- 日本が資源大国になる?
- メタンハイドレートは燃やしてCO2を排出する方が環境に好影響
- 表層型のメタンハイドレートは魚群探知機で簡単に見つけられる
- 深層型は石油工学 表層型は海洋土木
- 日本海側の表層型開発に向け1府9県と「日本海連合」結成
- 「2018年実用化を目指す」に残されたプロセス
- 自前の資源を持つことで戦争のない平和な日本を次世代に
[国産エネルギー] 実は、日本は資源大国である
メタンハイドレートが日本の外交力を向上させ、エネルギーのベスト・ミックスを促進する
日本列島周辺の海底に大量に眠るといわれるメタンハイドレートにいち早く着目し、2004年から調査、研究を重ねているのが株式会社独立総合研究所だ。代表取締役社長の青山 繁晴氏は、メタンハイドレートの実用化は、エネルギーのベスト・ミックスを促し、経済を活性化させ、日本の外交力を飛躍的に向上させる大きな武器になると指摘している。
果たして日本はメタンハイドレートを成長戦略の強い味方とし、明るい将来へとつなげることができるのか。青山氏にメタンハイドレートの現在と未来について語ってもらった。(文・渋谷 淳)
日本が資源大国になる?
このところ電気やガス料金の値上げが続いている。2011年3月の東京電力福島第1原子力発電所の事故以来、日本の原発は再稼働の見通しが立たず化石燃料の輸入量は増大しており、円安がそれに追い打ちをかけたかたちだ。エネルギー価格の高騰は企業や家庭をじわじわと締め付けており、アベノミクスでやや持ち直した感があるとはいえ、景気の回復を国民の多くはなかなか実感できないでいる。
そのような状況下、3月12日に経済産業省所管の研究機関が、愛知・三重県沖でメタンハイドレートを採取し、洋上でメタンガスの燃焼に成功した。このニュースは、世界初の快挙として新聞やテレビなどのマスコミを賑わせた。日本が資源大国になるための大事な一歩を踏み出したのだ。
もっとも、「日本が資源大国になる」と言われても、多くの人たちにはピンとこないのではないだろうか。
まずはメタンハイドレートが何物かを説明しておこう。
「メタン」とは天然ガスの主成分で、「ハイドロ」は水。メタンガスが籠状の構造物を形成する水分子で包まれ、氷状に固形化したものがメタンハイドレートだ。火を近づけると燃えるので、「燃える氷」とも呼ばれている。つまりメタンハイドレートは海底から取り出し、水分子を取り除いてメタンガスだけを採取すれば天然ガスであり、既存の火力発電所でエネルギーとして使うことができる。
大陸のプレート境界域で生成されることから、地震多発地帯に埋蔵される傾向が強い。従って日本周辺の海底はメタンハイドレートの宝庫なのだ。国の試算によると、その埋蔵量は分かっているだけで、現在日本で消費されている天然ガス使用量のなんと約100年分以上に相当するという。単純に考えれば、日本はもはや天然ガスを海外から輸入する必要はなく、それどころかガスという資源を海外へ輸出することさえ可能になる。これが「資源大国」の根拠である。
ただ、これらはあくまで存在量(原始資源量)であって、そこからどれだけ回収できるかは別の話だ。その回収率を上げ、単位当たりの生産コストを低減することにより商業生産のメドが立ち、そこで初めて、民間企業による事業参入、生産拡大が進むことになる。
メタンハイドレートは燃やしてCO2を排出する方が環境に好影響
青山氏は、まず「エネルギーのベスト・ミックスと環境」という観点からメタンハイドレートの有用性を説明する。
「メタンハイドレートは埋蔵資源であり、化石燃料ですから石油と同様、燃やすとCO2を排出します。
『化石燃料は環境に良くない、地球温暖化につながる』と言う人がいます。しかし、エネルギーは1種類に依存するのではなく、ベスト・ミックスを選択するべきです。化石燃料、風力や太陽光のような再生可能エネルギー、安全を確認した炉に限定する原子力を含めてベスト・ミックスさせることが、環境の点からも、エネルギー安全保障の点からも必要になります」
どのエネルギーにも長所と短所がある。豊富な埋蔵量で近年特に注目を集めるシェールガスも、環境への負荷が懸念されるなど、たとえ有望なエネルギーだとしても決して万能というわけではない。そうした中で、メタンハイドレートは生産コスト削減などの課題をクリアーすれば、必ず一定の役割を果たしていくという。
