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「双極のインテルメッツォ」第三話 「学園波乱のオーメン」【購読無料キャンペーン中】
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「双極のインテルメッツォ」第三話 「学園波乱のオーメン」【購読無料キャンペーン中】

2013-09-24 17:00


    ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

    双極のインテルメッツォ
    第三話「学園波乱のオーメン」

    ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


    ――目を開けると、十メートルほどの高さの半透明な柱が何百本も群立していた。
    ひどく人工的な静けさの中で、白い光がさざ波を立てるように柱を透過している。

    オレはその光の海を、目的もなく彷徨い歩いていた。
    床は濡れたプラスチックで、ツルツルと滑ってうまく歩けない。
    辺りにはきついミントの香りが漂い、鼻がツンと痛くなった。
    どうやらオレは、超巨大な歯ブラシのヘッドの中にいるようだ。

    「なんで・・・?」
    エコーの効いた声でそう呟くと、柱の間からひょこりとクマのぬいぐるみが顔を出した。
    子供くらいの大きさのクマは、黄緑の炎に包まれてごうごうと燃え盛っている。
    手には黒光りする鉄のような、でかくて重そうな魔法のステッキを持っていた。
    オレは恐ろしくなって逃げ出すと、クマが追いかけてきて早口で何かを叫びだした。

    「$〇#☆%&▲≪―!!」

    テープを早送りしているようなキュルキュルとした声で何を言っているか聞き取れないが、明らかに怒っているようだった。
    クマは黒い泡を吹き出しながら、狂ったように両腕をグルグルと回している。

    ――殺される。
    オレが両手で頭を抱えると、今度はクマの後ろから宇宙人が出てきた。
    黒目の大きい、肌が灰色の、映像や写真でよく見る『宇宙人像(グレイ)』そのものだ。
    小さい口からは、冷気のような白いもやをコーコーと吐き出している。

    宇宙人は何をするでもなくオレとクマをしばらく観察していたが、突然クマの尻にケリを入れた。
    クマは余計に燃え盛り、宇宙人とケンカを始める。
    クマと宇宙人がボコボコに殴り合っている姿は、すこぶる滑稽だ。

    オレは段々と面白くなってきて、口を押さえる。
    すると突然、上空からハミガキ粉が大量に降り注いで――


       icon_double.jpg


    「ぅう~ん。キシリ・・・フッ素が・・・フッ素化合物がオレを責める・・・」
    「――君。・・・ケンジ君」
    「ケンジ、起きなさい! いつまで寝てんのよ!」

    ペチペチと頬に刺激を受けて、オレはしかめっ面のまま目を開けた。
    保健室のベッドの脇に、クマと宇宙人が立っていた。
    「あぁ、まだ夢か・・・」
    「違う! いいから起きろっ!」
    バッと布団をはぎ取られて、オレの思考が急速に覚醒する。
    よく見ると、メグとナースチャが不思議そうな顔でオレを見ていた。
    壁の時計を確認すると、八時半を回っている。

    「お、おぅ、おはよ・・・。どした?」
    「どした? じゃないわよ。はぁ、どんな夢をみてたんだか・・・」
    メグが布団をベッドに放り投げながら、頭を振っている。

    「巨大な歯ブラシの中でクマと宇宙人がな――」
    「聞きたくない」
    ピシャリと冷たい拒否をされて、オレは黙り込んだ。
    「ったく、心配して損したわ・・・」
    メグは小さい声でブツブツ言いながら、不機嫌そうにうつむいてしまった。

    「・・・ケンジ君、具合はどう?」
    ナースチャがそう言いながら、オレに顔を近づけてジッと見つめてくる。
    目を見てるというよりは、瞳孔の確認をしてるのだろう。

    ナースチャの顔が近づいてくる。
    ――い、息が当たりそうなほど近いんですけど。
    甘い匂いがするし、オレはドギマギと挙動不審になってしまった。
    「あ、あ、あぁ大丈夫だ。見てのとおりピンピンしてるよ。腕は少し痛いけど」
    オレはサッと身を引いて、二人に腕の包帯を見せる。

