式年遷宮・遷御の儀と虹
今日は、伊勢神宮の内宮にて式年遷宮、遷御の儀が取り行われた。新しい内宮正殿にご神体を移す儀式。
20年ごとの新しい20年が始まる儀式。
夕刻には各地で虹がかかる。
Fb友達の皆さんのタイムラインより
(上左)遷御の儀の朝@Ise
(下左)16:41天使の梯子@Tokyo
(上右)16:42横浜の虹@Iwaki
(下右)16:58の虹@Tokyo
(中右)17:18の夕焼けと虹@Iwaki
(中左と中央)内宮へ向かう途中になんと…秋篠宮殿下に遭遇
(写真無)20:00より式年遷宮のクライマックスの行事「遷御の儀」
「遷御の儀」では、
天皇陛下の長女、黒田清子(さやこ)さん(元紀宮さま)が臨時祭主を務める。
秋篠宮さまが皇族代表として参列され、天皇陛下は皇居で神宮に向かって拝礼する「遙拝(ようはい)の儀」に臨まれる。社殿とともに新調される御装束や神宝などには、皇后さまが皇居でお育てになった繭の絹糸も使われている。
虹といえば、
創世記9:11〜14
わたしがあなたがたと立てるこの契約により、すべて肉なる者は、もはや洪水によって滅ぼされることはなく、また地を滅ぼす洪水は、再び起らないであろう」。
さらに神は言われた、「これはわたしと、あなたがた及びあなたがたと共にいるすべての生き物との間に代々かぎりなく、わたしが立てる契約のしるしである。
すなわち、わたしは雲の中に、にじを置く。これがわたしと地との間の契約のしるしとなる。わたしが雲を地の上に起すとき、にじは雲の中に現れる。
旧約聖書の逸話でも有名な「ノアの箱船」の大洪水の後に神がノアと契約したしるしとして虹が登場します。
創世記9:17
そして神はノアに言われた、「これがわたしと地にあるすべて肉なるものとの間に、わたしが立てた契約のしるしである」。
日本の新しい20年の宮中祭祀。
祭祀を司るのは旧約の民であればレビ族。
日本の祭祀を司るのは天皇家。
1300年間、この儀式を継承しつづける国とは稀有な国だと素朴に思う。
以下は伊勢神宮式年遷宮広報本部のサイトより
「常若」の精神を伝える、20年に一度の大祭「式年遷宮」
四季折々に巡る自然の中、その恵みのもとに生きてきた日本人は、神々からいただいた「いのち」を尊び、常に若々しく輝かせ、子孫に伝えたいと願ってきました。 伊勢神宮の式年遷宮は、その「いのち」が常に輝くことを祈る日本人の「常若」のこころを伝えています。式年遷宮は20年に一度、皇大神宮(内宮)と豊受大神宮(外宮)、また十四ある別宮の御社殿を造り替え、御装束・神宝もすべて新調して、神々をお遷しする日本最大の祭りです。およそ千三百年前、持統天皇4年(690年)に第一回が行われてより、約千三百年にわたり継承されてきました。 古式のままに社殿を造り替え、神々にお遷りいただくことで、日本人は「いのち」が常に輝き、国が若返り、永遠に発展するよう祈ってきました。日本の原点を継承する伊勢神宮に、多くの人々が心を寄せています。平成二十五年、伊勢神宮は第六十二回式年遷宮を迎えます。
http://n-kokoro.jp/contents/10/
http://www.bllackz.com/2013/09/blog-post_28.html
先日、上記のURLの記事が投稿されていて、論理的かつ理性的な左脳的な思考において、一見、正しそうな事が書いている。&かつてのベンチャー経営者、経営効率の最大化といったことを言いたい人にはマッチするかもしれない。
が、私たちは生まれる時に父母を選べない。と同様に、生まれる国を選べない。だから、条件の良い国を選ぶという事は、条件の良い父母を選ぶという事と同じ構図。それが良いと思う人は国も家族も「自分の判断」で選べばよろしい。
「くに」も「かぞく」も自らが愛を「育もう」として関わらない限り、よくはなりはしない、もし、自動的に条件が良くなって、全て自分の思う通りの事をなしてくれる国と父母が登場し、それに乗り換えたいのなら、乗り換えればよろしい。
しかし、そこには愛というものがないなあ。
僕はそういう、つまらない、人間の「理性」的なる「判断」というものは信じない。もし、そのような「理性」的な判断だけで政(まつりごと)が行われていたら1300年間、この儀式を継承しつづけるこの国など、はとっくの昔に消えている。
この儀式を継承する家の重み、それを担う者の重責というものを思うことはできないのだろうか?それを背負うという事はキリストの十字架を背負うという事と同じくらい重い事だと感じています。
NHKのニュース
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20131002/k10014970561000.html
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