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'13/9/30

幻の広島復興記録映画あった



 被爆からの復興の実情を内外に伝えようと、広島県と広島市などが1948年から49年にかけ製作したが、所在不明となった記録映画が現存していた。「平和記念都市ひろしま」という。50年に米国で日系人らに上映していたのも分かった。川崎市市民ミュージアムが所蔵する。広島市は公開・活用に向け、川崎市やフィルム寄贈者との協議を始めた。

 「ひろしま」はモノクロ約20分。脚本・演出は戦前から記録映画の監督として知られた秋元憲氏(1906〜99年)が手掛け、故徳川夢声がナレーターを務めている。

 広島駅前や本通り商店街などの光景に続き、公営住宅・公園・図書館などの復興計画案を模型や絵で紹介。原爆孤児らの暮らしぶりを収め、「ノー・モア・ヒロシマズ(略)平和の力が一つに結集された時、初めて広島は真の平和都市として全世界の砦(とりで)となり得るのだ」と訴える。

 また、「産業の再建」の字幕で始まる約10分のフィルムも残っていた。東洋工業(現マツダ)や宇品港の様子に続き、49年5月10日の広島平和記念都市建設法の衆院可決の場面を収める。

 映画は当初、「ノー・モア・ヒロシマズ」の題名で48年8月から撮影に入った。しかし、地元でも公開されず所在は不明のままに。製作協議文書や脚本案が81年に市役所で見つかったが、元建設委員会メンバーの「資金の問題と、連合国軍総司令部(GHQ)の検閲が原因」との証言から、映画は完成しなかったとみられた。

 以降、「幻の記録映画」といわれてきたが、秋元さんの三男翼(たすく)さん(69)=東京都=が川崎市に2006年、完成脚本や未編集フィルムとともに寄贈していた。翼さんは「広島で活用してもらえば父も喜ぶだろう」と協力の意向を示している。

【写真説明】1949年8月6日の第3回平和祭(現平和記念式典)は、基町(中区)の広場で行われた=映画「平和記念都市ひろしま」(川崎市市民ミュージアム所蔵)から




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