一人ひとりの信心の歴史と考えに触れ、人生の生き様に触れることができる壮年懇談会

「対話」の重要性について、一歩踏み込んで考えるきっかけとなったエピソードを自身の体験から紹介させていただこうと思う。

私の地区において伝統的に、毎月1回、「壮年懇談会」が開催されている。

きっかけは、婦人部の皆さんからの勧めによるものだった。

当時、わが地区の壮年の状況は芳しいと言えるものではなく、座談会の参加をはじめ、あらゆる点で婦人部の”お荷物”的存在となっていた。

そんな中、婦人部から発せられた懇談会の勧めは、まさに希望の光となった。

案内を作り、懇談会のお誘いをして回った。

それを受け取る皆さんは怪訝な面持ちながらも、「壮年部だけねぇ……」と返す言葉のニュアンスに、決してまんざらでもない感触を得ることができた。

さて、第1回の「壮年懇談会」。

4人での開催となった。

結果は驚くべきものとなった。

普段、婦人部がいる前では話すことができないさまざまな本音が次々と飛び出し、このメンバーで初めてといっていい、熱い対話を交わすことができたのだった。

大成功だった。

参加したメンバーも、これまでになかった、充実感を感じていた。

事実、次回の懇談会の誘いに回る時のメンバーの表情には初回とは全く違う熱意があった。

そして、その熱意に応えるかのように、毎月の懇談会には一人、また一人と参加者が増えていくようになった。

懇談会における対話のテーマは事前に決めることをせず、参加者から提案してもらうという形をとった。

これも好評だった。

テーマは「入信動機」「体験」「公明党への支援のあり方について」等々、多様なテーマによる白熱した対話が繰り広げられた。

懇談会における“ルール”は4つ。

(1)どんなに組織的に忙しい時でも、必ず毎月開催する。

(2)幹部はこちらからは呼ばない(幹部から希望があった場合のみ参加してもらう)。

(3)話を結論付けしていくような意識的な流れを作らない。

(4)時間はきっちり1時間。延長は一切なし。

この壮年懇談会がもたらしたものは、小さくなかった。

壮年部一人ひとりの信心の歴史と考えに触れ、人生の生き様に触れることができたということだ。

玄関先の訪問では絶対に知ることのできなかったそれぞれの深みを自ら示してくれたのだ。

まさに3代の師が示した「人生に関する問題の対話」であり、「戦い、結び合う対話」であり、「人格と精神の交流による信頼と相互理解」の一分を果たすことができた懇談会となったのだ。

 
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