終わらぬ不条理 横浜・米軍機墜落36年(中)不平等、憲法の上にある安保
2013年10月2日
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判決の瞬間を椎葉寅生(74)=横浜市緑区=は、こう振り返る。
「裁判長が神様のように見えた」
立ちはだかる壁は、それだけ厚いように思われていた。
エンジントラブルで墜落した米軍偵察機の事故によって家を焼かれ、妻悦子(71)が大やけどを負った。米軍パイロットと国を相手に起こした民事訴訟だった。
最大の争点は、公務中に事故を起こした米兵を被告とすることができるかどうか。米軍人を法廷の場に連れ出そうという初めての裁判だった。
1987年3月4日、横浜地裁判決は「原告らから損害賠償義務者として主張されているかぎり被告適格を有するというべき」と述べ、原告側の主張を採用。「地位協定は本件事故のような場合、加害者である米軍人の民事司法権からの完全免除までは規定していない」
提訴から7年、事故から10年。判決を報じる本紙記事に高揚感が伝わる。
〈安保体制の厚い壁に風穴が開いた〉
■ ■
米軍人は日本の法廷で裁くことができないと広く受け止められてきた。根拠とされてきたのが日米地位協定だ。米軍人が起こした公務中の事件や事故については、米国側に優先的に裁判権があると規定している。
実際、椎葉は民事訴訟に先立ち、パイロットと整備士を横浜地検に刑事告訴したが、不起訴に終わった。日本に第1次裁判権がないということが理由とされた。
もう一点、起訴できるだけの証拠がない、との判断も椎葉は承服しかねた。
「米国に裁判権の放棄を求めることもできた。だが、国はやっていない。証拠だって『ない』のではない。集めなかったんだ」
椎葉は事故直後、自宅近くの墜落現場でジェット機の残骸を拾い集める米兵の姿を目撃している。厚木基地から飛来した自衛隊のヘリコプターも被害者ではなく、パラシュートで脱出した2人のパイロットを救助し、基地に運んでいった。
なぜ、こんな目に遭わねばならなかったのか。事故の原因を知ることは被害者に保証された当然の権利のはずだ。「日本人が起こした交通事故なら、加害者が取り調べられるのが当たり前のことだ」
補償交渉にやってきた防衛施設庁の職員に説明を求めても、「補償の窓口にすぎず答えられない」の一点張り。「事故原因が分からなければ、損害額なんて算出できないだろう」。調査に手を尽くそうとしないばかりか、補償金で幕引きを図ろうとする国の姿勢に憤りを覚えた。自国民の被害者をないがしろにしてまで守らねばならないものとは、一体何なのか。
不起訴を受け、弁護士は提案した。「本来なら損害賠償額を争う民事訴訟の場で、原因と責任を追及してはどうか」。国の対応に失望していた椎葉は迷わずうなずいたのだった。
■ ■
判決は国の賠償責任も認めた。事故後の対応について「事務的で、後手に回ることが多いという印象を受ける」と批判。支払いを命じた賠償金は約4580万円。国が提示した額の約4倍にあたった。
前出の本紙記事は判決をこう評す。
〈事故の特殊性や国の不誠実な対応への『制裁』の意味がこめられた結果とみてよく、再発防止に大きな力となりそうだ〉
だが、事故原因の究明という点では不満が残った。「エンジン部品の装着不良」とし、日米合同委員会による調査報告の域を出なかった。市街地の中に厚木基地があることの危険性や管理の欠陥、管制官、整備員、パイロットの不注意といった原告の指摘は、原因に盛り込まれなかった。
そもそも、墜落から4カ月後に公表された日米合同委員会の調査報告には、エンジンの組み立ての日時や場所、責任者の氏名といった責任追及につながる部分の記述はなかった。
椎葉は強調する。「訴訟の目的は賠償金ではなく、原因の究明と再発防止だと訴えてきた」
責任の所在が明らかにならないまま、判決で高まるかにみえた地位協定改定への機運はしぼんでいく。日米に横たわる根本の問題に向き合わずして「再発防止に大きな力」とはなりえなかった。
■ ■
判決から四半世紀余。米軍による事件や不祥事のたびに運用の見直しがなされてきた地位協定だが、改定自体には至っていない。
裁判闘争に取り組むなかで、椎葉はあることに気付いていた。「日米安保が私たちの生活、社会を根底から形作っている」
痛感させられたのは、初公判でのことだった。
訴状を読み上げると国の答弁で誤りを指摘された。被告のパイロットの名前が違っているという。
「『ジョン・エド・ミラー』とあるのは、『ジョン・エドウィン・ミラー』が正しい」
訴状は、情報がない中で新聞報道をもとに書かざるを得なかった。「訴える相手の名前さえ正確に分からないまま起こさなければならない裁判。怒りを通り越し、情けなかった。原因や責任を問うという段階ではなかった」
米兵を守り、国民の知る権利を阻む地位協定、その不平等さ。もとをたどれば、根拠となる日米安保条約の存在に行き着く。
「つまり憲法よりも安保条約が上に置かれている。政府もその状態を是正しようとしない。だから、被害者の基本的人権は踏みにじられた。結局、日本が敗戦国のままということだ」
そして、事故と不条理は繰り返された。2004年8月、沖縄国際大学に米軍ヘリが墜落。米軍は現場を封鎖し、機体を持ち去るまで警察や自治体、学校関係者は立ち入ることができなかった。
=敬称略
「裁判長が神様のように見えた」
立ちはだかる壁は、それだけ厚いように思われていた。
エンジントラブルで墜落した米軍偵察機の事故によって家を焼かれ、妻悦子(71)が大やけどを負った。米軍パイロットと国を相手に起こした民事訴訟だった。
最大の争点は、公務中に事故を起こした米兵を被告とすることができるかどうか。米軍人を法廷の場に連れ出そうという初めての裁判だった。