    「・・・ごめん」
    メグが急に謝りだした。
    「え? 何が?」
    「い、いいえ。べ、別になんでもないわ」
    メグはプイと顔を背けて、薬品棚のほうを向く。
    変な奴だな。前から思ってたけど。

    「・・・元気そうで良かった。ケンジ君、私たち学園長に呼ばれてる。昨夜の件で聞きたいことがあるって」
    「あぁ、そうか。頑張れよ」
    「アンタも来るのよ!」
    メグが近寄ってきて、オレの耳を強く引っ張りだした。

    「ぃででででっ! わ、わかった! わかったから引っ張んなって!」
    耳がちぎれたみたいに痛い。
    おちゃめな冗談なのに、これじゃ『寝耳に万力』だ。
    メグは力の加減っつーもんを知らないのか?
    オレは右耳を押さえながら、涙目でベッドから降りて靴を履く。

    「あれ、そういえばヘルミナ先生は?」
    「・・・学園長室。今朝登校したとき、ケンジ君を連れてきてって頼まれた」
    ナースチャが首を傾けて、保健室の扉のほうを示す。
    「そうかぁ・・・」
    できれば先生の存在も夢であって欲しかった。
    オレは少し深呼吸をして、保健室を後にした。


       icon_double.jpg


    魔導科棟と科学科棟の間にある、教員棟の最上階――十三階に学園長室はあった。
    屋内にも関わらず、廊下はコケの生えた石畳で壁はツタが走る古いレンガ造りだ。
    まるで古い遺跡に足を踏み入れたように感じる。
    鉄製の扉も重々しい、荘厳な雰囲気をかもし出していた。

    オレたち三人は、ギギギィという音と共に分厚い扉をゆっくり開けた。
    中を覗くと、魔導書や科学書の類が本棚からあふれ出し、床や机に乱雑に積まれている。
    薄暗いオレンジのランプの光が、試験管の薬剤や人骨標本をあぶり出すように照らしていた。
    ドーム上の天井にはランプのほかに多くの薬草や果物、小動物のミイラのようなものが吊るしてあった。

    オレは学園長室に入ったはずなのだが、ここは怪しい錬金術師か、魔女の住処って感じだ。
    ただ一つ違うのは、どこからかダンスミュージックのようなノリのいい音楽が聞こえてくることだ。
    ズンズンとイキのいい低音が響いている。

    「・・・ここ?」
    オレは確信が持てずにメグとナースチャのほうを振り返る。
    「そのはずだけど・・・」
    「・・・そう書いてある」
    メグは半信半疑で答え、ナースチャは『学園長室』と書いてある扉のプレートを指している。
    「とりあえず入ってみるか」


    本や骸骨を避けながら進んでいくと、奥にもうひとつ部屋があった。
    音楽はそこから聞こえてくるようだ。
    アーチ上の横柱をくぐろうとした時、ヘルミナ先生が奥からやってきた。
    先生は昨夜と同じく、ニッコリと優しい笑顔で出迎えてくれた。

    「あらぁ、来たわね。すっかり顔色もよくなって、良かったわぁ~」
    先生はベタベタとオレの顔や体を触ってくる、というかまさぐってくる。
    「あっ、ちょっ、先生っ」
    メグとナースチャは怪訝な表情でオレと先生を交互に見ていた。

    「お、おかげさまで、元気になりましたから」
    オレはヘルミナ先生を手で押しやり、距離をとる。
    「キャッ! 元気ですって。一体どこがでしょうね、学園長!」
    先生は大はしゃぎしながら奥の方に向かって行った。

    「はぁ・・・」
    オレはため息をついて、手で眉間を押さえながらうつむいた。
    「ちょっとケンジ、先生とはどういう関係?」
    「・・・禁断の愛・・・いかがわしい・・・」
    メグとナースチャは、一層冷たい目でオレを見てくる。

