ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
警告   この作品は<R-18>です。 18歳未満の方は移動してください。
八重樫陽介編
本編28
 手のひらに柔らかい感触が伝わる。視線を下げてそれを追って確かめた。美紅の胸を両手で潰すように掴んでいた。
「な、何していたんだ……何をやってた!」
 自分にキレる。
 美紅から退いた。その時に気付いた。
 俺は下半身を脱いでいた。
 勃起したチンコが濡れていた。俺だけじゃない、竿全体濡れているということは美紅が関わっている。すなわち……俺は……。
「うわあああああああああああああああああああッ!」
 頭を抱えてテーブルに打ち付ける。
 俺はなんてことを……。兄だぞ? 俺は美紅の兄なのに妹を穢してしまった。守れなかった上に妹を犯そうとしていた。最低な兄だ。なんて最低な人間なんだ。これじゃあバケモノと変わらないじゃないか。
 父さんと約束したのに、こんなことじゃ父さんに顔向けできない。恥ずかしい。消えたい、消えて無くなりたい。頭が壊れそうだ。いっそ壊れろ。
「やめて! 血が出てちゃう! 死んじゃうよ!」
 美紅に止められて頭を上げる。
 ガラスのテーブルは血がついて罅割れていた。
「俺は……俺は……兄として最低なことをした。俺は人間として恥ずべきことをしたんだ。俺はバケモノと変わらない。最低だ。自分が嫌いになる。俺は……糞野郎だ!」
 美紅の前で泣いてしまった。
 恥だ。こんなことで泣く姿を見せてしまうなんて。
「殴ってくれ。美紅、俺を殴ってくれ……頼む」
「殴って何か変わるの?」
「分からない。でも殴って欲しい。頼む、お願いだ」
「……わかった」
 美紅が俺の右頬を平手打ちした。殴れって言ったのに……。
「……痛い」
「お兄ちゃんが殴れって言ったんだよ」
「わかってる」
「満足した?」
「満足なんてしないよ。虚しさが増しただけだ」
 目を伏せる。
 罪悪感に喰われそうになる。死にたくなる。
「私は大丈夫だよ、気にしなくていいから。戻って来てくれてありがとう」
「俺を慰めてくれるのか?」
 頭をがしっと掴まれた。
「人と話す時は目を見て話すんだよ」
「……わるい」
「ううん、いいの。でも、お兄ちゃんも感染しちゃったね……」
「だろうな。だけど、そんな事どうでもいい。どうせいつか死ぬんだ。その死ぬ時が早まっただけだよ。美紅がいない世界なんて生きる意味もないし」
「まだこの世界には尾方さんがいるよ。約束したんじゃないの?」
「最初から無理な約束だよあれは」
「じゃあなんで尾方さんを期待させるような約束したの?」
「あれは生きて欲しかったから。他の理由なんてない」
「女の子を期待させちゃったんだから最後まで責任持たなきゃダメだよ」
「それは……」
「お兄ちゃん約束して欲しいことがあるの」
 俺の手を握った。
「何?」
「生きる意味がないとか言わないで。生きることに前向きな意味を求めるのはいいけど、意味がないからって死を望まないで。私たちは生きなきゃダメなんだよ。この世界の全ての命を頂いて生きているんだよ? 家畜さんたちなんて生きたくても殺される運命なんだからね」
「人間は自分で死んじゃいけないってか?」
「人間は生きて感謝し続けなきゃダメなんだよ。生きていたら辛いことがたくさんあるでしょ? 傷ついて傷ついて傷ついて、傷つくんだよ。傷つきながら生きていくんだよ。家畜さんたちの報復だよ」
「死の特権を奪われるのか。それやばいな。ベジタリアンになろうかな」
「お兄ちゃんは肉大好き人間でしょ。私も大好きだよ。ちなみにベジタリアンも同じだよ」
「マジかよ……ははっ。ありがとう、美紅がとんでもないこと言うから笑えたよ」
「にひひ。もっと笑ってもいいんだよ」
「ああ、そう言ってくれて助かったよ」
「哀しいこと言わないで生きたいと思って」
「想うよ。俺は死ぬまで生きたいと諦めない」
「約束ね」
「約束だ」
「私も最期まで笑って生きるよ」
 その言葉で涙が流れる。己の無力さに嫌気がさした。
「美紅……ごめんな。バケモノにしてしまって、ごめんよ」
「泣かないで。お兄ちゃん笑ってよ。お願いだよ、笑って。じゃないと……美紅……お兄ちゃん。うぅ、うっあぁぁ、ああぁぁぁぁぁぁ。泣きたくなかったのに、お兄ちゃんがそんなこと言うから美紅も泣いちゃうよぉ。笑うって決めたんだから笑うんだよ。笑うんだから」
 笑おうとするが悲しみは消えず、美紅は泣いていた。
 美紅は泣き疲れて寝てしまった。その寝姿を俺は眺めている。血の気が引き顔色が悪い。手を額に当てる。熱くて長いこと触れられない程だった。息も荒々しい。
 SBウイルスにどんどん侵食されていく。次に起きた時美紅は美紅でないかもしれない。楢赱も高熱が出てから一回も元に戻らなかった。
 せめて、あと一回だけ美紅のままでいて欲しい。
 まだ俺は話したい。泣かしてしまったから笑顔にさせたい。
 神様、どうかこの願い聞き入れてください。俺は他人の命をたくさん奪ってしまった悪い人間です。ですが、どうかお願いです。俺の命も残り少ないです。命が欲しいのなら差し上げます。オモチャの駒が欲しいのなら貴方の元で働きます。輪廻転生を犠牲にしたっていい。次の命なんて要らない。だから現世、この俺の願いを叶えてください。すべてを棄ててでも時間が欲しいんです。
 神様に声が届くように俺は美紅が起きるまで祈り続けた。




+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。