「埋蔵資源の中で、天然ガスは石油に比べてCO2の排出量が2割少ない。これが天然ガスであるメタンハイドレートの、環境に優しいといわれる理由の1つです。
さらにメタンハイドレートは自然の状態の方が環境に負荷がかかる。取り出して燃やし、エネルギーに変えた方が環境に優しいと言えます。
これに関しては説明が必要でしょう。メタンハイドレートは、埋蔵状態から主として日本海側に分布する表層型と、太平洋側に分布する深層型の2つに分けられます。表層型とは、文字通り海底の表層部に露出して塊で分布していたり、海底のごく浅いところに埋まっていたりするものを指します。
それに対し、深層型は海底からさらに数百メートル掘り下げたところに薄く広く分布しています。こちらは砂と混じり合って存在することから、砂層型とも呼ばれています。
表層型からは、常にメタンプルームと呼ばれる泡粒状の柱が海面に向かって上昇しています。平均で、東京スカイツリー(634メートル)ほどの巨大な泡粒状の柱です。メタンハイドレートは、海底にあるときは氷状です。太陽の光が届かないので温度が低く、水の圧力も高いからです。海面に向かうにつれて圧力が低下し、太陽の光で温度が上がるため溶け出していきます。
溶け出したメタンハイドレートは、海面から蒸発して大気に放出されていると考えられています。メタンの温室効果はCO2の約20倍。つまり自然のまま放置していると、CO2の20倍もの温室効果を、人類が生まれるはるか前から生み続けているのです。ところが、それを取り出して燃やせば、地球温暖化効果は20分の1に減ります。
メタンハイドレートをエネルギー利用することは、環境負荷を大きく下げることになるのです」
図1 太平洋側と日本海側のメタンハイドレートの分布状況
出典:株式会社独立総合研究所
表層型のメタンハイドレートは魚群探知機で簡単に見つけられる
メタンハイドレートについて、経済産業省は2000年に開発検討委員会を設置し、2003年には官民学共同の「メタンハイドレート資源開発研究コンソーシアム(MH21)」を立ち上げて、これまで太平洋側で深層型の調査を進めてきた。愛知・三重沖の洋上産出の成功はその成果で、日本のエネルギー不足解消への大きなステップを踏み出したと言える。
一方、独立総合研究所は、日本海に分布する表層型に力点を置いて調査を進めてきた。なぜなら、表層型の方が技術的な課題をクリアーしやすく、コストもかからないと考えたからだった。
「メタンハイドレートがあるところにはメタンプルームという泡粒状の柱が立つと説明しましたが、これは浅い所にメタンハイドレートがあるからこその現象で、深層型の太平洋側では少ない現象です。この柱は魚群探知機を使って簡単に見つかります。『この下にメタンハイドレートの層が必ず存在する』と見当を付けられるのです。この方法は私たち独立研究所・自然科学部長の青山 千春博士が開発したことから“青山メソッド”と呼ばれています。彼女は日本をはじめアメリカやロシア、オーストラリア、中国、韓国の6カ国でこのメソッドの特許をすでに取得しています。
私たちが特許をいち早く取得したのは、特許料を請求するのが目的ではありません。無償にして広くこの技術を使用してもらい、できるだけ早く日本のエネルギー問題解消のためにメタンハイドレートの実用化を促進して欲しかったからです。なぜなら、もし他国の誰かが青山 千春博士の技術を盗んで、先に特許を取って縛りを作ってしまえば、日本は自前のエネルギーの調査をするために、他国に高い特許使用料を支払わなければこの技術を使えなくなります。現に、私たちは特許使用料を1円、1セントたりとも取っていません。
漁業者は魚群探知機を船に積んでいますから、研究者は漁業者と連携し、表層型の調査を進めることができます。漁師にとっては副業にもなり、漁業の活性化にもつながります」
深層型は石油工学 表層型は海洋土木
日本海側の表層型メタンハイドレートの開発に取り組んできた独立総合研究所は、深層型の開発を批判しているように思われがちだが、それは誤解だと青山氏は強調する。
