一長一短の最新地震予知法、組み合わせて使うのが大事
「まず、そもそも大地震が起こることを予測できるのかという問題があります」と長尾教授は語りだす。まず考えなければいけないのは、気象庁が観測しようとしている大地震の前兆、「プレスリップ」(前兆すべり)が本当に起こるかどうかだ。
「これは、内閣府の南海トラフWGの分科会でも報告書にはっきりと書いたことなのですが、3・11のような東北地方沖に比べると、南海トラフのほうが、はるかに前兆が出やすい。
これは分科会のメンバーである東京大学理学部の井出哲教授ら、コンピューター・シミュレーションを専門とする人々の意見が一致した部分でもあります」
しかし、いくら前兆すべりが起きやすいとは言っても、本当にそれをとらえることができるかは別問題だ。
「ところが、それをとらえることができると強く示唆する研究成果が、なんと今年に入ってフランス人研究者から発表されたんです。
この論文はフランスのジョセフ・フーリエ大学というところのミシェル・ブションさんらが執筆し、『ネイチャー・ジオサイエンス』に掲載されました」
この研究グループがやったことはごくシンプルだ。日本の気象庁やアメリカ地質調査所(USGS)などの集めた精度の高い地震のデータを収集。太平洋沿岸で発生したM6.5以上、震源の深さ50km以上のプレート境界型地震を調べた。
「基本的には、大きな地震の前に起きた地震を数えるだけという、ごく初歩的な統計をしてみたんです。すると、31件中25件で、明瞭な前震の増加がとらえられていたことがわかった。
約8割もの場合で、大きな地震が起こる前に、その震源となる地域で地震の増加が起こっていたとはっきりわかったんです」
「ウソみたいだ! ちょっと待ってくださいよ。そんなことが、本当にそんなに簡単な計算でわかったんですか」
さすがの“防災の鬼”渡辺氏も目を丸くした。
「はい。レベルで言えば、大学生の卒論程度のシンプルな統計です。これが出たものだから、気象庁も焦ったと聞きましたよ。使ったデータには気象庁のものも含まれているわけで、『ずっと観測をしてきたのに、何を見ていたのか』と言われてしまいますからね」
長尾教授によると、どうやら気象庁の職員のなかでも、現場レベルでは、『大きな地震の30%程度では前震があるように見える』とささやかれてきたらしいという。
「しかし、その情報を気象庁が世間に発表していく、という流れにはならなかった。社会への影響も大きいですし、本当にそれで予知などできるのかという学界内の懐疑論も根強いこともあったんでしょう。
でも、『地震予知って、誰がやる仕事ですか』ということを私は強く言っておきたいんです。大学の研究者は、24時間態勢で観測をしたり、異変が起きたことを世間に伝える資金も、人手も、法的な後ろ盾も持っていない。
本当に地震予知をして、それを社会に活かしていくことができるとすれば、それはやはり国や行政のレベルで本腰を入れて取り組んでいってもらわなければいけないと思うのです」
これには、渡辺氏も大きくうなづいた。たしかに、地震予知の技術は研究者が開発するにしても、実際の予知は研究者個人がすべての責任を負ってできる仕事ではないだろう。
それにしても、と渡辺氏はこう問いかけた。
「明確な前兆現象が存在するとわかったとしても、まだ私たちがイメージする『地震予知』を実現するのは難しいように思えますね。地震を予知した、というためには、『いつ』『どこで』『どれくらいの規模の』地震が発生するかを予測する必要があるでしょう。その点は、いかがですか」
おっしゃる通りです、と答えた長尾教授。
「まさにいま、そのための研究が急ピッチで行われているんです。あの東日本大震災の際に、それぞれの研究者が膨大なデータを得ています。それをもとに、これから何ができるのか。いま研究は大きく前進しようとしています」