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とある魔術の禁書目録外伝 とある科学の超電磁砲『俺の“みこうと”がこんなに暴れ回るわけがない』第二話
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とある魔術の禁書目録外伝 とある科学の超電磁砲『俺の“みこうと”がこんなに暴れ回るわけがない』第二話

2013-09-12 00:00
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      1

 ステータス異常『しびれ』から回復した上条当麻も参加して、この場にいる四人で現状の確認を行った。
 つまり、
「……そっちは高坂桐乃高坂京介。『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』ってタイトルのアニメの形で、私達はアンタ達がどんな道を歩んできたかを観ている」
 美琴は桐乃の方を指差して言った。
「……そっちは御坂美琴と上条当麻。『とある魔術の……』いや、この場合は『とある科学の超電磁砲』かな? とにかくそんなタイトルのアニメの形で、あたし達はあんた達の行動を自由に眺める事ができた」
 桐乃は美琴の方を指差して言った。
 京介は肩をすくめ、同じように置いてきぼりにされている上条へ声を掛ける。
「何言ってるか分かる?」
「分からない事だらけだけど、人生なんてそんなもんだ。魔術の仕組みとか科学の論文とか、完璧に理解しなくたって解決はできる」
 どうやら、彼らはお互いの世界でアニメのキャラ扱いされているらしかった。
 二つのアニメは交差するように流通していて、自分の姿が映っているアニメのディスクを手にする機会はなかった。例えば、『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』というタイトルの商品を、高坂桐乃が手に取った事はない。
「……そんな堂々と平台に並べて売っていたら、絶対あたしのアンテナに引っかかると思うんだけどな。そもそも発売スケジュールのリストは週単位でチェックしているのに」
「ハッキングしてリストを改ざんしているとか、そういうのは考えなくて良いわ。そんなのかえって目立つ。そもそも、もっと重大な事を先に考えてみるべきよ」
 高坂桐乃や京介は、学園都市製の超能力という『現実』は知らないらしい。……いや、単語としては知っていても、それは完全におとぎ話(アニメ)の中の世界のものと解釈している。
 これは上条当麻や御坂美琴からすれば、明らかにおかしい。
 超能力開発自体は、確かに学園都市の中でしか行われていない。が、超能力の存在自体は別に隠されたものではない。『学園都市へ行けば超能力を身に着けられる』という宣伝文句を打たなくては、学生が集まってこないからだ。
 上条当麻は適当に頭をかきながら、
「なんか、まるで世界が二つあるみたいだな」
「……あー、そこまでぶっ飛んだ仮説を提唱しちゃう? 私の想像力じゃ、彼ら二人の記憶がいじられているっていう辺りが上限だったんだけど。第五位、食蜂みたいなヤツの手でさ」
「俺達がこの……立川? そう、ここにいる理由が説明できない。学園都市にそんな地名はなかったはずだ。それとも、これも記憶の改ざんで何とかなるもんか?」
『おい、なんか真顔ですげー話をしているぞ』『しっ。それより食蜂ちゃんの話を出しても上条さんが軽くスルーした方が気になる』とか言い合っている高坂兄妹の横で、上条と美琴は自分達の話を進めていく。
「とにかく、ここには科学的な超能力の匂いがしない。あっちこっちの看板や広告塔にも、いくつか聞いた事がないメーカーのが並んでいる。学園都市と協力している大きな企業のロゴがどこにもない」
「四人の意見の食い違いが『純粋な物理説』……つまり世界が二つあるとして」
 美琴は片手で軽く顎をさすりながら、
「……だとすると、ここは学園都市の影響を受けていない、不思議なものは何もない……『彼ら』の方の世界って訳かしら?」
「理由は分からないが、お邪魔しているのは間違いないんじゃないか。ほら、携帯電話の地図サービスだと、学園都市のあった辺りは多摩とか立川とか呼ばれているらしい。こっちの世界じゃ、そういう事になっているんだ。……でも人がいないのは何でなんだ……?」
 そこでふと、高坂京介が疑問を口に出した。
「なあ。言ってる意味はちょっと分かんねえんだけど、とにかくあんた達は桐乃が観てるアニメの中に出てくるガチの超能力者とかいうので、それはあんた達だけのスペシャルなんだよな?」
 言葉に、妹の桐乃の方が露骨に顔をしかめた。
「あんた、どうしてそんなに理解が遅いわけ?」
「うっせ、俺は禁書目録とか超電磁砲とか別に詳しくないんだ。どっかの誰かと違ってクローゼットの奥にコレクションを溜め込んでいるわけじゃないからな」
 つまり、と京介は話題を戻して、
「他に『不思議な事』ができるヤツはいないし、俺達がある日突然掌から火の玉を出したり、ホウキに乗って夜空を飛んだりなんて事ができるようにはならない。だよな?」
「『超能力者』ってくくりだと私達にとっては特別な意味が生まれるんだけど……ま、良いか。こっちの馬鹿については、ある意味それ以上に稀少だろうし。私も詳しくは知らないけど」
 ぶつぶつと呟いてから、美琴は先を促す。
「で?」
「あー……質問自体は簡単なんだ。すごく簡単だ。一〇秒で終わる。なあ、もしもここがいつも通りの『不思議な事』なんて何もない世界で、あんた達二人だけが特別製だっていうなら」
 良く見れば、京介の顔は引きつっていた。
 彼は、親指を使ってどこか遠くを指差していた。

