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◇けいざいSHINWA
「私は間違ったことは何も言っていない。財政の規律は絶対に必要だ」
日本銀行の黒田東彦(はるひこ)総裁は、日銀幹部の一人にこう語気を強めた。
黒田が首相官邸で、消費増税を強く促す発言をしたことに、日銀内で懸念する意見が出ていることへの反論だった。9月初め、日本橋本石町の日銀本店8階の総裁室での出来事だ。
安倍政権は8月下旬、60人の有識者を官邸に集め、来春の消費税増税についての意見を聴く「集中点検会合」を開いた。
司会役の甘利明経済再生相、麻生太郎副総理兼財務相と並び、黒田は意見を聴取する側だった。
ところが、その席で黒田は、自分の意見を述べた。
「消費税率の引き上げを先送りした場合、国債に対する信認の影響を見通すことは難しい。万が一そういうこと(信認を失う事態)が起こった場合の対応は限られる」
消費増税を延期すれば、金融市場は「日本政府には財政再建の意思がない。日本は借金を返さなくなるかもしれない」とみて国債を売り始め、国債価格が暴落するおそれがある――という意味だ。明らかな警告であり、政府は予定通り消費増税を行うべきだという強い要請だった。
官邸の非公開の場での黒田発言を伝え聞いた日銀幹部はざわついた。金融政策を独立して担当する日銀の総裁が、政府の担当分野である財政運営に口出しするのは極めて異例だからだ。
日銀スタッフを慌てさせても、黒田は財政再建にこだわる。財務省出身という「出自」ばかりが理由ではない。黒田の脳裏にあるのは、半年前の就任直後に味わった「国債価格の急落」というトラウマだった。
■大手銀へ「圧力」
今春、大手銀行首脳のもとへ、日本銀行幹部から一本の電話が入った。
「抜け駆けはしないでほしい。長期的な観点から、国債を売らないでほしい」
金融市場で、国債価格が急落していた。大手銀行が国債を売り始めると、市場に疑心暗鬼が広がった。売りが売りをよぶ展開となり、国債価格の急落(長期金利は急上昇)が止まらない。4月初めには0・5%前後だった長期金利は、5月23日には一時、1・0%に達した。
「思った通り金利が下がらず正直あせった」
日銀幹部はこう振り返る。
日銀は、国債を売買する市場参加者を呼んで、意見を聴いた。「日銀が大規模緩和で、国債を一度に買う量が多すぎ、不安心理をあおっている」ときくと、1回当たりの購入量を減らし、購入回数を増やす対策をとった。金融機関向けの大規模な低利融資も実行した。それでも金利上昇は続いた。最後の手段が、大手行首脳への事実上の「圧力」だった。
6月以降、長期金利はようやく落ち着き始めた。
ただ、そもそも金融機関による国債投げ売りのきっかけになった「日銀による過去最大の金融緩和」はいまも変わっていない。
金利が上昇するリスクはいまもくすぶり続けている。
そんななかで、日銀が特におそれるのは、自分たちにコントロールできない「外部要因」で、国債価格が下落(金利は上昇)することだ。日本の財政への信認が失われて、国債が売られる――という事態は最大のリスクといっていい。黒田は日銀スタッフにこう語った。「いったん国債の信認がなくなれば、いまやっている日銀の買い入れは意味がなくなる。そうなれば2%の物価上昇目標の達成もデフレ脱却もできない」
■さらに踏み込む
それだけに、黒田は8月下旬の集中点検会合で踏み込んだ。
「消費増税で景気が腰折れするような状況になったら、日銀として、必要な施策を行っていく」
追加緩和の可能性にまで触れ、消費増税の決断を促したのだ。
ある日銀関係者は、消費増税の重要性についての認識は共有しながらも、先走る黒田をこう危惧する。「黒田総裁の発言は明らかに踏み込みすぎ。あそこまでいってしまえば、逆に政府に金融政策の手段まで口を挟ませる口実になりかねない」=敬称略(高田寛)
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黒田総裁が3月20日に日銀総裁に就任して半年。大規模緩和を決めた日銀でいま何が起こっているのか。
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