「深層型の開発がダメだと言ったことは一度もありません。3月に国が太平洋側の愛知県・三重県沖の深海で行った産出試験で、減圧法という方法によってガスが噴き出し、点火してフレアを灯した。あれは紛れもない希望のフレアです。ほどなくして砂が詰まりましたが、そういったことは実験を重ねていけば日本の技術力なら必ず克服できるでしょう。何事もトライアル・アンド・エラーです。私たちは太平洋側より取り出しやすいと考えられる日本海側のメタンハイドレートを、できるだけ早く実用化することで、太平洋側にもよい刺激になると期待しています」
確かに深海の海底をさらに掘ってメタンハイドレートを取り出すより、海底に露出しているメタンハイドレートを採取する方が簡単なように思える。青山氏は、表層型のメタンハイドレートの採掘開発を推し進めるポイントに、海洋土木の技術をあげた。
「深層型では石油工学の技術を使って開発を進めてきました。海底を深く掘ってメタンハイドレートを取り出すには石油工学の技術が必要だからです。ところが表層型の開発は、塊状で分布しているので、石油工学ではできません。海洋土木の技術が有効に働きます。
日本の海洋土木の技術は世界の最先端です。青函トンネルを見事に造り上げ、明石大橋をはじめとする架橋もたくさん建設しました。でも、これからはトンネルや橋をどんどん造る時代ではありません。せっかくの技術も今後は使える分野が限られてくる。もちろん日本の技術を海外で生かす道はあるでしょう。ただし、内需拡大ということを考えても、世界最先端の海洋土木の技術をメタンハイドレートに生かさない手はありません。
既に2009年、世界で初めて日本の大手ゼネコンが、ロシアのバイカル湖で水深約400メートルの湖底の表層に閉じ込められたメタンハイドレートから、ガスを解離・回収する実験に成功しています」
日本海側の表層型開発に向け1府9県と「日本海連合」結成
表層型の開発を進める独立総合研究所は、国への働きかけを続けるのと並行して、日本海周辺の自治体との連携を模索してきた。兵庫県、新潟県、京都府などに働きかけ、最終的に2012年9月、北は秋田県から西は島根県までの1府9県が海洋エネルギー資源開発促進日本海連合を発足させた。
「全国知事会会長の山田啓二・京都府知事、資源エネルギー庁出身の泉田裕彦・新潟県知事、旧自治省出身の井戸敏三・兵庫県知事らが中心となって、日本海連合を発足させてくれました。これをきっかけに国の対応も音を立てて変わった。昨年12月の安倍政権誕生も無関係ではなかったと思います」
安倍総理の政権復帰がメタンハイドレート実用化の追い風になったと言う。
「先の参院選で、安倍自民党総裁は『メタンハイドレートなどを活用して日本は資源大国になる』という趣旨の政権公約を掲げました。何気ない文言ですが、これは画期的なことでした。メタンハイドレート、ましてや資源大国という言葉を使うことに、敗戦後の日本ではどれほど抵抗があったことか。これは世界経済の仕組みを覆す、そして敗戦後の仕組みを覆すような話だからです。
敗戦国の日本は、諸外国と比べても石油や天然ガスを高い値段で買わされてきました。その分マージンが大きいわけですから、日本の石油会社や商社、関連する産業を含めて潤ってきた。それで今まではうまく回っていました。日本が資源を持つということは、こうした既存のシステムを覆すという話です。それを自民党が公約として掲げた意味は大きい。これによって、太平洋側と比べればごく少額ではありますが、日本海側の調査にも予算が付きました。
日本海側の開発が進み、資源産業が勃興すれば地域の雇用が生まれます。かつて田中角栄さんでも成し得なかった日本海側と太平洋側の経済格差解消も、大いに期待できます」
「2018年実用化を目指す」に残されたプロセス
では、メタンハイドレートはいつになれば実用化できるのか。政府は5年後の2018年の商業化を目指す、という方針を打ち出している。
「これには少し誤解があって、2018年にビジネス・ベースに乗るというわけではなく、5年後に民間企業が全面的に入ってもらっても大丈夫なところまで研究レベルを引き上げる、という意味です。ただし、難易度の高い太平洋側の開発を前提にした話ですから、日本海側の開発に本腰が入れられれば、2018年にビジネス・ベースに乗ることも可能かもしれません。
どこにメタンハイドレートが分布しているかは、魚群探知機による調査で、既にある程度は分かっていますが、さらにそれを広範囲に詳しく続ける必要があります。