「ありゃ一体何だ?」

 四人全員が改めてそちらへ目をやった。
 誰かが浮いていた。
 地上から一メートルくらいの高さの所に、一人の少女が浮かんでいる。長い銀髪をツインテールにした、中学生くらいの少女。……が、見えないソファにでも腰掛けてくつろいでいるようなそのワンピースの少女が、ただの学生とは思えなかった。
 彼女が誰なのかは、四人とも知らなかった。
 そして少女はわざわざ自己紹介などしなかった。
 パチン、と。
 スイッチを切り替えるような音を立てて、指を鳴らした直後の出来事だった。
 ツインテールの片方。
 髪束が薄い刃のように硬質化し、そして数十メートルも一気に伸長していく。
 後は簡単だった。
 切断音と共に、すぐ近くのビルが根元から切断されて、四人へ向けて躊躇なく倒れかかってきた。

      2

 その瞬間。
 御坂美琴は。
 とっさに一番近く、手の届く範囲に立っていた高坂京介の肩を掴んでいた。
 上条当麻は。
 右往左往して『不幸だー』と叫ぼうとしたところで、何故か高坂桐乃に腕を掴まれた。

 そして倒壊したビルが地面へ激突し、轟音と大量の粉塵を撒き散らした。

      3

 海外のニュースなどで見かけるビルの爆破解体は、周辺数百メートルが立入禁止扱いになる。爆破時の衝撃波や瓦礫の破片などが損害を出さないようにするためだ。
 今回の場合爆薬は使われていないが、大量のコンクリ片、飛び出す鉄筋、鋭いガラス片などが凄まじい勢いで宙を舞う以上、やはり危険はゼロとは呼べない。
「げほっ、げほ!!」
 入道雲のように広がる灰色の粉塵の中で、高坂桐乃と上条当麻は咳き込んでいた。倒壊の直前、死にもの狂いで走って逃げたのは功を奏したようだ。ビルに直接押し潰される事はおろか、全方位にばら撒かれた『飛散物』が肌に突き刺さる事もない。ここまで来ると奇跡的と呼んで差し支えない。
 ……上条当麻は基本的に不幸な人間なので、きっと高坂桐乃が『持っている』のだろう。
 そもそも、実の妹なのにメイン枠に収まっている辺りからして、どこかとてつもない豪運を感じさせる。
 大量の粉塵の中は、砂漠の砂嵐と同じでぐっと暗くなる。冗談抜きで、早朝の快晴が日没直前の夕闇くらいになってしまっていた。
 そんな中で桐乃は上条の襟首を掴む。
「あんたってあの上条さんなんでしょ!? 何であたしみたいなのに助けられてるわけ!?」
「オウ、マドモアゼル。最近ちょっと忘れられているかもしれないが、俺は右手に特殊な力が宿っている以外は基本的に『どこにでもいる平凡な高校生』なんだぜ?」
第三次世界大戦まで止めておいてどの口が!? あとマドモアゼルはフランス語だからオウから繋げんのはおかしいし!!」
「それじゃあ腹を割って話そうじゃないか。この上条当麻が、本当に、たった一人で、誰にも力を借りる事なく、大きな事件を解決できた事なんて一体どれくらいあったと思う? 実はほぼゼロだ」
「……ったく、あいつだって役立たずって言われて逆ギレする程度のプライドはあるってのに……」
 うんざりしたように言う桐乃だったが、粉じんを吸い込まないようハンカチで口元を覆う彼女は、そこで気づいた。
 片手で襟首を掴んだままの、上条当麻の様子がおかしい。
 まるで自分の足で立っていないかのように、ぐにゃりとした頼りない感覚が手に伝わる。頑丈な地面に刺した棒と、泥に刺した棒を引っ張った時の違いに近いだろうか。
「あんた……」
「ああ、大丈夫大丈夫。別に大した事じゃない」
「なに、どっか怪我してんの!? 何でそれ最初に言わないわけ!?」
「唾でもつけときゃ治るよ。それにお前が気にするような事でもない。女の子庇って怪我したとかなら面目も立つんだけどな、単純に飛んできたガラスで二の腕切っただけだ」
「そういうのは関係ないし」
 もうもうと立ち込める粉塵の中では手当てもクソもない。桐乃はいまいちぼんやりしている上条の手を引っ張り、とりあえずビルの倒壊現場から離れるべく小走りで移動する。思ったよりも粉塵の範囲は広い。ざっと二~三〇〇メートルは走り続ける。
 ようやっと入道雲のような粉塵の中から抜け出すと、桐乃は今まで口元を押さえていたハンカチを軽く広げた。上条の周りをぐるっと回って確認してみると、彼の左腕にざっくりとした傷ができている。
「うっわ……割と大事になってんじゃない」
「だから大丈夫だって。人間の身体ってのは見た目より頑丈なんだ。一方通行(アクセラレータ)にハリケーンみたいな突風でぶっ飛ばされたってなんだかんだで生き残ってるし」
