【クアラルンプール齋藤花、山田優】マレーシアのマハティール・モハマド元首相は24日、当地の事務所で日本農業新聞のインタビューに応じ、環太平洋連携協定(TPP)について、米国が自国の利益をアジアで追求するために新たな経済ルールを導入するものだと強く批判。アジア諸国が中心となり各国の事情に配慮した柔軟な通商交渉を行うべきだと提唱した。
マレーシアはTPP交渉参加国の一つで、現政権はいくつかの分野で異論を唱えているが、交渉そのものは進める立場。マハティール氏は早い段階からTPP批判を行ってきた。
同氏は特に、TPPに含まれる投資家・国家訴訟(ISD)条項や政府調達に対する新たな経済ルールの危険性を強調。「すでにペルーなどの政府が、海外企業から訴えられる事態が(ISDによって)現実に起きている。マレーシアはこれまで国内の貧しい人たちをさまざまな面で優遇する政策を導入してきた。しかし、TPPで『加盟国企業への機会均等』などが合意されれば、海外企業から訴えられ、こうした配慮は難しくなる。貧しい人たちを守れなくて何のための政府か」と語った。
マレーシアは通商国家として経済成長してきたと説明し、新たにTPPを導入する意味はないと言い切る。逆に「小さな国々にさまざまなルールを米国から押し付けられるTPPはいらない。これまで同様にじっくりと交渉して着実に自由化を進めるのが望ましい」と主張した。TPPによる急激な変化が逆効果になるとの考えを示した。具体的には、東南アジア諸国連合(ASEAN)10カ国と日本、中国、韓国を加えた米国抜きの枠組みでの話し合いを提案した。
TPPによってマレーシアなどから米国向けの農産物輸出などが拡大するのではないかという見方は強く否定した。「米国は自国で農業保護をしており、私たちの競争力が高くても輸出できない。逆に彼らが安い米を輸出すれば、マレーシアや日本の食料安全保障が守れない」と述べた。
TPP交渉が秘密裏に行われていることも強く批判し、「米国はずっと『情報公開だ』『透明性を高めろ』と私たちを批判してきたが、今やっていることは全く逆だ」と皮肉った。
・日本は農家守るべき
マレーシアの元首相マハティール・モハマド氏が24日、日本農業新聞のインタビューで語った内容は次の通り。
―――環太平洋連携協定(TPP)がアジアにとって良くないのはなぜですか。
TPPは一般に言われているような自由な貿易協定ではなく、米国が主導し新たな経済ルールを持ち込むものだ。合意されれば企業に加盟国の政府が縛られてしまう。現在はおろか、将来にわたって各国の発展と利益拡大の機会さえ奪われることになる。
ペルーで公害を起こした(米国資本の)企業が損害賠償などを求めて患者に訴えられて敗訴したが、これはペルー政府に不公正に扱われたためだとして両国の自由貿易協定(FTA)の投資家・国家訴訟(ISD)条項に基づいて8億ドルの損害賠償をペルー政府に請求している。
(TPPに参加することは)外国の危険なコントロールに身をさらすということだ。小国が訴えられれば深刻な経済的損失になりかねない。
多くの人種が共存するマレーシアでは、所得の不均衡が深刻化しており、私たちは解決に向けて努力してきた。全ての人間に平等な機会が与えられるべきだからだ。しかし、TPPでは外国企業の差別につながるとして政府調達の優遇措置を問題視しており、所得の均衡はなかなか進まない。
マレーシア経済は自由貿易で発展してきたが、自国の国民を守るための国内政策を互いに尊重してきた。
―――現在、日本の農家はTPP参加に強く反対しています。
(国土が狭い)日本の農産物は生産費が高い。海外の安い農産物とは競争できない。米国は安く米を生産するから、関税が撤廃されればマレーシアや日本への輸出攻勢を強めることになるだろう。私たちは食料安全保障の見地から地域で生産される食料を守らなければならないのにそれができなくなる。日本は農家を守るべきだ。逆に米国は農業保護で自国を守る。私たちからの農産物輸出を増やすことが難しい。
―――日本やマレーシアを含む多くのアジアが、経済発展のために貿易を利用しました。東アジア経済発展のために、どのような通商政策が望ましいと考えますか。
北米には北米自由貿易協定(NAFTA)があり、欧州連合(EU)もある。彼らと対抗できるようにするため、中国を含めたアジアが協力することだ。第1段階として、アジア全体で共通の場で相互理解のための話し合いを持つべき。アジアは同じ方向を向いて共存していける。国益を守るために互いに何を求め、何ができないかを話し合いながら着実に前に進めばよい。
―――TPPは問題が多いということですね。
TPPの条項は全て米国によってしつらえられたものだ。そんなものは必要ない。TPPが情報を公開しないのは問題だ。大切な内容を含むにもかかわらず、多くの人が何が起こっているのかが分からない。危険なものにほかならない。
<メ モ>
マハティール氏は1925年生まれ。81年にマレーシア首相に就任した。「ルック・イースト(東方政策)」を国策として打ち出し、西欧の価値観に頼らないアジア独自の政治・経済政策を唱えた。国内ではマレー人の地位向上や規制緩和を通じて高度経済成長を主導したことで知られる。
2003年に首相を退任した後も、米国のイラク侵攻を激しく批判するなど欧米主導で国際政治が進むことに対し鋭いコメントを発表。マレーシア内外で注目を集めている。