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五部
色んな方に深く感謝の女神短編
「布教活動をしようと思うの」

「「「「……………………」」」」

 アクアが突然そんな事を言い出すが、どう反応すればいいのか分からず、その場の皆が静まり返った。

 そして…………。

「クリスは何時までこの街にいるんだ? 街に居る間は、ずっとここに泊まるといいよ」
「……ん、そうだな。部屋は以前クリスが使っていた、私の部屋の隣がそのままになっている。夜になったら、また一緒に遅くまで飲もう」
「やー、悪いねー! 暖かくなってきたから、別に馬小屋でもいいんだけどさー!」
「せっかく部屋が空いているのですから、使わないと勿体無いですよ。今晩はご馳走にしましょうか」

 遊びに来たクリスをソファーの中央に置き、皆が口々に喋りだす。

「ねえ、聞いて頂戴! 今、大事な話をしているの! ほら、無宗派の人はこれ書いて!」
 言って、アクアがテーブルの上に紙束を置く。

 見れば、それはアクシズ教への入信書。
 俺はそれを一枚拾うと、クシャッと丸めてゴミ箱目掛けて……!
「狙撃!」
「ああっ!」
 投げつける場合には狙撃スキルは適用されないのだが、気分でスキル名を言ってみたら見事に入った。

「なにすんのよクソニート! あんた、バチが当たるからね!」
 アクアがゴミ箱をひっくり返し、丸められた入信書を拾っていると。

「そもそも、なぜ急に勧誘なんてしようと思ったんです? 普段プリーストらしい事なんてしないのに、どうしちゃったんですか?」
「ああっ! めぐみんまで!」
 めぐみんが、そんな事を言いながら入信書を紙飛行機にして飛ばしていた。

 飛んで行く飛行機をキャッチするアクアに、ダクネスが腕を組んで呟く。
「ん……。私は、女神エリスに剣を捧げたクルセイダーだからな……」
「なによ、ダクネスなんてなんちゃってクルセイダーの癖にー! もういいわよ、私一人で勧誘してくる!」
「な、なんちゃってクルセイダー!?」

 アクアが怒りながら屋敷を出ていこうとすると、テーブルに置かれたままの紙束を手にクリスが立ち上がる。
「アクアさん、これ! ……あと、なんだか心配だから、あたしもついて行くよ」
 クリスの言葉に、アクアが驚きの表情で振り向いた。
「……ク、クリス……! わ……わあああああーっ! この屋敷の中で私の味方はクリスだけよおおおおお!」
「おいクリス、あんましそのバカを甘やかさないでくれよ。また調子に乗って何かやらかすに決まってるんだから」

 しがみついてくるアクアに、ちょっと困った表情をしながらもアクアの頭を撫でるクリス。

 そんな二人を見ながらめぐみんが、
「すいません、何だか心配なので、カズマもついて行って貰っても良いですか? 私は、皆が帰って来るまでにご馳走作って待ってますので」
「…………なんちゃってクルセイダー……」
 ソファーに腰掛け、燃え尽きたようにがっくりと項垂れているダクネスの隣で言ってきた。
 しょうがねえなあー……。


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「クリス。私の唯一の理解者で味方であるあなたには、この私の正体を明かしておいた方が良さそうね」
 どこへ向かうのか分からないが、街中をてくてくと歩きながら、アクアがそんな事を言い出した。

 アレを言うのか。止めておけばいいのに……。
 入信書の束を持ち、素直にアクアの後ろをついて行くクリスが首を傾げる。

「そう。この私の正体とは……。あの、麗しくも美しい水の女神! アクアその人なのよ! こないだ八百屋のおじさんに、名前を改名してコスプレまでするなんて、熱心なアクシズ教徒だねって言われたけれど、そうじゃないの! 本物なの! 私、本物の女神なのよ!」
 バッと振り向き、クリスに向かって力説するアクア。

 というか、知らない間にコスプレ呼ばわりまでされていたのか。
 急に信者を集めるとか言い出したのも、その辺が理由なのかも知れない。

 というか、そんな事を言っても、いい加減信用されないって事を……、
「そうなんですか。凄いですね! 教えてくれてありがとうございます」
 クリスが、笑顔を浮かべながらそんな……。

 …………あれっ?