「あんたは普通の基準がどっかねじれてんの。ほら、ちょっと動かないで」
 言いながら、桐乃はポケットの中から掌に収まってしまいそうなくらい小さな布のケースを取り出した。小銭入れかな? と上条は予想したのだが、実際には消毒薬のボトルや絆創膏なんかが出てくる。
「絆創膏じゃ駄目か……。これじゃ消毒薬とハンカチくらいしか使えないし。針と糸使わなきゃ塞がらないなんて話だったら流石にお手上げだけど……」
「ぎゃおーっ!!」
「沁みるくらいで喚くな! 子供かあんたは!?」
 桐乃は腕を縛るような形でハンカチを固定していく。試しに上条は左腕を適当に曲げていくが、押さえたハンカチがずれる事はない。
「すごいな女子力。いつもそういうの持ち歩いてる訳?」
「前に出先で爪割った事あってさ、遠出する時は持ってくようにしてんの。たまにメイクの人とか持ってきてない事があるから。コンビニまでバタバタ走るのも格好悪いし」
「……となるとまさかお裁縫セットも?」
「逆に聞くけど、道端でいきなりボタン取れたらあんたどうすんの? そのまま街を歩くなんて無様な真似しないよね?」
 ガタガタガタガターッ!! と上条は溢れんばかりの女子力に恐れおののく。そう、普段の彼はなんやかんやで学生服を泥だらけのボロボロにしながら勝利を掴み取る事がものすごーく多いのだ。
 目の前の出血という派手で視覚的な問題が解消すると、桐乃はこれまでの事をぶり返すように『現状』を思い出した。
 そう、先ほどのビルの倒壊は偶発的な事故ではないのだ。
 髪の毛を剣に変える、正体不明の少女の悪意が深く関わっている。
「さっきのアレ、何だか知らないけどあの一回で終わりってわけじゃないわよね。つーかそれじゃほんとに意味分かんないし」
「俺達に危害を加えるためなんだろうけど……それにしては追撃してこないな。今ので死んだって思われているのか?」
 上条はそこで少し考え、
「でなけりゃ、逆の方に逃げた御坂達の方を追い駆け回しているか、だな」
「あっ、そうだ! あいつどうしてんの!? ぺしゃんこになってないでしょうね!!」
「……困った事に、ヤツも『平凡な高校生』っぽいからなあ」
「その文言でくくられるヤツに限って大抵は恐るべき火事場の馬鹿力を備えているもんなのよ! 平凡な高校生が本当に何の逆転劇もなく平凡なまま終わってたまるか!!」
 しかし現実問題、人間目がけて巨大なビルを倒壊させ、周囲一帯に一〇〇、一〇〇〇単位のガラスやコンクリートの破片を撒き散らしたのは事実だ。
 特に何の理由もなく、適当に身を伏せただけでやり過ごせるほど甘い状況ではなかったのは、誰の目にも明らかだ。
 上条は背後に広がる、入道雲のような粉塵の方を振り返り、
「……でもまあ、大丈夫なんじゃねえの? 一人きりって訳でもなさそうだし。御坂のヤツが一緒なら大抵の事は切り抜けられると思うけど」
……
「いや本当にとんでもないんだあいつ。聞いた話じゃ電磁波放ってレーダーの真似事までできるっていうし。周りにあった自動車とか盾に使えば細かい破片の雨くらいどうにかなるって。そこまで強力な磁力源の傍にいて大丈夫かっていう方がむしろ心配だけど。とにかくお兄ちゃんが心配なのは分かるけどとりあえず御坂に密着していれば当座の安全圏は……痛った! ちょっと待ていきなり殴りかかるな手当てをしてからダメージ与えるとかどんだけブフォ!?」
 知らずに『地雷』を何個か立て続けに踏み、読モの中学生という未体験ゾーンの住人から無言の殴打の嵐を受ける上条。
 大体ぜぇーぜぇーはぁーはぁー言うまで思う存分タコ殴りにすると、ようやく気が収まったのか、桐乃は軽く前髪をかき上げながら話題を変える。
「と、とにかく危機が続行中だって言うなら、さっさとあいつと合流した方が良さそうね。ていうか、根本的にもう警察とか呼ぶべきなんじゃあ……」
「お待ちなさい高坂桐乃さんや。ああいう手合いは警察とかに通報したって大体どうにもならないし、敵がどんなヤツでどんな手を使ってくるかを分析しないとまともな戦いにならない。そもそもここには俺達以外誰もいないんだし。当たって砕ける前に情報を集めた方が、結果として近道になるものなんだって」
「あんた何でそんなに冷静なの!? 賢者タイムにでも入ってるわけ!?」
「桐乃さんや。華の女子中学生が思春期の繊細な男子高校生に向かって言って良い事と悪い事がある。分かるねこの野郎?」
 と、そんなやり取りをしている内に携帯電話が鳴った。
