、動物実験などで求められた無毒量を基準にしてその100分の1をもって「生涯にわたって毎日食べても危険がない食品添加物の単位重要あたりの一日摂取量」と定義されている.

被曝と健康について食品の概念を示したのは、食品の経験、発病、事故などの方が被曝より圧倒的に多く、かつデータも豊富である.従って、科学としてはADIの概念を被曝の参考にすることも大切である.

1100ミリ以上は個別の障害が認められる」、「具体的な障害発生の100分の1が経験的に安全である」ということはなかなか奥が深い.社会はさまざまな人が人生を送っていて、生活の仕方、食品の採り方、体力、免疫力、なにかの病気など様々であり、多くの人の健康を守る場合に人間の頭脳だけで判断するのではなく、深い経験が必要なことを示している.

原発事故以来、「一週間の旅行だから」とか「毎日、コウナゴを食べるわけではない」という理由で規制値を超えても大丈夫だという論理が唱えられているが、これは上記の概念から言えば非科学的であることが判る。

(平成25102日)


武田邦彦



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