映画:賛否両論「風立ちぬ」 「感動」×「違和感」 キーワードは「ピラミッド」
毎日新聞 2013年08月21日 東京夕刊
堀辰雄の小説「風立ちぬ」をベースにした二郎・菜穂子の恋愛の描かれ方にも疑問を呈する。「戦闘機開発に夢中になる二郎を菜穂子が命を削って支えたような描かれ方になっている。女性に犠牲を強いることが美徳なのか。宮崎アニメとしては珍しく男が主人公の映画なので期待していたのですが……」
確かに、観客が困惑する原因の一つには「戦争をテーマにした映画」という先入観があるようだ。ジブリ発行の月刊誌「熱風」7月号の中で、宮崎監督は作家、半藤一利さんの著書「昭和史」に触れ「読めば読むほど日本はひどいことやってる」と日本の戦争を批判し、憲法9条の改正反対を訴えている。だが映画では、そうしたメッセージは明確に描かれない。「そもそも思想とかメッセージ性を求める映画ではないんですよ」と断じるのは映画評論家の大高宏雄さん(58)だ。「『熱風』に書かれたことは宮崎さんの持論だが、映画を見る限り、それをこの作品の中で訴えようとしたとは思えない。改憲論議をも映画に巻き込むジブリの宣伝戦略の一環なのかもしれませんが」とシビアな見方だ。
「戦争を描いたり反戦を訴えたりする映画ではないですね」と話すのは「宮崎駿の<世界>」などの著書で知られる文化評論家、切通理作さん(49)だ。
二郎は一技術者として軍と軍需産業の要求通りの戦闘機を造る。全体の意思決定には関われない。その二郎に切通さんは今の若者の姿を重ね合わせるのだ。「就職難で、例えば大企業に入ることは難しいし、大きな仕事を任せられることもない。限定された断片的な役割しか与えられない人が大半。国策の歯車となったあの時代の人たちと同じです。それでも人は恋愛もするし、生きていかなければならない。私は、そう訴えかけられましたね」
そしてこう続ける。「他のアニメや映画では戦闘場面がてんこ盛りなのに、製作者がインタビューで『でも戦争は反対』と語ることが多い。でもしょせん、それはむなしい自己満足、偽善に過ぎないという思いが宮崎監督にはあると思う。だから戦争の残酷さや主人公の戦争への考え方にも踏み込まなかった。もし戦争を描くのなら、別の作品で描くはずです」
「君はピラミッドのある世界とない世界、どちらが好きかね?」。物語の中盤、二郎の「夢」で、カプローニが問う場面がある。二郎はそれには直接答えず、「僕は美しい飛行機が造りたい」とつぶやく。