 桐乃のものだ。どうやら兄の京介からかかってきたものらしい。
 無人の街だけど携帯電話自体は使えるんだな、そういえばさっきも地図サービスは普通に使えたし……などと感心している場合ではない。
「あっ、今あんたどこにいんの!?」
『分かんね!! うわっ、とっ、ぎゃああああ!? 待て待てちょっと待てビルからビルへは跳べない跳べないってー!!』
 どうやらとんでもない事になっているようだが、少なくとも、瓦礫の下で呻いているような感じではない。謎の襲撃者(?)に捕まってボッコボコにされている訳でもさそうだ。
 どっちかと言うと、裏返りまくりな声は新作絶叫マシンの実況動画みたいに聞こえる。
『とっ、とにかく、あの変な女はこっちを追ってるみたいだ。それより桐乃、おまえ大丈夫か? 派手にビルが倒れたみたいだけど、ガラスとかで怪我したりしてないか』
「べ、別にあんたが心配するような事じゃないし……ばかじゃん……」
『そうか。やっぱり上条当麻とかいうののおかげだな。俺も上条さんって呼ぼう』
「いやあいつ超役立たずだから」
 ザザザリザリ!! と電話の向こうから激しいノイズが飛んできた。
 一体何が起きているかは、想像するのも難しい。
「ちょっと、あんたの方はどうなってんの?」
『もうわけが分からねえよ!! 御坂美琴はビルからビルへビュンビュン飛び回るし、変な女もどんとこいって感じでグングン追ってくるし、ツインテールは何十メートルっていう馬鹿デカい剣になってるし! 俺がどうなってるかだって? 美琴とかいうヤツの小脇に抱えられてお荷物状態以外に何ができるんだっつーか!!』
「……って事は、美琴ちゃんと密着しながらバトル鑑賞しているだけっていうの? 何それふざけんな! そんな美味しい夢みたいな事私がやりたかったのに!!」
『もー、しおれたり弾けたり面倒臭い女だなおまえも! 情緒不安定か!?』
 不規則なノイズの正体は、おそらく美琴側からのアクションと連動しているものだろう。
 そう考えると、不快な音がやや頼もしくも聞こえてくるから不思議だ。
『そうだ。あとでいくつか写メ送るけど、フリーになってる間にそいつを見て色々調べてくれだって。さっきっから攻撃しているけど何やったって全然効かねーんだアレ!!』
「は? 攻撃???」
『言いたい事は分かる。だがこっちは現在進行形でリアルRPGだ! 御坂美琴とかいうのマジハイスペック!!』
「どんくらい?」
『ここ最近おまえが猛プッシュしてくる地球防衛軍の新しいヤツ! あの世界観を裸一貫で渡り歩けそうなくらい!!』
 それは……と桐乃が呻いた。
 絶句するほどすごい事なのだろうか? と上条は首をひねる。
『そんなのがバカスカ連射したって全然止まってくんねーんだ、あいつ。もう人類皆兄弟とか女の子同士のケンカは良くないとか、そういう良心が全部すっ飛ぶ光景だ。どうにかしねーとマジヤバい! 例の上条さんがそういうの得意っぽいから、逆転のきっかけになるような「何か」を探してくれってさ!! ……あっ、おい、ちょっと! み、御坂ひゃん!? そっちは死ぬほど高圧電線があるってー……!!』
 ブツッ!! と唐突に通話は切れてしまった。
 桐乃は自分の携帯電話へ怪訝な目を向けて、
「チッ、いきなり電話切んなっての……」
「何だどうしたどうなった?」
「まるで重大なヒントを言おうとして黒幕に邪魔された人みたいになってた。あいつ天然のくせにお約束をきっちりかましてくるからムカつくのよ」
「UFOの真実を教えてやるって言ってた老人がいつまで経っても現れないでそのまま行方不明になっちゃったり、幽霊船の航海日誌が何故か途中から破り取られているようなあの感じか。でも困ったな、連絡切れちゃったらどうやって待ち合わせの場所決めよう?」
「よしリダイヤル連打してやる」
「やめて風情がない!!」
 カチカチカチカチとボタンを押しまくる桐乃だが、相手方には繋がらないらしい。
 美少女でなければ決して許されない舌打ちを再度すると、彼女は上条の方へ向き直って質問した。
「で、どうすんの?」
「分かった分かった、調べ物だろ? そういう時は何百年も続く馬鹿デカい図書館とか、挙動不審な科学者がカンヅメになっていた研究所跡の廃墟でもあれば完璧だ。革張りの専門書に挟まれた謎のメモとか、シュレッダーにかけるの忘れて放ったらかしな研究レポートとかが全部教えてくれる」
「そんなのない。ここ立川だし」
「うあー……じゃあ、どこか自由にインターネットができる場所ってあります?」