1987年3月4日、横浜地裁判決は「原告らから損害賠償義務者として主張されているかぎり被告適格を有するというべき」と述べ、原告側の主張を採用。「地位協定は本件事故のような場合、加害者である米軍人の民事司法権からの完全免除までは規定していない」
提訴から7年、事故から10年。判決を報じる本紙記事に高揚感が伝わる。
〈安保体制の厚い壁に風穴が開いた〉
■ ■
米軍人は日本の法廷で裁くことができないと広く受け止められてきた。根拠とされてきたのが日米地位協定だ。米軍人が起こした公務中の事件や事故については、米国側に優先的に裁判権があると規定している。
実際、椎葉は民事訴訟に先立ち、パイロットと整備士を横浜地検に刑事告訴したが、不起訴に終わった。日本に第1次裁判権がないということが理由とされた。
もう一点、起訴できるだけの証拠がない、との判断も椎葉は承服しかねた。
「米国に裁判権の放棄を求めることもできた。だが、国はやっていない。証拠だって『ない』のではない。集めなかったんだ」
椎葉は事故直後、自宅近くの墜落現場でジェット機の残骸を拾い集める米兵の姿を目撃している。厚木基地から飛来した自衛隊のヘリコプターも被害者ではなく、パラシュートで脱出した2人のパイロットを救助し、基地に運んでいった。
なぜ、こんな目に遭わねばならなかったのか。事故の原因を知ることは被害者に保証された当然の権利のはずだ。「日本人が起こした交通事故なら、加害者が取り調べられるのが当たり前のことだ」
補償交渉にやってきた防衛施設庁の職員に説明を求めても、「補償の窓口にすぎず答えられない」の一点張り。「事故原因が分からなければ、損害額なんて算出できないだろう」。調査に手を尽くそうとしないばかりか、補償金で幕引きを図ろうとする国の姿勢に憤りを覚えた。自国民の被害者をないがしろにしてまで守らねばならないものとは、一体何なのか。
不起訴を受け、弁護士は提案した。「本来なら損害賠償額を争う民事訴訟の場で、原因と責任を追及してはどうか」。国の対応に失望していた椎葉は迷わずうなずいたのだった。
■ ■
判決は国の賠償責任も認めた。事故後の対応について「事務的で、後手に回ることが多いという印象を受ける」と批判。支払いを命じた賠償金は約4580万円。国が提示した額の約4倍にあたった。
前出の本紙記事は判決をこう評す。
〈事故の特殊性や国の不誠実な対応への『制裁』の意味がこめられた結果とみてよく、再発防止に大きな力となりそうだ〉
だが、事故原因の究明という点では不満が残った。「エンジン部品の装着不良」とし、日米合同委員会による調査報告の域を出なかった。市街地の中に厚木基地があることの危険性や管理の欠陥、管制官、整備員、パイロットの不注意といった原告の指摘は、原因に盛り込まれなかった。
そもそも、墜落から4カ月後に公表された日米合同委員会の調査報告には、エンジンの組み立ての日時や場所、責任者の氏名といった責任追及につながる部分の記述はなかった。
椎葉は強調する。「訴訟の目的は賠償金ではなく、原因の究明と再発防止だと訴えてきた」
責任の所在が明らかにならないまま、判決で高まるかにみえた地位協定改定への機運はしぼんでいく。日米に横たわる根本の問題に向き合わずして「再発防止に大きな力」とはなりえなかった。
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判決から四半世紀余。米軍による事件や不祥事のたびに運用の見直しがなされてきた地位協定だが、改定自体には至っていない。
裁判闘争に取り組むなかで、椎葉はあることに気付いていた。「日米安保が私たちの生活、社会を根底から形作っている」
痛感させられたのは、初公判でのことだった。
訴状を読み上げると国の答弁で誤りを指摘された。被告のパイロットの名前が違っているという。
「『ジョン・エド・ミラー』とあるのは、『ジョン・エドウィン・ミラー』が正しい」
訴状は、情報がない中で新聞報道をもとに書かざるを得なかった。「訴える相手の名前さえ正確に分からないまま起こさなければならない裁判。怒りを通り越し、情けなかった。原因や責任を問うという段階ではなかった」
米兵を守り、国民の知る権利を阻む地位協定、その不平等さ。もとをたどれば、根拠となる日米安保条約の存在に行き着く。
「つまり憲法よりも安保条約が上に置かれている。政府もその状態を是正しようとしない。だから、被害者の基本的人権は踏みにじられた。結局、日本が敗戦国のままということだ」
そして、事故と不条理は繰り返された。2004年8月、沖縄国際大学に米軍ヘリが墜落。米軍は現場を封鎖し、機体を持ち去るまで警察や自治体、学校関係者は立ち入ることができなかった。
=敬称略
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この記事へのコメント
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ootahara [2013/10/2 16:26]
-
米軍機墜落という大事件ですから、米軍内部で軍法会議とか査問会とか無かったのでしょうか。
そんな事だからベトナムで負けたのでしょう。
今後、万が一の墜落や部品落下の時は、米軍が来る前に証拠を確保すべきです。
核心の部品で無くても、実物があればなにかやる時に説得力が出ます。
なお、1968年に福岡市に米軍機が墜落した時は、かなりの部品が米軍到着前に剥ぎ取られたようでした。
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