「えっ! 今ので簡単に信じるのかよ!」
「そ、そうよ! 爆笑したり、神の名を語るとバチが当たるぞって説教したり、嘘ばっかこくなって石を投げたりしないの? 今ので簡単に信じちゃってもいいの?」
 俺と一緒にアクアまでもが驚いている。
 というか、知らない間にそんな目に遭っていたのか。

「いつか、この街でデュラハンに大勢の冒険者が殺された時、死者をたくさん蘇生したりしてましたもんね。只者ではないと、前々から思ってましたよ?」

 紙束を抱えたクリスが、そんな事を……。

「わあああああーっ! やっぱり、私の味方はクリスだけよおおおっ! ねえクリス、アクシズ教に入信しない? 今なら入信特典として、本当にへそでお茶が沸かせる伝説の芸を伝授してあげるわよ!」
「い、いえ、私はエリス教徒なので……。あっ! アクアさん、泣かないでください! ほら、今から頑張って、信者を増やしに行きましょう!」

 …………不安だなあ。








「それじゃ行きましょうか!」
 アクアの後ろをついて行きながら、俺は隣のクリスに囁いた。
「おいクリス。どうせポカやらかして泣いて帰るのが目に見えてるし、適当にお茶を濁してとっとと引き上げようぜ」
「キ、キミは、神様に対してあんまりじゃないかな……。水を司るアクアさんは、それはそれは強い力を持った、凄い神様なんだよ? 誰もが水無しじゃあ生きてはいけない。皆、水があるのが当たり前になっているから、有り難みが薄いんだよ」

 クリスがそんな事を言ってくる。
 しかし……、
「ねえクリス! あなたには関係ない話かも知れないけれど、今から私が、どうやれば信仰が得られるのか、そんな勧誘の極意を教えてあげるわ!」
「あ、はい……。どうもです……」
 クリスが甲斐甲斐しく後をついて来てくれるのが嬉しいのか、アクアが浮かれながら歩いて行く。
 これが、凄い水の神様とはとても思えないのだが……。

「あそこね! あそこなら、困っている人が多そうだわ!」

 そこは、路地裏に佇む小さな店。
 一体何の店なのだろうと思っていると、ガラの悪そうな金髪のチンピラ冒険者が、数枚のエリス札を握りしめて、店から出て来た。

 ……と言うか、俺の知り合いだ。

 店をよく見れば、それは消費者金融の店だった。
 この街にこんな店があるのを初めて知る。
 ……アクアは、なぜこんな店を知っているのだろう。

 アクアは堂々と店の前に歩いて行くと、そのまま店の前に体育座りで居座った。
 それを見て、店から店主と覚しきガラの悪そうな男が飛び出して来る。

 これはヤバイ、揉め事になる前にアクアを連れて……!

「……ちょっとちょっと、アクアさん頼みますよ。あなたにはお金は貸せないって何度も言ってあるじゃないですか。支払能力が無い方への貸付は出来ないんですよ。それにアクシズ教団と揉めたく無いので、アクシズ教徒への貸出は原則禁止なんです」

 知り合いじゃねえか。

「ねえ、どうしてアクシズ教徒にそんな意地悪するの? あの子達が困ったときには、差別しないでちゃんとお金を貸して上げてください! ……今日は、お金を借りに来た訳でも嫌がらせに来た訳でもないわ。お金にはあまり困って無いもの」
「……そこに座られているだけで十分嫌がらせみたいなものなんですが……では、何しに来たんですか?」
「こんなお店にお金を借りに来るほど困った人達に、借金なんていけませんよっていう、助言と導きをしようかと思って」
「やっぱり嫌がらせですよ! 営業妨害しないでくださいよ、もうほんと勘弁して下さいよ。だからアクシズ教徒は困るんです。ほら、このお酒を教団に寄付しますから帰って下さい」