    「ち、違う。ヘルミナ先生とは昨日会ったばかりだし、どんな関係でもない! 元々ああいう人なんだって!」
    「へぇ、一晩で、ねぇ?」
    「・・・いかがわしい・・・」
    オレはもう弁明するのも面倒臭くなって、部屋の奥に向かった。
    二人はなにやらボソボソと話しながら、オレと一定距離を取ってついて来ている。
    女子の想像力というものは恐ろしいものだ。


    部屋に入ると、歴史を感じさせる重厚な机の向こう側に学園長がいた。
    しわくちゃな顔には長く白いひげを蓄え、白いローブを纏い、『ザ・魔導師』といった風体の先生だ。
    学園長は曲がった腰をビートにのせて、一心不乱に踊っている。
    相当な高齢だろうに、かなり激しくブンブンと頭を揺らしていた。
    その脇では、ヘルミナ先生がオレの元気な部位について喋り続けている。

    「・・・もうやだ、この学校」
    ここは変人先生が集まる収容所か?
    先生たちだけじゃない、ユーキや後ろの二人だって変人として収容されているとすると、納得がいく。
    もちろんオレは例外だ。

    「すみません! オレたち、呼ばれて来たんですけど!」
    オレは先生たちに近づいて、大声で話しかけた。
    「お? おぉ? ほぅ、君が弟切ケンジくんじゃな。後ろの二人はマーガレット=カニンガムくんに、アナスターシャ=アシモフくんかな」

    学園長はピタリと動きを止めて、こちらを振り返りながらしわがれた声で話しだした。
    「わざわざ来てもらったのに悪かったのぅ。ダンスに夢中で気づかんんかったわ。ほっほっほ」
    学園長はニコリと笑う。
    「あ、いえ・・・」
    オレは苦笑いをしながら答えた。

    「そこに盆栽があるじゃろう? 魔力を秘めた木で、音楽を奏でることが出来る『音栽』というものじゃ。最近はジャズヒップホップにハマッておってのう。ほっほっほ」
    学園長が指差した机の上には、松のような盆栽があった。
    確かに音楽は音栽とやらから聞こえてくるようだ。

    「メロウで素敵ですわ、学園長」
    ヘルミナ先生が学園長の肩に手を置き、甘く囁くように言った。
    「ほっほ、そうじゃろう、そうじゃろう」

    オレは話が脱線する予感がして、早々に用件を切り出す。
    「あ、あの、昨日の件で聞きたいことがあるとか・・・」
    「あぁ、そうじゃったな」
    学園長は人差し指を立てて、ようやく話をする気になったようだ。

    「おほん、昨日の誘拐未遂事件のことじゃが、犯人の目星や動機に心当たりはないかのう?」
    学園長が質問すると、後ろにいたメグが胸を張りながらズイと前に出た。
    「学園長、今朝ヘルミナ先生に報告した通りですわ。午後七時ごろ正体不明の男が旧部室棟に侵入しましたの。攻撃魔術を使いケンジを気絶させて、そのまま連れて逃走。それをアタシ達、主に『アタシ』が未遂に終わらせましたわ。男は黒い軍服のようなものを着ていて、顔はよく見えませんでしたの」
    メグは優等生らしく堂々と話しているが、オレは驚いてメグを二度見する。

    「ちょ、ちょっと待て。オ、オレ、誘拐されたのか!?」
    「え? そうよ。主に『アタシ』がアンタを助けたの。完全なる命の恩人よ」
    メグは少しアゴを上げて、オレを下に見てくる。
    その目は「感謝しなさい」と、濁った光を発していた。
    「そ、そうだったのか・・・。二人とも、助けてくれてありがとう」
    オレが二人にお礼を言うと、ナースチャは何か言いたげにムッとしていた。