後はどのように取り出すかが問題です。いまのレベルで仮定できるのは、塊のまま圧力と温度を保って地上に引き上げる。あるいは柱が立ちあがっているところに何かをかぶせ、泡粒状のメタンを採取する方法も考えられるでしょう。こうした技術開発は、海洋土木の会社に技術的な展望を示してもらい、公開コンペを実施して国民に見える形で開発を進める。それが理想的な方法だと考えています」
国が腹をくくり、明るい見通しを示せば、民間企業もおのずから力を入れるようになるだろう。メタンハイドレートが実用化に向けて加速しているのは間違いない。
「少し前までは講演会でメタンハイドレートの話をしても、あまり反応はありませんでした。日本に自前の資源があります。そう説明すると、みんなポカンとしたものです。それが今年に入ってから、皆さんがメタンハイドレートと次々に口にするようになった。涙が出るような思いです」
自前の資源を持つことで戦争のない平和な日本を次世代に
「2011年7月、英国エジンバラで開かれた国際ガスハイドレート学会に出席しました。このとき韓国はものすごい数の研究者を送り込んでいました。その発表の内容はといえば、すべて日本海、竹島の南の海底のメタンハイドレートの話です」
中国もしかり。3年に1度開かれる国際ガスハイドレート学会は、来年2014年に北京で開かれる。
「エジンバラ大会の閉会のとき、オリンピックのように主催者が『次回の開催地は北京』と発表すると、中国の参加者たちが、それこそオリンピックの開催地が決まったかのように大喜びしていました。メタンハイドレートには世界が関心を示しています。アメリカの国際メジャーも韓国に共同開発としてお金を出しています。こうした動きに日本はもっと危機感を持つべきだと思います」
明治維新によって近代国家が誕生して以来、「資源小国・日本」と学校で繰り返し教わり、我々日本人は何世代にもわたってその「常識」にとらわれてきた。
「資源を持つということは、日本経済の長期的な展望が開けるということです。日本に対する必要以上の悲観論もなくなるでしょう。
資源産業は雇用を生みます。さらに、メタンハイドレートは日本周辺だけでなく、広く世界に分布していますので、日本が本格的な生産を軌道に乗せることができれば、その高い技術力を世界に輸出することもできます。そういう産業を育て、世界が注目する次世代エネルギーについて日本がイニシアチブを持つ。これは外交上とてつもないメリットを生みます」
資源を持つということは、経済だけでなく、政治にも大きな影響を及ぼす。
「日本は『資源のない国』が出発点でした。それが過去の戦争の要因にもなりました。資源のない国だから欧米に輸入を封鎖されたらどうにもならなくなる。そう考え、勝ち目のない戦争に突入したのです。資源を持つということは、外交力を飛躍的に向上させ、無用な争いを避けて平和を維持することでもあります。
主として日本海側にあるメタンプルーム、すなわちメタンハイドレートの泡粒状の柱は、太古の昔から毎日新しく生まれています。つまり、枯渇しない可能性もある。これを安くフェアに世界にお分けすれば、資源戦争を未然に防げます。
自前の資源を持ち、戦争のない平和な日本を次世代に手渡す。それは今を生きる私たちの責務ではないでしょうか」
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あおやま しげはる
1952年、兵庫県生まれ。1974年2月、慶応義塾大学文学部中退。1979年3月、早稲田大学政治経済学部卒業。共同通信の経済部記者、政治部記者や、三菱総合研究所・専門研究員(安全保障・テロ対策・危機管理、外交政策、政治、包括的国家戦略立案担当)を経て、独立総合研究所(独研)を設立。
現在、経済産業大臣の諮問機関である「総合資源エネルギー調査会」の専門委員(エネルギー安全保障、および核セキュリティ担当)、防衛省の上級/中級幹部研修講師、近畿大学経済学部客員教授(国際関係論)、さらに日本版NSC(国家安全保障会議)創立の有識者会議議員を兼ねている。講義・講演やテレビ、ラジオ番組への参加(出演)、作家活動も行っている。
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