鳥取女子商業学校:68年経て卒業証書 軍需工場動員で

毎日新聞 2013年10月03日 14時25分

 太平洋戦争中の1944年10月、広島県呉市の軍需工場に学徒動員され、翌春の卒業式に出席できなかった鳥取女子商業学校(現・私立鳥取敬愛高校)の卒業生らが3日、68年の年月を経て、鳥取市内の母校で卒業証書を手渡された。10月3日は、当時生徒が呉市へ出発した日。小山富見男校長は「親元を離れて危険な場所に動員されたのは学校の責任。けじめをつけたかった」と話している。

 鳥取市西町1の同校で式典を開催。45年3月に卒業式を迎えるはずだった卒業生29人と、卒業生の遺族4人が出席した。同年卒業予定の生徒は210人いたが、うち184人が呉市の海軍工廠(こうしょう)に動員された。中には人間魚雷「回天」の製造に携わった人もいたという。

 当時、工場内でも卒業式は実施されたが、一部の代表者が出席しただけ。半数以上の生徒が証書を受け取れなかった。卒業後も結婚などで許可を得た生徒は鳥取に戻れたが、36人は終戦まで呉市で作業を続け、広島市に落ちた原爆の閃光(せんこう)を見た人もいたという。

 この日の式典で、小山校長は代表者に卒業証書を手渡し、「負の歴史に学校として真摯(しんし)に向き合わないといけない。責任を重く感じており、申し訳ない。どうか許してください」と陳謝した。

 卒業生代表としてあいさつした鳥取市用瀬町用瀬の木村富枝さん(84)は「国のために自分を犠牲にしていると考えると、残念で葛藤の連続でした。今はやりたいことができるありがたい時代。自分の可能性を信じて生活してください」と在校生に訴えた。鳥取県岩美町の澤澄子さん(85)は「当時のつらさがあったからこそ今の平和がある。戦争は絶対にしてほしくない」と話し、鳥取市桜谷の今井幸代さん(84)は「生きているうちに式ができて、とてもうれしい」と喜んでいた。

 開校100周年を迎えた8年前、学校の歴史を調べていた研究者が資料室に残っていた戦時中の生徒の日記を見つけた。45年3月ごろ、呉市で体験した空襲を「今朝もまた就寝中に空襲警報。毛布を手に急いで防空壕(ごう)に入る。見上げる空にB29が行く。高射砲がうなり、弾片が落ちる。壕がぴりぴり震え、土砂が落ちる」などと記していた。

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