    「それなんじゃがな、弟切くん。君は誘拐される原因についてなにか心当たりはないかの?」
    「原因ですか? う~ん、家は金持ちじゃないし、誰かに激しく恨まれてることも・・・たぶん無いと思います」
    学園長は深く頷きながら続ける。
    「ふむ・・・魔技研では普段はどんな活動をしているのかのう?」
    「色々と発明品というか、便利な道具を地味に作ってるだけですが・・・」
    「ほう、それはどういうモノじゃ? 良かったら聞かせてくれんか?」
    「大したモノじゃないですよ。魔導と科学の技術を合わせて、魔力が見える眼鏡とか、探知機とか、ラジコンや傘ですね」

    オレが説明を終えると、ヘルミナ先生が口を挟んできた。
    「あらぁ、傘? どんな傘なのかしら。かわいい花柄だったら、私もひとつ欲しいわぁ」
    「・・・傘といっても超魔導技術を使った高エネルギー障壁。私も少し手伝ったけど、空間に放出された魔導エネルギーを電磁界で保持制御する。驚くべき技術・・・」

    我慢できなかったのか、ナースチャが前に出てきてオレの代わりに説明してくれた。
    「そう、花柄じゃないなんて残念だわぁ」
    ヘルミナ先生は本当に心から残念そうに、肩を落とした。

    学園長は机にひじを突き、眉を寄せて深く考えている様子だった。
    「ふむ、そうか・・・」
    しばらくそうしていたが、何かに納得したのか、うんうんと頷いて顔を上げる。
    「・・・わかった。ご苦労じゃったの。三人とも授業に戻っておくれ」
    「仰せの通りに」
    メグが仰々しくお辞儀をする。
    オレたちは一息ついて、扉のほうに向かった。

    「弟切くん」
    部屋から出ようとしたとき、後ろから学園長の声が聞こえてきた。
    振り返ると、学園長が立っている。さっきより背が高く見えて、オレは少し驚いた。
    「これからは警備も増やすが、くれぐれも気をつけるんじゃよ」
    学園長の目つきは厳しく、オレは背筋にイヤな感覚を覚えた。

    「・・・はい」
    また何か事件が起こる予兆だろうか。
    オレは平静を装って、足早に学園長室を出たのだった。


       icon_double.jpg


    授業に戻ったオレは、昼休みを大歓迎していた。
    昨日の昼から何も食べてないからだ。
    三時限目辺りからは、グーグーと腹の音が栄養を欲して鳴り止まなかった。

    昼休みのチャイムと共に、購買までダッシュして人気のヤキソバパンを三つも買ってきてやったぜ。
    「うふふ・・・うふふ・・・」
    今のオレはアラブの石油王のごとく、すべてを手に入れた気分を味わっている。
    席に戻ってきたオレは、クリスマスプレゼントを開けるように期待に胸を膨らませながら、ビリビリと袋を破った。

    「あぁ、この芳醇なソースの香り・・・。たっぷり楽しませておくれ。いっただきま~・・・」
    オレが今まさにヤキソバパンを口に入れようとした時、教室のスピーカーから大きな音が聞こえてきた。

    「ピンポンパンポーン。え~、科学科および魔導科の諸君。教頭のホーキングである。これより緊急全校集会を行う。手に持った食べ物を机に置き、咀嚼を中止して至急体育館に集合。ひとりたりとも遅れないように――」

    オレは手を止めて、口をあんぐりと開いたまま聞いていた。
    ――全校集会? 昨日の件のことだろうが、あまりにタイミングが悪い。
    オレは今まさに、至福の時間を過ごすところなのに!

    周囲のクラスメイト達はガタガタと立ち上がり、体育館に向かっていく。
    「ちぇっ」
    オレは集会でこっそり食べればいいやと思い、ヤキソバパンをブレザーのポケットにパンパンに詰めて立ち上がった。
    「――なお、ポケットに入れた食べ物は没収するからそのつもりで」
    ・・・オレはポケットのヤキソバパンを取り出して、机に叩きつけた。
    きっと涙を流していたに違いない。


    体育館に着くと、左側に魔導科、右側に科学科の生徒達が雑然として並んでいた。
    入学式や卒業式以外は授業も行事も別々にやるので、両科同時に集合することはかなり珍しい。
    正面の壇上には学園長がマイクに向かって立っていた。

