第12回 電撃大賞 入賞作品
「狼と香辛料」
プロフィール
1982年12月27日生まれ。立教大学理学部在籍。空想癖がある上に他人との意思疎通はインターネットを経由した文字によるものが圧倒的に多いせいで、たまにパソコンから離れて現実の世界に舞い降りると非常に困ることが多い。筆談ならもっと饒舌に、かつ楽しく会話できると思うんですが、が口癖。好きな食べ物は鳥肉のから揚げ。好きな同盟はハンザ同盟。
あらすじ
来年の豊作を神に祈る代わりに新しい農法を導入するような、そんな者達が出始めた時代。荷馬車を引く行商人ロレンスは、ひょんなことから豊作を司る神・ホロと共に旅をすることになる。ホロは、狼の耳と尻尾を有した人の形を取る美しい娘だった。老獪な話術を巧みに操るホロに翻弄されるロレンスだったが、そんな二人旅に思いがけない儲け話が舞い込んできた。それは近い将来、ある銀貨が値上がるという噂。ロレンスは眉唾物だと思いながらも、その儲け話に乗った。嘘にせよ、裏をつつけば何かしら利益が転がり込んでくると思ったからだ。ホロの協力もあり案の定その話は嘘だということがわかる。つまり、銀貨の価値は値下がるというのだ。ロレンスは行商人として培ってきた人脈と知識を総動員して、その奇怪な企みの狙いを突き止めた。それは、メディオ商会という地元の有力商会が銀貨を形に国王に迫るといった壮大な企みだったのだ。
ロレンスはその儲け話を横取りする計画を思いつく。しかしとても個人では太刀打ちできないと、この地で勢力を伸ばしつつあるミローネ商会という大商会にその計画を持ち込み、実現のあかつきには儲けの一部を貰う契約を取り付けた。もしすべてがうまくいけば一部とはいえロレンスは莫大な利益を得る。だがそんな折、ホロが何者かにさらわれた。ロレンスはすぐさま、その犯人がメディオ商会の手の者だと気がつき、ミローネ商会へと助けを求めた。ミローネならではの策略を借りてホロを何とか救い出したロレンスは、彼女と共に横取り計画の実現まで逃げ回る。寸手のところで追っ手をかわし、ついに二人は逃げ切ったのだった。
そして。結局は莫大な報酬を手にすることは叶わなかったロレンス。しかしこの一連の出来事でロレンスが手に入れた無二のものとは、金などよりも、この先も共に荷馬車に乗る、美しい賢狼ホロという相棒なのだった。
選考委員選評
安田均
ほのぼのとした田園ファンタジー。剣も魔法もほとんど関係しない。それでいて、主人公と狼神のやりとりや、事件の展開には、エピック・ファンタジーの香りがするという異色作。主人公が商人で、テーマに経済ファンタジーという視点をもちこんだことが成功している。今回の事件が小粒で、物語の大枠の一部にすぎないという意見もあるが、こうしたタイプは徐々に発展していくのが基本。ストーリーはきっちり収まっている。
深沢美潮
ファンタジー風であるのに、剣や魔法ではなく、商売の世界を描いたという点で大変個性的な作品です。キャラクターも大変よく描けていて、彼らの仕草や表情を見ているように感じられました。惜しいのは、その文体。饒舌な言い回しが多く、フレッシュさがないような気がします。たしかに商売の話がメインですが、読者の興味はそこになかったりするんです。もっとシェイプして、説明も簡潔に興味をひくよう工夫してみると、見違えるような作品になると思います。
高畑京一郎
登場人物たちの日常描写に説得力があるので、世界全体が生き生きとして見える。主人公の旅慣れた感じ、行商人としての抜け目無さも、よく描かれている。だが、このお話はホロの旅の物語でもあるわけで、その終着点まで書いて初めて作品として完結するべきもの。旅の途中で一応の区切りをつける手法もないではないが、ミローネ商会の一件は区切りとするには小粒過ぎた。そのため尻切れとんぼになってしまった感が抜けない。
佐藤辰男(小社代表取締役会長)
貨幣経済が浸透し始めて、田園(=荘園)世界と都市をつなぐ商人が活躍し始めるなんとなくヨーロッパ中世的背景。教会が世俗的な権威を振りかざして、あぶりだされるように土俗的な豊作の神様が現れて、それがなぜか狼の化身のかわいい娘で、若い商人と旅をすることになる。この世界背景と、ギミックとして使われる為替や先物の話がこの作品をとてもユニークな色に染め上げている。飛び切りいい女狼のホロは、いわゆる萌系でなく一昔前の金髪プレイボーイ系。 こういうキャラが良い、といったら、深沢委員にオヤジだと一蹴されてしまった。
鈴木一智(電撃文庫編集長)
RPG的な世界観ながら基本的には商人たちの知恵比べをネタにしており、少女ホロのキャラクターも独特のセリフ回しと性格付けで非常に印象深く、大人のファンタジーといった雰囲気の物語に仕上がっています。我流のわかりづらい文章表現もありますが、年齢を考えるとこの筆力は驚くべきものがあります。テンポで読ませるタイプではなく内容そのもので読者を惹きつける力を高く評価しました。