「シャブ極道」タイトル変更指示撤回を求める
仮処分申請の結論に関する報告
(初出:キネマ旬報1997.3月上旬号)

  細野辰興

 十月に入り、
「そう云えば『シャブ極道』のタイトル問題、結論はどうなったの? 」
と訊ねられることが日増しに多くなり、七月下旬に結審し新聞や雑誌などでもそのことは伝えて戴き、監督協会の会報にも報告文を載せたことで、ひとまず肩の荷を降ろしホッとしていた私としては些か慌てふためいてしまいました。
 なるほど、起訴した時ほどの取り上げられ方をされなかったのも事実だし、心ならずも戦後処理が疎かになり喧伝不足だったか、と反省し、遅ればせながら「キネマ旬報」の誌面をお借りして<事の次第>を報告させて戴くことにしました。
御一読戴ければ幸甚です。

 
本来のタイトル   変更されたタイトル
 

本文

 拙作「シャブ極道」に対する映倫管理委員会(映倫)の性描写以外の理由に因る成人映画指定に端を発し、それに便乗したような形での日本ビデオ倫理委員会(ビデ倫)に依る恣意的な題名変更指示と、色々と御配慮並びに御尽力いただきました規制問題も、ビデ倫に対して指示取消を求めた仮処分申請が、七月二十四日、当方の申し出に有利な形で別紙の様な協定を結び決着致しましたので、ここに御報告致します。
 五月一日の起訴に始まり、同十三日、二十九日、六月十三日、七月二日、同二十四日と五回に及ぶ審尋は、仮処分申請としては異例の長さだったようです。
 今だからお話し出来ますが、法律上の一般論で云いますと今回の裁判に於いて私の勝ち目は殆ど無く、それどころかビデ倫と映画監督との間には「債権」なるモノが存在せず、訴訟を起こしても裁判所に受理されないかもしれない、と云う危惧の方が強かったのです。
 しかし、監督が立ち会えないところでタイトル変更や内容修正の指示がなされ、実際、そのことに起因してタイトルが変更され著作者人格権が著しく侵害されようとしているのにもかかわらず、その元兇である規制機関を映画監督が訴えることすら出来ない、ということはどう考えてもおかしく、玉砕を覚悟で仮処分申請に臨んだ次第です。
 とは云うものの映画監督が、映倫、ビデ倫と云った規制機関を相手どって訴訟を起こそうとした例は未だかつて無く、それだけに訴訟が受理されないという事態だけはどうしても避けたい、というのが偽らざる気持ちでした。
 代理人になっていただいた山之内幸夫先生にも技術的に色々と工夫して戴き、
「本来、大映がビデ倫に対して有する、倫理規定に基づき審査を受けるべき権利、を代位行使する」
という訴訟方法を取って戴きました。つまり、ビデ倫は、「シャブ」という単語を使用してはいけないという審査基準が無いのにもかかわらず規制した訳で、会員である大映は、本来そのような恣意的な指示に従う必要はないのです。にもかかわらず、ビデ倫を訴えようとしないので代わって私が訴えるという訳です。
 これが効を奏して担当の池田信彦裁判官殿の分別有る英断により訴訟は受理され、ビデ倫を法廷に引っ張り出すことが出来たわけです。
 この英断により、
「映画監督でも規制機関を訴えることが出来る」
という前例が出来た訳ですから、意義はあったと思います。しかし、ビデ倫の会員で有り得ない映画監督には「債権」が成立しない、という法律上の矛盾点はやはり如何ともしようがないらしく、五回にも及ぶ審尋になったという次第です。

 次に簡単に経緯を報告します。
 五月十三日の第一回目の審尋にビデ倫側(出廷者は、後藤功一理事長、白濱汎城審査員、内田剛弘弁護士、他事務局員二名の計五名)が、本年四月発行の平成七年版の「事業報告書」を証拠として提出したのですが、驚いたことに、そこに記してある審査基準には「反社会的な行為を誘発するもの」をタイトルにすることを禁止する旨の改訂条項が加えてあったのです。しかし、その改訂条項がビデ倫の理事会で承認されたのは、我々が起訴した五月一日以降だった、ということが五月二十九日の第二回目の審尋で判明してしまったのです。
 それどころか「シャブ極道」のタイトル審査が行われたのは本年二月七日であり、その時点では平成六年版の「事業報告書」しか存在せず、そこには当然、平成七年版の「事業報告書」に加えてあった改訂条項はなかった訳です。「シャブ極道」のタイトル審査時には存在し得なかった平成七年版の「事業報告書」を、しかもまだ理事会で承認すらされていない審査基準を何故、ビデ倫側が証拠として提出してしまったのか、今以て全くの謎です。
 ともあれ、この証拠捏造とも云える行為は、ビデ倫側の敗訴を立証する決定的なものとなってしまった訳です。
 しかし、繰り返しますが、映画監督とビデ倫の間には「債権」がないということになってしまい、
「実質は勝訴でも決定を出せば勝訴とすることはできない」
という御配慮からか、将又、私どもの窺い知れない別の御配慮からか五月二十九日の第三回目の審尋に池田裁判官殿から和解が提案されたのです。
 紛争を解決しようという池田裁判官殿の熱心な態度に和解を前向きに考え、六月十三日の審尋までに双方の協定条項案を提出することにしました。しかし、ビデ倫側の条項案は酷いもので接点が見つからぬまま七月二日の第四回目の審尋に池田裁判官殿より折衷案を提出されたという経緯です。

