Dr.中川のがんの時代を暮らす:/79 汚染水問題を収束させるには
毎日新聞 2013年09月19日 東京朝刊
先月末、東京電力福島第1原発の視察に行ってきました。深刻さを増す汚染水の現場を見てきました。2020年の夏季五輪の最終プレゼンテーションで安倍晋三首相が「東京には何のダメージもない」と明言し、東京開催を決定づけましたが、一時は招致を危ぶむ声もありました。
汚染水による住民の被ばく量はほぼゼロです。東京はもちろん、福島や周辺各県についても同様です。まして、福島を含む8県の水産物の全面禁輸に踏み切った韓国の決定は全く理解できません。
一方、汚染水は毎日400トン増え、敷地内には1000基ものタンクが並びます。汚染水は、建屋内の放射性物質を含む冷却水に山からの天然の地下水が流れ込むことで増えていますから、地下水が建屋に入る前にくみ上げて海に流す方法が考えられます。しかし、漁業関係者らの同意が得られていません。
現在はセシウムを除去する処理をしていますが、今月中に、ほとんどの放射性物質を除去する装置が稼働する予定です。ただし、トリチウムだけは水の分子に取り込まれてしまうため、除去は不可能です。
今後、汚染水で問題となるのはこのトリチウムです。皮膚も透過しないほど弱い「ベータ線」だけを出す放射性物質ですから、外部被ばくは問題になりません。内部被ばくについても、海洋放出の濃度限度(1リットル当たり6万ベクレル)の汚染水を毎日2リットル飲んでも、年間の被ばく量は0・8ミリシーベルトにもなりません。現在の福島沖のトリチウム濃度は検出限界以下です。
一方、主に天然の放射性物質であるポロニウムなどが含まれる魚介類を摂取することによって、日本人は年約1ミリシーベルト程度の自然な内部被ばくを受けています。過度な心配は不要でしょう。
敷地内に林立する巨大タンク群を、新たな地震が襲うというのが「最悪のシナリオ」と考えられます。東京電力や国の責任はもちろん重大ですが、一日も早い汚染水問題の収束が求められる今、汚染水から技術的に可能な放射性物質を除去し、残るトリチウムを検出限度以下の濃度まで希釈して、海に流すことも検討すべきだと僕は考えます。(中川恵一・東京大付属病院准教授、緩和ケア診療部長)