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専門家インタビュー

畝山 智香子 氏

食品の安全の考え方と放射能

国立医薬品食品衛生研究所・安全情報部第三室長

畝山 智香子 氏(うねやま・ちかこ)

宮城県生まれ。東北大学大学院薬学研究科博士課程前期課程修了。薬学博士。専門は、薬理学、生化学。第一種放射線取扱主任者の資格も持っている。『ほんとうの「食の安全」を考える』『「安全な食べもの」ってなんだろう?』などの著書がある。「食品安全情報blog」(http://d.hatena.ne.jp/uneyama)を通して、世界各地からの食品や健康などについての情報を発信している。

── 私たちが日常口にする食品には、健康に影響を与える可能性があるものも含まれているようですが、それらはどのようなものでしょうか。

畝山 食品に含まれる物質のなかで健康に影響を与える危害要因といわれる物質はたくさんあります。例えば、ごはんに含まれるものであればヒ素、カドミウム、あるいはカビなどです。ジャガイモには、毒性のある天然のアルカロイドがあり、加熱するとアクリルアミドができます。このように、一つの食材に複数の危害要因がある可能性もあり、それらによる最終的な健康影響も、食中毒や、がん、心不全とさまざまです。

 危害要因の一つだけを見て、どうこうという話はできません。食品全体を見て、何が一番問題なのかを科学的に評価するリスク分析が必要です。

食品添加物や残留農薬などは、人が管理できるため比較的厳しい基準で管理されています。それに比べ、天然由来で毒性のある物質は、厳しく管理することができないために基準としては緩くなっているのが現状です。

食品の多様なハザード
食品の多様なハザード

提供:畝山智香子氏

 

規制値とは、「それを超えたら危険」という意味ではない

── 昨年の3月には福島第一原子力発電所事故により、食品の暫定規制値を超える放射性ヨウ素が検出されて、取水制限された地域もありました。また先日は、利根川水系の浄水場で基準を超えるホルムアルデヒドが検出されました。
私たちが口にするものの安全性を確保するための規制は、どのように設定されているのでしょうか。

畝山 食品と飲料水では基準が違います。飲み水は人間にとって一番大事なため、水道水の基準は食品一般の基準よりは厳しいことが多くなっています。

 放射性ヨウ素については、当初、「暫定規制値」という言葉が使われていましたが、「暫定」という言葉の意味がよくわからず、不安に思われた方もいたかもしれません。規制値とは、「それを超えたら危険」という意味ではなく、安全性に余裕を十分もたせたところに設定してあります。

 ホルムアルデヒドについては、日本の飲料水基準は非常に厳しく、健康影響が出る量よりもはるかに少ない値に基準が設定されているため、少し飲んだぐらいでどうにかなるということはありません。先般のホルムアルデヒドに関しては健康影響は全くない、と言っても良いと思います。

 普通であれば、ないはずのものが出たという場合に、何かが起こっていると考え、調べるために設定されるのが管理のための基準値です。

 

── 放射性セシウムについては、4月から新しく「規制値」が定められました。

畝山 4月から、今まで年間5ミリシーベルトとしていた暫定規制値を年間1ミリシーベルトに引き下げ、厳しくしたのは、安心のためです。

 日本政府が国民の信頼を取り戻すために規制値を厳しくした、というのが外国への説明でしたが、暫定規制値でも十分安全だったため、安全性ということではほとんど意味がないのではないかと思います。日本の規制値より緩い国際基準と整合性がとれなくなってしまったという問題もあります。

 ただ、食品自体がもともと100パーセント安全なものではありません。食品は安全だという根拠のない信頼がされていて、何か有害物質が見つかると信頼を裏切られたように思ってしまうのです。

 食品に関して、ほとんどの人は何の根拠もなく国産は安全だと思っており、外国の人も自分の国の食品は安全だと思っています。それぞれ信頼の根拠があるかというと、特にありません。自国のものは良いと思いたいのです。それが幻想だったと分かったときに「信頼が損なわれた」と言うのですが、もともとリスクを知りたくなくて、知らなかっただけなのです。

 例えば、子供に手づくりのごはんを食べさせてあげているお母さんに対して、「そのお米の中にも発がん物質は入っていますよ。発がん物質をお子さんに食べさせましたね」というようなことを言ったら、嫌だし、そんなことは考えたくありません。しかし、事実、お米の中にも発がん物質はあるのです。

 もともと私たちはそういうリスクのある中で生きている、ということを認識しなければならないのです。

食品のイメージ
食品のイメージ

提供:畝山智香子氏

 

少しでもリスクがあるなら科学的事実として「絶対」とは言えない

── 「ただちに健康に影響があるわけではない」という表現が理解できずに不安になった方も多かったようですが、「ただちに」という意味をどう理解すればいいのでしょうか。

畝山 どう表現すれば理解されるのか、難しい問題です。しかし、「絶対に健康に影響ありません」と、「絶対」と言うことはできません。

 それでは、すぐに健康に影響が出るかというと、それはありません。すぐに健康に影響があるのは食中毒、フグやキノコなどの毒です。「絶対影響はない」とは言えないため、「ただちに……」という表現になったのです。今回の放射性物質による影響は、特に何十年も先にあらわれる発がんのリスクなので、さらに話が複雑になります。

 何十年か経った後に仮に誰かががんになったとします。しかし、そのがんになった原因がずっとさかのぼって何か、わかることはまずありません。タバコや大気汚染、あるいはごはん、宇宙線が原因かもしれません。

