ダ・ヴィンチ電子ナビ 8月3日(土)7時20分配信
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『凶悪―ある死刑囚の告発―』(「新潮45」編集部/新潮社) |
タイトルは『凶悪―ある死刑囚の告発―』(「新潮45」編集部/新潮社)。この表現に偽りはなく、本当に「凶悪」、ないしは「極悪」としか表現できない人間たちが多々登場し、普通の感覚ではちょっと考えもつかないような悪業の限りを尽くす。なによりも怖いのは、この作品が創作の類ではなく、実際に起こった事件を綴ったノンフィクションである、という事実かもしれない。
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この作品で取り上げられているのは2005年に雑誌『新潮45』が突如報じ、その後にマスコミ・世間を巻き込んで大騒動となった複数の殺人事件。告発者は別件で既に死刑判決を受けている元暴力団組長・後藤良次(実名)で、自らの関与を認めながらも「先生」と呼ばれる首謀者の存在を激白。自分以上に悪辣と思われる人間が塀の外側でのうのうと社会生活を送っている事実を許す事ができず、服役仲間のツテを頼って『新潮45』の記者にコンタクトを取り、その時点で表に出ていなかった殺人事件の詳細を語り出す。後にこれらを獄中からの「上申書提出」という形で表に出し、警察はそれをきっかけに再捜査に着手したことから「茨城上申書殺人事件」と呼ばれている、あまりに常軌を逸した大事件である。
作中、とにかく何人もの人が他人の懐を潤すために大事な命を落としていく。人は金を得るためであればここまで簡単に人を殺すのか、と考えると、正直やりきれなくなるほど。その手法も驚くほど残酷で狡猾。いくつかの場面では思わず吐き気を催したくらい。ソレ系のサスペンス小説でもここまで人の命は軽くない。何度も書いてしまうが、コレは実際にこの世で起こった出来事なのだ。
語り部であると思われる『新潮45』記者(当時)の宮本太一氏は本当に尊敬に値する人物である、と断言したい。雑誌記者としてはそのままでも涎が出そうなスクープであるのにもかかわらず、この凶悪事件をすぐに報道せず、気の遠くなるような時間と労力を費やして裏を取り、なんと警察とも連携して事件の真相究明に尽力した。何人も殺しているヤクザと何人殺しているか解らない悪徳不動産ブローカーという「凶悪」と「凶悪」の狭間に居ながら、ジャーナリストとしての使命感と人としてのモラルを保持し続けていられる精神力の強さはには脱帽するしかない。
この電子書籍版は単行本発売時には明らかにされなかった裁判の行方や「先生」の実名、果ては凶悪犯両名の写真などが大幅に足された文庫版のKindle化。骨太で筋がピンと通った本格派のドキュメントを求める輩は、絶対に「買い」な作品。
ちなみにこの『凶悪』、山田孝之、ピエール瀧、リリー・フランキーというもの凄い面子で映画化、2013年9月21日に公開予定。予告編を観る限り、さらに恐ろしい仕上がりが期待できそう。映像を観る前に、ぜひ原作で予習を!
文=サイトウタクミ
(ダ・ヴィンチ電子ナビより)
最終更新:8月3日(土)7時20分
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