      4

 手応えがない。
 片腕だけで高坂京介を抱えたまま、莫大な磁力を使ってビルの壁面から壁面へ飛び回りながら、御坂美琴は歯を食いしばる。移動の途中にも何度か『雷撃の槍』や代名詞となる『超電磁砲(レールガン)』を放っているのだが、相手にさしたるダメージを与えている様子がない。
 荷物みたいに小脇で固定されている京介が、手足を振り回しながら何か叫んでいた。
「どーなってんだ全体的に!? 桐乃のヤツもそうだがここ最近の女子中学生ってのはどいつもこいつもハイグレードに作られてんのか!! 素材はホントにタンパク質なの!?」
「私に『普通』の基準とか尋ねたって答えは出ないわよ! どうも周りとちょっと違うらしいって自覚くらいはある!!」
「ここまでやってまだ『らしい』止まりとか!!」
 文句を受け付けている暇はない。
『敵』は確実にこちらを捕捉している。後方、二~三〇メートルくらいの位置を常にキープしている。移動方法は、まるで手足を使って大空を泳いでいるようだった。両足を揃え、体全体でうねるように推進力を得るその動きは、人魚か何かを連想させる。
(……うちにも浮力を操る能力者ってのがいたけど、それとも違うみたいね。空気抵抗操作? いや、そういうのともちょっと違うか……)
 攻撃方法については単純明快。
 彼女が軽く腕を振るうたびに、美琴の近くにあるビルが次々と切断されて、こちらに向かって倒壊してくる。そのたびに美琴達は倒れかかるビルの下を潜り抜けたり上を飛び越えたりして、速度を落とさずに空中挙動を維持し続ける。
 ただ、これは『敵』の独壇場だ。
 海を自在に泳ぐ魚と、ワイヤーやジェット水流を使って無理矢理に速度を出している人間の違いみたいなものだろうか。美琴の動きにはどうしても『無理』があり、その分だけエネルギーをロスしている。いつかどこかでガス欠を起こし、大空の支配者に追い着かれる。
(大空を泳ぐ他にもいくつかの現象を見ている。ビルを切り刻んだり、こっちの攻撃を弾いたりっていうのは空気抵抗操作だけじゃ説明できない。もっと、何か大きな枠組みみたいなのが隠れているはず……)
「おい!! 深刻な顔して黙らないでもらえるか!? 考えている事はちゃんと口に出して! でないと俺は不安になっちゃうぜ!!」
「私に聞かれても困る! 別に何でも知ってる訳じゃないわよ!!」
「あんたに答えてもらわないと困る! 何しろ俺にできる事は何もないから!!」
 美琴は高圧電線の間をすり抜け、歩道橋の下をくぐり、電柱から再びビルの壁へと張り付く。追ってくる『敵』の方を振り返ってみれば、
「……くす……」
 笑っていた。
 あれだけのアクロバットの中、大気を魚のように泳ぎながら、少女の目はひたと美琴達を正確に捉えている。
「くすくす。……くすくすくす……」
「先生! 会話が通じそうな感じじゃありません!!」
「うるさいな!! 敵対する相手が何の意味もなく自分の出自や弱点を話してくれるとでも思ってんのか!?」
 磁力を使ってビルの森を飛び回りながら、美琴は考える。
 そういう心の防御は、精神状態に極端な起伏が生じた時にたがが外れる場合がある。
 例えば、
(……徹底的に追い詰められて破れかぶれになった時か、とことんまで勝利を確信してこれ以上逆転される事はないと判断した時、か)
 美琴は眼下の街並みをざっと見渡す。
 一点で留まる。
 狙いを定めたのは立体駐車場だ。
(ガス欠してから追い着かれるより、早々にやられたふりをした方が逆転の目はある。どこの誰だか知らないけど、あいつの口を軽くさせるために一芝居打つのもありかもしれない!!)