 俺とクリスが離れた所から見守る中、アクアが酒瓶を抱いて帰って来た。

「……ね?」
「ね? じゃねーよ、何しに行ってきたんだよ! 嫌がらせすんな、勧誘をしろ!」
「アクアさん、それは勧誘でも何でもなく恐喝って言うんですよ! そんな事してちゃダメですよ、またアクシズ教徒の評判が落ちますよ!」








 ――店を後にして、街角で作戦会議中。

「しょうがねえなあ。ここは俺が、何か良い勧誘方法を考えてやるよ」
「小ズルくて狡っ辛い上に口が回るカズマさんが手伝ってくれるなら、これはもう勝ったも同然ね!」
「キミ、無茶しそうだし不安だなあ……。あっ! アクアさんをイジメちゃダメだよ、バチが当たるよ!」

 人を褒めているのか貶しているのか分からないアクアの頬を引っ張っていると、クリスが慌てて止めてくる。
 調子に乗るからあまり甘やかさないで欲しいんだけどなあ……。

「まあいい、作戦はこうだ。まずさっきの、困ってそうな人を助けるってのは間違っちゃいない。店のチョイスが間違っていただけだ。あれじゃ、相談に乗った所で金を融通しなきゃならなくなる。お前だって、金で信者を買うみたいな事はしたくないだろ?」
「私は一向に構わないわ」
「アクアさん! ダメですよ、信仰は尊い物なんですから!」

 真顔で堂々と言い切ったアクアに、こんこんと説教を始めるクリス。
 ……こいつ、大雑把でサバサバした姉御肌な奴だと思ってたが、盗賊なんてやってる癖に結構信心深くて真面目なんだな。

「まあいい。取り敢えず、まずは困ってる人を探そうか。……よしアクア、公園のトイレから紙を全部回収してこい。そして、トイレの前で張り込みするんだ」
「なるほど、慌ててトイレに駆け込んだ人を狙うのね! さすがカズマさん! こういう時は頼りになるわね!」
「キミたち、発想が逆だよ! 困ってる人を作ってどうするのさ! そんなんだからアクシズ教の悪評が立つんだよ!」








「ねえクリス。本当にこんなんで上手くいくのかしら。いっそ芸の一つも見せて、続きが見たいなら入信書にサインをって言った方が良いんじゃないかしら」
 最も人で賑わう大通り。
 そこのど真ん中で、アクアが紙束を抱えて不安げに言った。
 クリスの発案で、素直に一人一人、教義を説いて勧誘をしてはと言う事になったのだが。

「ダメですよアクアさん、それじゃ何の解決にもならないです。……何の為に勧誘するんですか? 困っている人に救いをもたらす為でしょう? ……耳を傾けてくれる人がいなくても、そこで落ち込んではいけません。アクアさんの声に導かれて誰かが入信したなら、悩める人が一人救われたと言う事。私達の声に耳を傾ける人がいないというのなら、それは、救いを求める人達がいない、苦しんでいる人がいないと言う事。入信者が一人も居なかったのなら、今日は悩める人が一人もいない、素敵な日だったと思えばいいんです」

 クリスがアクアに、優しく微笑みかけながらそんな事を……。

「……どうしたクリス、急にそんな格好良い事言い出して。なんか口調がプリーストみたいだぞ」
「そうよね。自分で言うのもなんだけど、クリスったら私より聖職者に向いてるんじゃないかしら」
「!? ああ、いやっ、ち、違うよ! ほら、ダクネスがさ、前にそんな事を言ってた様ないないような!? 受け売りだよ受け売り!」

 あのなんちゃってクルセイダーがそんな格好良い事を?
 と、アクアが気をとり直したように紙束を握りしめ。
「まあいいわ! そうね、やる前からこんなんじゃあダメね! 世に蔓延るエリス教徒を、全員アクシズ教徒に改宗させるつもりで行くわ!」
「そ、それは止めて欲しいなあ……」
 そんなアクアを見ながら、クリスが困った様に呟いた。





 ――街頭に立ち、十分経過――

「アクシズ教! アクシズ教! アクシズ教をお願いします! 困っている人はいませんかー? 悩んでいる人はいませんかー? 苦しい時にアクシズ教! 悲しい時にアクシズ教! ……そこの、お顔の造形に悩んでいそうなお兄さん、寄って行きませんか?」

