おそらくこの問題は、中国が明確な弁明をしなければ、核軍縮をさらに推し進めようとしているオバマ政権の米国をも巻き込んで国際的な議論を引き起こすこととなるだろう。果たして「核先制不使用」「非核保有国への核不使用」に言及しなくなった中国の意図するところは何なのだろうか。
場合によっては、これをもって中国が積極的に核軍拡に乗り出そうとしていると懸念を深めるかもしれない。中国は第2世代の固体燃料・車載移動式ICBMである「東風31」の実戦配備を進めており、潜水艦発射の新型SLBM「巨浪2」も配備が近いと予測されている。通常兵器のみならず核兵器の近代化にも中国は余念がないのである。
米国、ロシアがどう関心を示すかを見るための試み?
だが、振り返ってみれば中国の「核の先制不使用」「非核保有国への核不使用」という政策は、1964年10月に中国が核保有国に名乗りを上げた時点では、戦略的に合理的なものだった。米ソはすでに水爆開発を終え、その核戦力をもってすれば地球を何度も壊滅できる「オーバーキル」の状態にあった。核保有国としては駆け出しで、しかも米国、ソ連と敵対していた中国にとって、核兵器の先制使用は戦力で圧倒的な米ソの核報復を招くだけの「非合理的選択」であったし、広く同盟国に「核の傘」を提供するという拡大抑止政策を米ソが実行していたことから考えれば、非核保有国への核使用も同じ結果を招くことになる蓋然性は高かった。そういうことなら、むしろ「核の先制不使用」「非核保有国への核不使用」を積極的に強調することによって、つまり「できないことを、あたかも自らの意思でやらない」と見せかけることによって、中国の核兵器は防御的であり、平和志向であることを訴え、核保有の正当性を確保すべきだということになったのであろう。
その意味で言えば、現在の核兵器を巡る国際的なバランスを見ると、米ソ冷戦時代と大きくは変わっていない。つまり、米国と、ソ連の核兵器を継承したロシアが他を圧倒する核戦力を維持している状況が依然として存在している。ただし、拡大抑止を政策的に維持しているのは米国だけであり、最近では北朝鮮の核兵器開発とその威嚇的挑発によって、米国の「核の傘」についても信憑性に疑問符が付けられる状況にある。米ソ冷戦の時代、いずれか一方による核の先制攻撃が、世界の破滅を招く全面核戦争の引き金になるということで核兵器の使用は「抑止」されてきた。しかし、全面核戦争の脅威がなくなったことで拡大抑止の信憑性が薄れた結果、むしろ北朝鮮の「核攻撃」は起こり得るシナリオとなっている。
しかし、だからといって中国が北朝鮮のように米国に対し挑戦的になって「核の先制不使用」「非核保有国への核不使用」を言わなくなったとは考えられない。そうだとすれば、中国の意図するものは何かが問われることになる。米国やロシアに肩を並べる核大国を目指すにせよ、現状で米ロにはるかに及ばないうちにその意欲を表出することは、米国やロシアの警戒と対抗を生むだけだから合理的な判断だとは言えない。