ダ・ヴィンチ電子ナビ 9月16日(月)7時20分配信
『字幕屋に「、」はない』(太田直子/イカロス出版) |
最近は、洋画を見るときに吹き替え版を選ぶという人が多いようだが、やはり映画好きのなかには、「映画を観るならやっぱり字幕」という人も少なくない。映画づけの生活を送っているという元AKB48の前田敦子も、「私はいつも字幕で観る」派だそう。しかし、そんな字幕もどういうふうに作られているかということはあまり知られていない。そこで、『コンタクト』や『ヒトラー 最期の12日間』、「バイオハザード」シリーズの翻訳などを手掛けた太田直子のエッセイ『字幕屋に「、」はない』(イカロス出版)から、字幕のルールや字幕制作の裏側などを紹介してみよう。
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まず、字幕屋が最初に行う作業が「ハコ切り」と呼ばれるもの。これは、字幕が切り替わるタイミングを示す「/」を入れる作業で、センテンスごと、あるいは「1秒以上の間が空いたら切る」「話者が替わったら切る」「話す相手が替わったら切る」「口調が変わったら切る」「長くしゃべっているときはブレス(息継ぎ)で切る」「ブレスのない長ゼリフでも5秒を超えたら切る」といったように、芝居に合わせて区切っていくのだ。他にも、字幕にはいくつかのルールがある。セリフ1秒の間で使える文字数は、4文字ということ。あまり意識したことはないかもしれないが、実は句読点も使われていない。その代わり、「、」は半角、「。」は全角スペースを入れることで表しているのだ。
しかし、いくらこういったルールや目安があっても、字幕にはマニュアルがない。なぜなら、同じ英文でも話している役の性格、その場面、話すスピードやいろんな条件によって、表現が変わってくるからだ。たとえば、入浴中に見知らぬ男に扉を開けられ、悲鳴をあげる女性がいたとする。そこに恋人が駆けつけて「Did you touch her!?」と叫んだ場合、「彼女に触ったのか」という訳は間違いではないけれども、違和感がある。そこで、作者は「彼女を襲ったのか」という案を出したりしながら、担当者と話し合って最終的には「彼女に何かしたのか」という字幕を付けた。どんなに辞書を引いても、「touch」に「襲う」とか「何かする」といった意味はないのだが、こんなふうにその状況に合わせた字幕を付ける必要がある。だから、聞こえてくる英語と文字が違う! ということがあるのだろう。字幕屋が学んで身につけるべきなのはマニュアルのような字幕のパターンではなく、「観客にとってよい字幕というものはどういうものか判断する力」なのだ。
こうやって見ると、やはり字幕屋はかなり英語が堪能な人じゃないとなれないと思うかもしれないが、実際はそんなこともない。現に、作者は30年以上字幕屋をやってきても英語が「しゃべれない」というのだ。それに、字幕屋が字幕を付けるのはなにも英語の映画だけではない。ドイツ語やフランス語、ときにはベンガル語やアラビア語のように、まったく知らない言語のものにも字幕を付けることがあるそう。そんなときはどうするのかというと、その言語の専門家である大学の教授やベテラン通訳者とタッグを組むのだ。そして、その人たちに台本を全訳してもらったり、英訳台本を見ながら字幕屋が字幕をつくり、それを専門家にチェックしてもらうというかたちで字幕を付けていくそう。だから、「毎回、辞書引きまくり」。でも、英語以外に得意な言語があれば、そこから仕事のつながりができることもある。作者の独断と偏見でオススメなのはスペイン語とアラビア語らしいので、もし字幕屋になりたいなら英語よりもむしろあまりみんなが使わない言語の方がいいのかも。
たしかに、吹き替え版の方が文字を追う必要もないので、映像に集中できるし、気楽に見ることができる。でも、ときには字幕版を見て吹き替え版と比べてみたり、こういった字幕屋の苦労や工夫に思いをはせてみると、また違った映画の楽しみ方ができていいかもしれない。
文=小里樹
(ダ・ヴィンチ電子ナビより)
最終更新:9月16日(月)7時20分
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