観察ダンナの水島ヨイショ、当人ハッピーならそれでいいの、所詮は主観のアレだから。
ただね、南京戦の生き残り連中にインタビュウなんぞして、南京の屈辱晴らします云々ゆうてたデブ野郎が
観察ダンナによれば国士・英雄なんだからね、世の中なんでもアリだ、『人は恥を知るべきだ云々』
とギャアギャア喚いていたオレタチが、どれほどパァだったか、観察ダンナの噺を聞くとそれを痛感するのね。観察ダンナ説くところの役人稼業で知見した自己保身コレスベテの人生価値観を見てると、人間の人生ってのは、
ショーペンハウエルじゃないけど、ホントと驚くほどツマンネ価値無きもんなのネ、としみじみわかるし、虚無を感じる。
過ぎ去りし日々を自慢する初老の饒舌、人生はやはり塩梅いいとこの齢で始末つけないと恥を曝すだけだという痛みを覚える。
世間に不快を覚えさせる不始末を仕出かす前に始末をつけるのが老いの弁え、それを再認識させてくれた観察のダンナに感謝すべきか。
ダンナのおかげで自分が覚えるべき羞恥の感覚がまだ少しは残っていることを知って少し安堵したし、
無心したカネ勘定の決算など一顧だにしないのが国士たるべきファーストステップだと始めて知り、成る程ねぇ、と腹を抱え
愉快に笑っている、年寄りの愉快な講釈は聴くもんだ、と。
何の噺をしても、ケツの持って行き場も、責任の落としどころも見えない無責任ワールド、そこが観察ダンナ世界の『虚無』なのね。
まぁ、役人稼業はラクだ、論の正否は喋った奴のランク・ポジションで決まる、その世界で培った
『パブリックサーバントのノウハウ=上司上役に揉み手でケツを舐めてりゃ生きていける』で日本を語る、そりゃぁ日本の未来も安泰だぁ!と再度健康にいい大笑い、
もしかしてして観察のダンナの狙いは、オレタチを健康にしたいってのが狙いなんぢゃないのか?、と。
人間というものがイヤになるのね、ダンナの世界観。羞恥で鬱になるの。
ダンナの『一作目はドシャンで終わった』で総括しちゃう認識に倣って、
水島のインタビュウに真面目に応えていた南京戦生き残り日本兵のウブさ/誠実さを笑うのが
今の俺達にせいぜい出来ることなのかね?
人間って、どうしようもないのね。
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