毎日フォーラム・課長補佐時代:財務省国際局長 木下康司(54)
2011年12月09日
◇ストレスマネジメントを学ぶ
課長からは丸投げされ、若いのだから斬新な知恵を出せと迫られ、その実現にとんでもない作業量が待っていて、結局それをやるのも自分だとわかっているので逡巡していると、若いのに慎重と言われムッと、国会待機は長く、手を抜いた答弁には決まって秘書官からクレームの電話が早朝に入り、夜遅く朝遅く、ストレスに耐えるため飲めない酒あおるうちに、明け方となり、それがいつしか癖になり、ささやかな楽しみとなり、「無理をしないで なまけない 私は弱い人間だから」「力を入れて りきまない それがなかなか できないわたし」、今はやりの相田みつをの詩が心にしみる、それが課長補佐時代でした。
1986年から銀行局、主計局で課長補佐時代、振り返ればバブルが絶頂期を迎え、崩壊していく時期。銀行局1年目には、抵当証券を空売りして資金をだまし取る事件が発生、各党は一刻も早い法規制を求め、法務・警察・大蔵で激しい消極的権限争いを繰り広げ、結局、銀行局で新規立法する羽目に。補佐まだ2年目、企画官以下係員まで総勢4人で、どうやって法律を作れというのか、ぞっとしました。「自主規制ではだめ、立法」とダメを押された夜に、焼き肉屋のトイレで、法律を作ることを想像しただけで吐き気がした記憶があります。
主計局時代は、夕食後9時ごろまで仮眠をとって深夜2時か3時まで仕事をして翌日は9時半ごろ(?)に出勤するという生活でしたが、6〜7時間は眠る、土日のどちらかは休む、家で仕事関係のものは読まない−−ということで乗り切りました。入省直後、隣席のベテラン女性からの「休日に家で想定問答を読んでいるような人とは絶対結婚したくないわ」という説得力あるアドバイスのおかげです。