官能の帝国 『愛のコリーダ』
1976(C)Argos Films/oshima productions
『愛のコリーダ』(1976)
L'Empire Des Sens 先日、亡くなった大島渚監督と昨年の秋に亡くなった
若松孝二監督がタッグを組んだ日仏合作映画。 大島渚監督は『夏の妹』(1972)を最後に創造社を解散、 それまで大島の下で従事したスタッフもそれぞれの道を歩む。 この作品のきっかけはその『夏の妹』をベネチア映画祭に持っていってパリに 寄った時にフランスのプロデューサーのアナトール・ドーマンに声を掛けられた 事から始まる。その条件はこうだった。 作るのはポルノで内容と製作は全てオーシマに任せようという条件だった。 つまり金だけ出して、口は出さないという映画監督にとってこれほどの好条件はない。 ドーマンのパイプ役はフランス映画社の柴田社長と川喜多和子女史がなってくれた。 帰国してから大島渚は永井荷風の『四畳半襖の下張り』と実話である阿部定のふたつの 企画をフランスへ送った。ドーマンからは「サダで行こう」と返事が返ってきたが・・・ 大島渚は悩んだという。シナリオにするが、上手くいかない。 その頃は日活がロマンポルノに転換して意欲作が世に出ていた時代だ。 大島渚は参考にと『濡れた唇』(神代辰巳)、『白い指の戯れ』(村川透)の二本立て を川崎の映画館まで観に行って、圧倒されたという。ますます億劫になったと思われる。 だが75年になって情勢が変わってきたのだ。フランス政府が1975年4月26日を境に ポルノの全面解禁に踏み切った。北欧では60年代にデンマークを皮切りにポルノは解禁されたが アメリカでは1971年、フランスも遅れをとったが、映画は『エキシビジョン・露出』が フランスのハードコア(本番性交)の第一号として公開され大ヒットしていた。 「私にとってポルノ映画とは性器、性交を撮す映画であった。私に対してそれまで禁じられていた もののタブーを破っていくことが、私にとってのポルノ映画だった」と大島渚は語った。 公権力の干渉を避けるため(刑法175条に抵触しないため)フランスのアルゴスフィルムと大島プロ の共同製作としてわざわざ35ミリの生フィルムを日本に輸入して国内で撮影、それを未現像のままに フランスのラボ(LTC)へ送って現像するという法の網を潜って商業映画としては日本初ハードコア映画 が作られた。当然日本では未現像のままであるからラッシュで仕上がりを見ることは出来ないが 最初のネガがLTCに着いて「問題なし」と電報が来てからスタッフは一気にクランクアップまで 順調に今は無き大映京都撮影所にて撮影が進行して、 編集者の浦岡敬一氏、と録音の安田哲男氏がその年の暮れに
フランス入りしてポストプロダクション作業に入り、76年の一月に大島監督、製作である若松孝二 そして美術の戸田重昌氏がパリ入りしてオールラッシュを鑑賞。すぐにダビング作業を開始して 1976年のカンヌで初めて披露された。日本では東宝東和の配給で、日本に「逆輸入」の形でやって来たが 当時は性器はもちろんのこと恥毛も許されない時代。税関で該当箇所を多数指摘され、映倫審査を経て カットおよび光学処理(ボカシ)で修正され1976年10月2日に東宝洋画系で成人映画として公開された。 製作はかって「ピンク映画の巨匠」と呼ばれた若松孝二と組むことで大島渚は 「ツイている奴と組めば必ず勝てる」と思って彼に製作を任す。 若松孝二の「人脈」で優秀な人材も集まる。その最たるのがその若松孝二の口利きでチーフ助監督に は崔洋一が選ばれた。あとは大島組の戸田重昌(美術)や若松組の伊東英男(撮影)などが集結する。 だが、なんと言っても苦難したのは女優じゃなく男優探しだったと言われている。 女優は比較的楽だったとか・・・本番があっても構わないという女優も多く集まり 大島監督の夫人である小山明子までが「誰もいなければ私が出てもいい」と言ったほど。 これは実は「内助の功」で「私がそうまで言っておけばこれは良い役で他の女優も 気持ちよく出演に応じてくれるんじゃないか」といった配慮があったとか。 (小山明子は旅館「満左喜」の場面・・・ゆで卵のシーンで芸者役でワンカットだけ横顔で登場) 最終的に一番最初にオーディションをした松田暎子が定の役に決定した。ひし美ゆり子にも話があったとか。 だが・・・出てくれる男優がなかなか見つからなかった。 「いざとなったら、勃起するかどうか自信がない」 「ふだんは人より小さいような気がする」 そして若松孝二の尽力もあって最終的に日活出身の俳優、藤竜也に決定する。 だが、藤竜也の夫人は元日活スター、芦川いづみ。 自分の女房以外の女性と映画の上とはいえ、実際に性行為をしなければならないと おそらく悩んだに違いない。だが映画の完成披露イヴェントの日 芦川いづみは松田暎子に対して「主人がお世話になりました」と優しい笑顔で頭を下げたらしい。 監督も男優も女優を妻に持つとこんなに心強いものなのか。 ただ映画公開後は大変だった。面子を潰された形の警視庁は、三一書房が発刊した シナリオ本「愛のコリーダ」の中の12枚のスチル写真と13箇所のシナリオ部分が わいせつ文書図画販売にあたるとして摘発して裁判に持ち込まれた。 女優の松田暎子も映画出演が(出演料を貰って男優と性交した=売春防止法違反)違法に あたるのではと事情聴取までされたようだ。被告人になった大島渚は 「刑法175条は憲法違反である」「猥褻はなぜ悪い」 と訴え一審二審とも無罪となった。
『猥褻』とはとりあえず法律用語である。法律用語と闘うためには、その用例にしたがいつつ
それを空無化してゆくという屈折した筋道を通らねばならぬ。 『猥褻』はむしろ表現されざるもの、見えざるもの、かくされたものの中にあるのではないか。 そして、それらと対応する人間の心の中にあるのだ。 大胆に言えば、心の中にタブーを持つ人間ほど『猥褻』を感じるのである。 子供は何を見ても『猥褻』とは感じたりはしない。 見たかったものが十分に見られなかった時、心の中のタブーは消えず、したがって 『猥褻』の感情は残り、更なる『猥褻』の感情が生まれる。 ポルノ映画は、このように『猥褻』が試される場所である。 大島渚(「わが映画を解体する」より) 1976(C)Argos Films/oshima productions
阿部定事件(あべさだじけん)は、仲居であった阿部定が1936年5月18日に東京市荒川区尾久の待合で、
性交中に愛人の男性を扼殺し、局部を切り取った事件。事件の猟奇性ゆえに、 事件発覚後及び阿部定逮捕(同年5月20日)後に号外が出されるなど、 当時の庶民の興味を強く惹いた事件である。
(ウィキペディアより) 阿部定は一度だけ、本人が映画に出た事がある。それは石井輝男が1969年に撮った東映の 『明治大正昭和 猟奇女犯罪史』当時63歳の阿部定本人が出演している。 この映画の定は独占欲の強い女と描かれているように見える。定はおそらく耳たぶにも刺青がある 過去にやくざの情婦だったか、女郎をしていたんじゃないかと思えるスネに傷を持つ女。 ただセックスは貪欲で、その行為の最中でも快感に腰を振りながら「今からおかみさんとヤルんだろう?」 と吉蔵の妻に嫉妬する。彼女が上になって男をリードする女性上位の体位がその性格の表れではないかと 思える。そして吉蔵のペニスに対する執着心は相当なものだ。定は常に吉蔵のペニスを自分の指で
自らのヴァギナへと導く。日本が戦争の道へまっしぐらに突き進んで行く時代に闘牛=コリーダの如く
快感と情交のためにだけに身を滅ぼしてまっしぐらに堕ちていった男女がいた。
映画は2000年に再公開され、1976年に公開されたバージョンよりも貼るかに修正が緩和されて
オリジナルにより近づいたが、現在でも尚、大島渚がフランスで 完成させたバージョンは日本の公の場所で
見る事は不可能だ。
アルゴス・フィルム
大島プロ 監督: 大島渚
製作: 若松孝二 製作代表: アナトール・ドーマン 脚本: 大島渚 撮影: 伊東英男 美術: 戸田重昌 編集: 浦岡敬一 音楽: 三木稔 助監督: 崔洋一 藤竜也 松田暎子 中島葵 芹明香 阿部マリ子 三星東美 殿山泰司 藤ひろ子 白石奈緒美 青木真知子 東祐里子 安田晴美 南黎 堀小美吉 岡田京子 松廼家喜久平 松井康子 小山明子 イーストマンカラー
