ミュージカル『ネクスト・トゥ・ノーマル』


『next to normal』初日観劇レポート




一見ごく普通の家族、けれど真実は……

 ステージから一度も目が離せなかった。テンポよく進んでいく物語に「このセリフの真意は?」「次に何が起こるのか?」とぐいぐい惹き込まれ、そうかと思えば、意外な場面でふっと笑わせられる。ところが後半、あるシーンでどっと涙が溢れた。それも不意に。すべて『next to normal』を観ている間に起こったことだ。

『next to mormal』――印象的なタイトルのこのミュージカルはかなり衝撃的だ。とはいえ、はじまりはごく普通のファミリードラマのよう。深夜のリビングルームにヒロインのダイアナが佇んでいる。眠りにつけずにいる彼女に、声をかけるのは息子のゲイブ。母と息子の会話は穏やかで、愛情深い親子そのもの。続いてシーンは、どこにでもある家族の朝の風景へと変わる。高校生の娘ナタリーは、ティーンエイジャーらしくどこか苛立っている。そんな彼女をダイアナは母親らしく気遣い、父親のダンも家族思いの様子。夫婦関係も良好に見えるが、次第にダイアナの奇妙な言動、行動に対して「彼女は普通ではないのでは?」という疑問が湧いてくる。




一見ごく普通の家族、けれど真実は……

 そう、ダイアナは心を病んでいる。その病とは双極性障害。しかも16年も患っていると聞けば、重くて暗いドラマをイメージするだろう。ところがこの作品、意外なほどに全体のトーンは暗くない。そうかといって、よくありがちなヒロインが家族に支えられ、困難を乗り越えるといった感動モノとも違う。一人の人間が大きな喪失感を抱き、深い哀しみから抜け出させない時、一体何が起こるのか。その家族はどんな問題に直面するかが鮮明に描かれている。それは誰にでも起こりうること。そして生きている限り、日常はあるわけで、どんなに辛くても人は笑ったりもする。『next to normal』のすごさは、そうした一言では説明し切れない人間の想いがリアルに、ダイレクトに伝わってくることだ。



 まず音楽。40曲近いナンバーはいずれもロックでポップ。シリアスな題材とこれらの楽曲との強烈なコントラストに心をわしづかみにされる。しかも、ダイアナが“普通”だった頃の自分を懐かしみ歌うバラード「I Miss the Mountain」、ゲイブのパワフルなナンバー「I’m Alive」をはじめ、どれも耳に残る名曲揃いだ。
 セットも素晴らしい。ブロードウェイ版と同じものをシアタークリエに持ってきたという今回、なんと舞台上が3階建てになっていることにびっくり!セット自体はシンプルでコンテポラリー。だが、それが一家のリビングにもハイスクールにも、ダイアナが通うクリニックにも、さらには彼女の頭の中のようにもなる。
 その間を6人のキャストが動き回るのだが、一つ一つの動き、どの柱の間を通るかさえにも意味があり、さらに照明も光の色、量、そのすべてで役の感情が表現されている。その緻密な作りは見ればみるほど面白く、ゾクゾクするほどかっこいい。


  キャストのアンサンブルにも目を見張る。いずれもハマり役で、初日のダイアナを務めた安蘭けいは、ステレオタイプではない演技でダイアナが本来持つチャーミングさ、知性やユーモアまでも表現。病のためか感性が鋭く、時折、真実を突いた言葉を放つ彼女にはっとさせられる。

 岸祐二は、妻を愛しながらも繊細さにやや欠ける夫を体現。妻を救い出そうとは思ってはいるが、何かがズレている感じの夫が、もしかしたらダイアナの心を辛くさせているのかも?!と感じさせる部分も。小西遼生のゲイブは、母にとって悪魔にも天使にもなる息子だ。セットの1階から3階までを縦横無尽に動き回り、ダイアナを翻弄していく。そして観客は、この息子の秘密に気づくことになる……。また松下洸平のヘンリーは、心優しい青年。ナタリーと次第に恋に落ちていく姿が、ダイアナとダンの若かりし頃に重なるシーンに胸がきゅんとなる。さらに新納慎也のドクター・マッデンは、ダイアナと家族の人生に影響を与えると同時に、物語全体のスパイスとなる、どこか冷静さを感じさせる存在だ。




母と娘、それぞれの想いに涙が止まらない

 そして、観る者の心を打たずにはいられないのが、村川絵梨の繊細な演技が光るナタリーだ。親の問題の犠牲になるのは、いつだって子どもなのだ。しかし、そんな状況になんとか折り合いをつけながら、心の奥で母を深く思い生きている。特筆すべきは母娘が初めて心通わせるシーン。「next to normal」“普通の隣”、ほとんど普通でいられることを願い、母娘が歌うデュエット「Maybe」の美しさに涙が溢れた。


 はっきり言って、これはいわゆる楽しくてハッピーなミュージカルではない。けれど、心の病から抜け出せないダイアナの怒濤の日々を目撃するうちに、不思議と彼女に共感してしまう。事実、特に後半は客席のあちこちからすすり泣きが聞こえ、誰もがグッと舞台に入り込んでいる心地いい緊張感が伝わってきた。そして迎えたカーテンコールはオールスタンディング。シリアスな題材にもかかわらず、ロックのナンバーに乗って観客に応えるキャストも、溢れんばかりの拍手をする観客も皆、清々しい笑顔を浮かべているのが印象的だった。  登場人物の誰に共感するかは人よって違うだろう。だが、この作品にさまざまな感情を揺さぶられるのは確か。加えてカンパニーの緻密なアンサンブルが、翻訳ミュージカルの難しさ、観客に抱かせる距離感というものを見事にとっぱらってみせてくれたこともうれしい驚きだった。


ダイアナはシルビア・グラブ、ゲイブは辛源のダブルキャストなだけに、彼らのバージョンではまた違う感動があるはず。ジェットコースターのように気持ちが動いていくダイアナさながら、観る者もあらゆる感情をかき立てられる『next to normal』。しみじみと泣いた後には、心がリセットされたような気も。こんなミュージカルはかつてあっただろうか……この感覚、感動は一度観たらハマること間違いなしだ!

文:宇田夏苗




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