    「静かに整列するように!」

    教頭のヒステリックな声が響いてそそくさと列に加わった。

    「あぁ、褐色の君よ・・・」
    オレはさっき食べ損ねた愛しいヤキソバパンの香りを想って、ゴクリと喉を鳴らした。
    「・・・プッ、恋人でも出来たか?」
    左の列からユーキの声が聞こえてきた。
    「あ、ユーキか・・・。オレ、声に出してた?」
    「結構でかい声でな。どうせヤキソバパンかコーヒー牛乳の事でも考えてたんだろ?」
    眼鏡を指で直しながらユーキは笑っている。
    オレは図星を突かれて、少し恥ずかしくなってしまった。

    「なぁケンジ、この集会って何なんだ?」
    「さぁな・・・」
    多分オレの誘拐事件の事だろう、とは言えずにとぼけて見せた。
    詳細を話しても、恐らく信じてもらえないか、余計な心配をかけるだけだしな。

    列が整って静かになったところで、壇上の学園長が口を開く。
    「え~生徒諸君。ご機嫌いかがかな。楽しいランチタイムを邪魔してしまって申し訳ないのう。実は昨晩、当学園の生徒を狙った誘拐未遂事件が発生したのじゃ」

    学園長がそう言うと、体育館全体が一気にザワザワと騒がしくなった。
    「静粛に、静粛に。幸いにも未遂に終わったが、賢明な諸君らにおいては部活中や下校時に大いに気をつけてもらいたい。なるべく互いに声をかけたり、周囲に気を配るのじゃ。しばらくの間は警察にも協力してもらい、自立型の警備ロボットなどをさらに配備するつもりじゃ」

    学園長が話している間もみんなのザワつきは収まらず、不安を口にする女子生徒もいれば、返り討ちを画策する男子生徒のグループもいた。
    壇の下では、ハゲ散らかした教頭と生徒会長がなにやら相談をしている。

    「お、おいケンジ。誘拐未遂だってよ! ついに俺の男気を見せる時が来た! 女の子が誘拐されそうなところに颯爽と現われ、正義のパンチで悪を討つ俺! 大丈夫かい? 怪我はないかい? って感じでな!」

    ユーキは妄想を垂れ流しながら、ハァハァと息を荒くしていた。
    さすがは学園にその名を轟かす『パラノイアキング』だぜ・・・
    周りの生徒も慣れたもので、全員がユーキを無視している。

    「助けてくれてありがとう。あなたのお名前を教えてください。 ・・・いや、名乗るほどの者じゃありませんよ、お嬢さん。無事でよかった。 あぁ、なんて素敵な人・・・」
    ユーキはまだ現実に戻って来ていないようだ。
    オレはもう可哀相で、一人二役を続けるユーキを見ていられなかった。
    「おいユーキ、被害者が女の子とは学園長は一言も言ってないだろう・・・」
    「ケンジ、よく聞け。男を誘拐する物好きなどこの世には存在しない。女の子オンリーだ」
    真顔で語るユーキに、オレはたじろいだ。
    被害者は目の前にいるんだけどな、とオレは壇上に目を向けた。
    「――以上じゃ。生徒諸君らの叡智と健康を祈る」
    いつの間にか学園長の訓示は終わっていた。

    集会が終わり、生徒達はバラバラと体育館から出て行く。
    ユーキはいの一番にダッシュで出て行った。
    犯人はアイツじゃないだろうな、と疑念を抱きながら出口に向かうと、大きな扉の手前で生徒会長の『シャルル=オットー』が仁王立ちで立っていた。
    シャルルは魔導科の三年、金髪碧眼・容姿端麗の男で、女子に絶大な人気を誇っている。
    メグと同じく、有名な『魔導十二家』の出身だと聞いたことがある。

    シャルルは出て行こうとするオレの肩を、突然ガッと掴んできた。
    「・・・科学科二年、弟切ケンジだな?」
    オレはビックリした。
    文字通り住む世界の違う人間に、名前を呼ばれるとは思ってもいなかったからだ。