      5

 ネット環境完備のパソコンがある施設、と聞いて、高坂桐乃や上条当麻が思い浮かべたのは大学の図書館にあるパソコンでもなければ観光ホテルのロビーにある地図検索用のコンピュータでもなく、漫画喫茶だった。
「……どうしよう。もっと豊かな生活を目指した方が良いんだろうか?」
「体裁とか気にしている場合じゃないし」
 やはりここにも人の気配はなかった。単に寂れているのではなく、店員の影もない。延々と繰り返されている室内音楽が妙に寒々しく聞こえた。店員がいないのでパソコンが使える状態なのかやや不安があったが、実際に個室のスペースに入ってみると、問題なく使える。
「ここから一体どうするんだ?」
「簡単簡単。バトルものなんて大抵はどっかに詳しい情報があるもんなのよ。SNSで話題の謎の目撃証言とか、研究所から流出した機密レポートが掲示板に貼り付けてありますとかさ」
「……桐乃さんはもしかしたら巷で話題のスーパーハッカーさんですか?」
「素人にだって見つかるトコに何故か資料が転がっているからバトルものなのよ。『解説役の専門家』がいないんじゃ、後はデータや報告書を偶然見つけないと話が先に進まないっしょ。さっきの写メとかヒントにならない? 魚のように大空を泳ぐ少女とか、髪の毛を馬鹿デカい剣に変えるとか、ビルが次々と切り取られて倒れてくるとかさ。特徴的だから『次のヒント』への繋ぎになってるって」
 一体、読モの女子中学生とはどんな世界に住んでいる生き物なのだ、と上条は思う。
 ひょっとしたら誌面のランクを懸けて密室の中で機転を利かせた知略バトルでもやっているのかもしれない。
「あの、そこで何でこっちを見る?」
「あんたがやらなきゃ誰がやるの」
 上条は首を傾げながらも、ガタガタガタガタ、と乱暴な手つきで検索エンジンに文字を入力していく。
 そして顔をしかめた。
「……あの、ちょっと質問をしたいんだが」
「何よ?」
「どうしてこの検索エンジンの表示結果は素人のブログと学者の研究記録が玉石混交いっしょくたに並べられているんだ?」
「ええっ、何にも出てこないの!?」
「学園都市と違って情報整理が超雑なんですけど! 『自由に空を泳ぐ少女』って打ち込むと真っ先にPS-Vitaの情報が出てくるんだって! 後はゲームの攻略サイトとか、幸運を呼ぶネックレス売ってる通販サイトとか!!」
「上条さんっていつも、なんだかんだでベッドの下から謎のレポートとか見つけるじゃん! あの嗅覚で何とかしてよ!!」
「おやおやまた忘れているのかい? 上条当麻は基本的に不幸な人間なんだぞ。『偶然』なんかあてにするんじゃない」
 桐乃はゴミ箱の中に捨てたガムを覗き込むような目で上条を一瞥する。
 上条は自分のこめかみを人差し指で軽く叩きながら、
「他に何かないか……。こいつで検索するためのキーワードみたいなの。何でも良い。関係性なんて見えなくても構わない。この立川とかいう街に来てから、今まで聞いた事もないような単語がどこかに……」
「んー……」
 桐乃は少し天井を見上げると、
「そういえば、なんか街頭テレビでニュース流れたっけ」
「……ニュース?」
「えー、あー、何だっけ? そう、確か……えてー、えーて、エーテル! 『エーテル概論』とかいう論文が話題を集めているとか何とか。でもこんなの」
「それじゃん!!!!!!」
 上条はあらん限りの大声で叫んだ。
 ビクッ!! と肩を震わせる桐乃を放っておいて、
「いいか、隣町で殺人鬼が大暴れしているってニュースが流れたらそいつは絶対うちの近所にやってくるし、新技術の完成が発表されたらそれにちなんだトンデモ兵器が必ず開発されてる。新聞の記事とかテレビのニュースとか、こんなのは基本の基本だよ! 何で今まで黙っていたんだ面倒臭せえな!!」
「……い、良いじゃん別に。あたし、そんなの知る訳ないし。……何でそんな大声出してんのか意味分かんない……」
「あ、あれ? もしや、自分から怒鳴り散らすのは結構だが、打たれるとそのまんまへこんでしまうタイプなのか……?」
 ともあれ、『エーテル概論』で改めて検索してみると、出てくる出てくる。
『エーテルそれ自体は自然科学が発祥する前から広く信じられたもので、火、水、風、土に並ぶ五大元素の一つとして、物質を作る最小単位として数えられてきた』
『また、このエーテルは光や電磁波を伝播させる不可視の物質であり、この広い宇宙空間全域に薄く広く拡散しているものである。銅線や塩水の中を電気が伝わるように、光はエーテルの中を通る事で伝播されていく。従って、空間を満たすエーテルの濃度によって、光はその速度を変える。エーテルが途絶してしまった場合、光もまたそこで途切れる』
『宇宙全域を満たすエーテルに対して静止状態にある空間を、絶対空間と呼称する。これはエーテル中を通過していく光の速度を算出するために必要な基準点と呼べるものである』
 桐乃がうんざりしたような顔になった。
「……なにこれ宇宙語? 近所の邪気眼呼ばなきゃ駄目な話???」
「全部を理解する必要はない。大抵、大事な事は最後の方にまとめてある」
『マイケルソン=モーリーの実験やフィッツジェラルド=ローレンツ収縮、そしてアインシュタインの相対性理論によってこれらエーテルの存在は一時的に否定され、光の速度は常に一定であるとするのが今の物理界の定説となっている』
『以降の様々な物理法則や公式の発見も、この相対性理論、つまり「世界にはエーテルが存在しないのが前提」という中での話となる』
『この世界にはエーテルは存在しない事になっている。ただし、それはエーテルで満たされた世界が永遠に否定される事には繋がらない』
『例えばの話、エーテルが初めて提唱された紀元前のギリシアには本当にエーテルが満たされていたものの、それが時間の流れの中で徐々に減少していき、アインシュタインの時代には完全に消滅してしまっていたとしたら?』
『また、エーテルのなくなった世界へ、エーテルと全く同じ振る舞いを行う微粒子を新しく開発し、一定の空間に散布したら?』
