記念講座の記録
2012年1月21日(土)
京都大学名誉教授 市村真一氏 「日本の二大課題 皇室典範の改正と長期不況の克服」(於大阪武藤記念ホール)
T.「皇室典範の改正の部」
1.「今、何のための改正か」
1)前回の改正審議は皇位継承問題であった
悠仁親王殿下がご誕生の前、小泉内閣の平成17年に皇室典範の改正がなされようとしていた。その時の改正の目的は、第一条の「皇位は皇統に属する男系の男子がこれを継承する」との規定に対して、皇太子殿下に皇子がお生まれにならない場合、又傍系の子孫にも男子がおられない場合、女帝・女系天皇を容認する」との報告案がまとめられた。然し議案提出寸前に秋篠宮妃のご懐妊により改正は見送りとなった。
2)今回は宮家がなくなる危機である
現在の天皇家と五つの宮家において、次の世代の男子の若い皇族は「悠仁親王」ただお一人だけである。あとの8人は全員女子である。この状況から直ちに皇位の継承に関しては問題が提起されねばならない訳ではない。然し皇族女子が皇族以外の者と結婚したときは、皇籍を離脱しなければならず(12条)、養子も禁止されている(9条)ので、宮家の継承が不可能となり、宮家がやがてなくなる危機にある。
3)緊急を要する「女性宮家の創設」
天皇の分家である宮家の役割は、非常の際に天皇陛下を補佐して国事に尽くされることである。然し上記女子の内6人はすでに成人されて結婚適齢期にある。従って結婚して宮家を離れていけば、皇族の人数の減少により皇室の業務に支障をきたすことになり、最終的には天皇とその家族だけの皇室になってしまうかもしれない。女性宮家創設は結婚した女性皇族に皇族として残ってもらえるよう、皇室典範を改正して天皇の業務を分担、手助けしてもらおうとするものである。
2.「女性宮家創設反対論」が適切でない理由
1)女性宮家創設は皇位継承と同列には論じるべきではない
女性宮家創設はやがては女性・女系天皇の容認につながるのではないかとの懸念と警戒論がある。然し宮家の消滅を防ぐことと、皇位継承を同時に論じるのは論点の誤認である。同時に論ずるためには12条の皇籍離脱のみならず、皇位継承に関する1条以下の大改正をしなくてはならず、上記の緊急事態の解決にはとても間に合わない。
2)お相手が旧皇族ならばよいとの考え
又女性宮家は、ご結婚のお相手が旧皇族の家系の方ならば認めるという所見もあるがこれは留保付賛成論である。なおご結婚により一旦一般国民となられた方の復帰は君臣の別を不明確にするので難しいのではないか。
3)男系男子継承論者の旧皇族復帰について
皇位は男系継承に限るべしとの論者は宮家減少への対策をどうするのか。その提案が旧皇族方の皇族への復帰と云うことならば、単にGHQによる皇籍離脱政策を否定するだけでは済まない。即ちそれを否定して明治典範に従うならば、「明治40年の同典範増補による皇籍離脱制度と大正9年のその基準を定めた準則」により「永世宮家」を廃して、長子孫の系統4世代以内を宮家とする原則に対してどう説明をつけるのか。いずれにしてもこの原則を適用するならば、現在の「旧皇族」の方で皇族でありうる方は皆無である。
3.「女性宮家創設に必要な措置」
1)万世一系の皇統を保ちえた背景
皇室は天皇を中心とする大家族である。その大家族が二千年以上も万世一系の皇統を保ちえたのは「側室制度」と「養子制度」に拠るものである。旧皇室典範は嫡出子なきときは庶子の継承を認めていたが、歴代に遡ればその割合は半分に近い。又側室を認めても子供が生まれないときは「養子」をして皇統を保ってきた。
2)「皇籍離脱と養子の禁止」制度の改正を
以上の歴史のなかで女性宮家について、どう考えればよいだろうか?一夫一婦制を前提とする現代の我国において側室は認められない。よって内親王と女王が皇族でない男子と結婚された場合、皇籍離脱するという条文に例外を認め、「女性を当主とする宮家の継承ないし創設」を認める道を開き、子供がなく断絶する宮家のためには「皇族間の養子」を認めるべきである。
3)「最後に」
今回は女帝・女系天皇については触れなかったが、その理由は皇族間の皇位継承の順位と一定数の皇族の確保と皇位継承が可能かの大変難しい問題を含んでいるからである。それは旧皇族方が皇族に復帰されるとした場合も同様である。現在及び明治の皇室典範もそのルールが不備である。従って以上で問題がすべて解決出来た訳でなく、女性宮家の創設を除いては、もう少し時間をかけて議論するべきであり、その必要がある程難しい問題である。
U.「長期不況の克服策の部」
1.国外・国内の長期不況要因について
1)国外要因のショックは大きい。
日本は1990年頃から20年間延々と続く長期不況の只中にあるが、1985年には「プラザ合意」により、米国の双子の赤字救済のため円の切上げを強要され、1997年の「アジア金融危機」はタイのバブルと財界の腐敗に乗じたヘッジファンドの介入に始まり、IMFの対応策の誤りにより拡大、韓国とインドネシアに甚大な被害を与え、回復基調にあった日本経済を頓挫せしめた。2007年の「リーマンブラザーズ危機」は米国政府の行き過ぎた住宅投資刺激策と米国金融界の不当な金融商品の過剰販売により惹起され、欧州金融界の貪欲な過剰投機金融で極端に悪化し、小泉・竹中チームの適正な政策で辛うじて回復していた経済が再び不況に押し戻されることとなった。