    「そ、そうだけど」
    「教頭先生に聞いたが、昨日は大変だったらしいな。そのまま消えてくれれば僕の心もスッキリしたのだが」
    「・・・え?」
    何だこいつは?
    初対面で、オレを全否定するつもりか?
    「何言ってんだ?」
    「僕は生徒会長として、『マガ研』なんて胡散臭い研究会を認めていない。前会長が承認したから仕方なく存続させてるが、はっきり言って部費の無駄だ」

    なるほど、こいつも科学科と魔導科の交流を嫌う輩の一人か。
    「『マガ研』じゃなくて『魔技研』だ」
    「名前なんてどうでもいいさ。あのマーガレット=カニンガムがこんな奴と一緒に活動してるなんてどうかしてる。魔導科にとっては大きな損失だ。一体どんな脅迫をして『マガ研』に入れたんだ?」
    シャルルは鼻筋の通った高い鼻をブンブンと振って、オレに詰め寄ってくる。
    今すぐその鼻をへし折ってやりたい気持ちになったが、今は腹が減ってそれどころじゃないことにしておく。

    「脅迫なんかしてないさ」
    ・・・取引はしたがな。
    「じゃあ何か? 彼女は、自ら望んで貴様とつるんでるという事か? そんなの信じられないしあり得ない」
    「信じようが信じまいが、それが事実だ」

    ハハ、と鼻で笑いながら両手を広げて頭を振るシャルル。
    高慢な態度と人を馬鹿にした仕草はメグとかなり似ているが、イヤミのレベルは断然こいつのほうが上だ。
    名家の魔導士ってのはみんなこんな感じなのだろうか?

    「話は終わりか? オレと話してる暇があったら、校門の所の縁石でも直しておいてくれよ。生徒会長」
    オレはトゲトゲしい声で言い放ち、シャルルを横目に通り過ぎようとする。
    「・・・僕を甘く見ないほうがいい、弟切ケンジ。後で後悔することになるぞ」
    「『後で後悔』なんて、意味が重複してるぞ。優等生の生徒会長様」

    オレは振り返らなかったが、きっと端正な顔を赤くして怒っているに違いない。
    少しスカッとした気分で教室に戻ったオレは、机の上のヤキソバパンがひとつ消えてる事にひどく落ち込んだのだった。


       icon_double.jpg


    ――放課後、オレは林を抜けて旧部室棟に向かっていた。
    学園内の至る所で、自立式の警備ロボットが電子音を鳴らしながら徘徊しているのを見た。
    大きさは直径五十センチくらいの円盤形で、高さは三十センチくらいか。
    底に付いた四本の足でチャカチャカと動き回っている。

    形からすると、恐らく先の魔導科学大戦で投入された自立式有脚戦車『シロジグ』を小型化したものだろう。
    ちなみに漢字では『白地駆』と書く。豆知識な。

    魔技研の部室に到着すると、珍しい事にメグとナースチャが既に来ていた。
    メグは窓を開け放ち、杖でサッシをゴツゴツと叩いている。
    「・・・ったく、何様のつもりよ・・・! アタシに意見するなんて三千年早いってーのっ!」
    ずいぶんとご機嫌斜めのようなので、オレはあまり近づかないようにしようと瞬時に決めた。

    ナースチャを見ても、オレは青ざめた。
    なぜかロープでグルグル巻きにしてある警備ロボットをひっくり返している。
    床に膝をついて、ジタバタと暴れるロボットの腹をいじくっていた。
    「・・・ナ、ナースチャ。それ・・・どうしたんだ。警察のロボットだぞ?」
    「・・・捕まえた」
    ナースチャはニヤァと口の端を歪めながら、作業を続けている。

    「・・・え?」
    「・・・捕まえた。電磁ロープで。簡単だった」
    ナースチャはこっちを向いて、キラキラした目で語る。

    「そ、そんなことしていいのか? お巡りさんに捕まって怒られちゃうぞ?」
    「・・・いい。この子は私のモノ。私の言うことしか聞かないように改造するの」
    「そうか・・・。オレは何も見てない。無関係、ノータッチだ」
    ナースチャがこの目をしている時は、何を言っても無駄だ。
    オレは諦めて放って置くことにした。