『その場合、エーテルなきアインシュタインの世界は崩壊する』
『彼に追従する形で発見されてきた様々な物理法則もまた、その意味を失う』
『空間にエーテルを満たす事で、その空間を切り離し、新しい世界を作り出す事ができるようになる』
『あるいは、古き良き、とでも表現するべき世界を』
 上条と桐乃はちょっと黙っていた。
 文章の最後の方を二度見してみる。
 やがて、読モの女子中学生の方が先に口を開く。
「……これマジ?」
「多分」
「小説サイトの用語集のページに飛んじゃったとかじゃなしに?」
「違うと思う」
 上条は一通り読み終わったページを、マウスを使って未練がましく何度かスクロールさせながら、
「しっかしまいったな。これだと相手が魔術師なのか能力者なのかいまいち分からないぞ」
「アインシュタインをディスってんだし科学サイドじゃないの?」
「紀元前のギリシアとか五大元素って魔術サイドっぽくない?」
 魔術だろうが科学だろうが、どっちみち上条の幻想殺し(イマジンブレイカー)はまとめて打ち消すのだが、この区分けにはちょっと重要な意味がある。
 基本的に科学的な能力者は、一系統の力しか使えない。火を使う能力者は水を使えない。一見多彩に見えたとしても、それはたった一つの系統を応用しての攻撃、という事になる。
 対して、魔術師の方にはそうした制約がない。火も水も風も自由に扱う事ができる。
 ……さらに、科学サイドに属するものの、超能力とは関係なしに、純粋な機械工業だけで作られた特殊兵器に関しては、上条の幻想殺し(イマジンブレイカー)は役に立たない。飛んでくる攻撃に右手をかざしても、そのまんまぶち抜かれる羽目に陥る。
 そういう事情もあって、敵がどういう系統に属しているのかは早めに分析しておきたかったりする訳なのだが……。
「それより、このエーテルの世界っていうのがイミフなんだけど。だって、ほら、最初に納得したじゃん。世界が二つあるっていうのもどうかと思うけど、ここは『不思議な事』なんて何にもないあたし達の世界で、そこにあんた達がたまたま紛れ込んできたんだって」
「……、」
「それとも、あたし達の世界にも何千年も前には『不思議な事』が溢れていて、そいつを再び復活させようとしているエーテル野郎が潜んでいたっていうの? そんなの! いくら何でもぶっ飛び過ぎてる。あたし達の世界は、エリア51に宇宙人の死体が保管してあったりはしないのよ」
「……それ、なんだが」
 上条は良い淀みそうになるものの、何とか言葉を紡ぐ。
「ひょっとすると、俺達は勘違いしていたのかもしれない。俺と御坂は、お前達の世界になんか迷い込んでいないのかも……」
「なに? まさか、あたし達の方があんた達の世界に迷い込んだって事? 冗談! だったらこの立川って街はどうなんのよ。あんた達の世界じゃ、東京西部は学園都市って事になってんでしょ」
「それだと五〇点」
 上条は、差し込むように呟いた。
「俺と御坂は、どこか別の場所へ飛ばされたのかもしれない。でも同時に、お前達だって別の場所へ飛ばされた。AかBかの話じゃないんだ。Aと、Bと、C。世界は三つあった。その内一つは、エーテルで満たされた立川って場所だ。……厳密には、市の区切りなんて意味はないかもしれない。地球の裏側まで見て回ったって、『この世界』には俺達以外誰もいないのかも」
 ひくっ、と桐乃の口元がわずかに引きつった。
 そう、そのトンデモ仮説が現実味を帯びるとすると、困った問題が出てくる。
「……ちょっと待ってよ。そんなの困る。それってつまり、あたし達もここに留まっているだけじゃ駄目って事? 『元の世界』に帰るための努力をしなくちゃならないってわけ!?」
「だろうな」
「それって切符を買って電車に乗れば良いって話じゃないよね? 魔法のゲートだかタイムマシンだか知らないけど、とにかく『不思議な事』に頼らなくちゃならないんでしょ。そんなの使い方なんて分かるわけない! こっちはあんた達と違ってそういうのに慣れてない!」
「確かめてみれば良い」
 ある程度は『慣れている』のか、上条は冷静に告げた。
「この立川には、俺達の知ってる学園都市とか超能力とか、そういう『特有のもの』がなくなってた。そっちについては? 何か、自分達の世界にしかないものを調べてみれば良い。それがあるなら、ここはお前達の世界だ。でも、なくなっていたら、ここはお前達の世界じゃないって事になる」
「そんなの……。意味分かんないし。魔術とか超能力とか、そういう分かりやすいスペシャルがあるような場所じゃないもん」
「別に何でも良い。いつも読んでいる雑誌、観ているテレビ、大統領の名前とか季節限定のアイスクリームの味とか。何か、これがあるからあたし達の世界、って呼べるもんはないのか?」
「……、」
 桐乃は少し考えたのち、その細い指をキーボードの上へ置いた。
 カタカタと文字を入力し、検索ボタンを押す。
 そして、唇を震わせて呟いた。
「……ない」
「?」
メルルって打ち込んでも、検索結果が一件もヒットしない……。あんなヌルヌル動く愛と魔法の神作品が消滅したらこの世の終わりだっつーのに!!」
 どこぞのマスケラファンが心の耳と尻尾を逆立ててニャーと叫びそうな意見だったが、ともあれ、超常現象否定派の桐乃も上条の意見を認めたようだった。
「じゃあ、やっぱりここってエーテルとかいうので作られた世界って事?」
「御坂達を追っているのは、その世界の管理人とか製作者とか、そんな所かね」
「じゃあちょっとした神様扱いじゃん! 何だか知らんがあいつがヤバい。とにかく連絡を取らないと。こんなの何の役に立つかいまいち分かんないけど……」
 携帯電話を親指で高速操作する桐乃だったが、そこで眉をひそめた。
 彼女は小さな画面を眺めながら、
「……根本的に繋がんないんだけど」
「ああ。さっきリダイヤル連打した時も不通だったっけ」
「じゃあどうすんの!? 調べ物したって伝わらないんじゃ意味ないじゃん!!」

