現時点で、中国が核の先制使用も辞さないケースを想定するとすれば、積年のライバルであり中国との国境紛争を抱えるインドがその対象になり得るかもしれない。インドも核保有国ではあるが、戦力的に見れば中国が優位にあることは疑いない。優位に立つ中国が「核の先制使用も辞さない」という姿勢でインドに対応すれば、インドは譲歩を余儀なくされるだろう。しかし、それによって得られる中国のメリットと、逆に米国やロシアを刺激してしまうデメリットを比べると、デメリットの方が大きいだろう。
そうであるとすれば、今回の白書で中国が「核の先制不使用」「非核保有国への核不使用」の文言を意図して欠落させたにせよ、本気で核戦略の変更を志向していると見るよりも、それによって米国、ロシアがどう関心を示すかを見るための試みと考える方が妥当性は高いだろう。米国やロシアが中国への懸念を高め、対抗措置を講じる構えを見せるかどうか。中国は状況が不利だと考えれば、知らぬ顔で「核先制不使用」「非核保有国への核不使用」の政策を再確認すればよいだけの話だからである。
目を離せない「核の先制不使用」問題
なお、「非核保有国への核不使用」に関しては、白書が公表された直後の4月20日、ジュネーブの国連欧州本部で中国外交部の●森軍縮局長(●の字は广の中に龍)が非核保有国への核不使用を明確にしたうえで、わざわざ「日本に対して核兵器を絶対に使わない」と述べたことによって、この政策が継続していることが確認されている。その意味では、今後注目すべきは「核の先制不使用」ということになる。
筆者の個人的関心もあり、中国の核戦略についての考察が長くなってしまった。しかし、今回の白書で尖閣諸島問題に関し「日本が紛争を引き起こしている」といったような中国の得意とするプロパガンダ的言辞よりも、また限定的な情報公開などよりも重要なイシューだと考えたからだ。
中国が従来繰り返し主張してきたこと、つまり「核の先制不使用」という中国の核戦略を語る上でのキーワードを、なぜ今回は白書の記述から落としたのか。これは今後の中国の国防戦略を見ていくうえで念頭に置くべきポイントであることは間違いない。