    「あっケンジ、来てたのね!? これは一体どういう事!?」
    「・・・気づかれてしまったか」
    メグは力強い足取りで、オレのほうに高速で近寄ってきた。
    「アンタ、シャルルと何か話したわね! 『弟切ケンジと話すな』とか、『魔技研を辞めろ』とか色々言われたじゃない! アイツ何様のつもりよ!」
    メグはオレに向かってブンブンと杖を振っている。
    魔術じゃなくて、杖で撲殺されされそうな勢いだ。

    「し、知らねーよ! アイツの方から勝手に話しかけて来たんだ」
    「シャルルから? おかしいわね。一般人の、特に科学科のアンタみたいなのに興味を持つなんて」
    「・・・何か引っかかる言い方だけど、事実だ」
    「ふぅん」
    メグは腕を組んで、右上を見ながらなにかを考えてる様子だ。

    「メグ、シャルルとはどういう関係なんだ? 魔導十二家なのは前に聞いたけど・・・」
    「ただの婚約者よ」

    「はぁっ!?」

    「親同士が勝手に決めた婚約者。昔、純血の魔導因子を保持するために決められたの。私にとっては興味ないし、どうでもいいことだけどね」
    「そ、そうか。名家同士には良くありそうな政略結婚って事だな」
    「まったく、いい迷惑よ。初めて会ったのはこの学園に入ってからなのに、何かにつけて言いがかりをつけてくるんだから。あの高飛車な態度でね!」
    オレとナースチャはジト目でメグを見ていた。
    『お前が言うな』と目で訴えているのだろう。

    「・・・ケンジ君。この後、警察が事情聴取にここに来るって。ヘルミナ先生が言ってた」
    「こ、ここに来るのか!?」
    オレは焦った。
    ナースチャのロボをなんとか隠さなければ、器物破損と横領の現行犯逮捕になりかねない。
    「ナースチャ、それ隠せ!」
    「・・・?」
    なんで?って顔でオレを見ていたナースチャだが、必死になっているオレを見て、リモコンのようなもののスイッチを押した。
    するとナースチャが抱えてたロボットは、ブゥンという音と共に透明になって消えた。

    「それ、光学迷彩か?」
    「・・・構成粒子の振動を変えたの。今は少しずれた次元に移動してる。ここにあるけど、ないように振舞う」
    「そ、そうか? よくわからんけどさすがだぜ・・・」

    オレはナースチャの技術に驚くと同時に、ほっと胸をなでおろした。
    「これで逮捕は免れたか・・・」
    ナースチャは作業を中断されたせいか、少し怒ってるように見える。

    「そういえば二人とも、昨日のことだけどさ・・・」
    事情聴取の前に、オレはうやむやな記憶を補完するべく、改めて事件の確認をしておこうと思った。
    「オレはトイレで倒れてたんだよな?」
    「・・・トイレの確認はしてない」
    「アタシたちが男子トイレを覗くわけないじゃない。妙な魔力の気配がしたから見に行ったら、変な男がアンタを抱えて廊下にいたのよ」

    オレはこめかみに人差し指を当てて、記憶をたどる。
    「なんとなく覚えてる。黒い服を着た男だな」
    「・・・そう。変わった魔術を使ってた」
    「あれは多分、南アムリタ大陸発祥の『カオスマギ』ね。かなり珍しい種類の魔術だけど、その亜流だと思うわ」
    「オレが聞いたのは、その呪文か・・・。なんで魔導士はオレなんかをさらったんだ? はっ、まさか美男子すぎるからか!?」

    「・・・・・・」
    ナースチャを見ると、ふるふると顔を振っている。
    メグも口を開けたまま、天井を仰いでしまった。

    「うーん、考えても埒が明かないな。トイレになにか痕跡があるかもしれないから、確認してみよう」
    今のままでは、またトイレで何かあったときに対処の仕様がない。
    ずっとトイレに行けなくのも困るし、この年でオムツをつけるのは何としても避けたい。

    「アタシは行かないわよ。男子トイレなんて」
    「・・・私も」
    「・・・だろうな」
    オレは呟きながら扉のほうに向かう。
    期待はしてなかったが、はっきり言われるとちょっと寂しい。

    オレが扉に手を掛けようとしたとき、扉の向こうから大きな声が聞こえてきた。

    「うわわわわぁぁ!」

    ドカッ!!