2)国外要因を受けながらの国内要因の推移
1960年には戦後復興期を終えて1970年までは平均10%を超える高度成長となったが、70年代は高度成長の反動により成長率は半分となり、80年代はさらに貿易自由化による国際化の影響により平均4%に落込んだが、プラザ合意による過剰流動性により地価と株価の暴騰が惹起された。然し90年代に入るとそのバブルの崩壊により成長率は1%強となり、資本の自由化によるグローバル化の中で97年にはアジア金融危機により、証券会社、銀行が破産して、銀行は貸し渋りに走り、不況が加速された。その後の平均成長率は超低成長の0.5%強が続いている。
3)まとめれば
国内と国外の要因は半分ずつある。よって国内政策に叡智をしぼり、かつ外来の危機に適切に対応しなければならない。日本の成長率の減衰は先進国に追いついた当然の結果であるとも言えるが、欧米並みに成長できないのは政策の失敗と国民の努力不足である。円高の影響も大きいが、20年間でドル建て所得が3倍になり高い生活水準を享受していることは、日本人の成果として評価されてよいが、成長を果たしたあとでは、それを維持しようとするだけで、今まで以上の努力を要することを忘れてはならない。
2.「長期不況の課題とその元凶である低成長の要因」
以上の日本の長期不況の課題は、@「超低成長」とその結果の「高失業率」、A「長期デフレ」とB「円高」による不況、そしてC「少子高齢化と社会保障費の不可避的増加」とD「世界一の累積財政赤字」(GDPの二倍)のまさに「五重苦」であるが、これらを一挙に解決出来る妙案はない。然し最も大切なのは成長力である。成長率を上げる三つ構成要素における20年前比の低成長の要因は次の通りである。
1)「労働力」は、少子高齢化と労働時間の短縮により勤勉で良質な労働力が少なくなり、さらに民間企業従事者の集団的忠誠心が低下するとともに、会社法の米国型修正の失敗により、経営者はリスクを取らず目先のことばかり考えるようになった。
2)「生産設備」は、貯蓄率は横バイであるが資本蓄積率は低下しており、資本市場における銀行と証券業の経営能力、及び財務省の財政管理能力が不足してきている。
3)「技術」は、パテント数は減っていないが画期的発明は少なく、技術革新率は低下している、産業構造変化は横ばいであるが中韓に対しては即応出来ていない、又産業構造と生産性の向上に即応する官僚機構改革は横バイであるが、産業の規制緩和には遅れがある。そして以上のいずれにも共通するのが政治の不安定性であることは言うまでもない。
3.「長期不況の課題に対する対策」
対策の留意点は、上記の個々の減速要因に配慮した政策をきめ細かく選択すると共に、政策のターゲットを明確にして工程表を明示しなければならない。典型的工程として考えられるのは先ず国債増発と日銀の国債と証券の購入により、需要を創り出して名目GDPを増やし、その後増税し、財政の基礎収支の均衡達成となろう。
1)超低成長については、創造的技術革新の推進支援を最大限重視するべきである。技術開発は某元大臣が言う二番手では駄目である。シュンペーターが言うように技術の新規創造が経済を発展させるのである。高度成長期において成長率の半分強は技術革新によるものであった。然し投資なくして成長なしであり、研究機関への助成と優秀な研究の表彰、減価償却期間の短縮承認等が必要である。
2)長期デフレ対策は財源が乏しく難しい。然し大切なことは日銀の通貨増発だけでは実需は増えないことである。日銀券は日銀の借用書であり、日銀は証券市場で価値のある証券を買わないと発行できないことを忘れてはならない。日銀券はいくらでも発行出来るから、ヘリコプターでバラ撒くべきだと言う人がいるが、認識不足も甚だしい。現在日本銀行が努力中の量的緩和政策は成功するだろう。何故ならば消費者物価はマイナスでなく安定して来ているからである。融資可能な品目、地域、企業を探す審査能力が必要である。復興対策と原発事故対策及び電力能力の増強には思い切って建設国債を発行して財政支出するべきである。生産能力と生産性向上こそが雇用増と産業空洞化の対策となる。
3)少子化対策としては、保育所等の実需や経費や補助金を増額するべきである。のみならず税務面で子供のある親を優遇し、子供のない親はその負担を負うことも考えるべきだ。然し幼児の教育が一番大切である。幼児は三歳児までの教育で脳が形成される。その為には「母性の徹底重視と女子教育」が必要である。1)に掲げた技術革新も幼児期の教育が基本となる。少子化は文明病ではある。米国、フランスの出生率が高いのは移民が多いからであるが、日本も「合計特殊出生率2.0への復帰なくして民族の将来はない」。