ヨーロッパヴィスタ 109分 日本語 大島渚著作集・第三巻 わが映画を解体する(四方田犬彦・編)現代思潮新社 『愛のコリーダ』完全ノーカット版・DVD特典(ポニー・キャニオン)
以上を参考にしました。 |
「珈琲ぶれいく」書庫の記事一覧
-
2013/6/1(土) 午前 0:10
-
2013/3/6(水) 午後 11:59
-
2013/2/25(月) 午後 2:11
-
2013/2/1(金) 午後 0:36
-
2013/1/2(水) 午前 9:29
-
2012/12/18(火) 午後 10:02
-
2012/6/1(金) 午前 7:04
トラックバック(1)
トラックバックされた記事
愛のコリーダ
愛のコリーダ(1976)日本/フランス 監督:大島渚 出演:藤竜也/松田暎子/中島葵/芹明香/阿部マリ子/三星東美/殿山泰司/藤ひろ子/白石奈緒美 昭和11年、ある猟奇事件が世間の興味を集めた。愛人を殺害した上、男根を切り取って懐に入れ、数日間逃亡していた阿部定という女が捕まったのだ。物語は、阿部定が中野の料亭に住み込み女中として雇われるところから始まる・・・・・・ 大島監督がお亡くなりになりました。 これも引越し記事ですが、監督の追悼に私の初大島作品を。 昭和の色恋事件「阿部
2013/1/30(水) 午前 7:42 [ シネマ・クチュール ]
トラックバック先の記事
- トラックバック先の記事がありません。
コメント(12)
なんとも凄まじい映画でした、、色々な意味で、。実は封切り当時オリジナルを見たんですよ、、、フランス人の観客に混じってね。でもつい最近”Q”と言う11年の映画(英語のタイトルで元はフランス映画)を見たのですがこの上を行く描写にビックリしました。そりゃ30年以上も経過すりゃ”表現方法”も変わってきますがね、。
2013/1/28(月) 午後 4:10
コレ、AV通販で簡単に無修正版が買えるんですよね。
私も持ってます。
松田瑛子って女優さん、昔の人にしてはフェラが凄く上手い。
これは映画としても凄く魅力的で、私は好きです。
2013/1/28(月) 午後 6:22 [ ゾンビマン ]
無修正版観たい! 字幕ちゃんちょーだい!
私がもし女優だったら阿部定の役絶対やりたいわ
2013/1/28(月) 午後 8:52 [ ごや ]
こんばんは。
藤竜也の息子チンが意外と小さく…(笑)。
阿部定の出所後の姿はいくつかフィルムに残されていて、テレビでも流れる時がありましたね。
クライテリオンのBDにもなってるようですね。
2013/1/28(月) 午後 10:05
guchさん
そりゃフランス映画も
フツーの作品にフェラチオシーンが出るんで
びっくりこきます。
2013/1/29(火) 午後 5:05
ゾンビマンさん
毎度。そうですね。確かに上手い。
舌じゃなく口技でね。それから吉蔵のザーメンを口で受ける。
これがクライテリオン盤ではブルーレイで観れる時代です。
2013/1/29(火) 午後 5:08
おさるのごやさん
これは獣姦映画と違うけど。
あなたが出るならもっと男優選びが難航するよなぁ♪
後半に出てくる68歳の芸者役ならどーですか???
2013/1/29(火) 午後 5:10
bigflyさん
TVに出てくる阿部定はほとんどあの映画の
流用と聞きましたがね。それほど貴重な映像です。
作品的には田中登監督『実録阿部定』(1975)の方が
優れていると思うのですが。
2013/1/29(火) 午後 5:14
そういった意味では…パリの劇場でオリジナルを見ることができたので。日本で見たのとは、違いましたね。
2013/1/29(火) 午後 7:52
詳しい〜。
無修正版しか観てないのでかなり引きましたが
修正版を観ると違う意味で引くかもですね。
TBお返ししますね。
2013/1/30(水) 午前 7:40
fpdさん
初公開版はズタズタでした。
今はパリまで行かなくても
ネットやBDで観れる時代が
来ました。
2013/1/31(木) 午前 8:47
pu-ko さん
その無修正版こそが
大島渚が意図するオリジナル
なのでそれで観るのが
正しい見方じゃないですか。
2013/1/31(木) 午前 8:51