 消費者の側からしてみれば、おそらく「絶対大丈夫」と断定してほしいのだと思いますが、少しでもリスクがあるなら科学的事実として「絶対」とは言えません。食品の安全性に関して、説明することはできますが、安心するかどうかは、その情報をどう受け止めるか、受け取る側の気持ちの問題になってしまうのです。

いろいろな発がん物質
いろいろな発がん物質

提供:畝山智香子氏

 

── 様々な発がん物質がありますが、放射性物質による発がんリスクはその他の発がんリスクより高いのでしょうか

畝山 発がんのリスクは、すべて摂取した量によります。今回の事故による放射性物質は一時的に出たものですが、食品に含まれる発がん物質とは、一生付き合わなくてはいけません。

 井戸水や山の水はあまり検査されていなかったり、浄水場を通っていないものも多く、水道水のほうが安全な場合もあります。たまたま水道水から放射性ヨウ素が出たという理由で、ペットボトルの水のほうが安全だと思うのは問題です。

 特に東京のような大きな都市は、ホルムアルデヒドのときのように、すぐ危険物を検出できるので、安全性は高く保たれているといえます。

 事故による放射性物質が話題になっているために心配なだけで、事故の前から食品に含まれる放射性物質の数値自体は大きくは変わっていないはずです。もともと食品には天然の放射性物質が含まれています。一時問題になったダイオキシンも数値が当時より大きく減ったかというと、特段現在でも減っていません。公的機関などがデータをずっと出していますが、消費者が気にしなくなっただけのことです。

 放射性物質を測るのは比較的簡単で、しかも低い値でも正確に測定できます。それに比べると、ヒ素やダイオキシンなどは放射性物質のようには簡単に測定できません。放射性物質に関しては、測定が比較的簡単で「見えすぎる」ということが問題を複雑にしているのかもしれません。

 その他、発がんリスクとして高いのは喫煙と飲酒です。日本の男性の喫煙率は先進国の中では飛び抜けて高い傾向にあります。

 WHО(世界保健機関)の喫煙率では、日本の男性が37.8%、女性が10.3%ですが、アメリカだと男性18.7%、女性12.9%。日本は平均するとあまり目立ちませんが、男女差はすごく大きくなっています。

 喫煙率が高いといわれるフランスでも30%ですが、それに対して日本の男性は37.8%です。日本の男性が喫煙を減らせば、発がんリスクはかなり減るはずです。

 飲酒に関しては、日本人はそんなに飲みませんが、世界的に飲酒率が高いのはロシアです。飲酒率が高い国の国民は短命です。

 しかし、アルコールが発がん物質であることは、あまり浸透していない気がします。例えば、たまに、ワインなどに残留農薬や汚染物質があるとニュースになりますが、そもそもアルコール自体が発がん物質です。

 食品の場合、遺伝毒性発がん物質のリスク管理の優先順位をつけるために「暴露マージン(MOE)」という数値を出して評価する方法が国際的にあります。

 暴露マージンとは、数字を絶対値として見るのではなく、比較して数字の小さいものから対策の優先順位をつけるという考え方です。

 日本人での数値はないのですが、比較的数値が小さいのは無機ヒ素です。これらの発がんリスクは、放射性物質を10ミリシーベルト被ばくするのと大して変わらないレベルです。

 現在、日本人で食品から10ミリシーベルトを被ばくする人はいません。規制値レベルのものを1年間食べ続けても、1ミリシーベルトにもいきません。0.00幾つというレベルの話なので、そういう数値と比べると、他の発がん物質に気を付けた方が良い場合もあります。

 日本では、暴露マージンでリスク管理する方法は現在採用されていないのですが、これからの食品安全の考え方として、重視してほしいと思います。

 食品中の発がん物質の濃度があまりよくわかってないものがまだたくさんあり、より多くのデータがあるといいと思います。現在、「ベクレルを表示しろ」という意見はあっても、「ヒ素濃度を表示しろ」という意見はありません。

 小さい子供のいるお母さんなどには、「注意の優先順位が高いのは、魚に含まれる水銀や、食品中の有害物質だ」とよく言っています。

「安全な食品」の現状は?
「安全な食品」の現状は?

提供:畝山智香子氏

遺伝毒性発がん物質のMOE値
遺伝毒性発がん物質のMOE値

提供:畝山智香子氏

 

公的機関から出される情報に基本的に大きな嘘はない

── 私たちは食品やその他、リスクに関する情報をどのように受け止めればよいのでしょう

畝山「政府の言うことを信じるな」と言う人がなぜかどこの国にもいますが、公的機関や国から出される情報に基本的に大きな嘘はありません。国民を意図的に傷つけようと思っている国はありません。

 そういう人たちは商売で不安を煽ったりしているので、乗せられるのは本当に損なことで、公衆衛生という分野では有害だと思います。公的機関や国の広報の仕方の問題もあるかもしれませんが、国が認めた、公的機関が出している情報のほうが専門外の方が言うことよりは一般論として正しい可能性は高いのです。

 一般の方は、食品は完全に安全でなくてはいけないと思っているため、わずかでも有害なものが含まれると嫌だと思い、不安になるのですが、食品自体、もともとさまざまな有害物質を含み、100%安全ではないということを知ってほしいと思います。

 (2012年5月31日)