 和解という形を選択した一番の理由は、裁判所の決定を貰えば「債権」がないと云う理由で勝訴にならない可能性の方がやや高く、そうなれば、今後、映画監督が私の様な訴訟を起こしたとしても二度と取り上げられなくなる怖れが出てくる、と判断したからです。
 亦、和解ではあっても、今回の協定条項を勝ち得た意義は大きく、特に、パッケージを含むタイトルの箇所に「劇場公開名『シャブ極道』」と云う一文を付記出来るようになったことは、
「<シャブ>という言葉をパッケージの如何なる箇所に於いても使用してはならない」
との規制を受けていたわけですから目的は半ば達成できたと云っても過言でないと判断したからです。
 亦、以上のことは裁判所の記録にも残り、これ以降「シャブ極道」の様な規制を受けた劇場公開映画が出てきても最低限、「劇場公開名『××××』」という一文を付記できるようになるわけですから、タイトル規制自体が全く無意味ということになる訳で、全面勝利とは云えないまでも勝訴同然と云って良いかもしれません。
 少なくとも、ビデオ・タイトル「大阪極道戦争・白の〜」=映画「シャブ極道」であることが誰の目にも一目瞭然になるわけです。これは、観る側の自由と権利も勝ち得たと云っても良いでしょう。勿論、会員である製作会社(今回の場合は大映)が訴えれば一も二もなく勝訴になっていた訳で、それはそれで恨めしい気もします。しかし、それよりも、映画監督が、ビデ倫にしろ映倫にしろ、理不尽な規制機関を直接、訴えることが出来るシステムを勝ち取っていくことの方が意義が大きいと考えた次第です。
 勿論、今回の決定で規制に関する問題が解決できたわけでは有りません。現に、ビデ倫側の審査基準もこの問題以降一段と厳しくなってきています。しかし、ここでもう一度、ビデ倫、映倫の方々に考えて戴きたいと思うのです。本来、映画に限らず、あらゆる表現は自由であるべきではないでしょうか? 何人と云えども映画を規制してはいけないのではないでしょうか? 規制は作品にとってマイナス以外の何物でもなく、間違いなく映画を魅力の無いものとしていきます。魅力の無い映画から観客が離れていくのは自明の理です。
 不可思議で得体の知れない魅力を持つ人間。その人間を描くことを以て第一義とする映画の表現は多種多様で自由であるべきです。観てくれた人達の心証の総和により淘汰されるべき作品は淘汰されていく、というのが本来の在り方だと思います。それが必然的に日本映画を明日に繋げていくことにもなると思います。
 そもそも現行のシステムでは、映倫もビデ倫も、我々、映画監督にとっては存在そのものが違法なのです。もし存続していくのであれば、あくまでも<良識(公序良俗)という名の嘘>から表現の自由を守る為に存在して欲しいのです。タイトル=レッテルによって判断するのではなくキチンと作品の本質を理解して判断して欲しいのです。亦、非を非と認める度量を持って欲しいのです。
現在、日本人に問われているのは真義(信義)と姿勢です。
タイトルというレッテルに惑わされ、内容を見もせずに判断するような審査を続け、世間の<嗤い者>にならないで欲しいのです。
 もとより、我々、映画監督も自由という言葉を履き違えること無く、如何なる素材であろうとも創り手としての誇りと尊厳を保ち作品を創っていかなければならないと思います。何より、創り手自身が<良識という名の嘘>や<レッテル>に依って振り回され、自己規制すると云うような愚こそ絶対に避けなければならないと痛感しております。
 映画評論家、佐藤忠男氏も仰るように、人間が目を背けたいもの、否定面を描くのも映画の役割、なのですから、映倫、ビデ倫の年齢制限やタイトル規制等を怖れることなく、毅然とした態度で新しい表現に挑み続けていくことを宣言します。
 そして、今回の闘いを、表現の自由並びに著作者人格権を守るための不断の努力の第一歩とし、この様な理不尽な規制が続く限り徹底的に闘い続けていくことを、ささやかながらここに表明致します。

 最後になりましたが、ことの本質を見失うこと無く、表現の自由並びに著作者人格権の保持の為に御尽力して戴いた池田信彦裁判官殿、並びに、原作者という立場に甘えての私の無理な依頼を快く承諾して戴き、共闘して下さった山之内幸夫先生に、映画監督の一人として心より感謝致し、この場をお借りしてお礼を述べさせて戴きます。

平成八年十月吉日
                       映画監督   細野 辰興
 
 
 

和 解 条 項

一 債務者は、別紙目録記載の映画のビデオ作品について、今後発売及びレンタル されるビデオのタイトルに「劇場公開名シャブ極道」との付記(ビデオパッケー
 ジへの記載を含む)がなされることについて異議を述べない。

二 債務者は、審査基準の改廃が理事会の承認事項であることに鑑み、審査基準の 改廃については、会員に対する周知徹底に努める。

三 債務者は、ビデオ作品の審査に際し、従来通り会員の要請に基づき、会員同伴 の時に限り速やかに監督の同席を認め、誠実に審査結果の説明を行う。

四 債務者は、映倫で規制を受けなかった映画作品のタイトルに関する審査基準に つき、今後理事会の検討事項とする。

五 債権者、本件仮処分申立てを取り下げる。

六 債権者と債務者は、本件に関し、本和解条項に定めるほか何らの債権債務のな いことを相互に確認する。

七 申立費用は各自の負担とする。

以上

 

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