    何かが扉ごと突き破って、オレの顔面に突っ込んできた!

    「うおっ!!」

    オレの鼻に激痛が走って、後ろに倒れこんだ。
    ツーンという刺激が涙を誘う。
    「な、何だ・・・?」
    涙と目のチカチカでよく見えない。

    「あわわ! ご、ごめんなさい!」

    オレの上に壊れた扉が乗ってて、その扉の上に誰かが乗っている感触がする。
    「う゛ぅ・・・ど、どいてくれ・・・! 苦しい」
    オレは鼻を押さえながら叫んだ。
    押さえた手は、鼻血で血だらけになっていた。

    「あっ! ご、ごめんなさい! よいしょっと!」
    「グエッ」
    誰かが移動した拍子に、オレの腹に圧力がかかって声が出た。
    昼に食べたヤキソバパンの具が出そうな勢いだ。

    ガタガタッ。

    オレが扉をどけて上体を起こすと、見知らぬ女の子が立っていた。
    「だ、大丈夫ですか?」
    その女の子は、ゆるふわのロングヘアーを揺らしながら心配そうにオレの顔を覗いている。
    背はナースチャより少し低いくらいで、髪の色はかなり珍しいピンク色をしている。
    長いまつげとタレ目が特徴的な、不思議な雰囲気のかわいい女の子だった。

    double_001.jpg

    「あ、ああ。なんとかな」
    オレは強がりを言いながら、ヨタヨタと立ち上がる。
    「ごめんなさい。わたしボーっとしてることが多くて・・・」

    ボーっとしてるだけで、扉を突き破るものなのか・・・?
    その女の子がすまなそうに謝ると、メグがその子に杖を構えて詰め寄っていく。
    「――ちょっと、アンタ誰よ? 昨日の奴の仲間?」
    急に質問されたからか、女の子は怯えるように肩をすくめた。
    見ようによってはメグが尋問しているようにも映る。

    「あっ、じ、自己紹介が遅れました! わ、わたし、魔導科の一年で、『サクラ=ピルグリム』と申します。サクラって呼んでください」
    「ア、アンタ、魔導科なの? それにしては魔力を感じないわよ」
    「わ、わたし、魔力は激よわなんです・・・。それにドジみたいで、さっきも扉をノックしようとしたら転んじゃって、うぅ」
    その女の子、サクラは両手でスカートをギュッと握り、うつむいてしまった。
    オレは鼻声のまま、落ち込んでいるサクラに話しかける。
    「そ、そうか。それでサクラ、何の用事でここに来たんだ?」

    サクラは暗い表情から一転、パァッと花が咲くように明るい笑顔になった。
    「あっ、ハイ! わ、わたし、魔技研に入会したいんです!」

    『・・・え?』

    オレたちはポカンとした表情で、サクラを見つめた。
    学校の中でも、特に一年生はこの魔技研の存在を知る者は少ない。
    オレは会長として、仲間が増えるのは大歓迎だけど・・・


    → 「にゅ、入会してくれるのか? やったぜ、歓迎するよ!」

    → 「う~ん、怪しい奴には見えないが、今は誘拐事件のせいでピリピリしててな」

    → 「・・・いろんな意味で危ない研究会だぞ?」


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    著/画 田代ほけきょ

    企画 こたつねこ
    配信 みらい図書館/ゆるヲタ.jp
    ―――――――――――――――

    この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

    次回配信予定
    • 2013/09/27
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    • 2013/09/30
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