Listening:<記者の目>先行き見えぬ汚染水問題 「廃炉庁」創設を急げ
2013年10月02日
◇中西拓司(科学環境部)
東京電力福島第1原発事故から2年半が過ぎたが、汚染水問題は先行きが見えず、泥沼の様相だ。たとえクリアできたとしても、廃炉作業で出た「核のゴミ」を半永久的に保管する仕事が残る。事故の責任は東電にあるが、賠償や除染業務なども抱え、福島第1原発の廃炉作業は既に東電の能力を超えている。2020年五輪招致のプレゼンテーションで、安倍晋三首相は汚染水の影響について「港湾内の0・3平方キロで完全にブロックされている」と述べた。この時点で汚染水対策は「国際公約」になった。政府はメダル増を目指しスポーツ庁創設を検討しているが、公約の一日も早い実現のため、国全体で廃炉に取り組む「廃炉庁」創設を優先して進めるべきだ。
◇どこからでも漏れるリスク
「水たまりを踏まないように気をつけて」。9月13日、東電社員から注意を受けながら雨上がりの福島第1原発の構内に入った。福島支局勤務以来、13年ぶりだったが、あまりの変貌ぶりに驚いた。まさに「野戦病院」(相沢善吾東電副社長)。道路沿いにはむき出しの配管が走り、かつて「野鳥の森」と呼ばれた森林公園も、石油コンビナートのように汚染水貯蔵タンクが林立。タンクのつなぎ目には赤さびが浮かんでいた。
山側からの地下水が1日約400トン、原子炉建屋地下に入り込み、汚染水は日々量が増えている。総量は9月24日時点で約44・6万トン。一般的なプールの約600杯に相当する。東電は汚染水をある程度浄化し、原子炉の冷却に再利用しているが、そのシステムは全長4キロ。汚染水をためるタンクも計1000基あり「どこからでも漏れるリスクがある」(東電幹部)。
政府は9月、国費470億円を投入し、前面に立って解決に乗り出すと表明したが、廃炉費用は今後10年間で「最大20兆円」(民間シンクタンク)との試算もある。廃炉作業の核心はメルトダウンした核燃料を外部へ運び出す作業だ。汚染水処理はほんの入り口でしかないが、いかに難しいかは歴史が示している。
米国のスリーマイル島原発事故(1979年)では、約9000トンの汚染水が発生した。電力会社は濃度を基準以下にして川へ流すことを検討したが、下流の自治体が反発。加熱蒸発方式で処理し、完了まで14年かかった。福島の汚染水はその約50倍。しかも海水の塩を大量に含み、加熱蒸発には限界がある。東電は「2014年度中に汚染水浄化を完了する」と公約したが、実現できるかは疑問だ。
政府と東電は11年にまとめた工程表で「廃炉完了まで今後30〜40年かかる」としているが、これも分からない。スリーマイルや旧ソ連のチェルノブイリ原発(86年)のほか、過酷事故を起こした商用原子力施設は世界に複数あるが、建屋を安全に解体・撤去できた成功例はない。軍用では、56年前に発生した英国のウィンズケール事故(国際評価尺度レベル5)もまだ処理中だ。
いったん外部に漏らした放射性物質を閉じ込める特効薬はない。収束のためには、これまでの対策を一歩一歩地道に進めるしかない。まず汚染水処理装置を本格的に稼働させ、放射性物質をできるだけ取り去る。そして汚染前の地下水を抜き取り、少しでも増加量を減らす。同時に海のモニタリングをもっと綿密にすべきだ。将来的には原子炉建屋の水を断ち、空冷の冷却に切り替える検討も必要だ。
「水は低いところや弱いところを見つけるもの。パッチワークではなく、根こそぎ水がない状況を作らなければ問題は解決しない」。7月に亡くなった吉田昌郎・元福島第1原発所長は事故直後から汚染水問題の重要性を訴えてきたが、東電は提言を取り入れず、政府もその対応を見逃してきた。9月に開かれた国際原子力機関(IAEA)の会合でも、各国から「なぜ汚染水問題を放置したのか」「東電は破綻状態にあるのではないか」との懸念が相次いだ。
◇英国は05年に措置機関創設
半永久的に続く廃炉作業に、営利企業の東電が責任を持って関わり続けるとは思えない。英国は05年、廃炉を進める「原子力廃止措置機関(NDA)」を創設。今年1月現在、約30基の原発を所有し、施設ごとに廃炉計画を立てている。国内では7月に新しい規制基準が施行され、老朽原発を中心に廃炉が増える可能性がある。こうした「廃炉ラッシュ」に備えるためにも、「日本版NDA」のような組織を作り、福島だけでなく国内の廃炉作業を監督する政府部門を作るべきだ。このまま「東電任せ」を続ければきっと同じ過ちを繰り返す。「前面に出る」などの精神論を言っている段階は過ぎた。