警告
この作品は<R-18>です。
18歳未満の方は
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「ウイルスって……何がどうなんてるんだ?」
俺はテレビのニュース番組を見てその存在を知った。詳しいことはよく分からなかったけれどSBウイルスというものが感染してしまうと人間は正気を保てなくなるということだった。ゾンビのように死んでいるわけじゃなく生きているのだが、正気を保てない自分の意思がないのならそれは死んでいるようなものだと思った。脳死が、人として死んでいるとみなされるように。
「いつになったら平和な日常に戻れるんだよ」
何日間家に閉じ籠っただろう。食料も残り少なくなり、あと二日もしないうちに尽きてしまう。自然災害用に備蓄していただけだったから最初から多くはなかったのだ。
部屋を出る。ひとりで部屋にいても暇で死にそうだった。いや……違う。怖いのかもしれない。ひとりが怖かったのかもしれない。
毎日毎秒、消えてしまうのではないかと脳裏に過ってしまうのだ。
「家族が居なくなるなんて嫌だ」
リビングに父さんと母さんと妹がいた。
「部屋で漫画を読むんじゃなかったのか?」
「ああ、うん。読んじゃったから、何もすることなくて」
本当は嘘だ。
「なら勉強してこい、と言いたいところだけれど……こんな世の中じゃあな。勉強なんてしていられないよな、はは。父さんも仕事が残っていたけれど遣ってないわ」
「まあね」
「そろそろ昼食の時間ね。食べようかしら」
と、母さんが立ち上がって言った。
「残り少ないんでしょ? 夕方まで待とうよ」
「いや、待つ必要はない。皆、お腹が空いているだろ。我慢しなくてもいい。父さんが外に行って調達してくるから」
「でも外は――」
「なぁに大丈夫だ。父さんは絶対に食料を持って帰って来るよ」
「俺はそんなことが言いたいんじゃなくて……!」
「わかってるよ。陽介は優しい子だな。心配するな。こう見えて一家の大黒柱だぞ」
「そうよ、陽介。お父さんは頼もしいんだから」
「さぁ、ご飯を食べよう。今日は何だったかな?」
「パンと鯖缶よ」
「鯖サンドウィッチだな。美味しそうだ。な、美紅もそう思うだろ?」
「うん。早く食べたい」
お腹いっぱいと言えないけれど満足した食事だった。
昼食を摂ったあと、父さんは食料を調達しに外へ出かける準備をしていた。俺はそれを見ていることしかできなかった。父さんが行くと言ったのだ。大人に逆らえない。
「陽介、ちょっとこっちへ」
リュックを背寄って準備が終わった父さんが手招きした。
「な、なに?」
「いいか、よく聞くんだ。これから何が起こるかなんてわからない。家族がバラバラになることもあるかもしれない。その時は――」
「なんでそんなこと言うんだよ!」
「よく聞け。父さんの頼みだ」
「うっ……」
「妹である美紅はお前が守れ。苦渋の選択がきても妹を第一に考えてくれ。もちろんお前自身の命も大事だ。自分の命と同じくらい美紅の命も大事にしてやってくれ。あいつはまだ幼い、それに女だ。独りでは生きていけない。けして美紅を見捨てないでくれ」
「……うん、わかったよ」
「ありがとう」
言い終わり、それから皆に言葉を残して父さんは笑顔で外へ出た。
父さんが帰ってきたのは翌日のことだった。
昨日の時点で帰ってこなかったのでさすがに母さんも心配していた様だった。むしろこの中で一番に心配していただろう。母さんにとって父さんは好きな人であり彼氏であり夫であり家族なのだ。俺とは重みが違う。
皆の顔を見た瞬間、傷だらけの父さんは笑顔になった。俺にはその顔がどこか憂いが帯びているように見えた。
母さんが傷について詰問していた。が、父さんは笑顔で大丈夫だと言って詳しく話さなかった。それほど壮絶だったのだろうか。
食料を取り合うのはバケモノじゃなく人間同士だ。ニュースでやっていた。奪い合うことははやめてください、落ち着いて行動してくださいと。
人間はいつの世もパイを奪い合う罪深き生き物だ。
この傷も人間に遣られたのだろう。
「本当に大丈夫?」
「ああ、見ろ。三日分の食料は手に入れたぞ」
父は嬉しそうに見せていた。
母さんも嬉しそうだった。
だがしかし。
この二日後に異変が起きた。
そう。父さんが美紅を襲うとした。
だから俺は美紅を守ろうと父さんをこの手で殺した。
ノイズが走った。
何だろう。
過去のことなんて思い出して。
思い出しても昔には戻らないのに。
俺は、何を。
またノイズが。
何だ。
――×××××!
声が聞こえた。誰だ。
どこだ? この声はどこから聞こえる?
――お兄ちゃん!
ああ、美紅か。
――元に戻って! お兄ちゃん!
元に戻る? 何のことだ?
ああ、夢から醒めろってことか。
あれ? 何で俺は夢なんか見ていたんだ?
俺は何をしていたんだっけ?
大事なことのはずだったような……。
俺は……。
家族と別れて、二人で暮していき、友達と出会って、知らない女の子を拾って、二人の友達が死んでしまい、一人の友達とも別れて、美紅と二人だけでまた暮らそうとして、そして……。
――美紅はこんなこと望んでないよ!
そして――俺は……。
「……美紅」
涙目の美紅がいた。
「お兄ちゃん!」
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