消える灯火〜海文堂書店閉店〜
(3)従業員は「棚の社長」
「従業員は、担当する棚の社長だ」
店長の福岡宏泰(55)の口癖だ。海文堂書店では、本の仕入れや陳列について、従業員に大きな裁量が与えられている。
海文堂を「神戸の文化拠点」とすることを目指した2代前の社長、島田誠(70)は1981年、店内を海事書、児童書、ギャラリーなど九つのゾーンに分けた。「専門店が集まった書店」を目指し、担当分野の本は自分の責任で発注、在庫管理するようにした。
担当者の個性が書棚に反映され、他の書店とはひと味違った品ぞろえに。従業員は本の知識が増え、お客の相談にも親身にのれるようになった。
人文書担当の平野義昌(60)は、「従業員が出版元と直に取引できる書店はなかなかない」という。「社長からは『棚に思いをぶちまけてくれ』と言われた。すぐには売れない本でも置かせてくれ、『マニアックになっても悔いはない』と背中を押された」と話す。
その「海文堂カラー」が一番発揮されるのが、毎月のブックフェアだ。従業員はそれぞれ年に2、3回、入り口近くの平台スペースが与えられる。そこでは、自分の担当分野と全く関係ない本でも、自由に仕入れて並べることができる。
参考書担当の笹井恭(62)は2年前、「妖怪や霊の登場する本がおもしろい」とホラー文庫を取り上げた。結果は大惨敗。だが「自分がおもしろいと思う感覚が一般とは違うんだとわかって楽しい」と、けろっとした様子だ。
本すら並べない猛者もいる。前店長の小林良宣(63)は、「地元のことを紹介したい」と、灘の地酒を平台に並べた。日本各地で造られる地ウイスキーをかき集め、蔵元を紹介する本と一緒に売ったこともある。でも、「酒は本ほどバンバン売れなかったな」。
「ちょっと自由にさせすぎたかな」。こう振り返る福岡も、大好きな漫画家、いしいひさいちのフェアをしたときは、ちゃっかり本人から色紙や手紙をもらった。実家の応接間にあふれていた蔵書を「身辺整理フェア」と称して売ったこともある。
閉店すれば、従業員はみな解雇される。福岡は知人に「どうせ閉店するんだから、あとは適当に仕事をすれば」と言われた。でも、「最後まで、一冊でも売りたいという思いがある。書店員ってあほですね」。
9月20日、海文堂は新刊書の最後の入荷を終えた。最後のフェアのタイトルは、「いっそこの際、好きな本ばっかり!」。自分の好きな本を、少しでも多くの人に売りたい。変わらぬ思いが、平台に積まれている。(敬称略)
(2013年9月29日(日)掲載)
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