 たまに余計な事を言って石を投げつけられたりしているアクアは、挫ける様子もなく石を投げ返し、再び声を張り上げていた。

「アクシズ教をよろしくどうぞ!」



――一時間経過――

「あのー、アクシズいかがですかー? あのー、何かと良い事がありますよー? 興味はありませんかー? 芸が上手くなったりとか、その、色んな喜びの声が聞こえて来ていますよー?」

 道行く人達が素通りする中、アクアの演説が少し不安定になってきた。
 それを、クリスが拳を握って見守っている。

「あのー……。……今ならもれなく、覚えておくと場が盛り上がる事間違いなしな必殺芸の伝授を……」

 方向性を見失うな。
 頑張れ、もうちょっと頑張れ。



――三時間経過――

「…………アクシズ教…………。……ぐすっ……アクシズ教に……。誰か……ぐずっ…………。入りませんか…………ぐすっ…………」

 これぐらいが限界の様だ。
 俺はアクアを回収するべくその場から立ち上がると、泣きながら訴えているアクアの元へと……。

 ――と、クリスが俺の服の端を掴んで引き止めてきた。
 そして、クリスはそのままアクアの元へと歩いて行く。

「ぐすっ……アクシズ教ー……。アクシズ教を……あっ……」

 クリスの姿に気が付くと、アクアがいよいよ泣きそうに顔を歪める。
 そんなアクアを抱きしめる様に、クリスが肩を抱いて、諭すように言った。

「アクアさん、お疲れ様でした。アクアさんのやっていた事は、無駄じゃないですよ? だって、少なくともこれまでに通りかかった人の中に、悩める人はいなかったという事ですから。ほら、今日も一日平和だったって思えば、むしろ一人も勧誘出来なかった事が良い事の様に思えてはきませんか?」
「…………きません……」

 せっかくの良いセリフも、泣きながらクリスの胸元に顔を埋めるアクアには通じなかったらしい。

「……あ、明日! また明日、頑張りましょう? 私が毎日協力しますから。明日は、私と一緒に、この街の困っている人達、救いを求めている人達に、手を差し伸べてあげましょう!」
 クリスの励ましに、ぐずりながらもアクアが頷く。
 ……まあ、屋敷に戻ればめぐみんの作っているご馳走で機嫌も直る事だろう。


 ――と、その時だった。

「さすがエリス教徒は違うな! よく言った!」
「本当だな! なんか俺まで、また明日頑張ろうって気になる!」
「エリス教徒は違うなー。格好良いなー。流石だなー」
「これだからエリス教徒は信頼されるんだよ! 噂じゃ、敬虔なエリス教徒は無利子無担保で金を借りられるそうだぜ!」
「わたし、今日からエリス教徒になる!」

 辺りでたまたま成り行きを見ていた人達が、口々にクリスを褒め称える。
 クリスの胸元に輝く、エリス教のシンボルが付いたネックレスで、エリス教徒だと分かったのだろう。

「えっ!? いやっ、あのっ! ち、違っ……! 私、……あ、あたし、そんなつもりじゃ……っ!」
 周囲の見物人に褒め称えられるクリスが戸惑う中。
 アクアがわなわなと震えながら立ち上がった。

「エ、エリス教徒は! エリス教徒は私の敵よおおおおおー! わあああああ、エリスなんてパット女神のどこが良いのよおおおお!」
「ア、アクアさん! 大声でそんな事叫びながら走らないで……っ!」

 泣いて帰るアクアを追って、クリスが慌てて駆け出した。







 機嫌を損ねていたアクアは、晩飯の頃には上機嫌になり…………。




 この日、エリス教徒が少し増えたそうです。
本日、早い地域では書籍が発売だそうです。
書店で本を見てニヤニヤしてたら一日が終わってました。





毎日更新楽しい。やっぱ楽しい、ちょうたのしい。
でも、ネトゲ時間が減るのでまた来週から平常運転です。


明日は本編。


+注意+
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