ラジオ番組:「永六輔の誰かとどこかで」終了 人々の意見や持論、今後もラジオで発信 土曜の生放送、体力続くまで
毎日新聞 2013年09月26日 東京夕刊
27日最終回を迎える長寿ラジオ番組「永六輔の誰かとどこかで」(TBS系、月〜金曜に約10分間放送)の収録を終えた永六輔さん(80)は、毎日新聞のインタビューでメディアとしてのラジオの大切さを強調した。今後もラジオから発信を続けていく意欲を示し、憲法観についても持論を展開。歯切れのよい語り口と柔軟な発想は健在だ。
東京・浅草の寺の息子として生まれ、中学生のころからNHKラジオに投稿を始めた。早稲田大在学中に放送作家の三木鶏郎(とりろう)に見いだされ、放送作家、司会者としてデビューした。後に作詞家として「上を向いて歩こう」など数々のヒット曲を手がけたが、軸足はあくまでラジオに置いてきた。
「誰かとどこかで」の出演は1967年の放送開始から休まず続けた。「番組は1万2000回を超えたが、リスナー1人で1万通を超える手紙もある」と紹介する。山梨県の紙すき職人の男性は、その日すいた和紙のはがきに毎日感想を書いて送り続けてくれているという。「そういう人がいるから簡単に『やめる』とは言えません。休むだけです」と強調する。
18日まで3泊4日で東日本大震災の被災地を巡ってきた。「がれきの中にいて、ラジオからいつも聴いていたお笑い番組が流れてきた時に、どれだけみなさんが救われたことか。まだまだ役に立つメディアなんです」
集団的自衛権の行使を巡る議論が再開された。憲法改正については「聞いただけで誰でも分かるように書き直す改正の仕方はある」と語る。かつて深夜のラジオ番組で憲法全文を朗読した時に、耳で聞いても条文が理解できなかったという。「野坂昭如さんがよく書いているように『二度と飢えた子供の顔が見たくない』の一言で十分。世界で一番短い憲法になる」
最近の議論は「いいか悪いかだけ決めて、悪い方を否定して消してしまう。憲法についても直す、直さないのどちらかではなくて、迷っている人がいっぱいいる。そういう人たちの言い分をラジオで拾いたい。どっちともつかないことだって大事なんです」と指摘。毎週土曜にTBSで生放送している「永六輔その新世界」から、体力が続く限り発信し続けるつもりだ。
テレビ番組の現状については「何がしたいのか分からない番組が多い」と厳しい見方だ。「しばらく出演しないと死んだと思われちゃうから、たまに出ると生きているというサインにはなる」と辛口の冗談で締めくくった。【土屋渓】