      6

 高坂京介の体を掴んだまま、御坂美琴は空中から急降下する。そのまま、立体駐車場の途中階へと飛び込んだ。コンクリートの床へ革靴を勢い良く擦らせ、焦げ臭い匂いと共に急停止する。
「どぐわっ!! ちょ、息が詰ま……っ!!」
「しっ!!」
 美琴が辺りを見回すと、何やら妙な音が聞こえてきた。

 ……みし……。

「なっ、何の音だ? あっちこっちから聞こえているけど……」
「……、」
 美琴は普通の五感の他に、電磁波などを直接的に感知する事もできる。応用すればちょっとしたレーダーみたいな事もできる訳だが……。

 …………みし…………。

 おっかなびっくりコンクリートの天井や柱へ目をやる京介は、やがて何かに気づいたように呟いた。
「これ……やっぱそうだよな。建物全体がミシミシ軋んでやがるよな!? だっ、大丈夫なのか。まさか、ビルごとぺしゃんこにされたりは……!!」
「向こうが本気ならとっくにやってる! たとえ変なブレードで建物を丸ごと斬られたって、鉄筋を磁力で操れば多少は時間を稼げるし。おそらく、これまでと違った動きを見て警戒してるはず。順当に行けば、今までとは違う手を使ってくるかもしれない」
 何しろとにかく情報がない。
 ビルを切り倒して押し潰してくる、という一点張りだけでは、『敵』の少女の特徴を掴む事さえできない。
 二種類以上の攻撃をこの目にすれば、共通項から『向こうが何を操っているか』を推測できるかもしれない。当然、条件が分かれば封じる手段だって……。
 そんな風に美琴が考えた直後の出来事だった。

 ゴバッ!! と。
 辺り一面に停めてある数十台もの自動車が、一斉に、生き物のように持ち上げられる。

 スポーツの観客席などで行われる派手なウェーブ、その巨大な起伏が、一直線に近づいてきているようだった。ただし、ほとんど天井を擦らんばかりの勢いで浮かび上がっているのは、一台一台が五〇〇キロから一トンに届く鋼鉄の塊の群れだ。真上に放り投げられた無数の自動車は空中で好き勝手にぶつかり合い、その最前列が美琴達を押し潰そうとする。
 ガッチガチに固まった京介が、何か意味の分からない事を叫んでいた。
 美琴は思わずその手を前へかざして、
(……自動車を跳ね上げているものの正体は、生き物みたいにうねる床か。例の『髪の毛』でも床に潜り込んでいるっていうの……っ!?)
 一気に、膨大な磁力を操って鋼鉄の大波の動きを止める。
 二つの力の板挟みになって車体が大きく歪んだのか、一斉にガラスの割れる音が響く。
(ビルを切り倒したり自動車を跳ね上げたり……見た目は派手なんだけど、その力を直接使って私達を切り落としたり叩き潰したりとはしてこない。つまり、何だか良く分からないけど、『敵』のブレードはこの無人の立川の街を自由に破壊する、それしかできないヤツか!)
 突破口は見えた気がする。
 ビルを倒したり自動車を放り投げたり……超重量級の攻撃を次々に繰り出してくる『敵』の少女だが、逆に言えば、街並みという材料がなければ何もできない。
 幸い、ここは無人の街だ。
 周囲一帯を徹底的に破壊し、瓦礫も残さないほどの平面にしてしまえば、これ以上『何かを利用した』攻撃は継続できなくなる。
 そんな風に思った。
 わずかに緊張がほぐれた。
 まさにその瞬間、

「……ハぁイ」

 真後ろからの、少女の一言。
 掛け値なしに、美琴の心臓が凍りついた。
 何者かが背後に張り付いている。ゴツッ、と硬い金属のようなもので美琴の後頭部が小さくノックされる。彼女の分析では、『敵』の強大な力は街並みや背景限定で、人間を直接攻撃できるものではない。なので、『敵』はどこかから武器のようなものを持ってきたのだろう。この無人の街のどこかに転がっていた武器を。
 刃物とは感触が違う。鈍器なら突き付けたりはしない。
 であれば、警察署か銃砲店から、銃器でも持ち出してきたか。
(……しまった)
 何か、金属のツメを弾くような感触が頭に伝わる。
 銃器のどの部分が可動しているサインなのかは知らないが、危険度が跳ね上がっているのは間違いない。
(これみよがしな自動車のウェーブは、私の気を逸らすため。レーダーだって電磁波を使ってる。膨大な磁力を使って食い止める瞬間は全周警戒にブレが生じる。その隙を突いて……っ!)
 鉛弾は磁力では弾けない。
 後方へ高圧電流を飛ばすだけの時間も与えられない。
 躊躇なく。
 引き金が引かれる。



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他86件のコメントを表示
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you
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俺妹的にはすこし扱いが残念になってきてるなあ
そりゃ読む時間はないんだろうが編集さんもっとしっかりしてくれませんかねえ
2週間前
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4の、『超電磁砲(レールガン)』にカーソルを合わせたら出てきた「ルフィで言うところの、ゴムゴムのIETバズーカ」というたとえに本気で吹いた。
2週間前
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二話も安定してイイな

それにしても語句説明が面白すぎるw
2週間前
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>>89
公式です
2週間前
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髪の毛が剣に…っての見てBLACK CATのイヴとかToLoveるのヤミ思い出した。
2週間前
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シスコンとブラコンと魔術と科学が交差するとき物語は始まる
2週間前
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3話で気づいて、1、2と・・・やっと話がつながった~
2週間前
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上条菌と同種のウイルスを保持する黒の剣士ってキリトさんの事かぁぁあ
2週間前
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いいんだけど上条さん少し頼りなさ過ぎやしないか?この攻撃くらいならよけられそうなもんだけど...
1週間前
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女子力ゥ…((((;゚Д゚))))
1週間前
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