毎日新聞 9月17日(火)15時19分配信
◇AKBより「会える」 ファン同士も一体感、ネット時代こそ生身の人間関係
人気のNHK連続テレビ小説「あまちゃん」はアイドルを目指すヒロインを描く。リアルの世界でもAKB48のような国民的アイドルを夢みて地道なライブ活動を重ねる“地下アイドル”と呼ばれる無数のスターの卵たちがいる。会いに行ってみた。【大槻英二】
【ライブ後にファンとハイタッチするアイドルカレッジのメンバー】
「タイガー、ファイア、サイバー……」。男性ファンらが意味不明の掛け声をステージ上の女性アイドルグループに向けて絶叫する。突っ立っていると、近くにいたお客に肩を組まれ、大勢で一緒にフロアをグルグル。会場に一体感が醸し出され、なんだか楽しくなってきた。
東京・渋谷のライブハウス。ライブのタイトルは「Next idolはここにいる!」。出演は愛乙女★DOLL(ラブリードールと読む)研究生▽WELOVE▽青SHUN学園▽CANDY GO! GO!など8グループ。一つでも知っていたら、あなたは立派なオタクです。
高校の制服のようなチェック柄のスカートをはいた正統派グループが多いが、中にはフロアに下りてプロレス技を披露するアスリート系、女装したお兄さんが一緒に踊っているなど、バラエティーに富む。ライブが終わると物販。CDやTシャツもあるが、人気はインスタントカメラでファンがお目当てのメンバーとツーショット写真を撮れる「チェキ撮影」や握手会だ。
撮影会に並んでみた。「今日もよかったよ」。普段からツイッターでも会話しているようで、みんな友達のようにアイドルと話している。「笑顔がすてきですね」。こちらから言うのではなく、アイドルから言われてしまった。
「私が地下アイドルにハマっている理由の一つはライブ中の“レス”というメンバーとのコミュニケーションです。曲の特定のタイミングでお気に入りの子に向けて指をさすと、相手も同時に返してくれる。ライブに通って認知されると来やすくなります」
そう話すのは批評家の濱野智史さん(33)。専門は情報社会論だが、2年前から突如AKBのファンになり「前田敦子はキリストを超えた」の著書がある。昨年末からは地下アイドルのライブに毎日のように通っている。今回も同行させてもらった。
どこに行けば地下アイドルに会えるのか? 濱野さんによると、個人が運営している「無銭カレンダー/ライブアイドルカレンダー」というインターネット上のサイトがあり、いつ、どこで、どんなイベントがあるかが一覧できる。無銭とは無料イベントで、後者は有料ライブ。秋葉原、池袋、新宿、渋谷など東京だけでも平日で1日数件、週末だと30件以上の日もある。
明確な定義はないが、地下アイドルとは地上波テレビなどの出演はほとんどなく、ライブ中心に活動しているアイドルのこと。テレビの歌番組が減った1990年代以降、登場した。地下のライブハウスが会場になることが多かったことに由来するとされる。「ライブアイドル」と言い換えられることもあるが、好んで地下アイドルと呼ぶファンは多い。AKBも当初は地下アイドルとみなされていた。超メジャーになると、主要メンバーに頻繁には会いに行けなくなる。より身近なグループを求めて地下アイドルに夢中になる人が多いようだ。
芸能事務所やレコード会社が運営するグループもあれば、ダンス教室の生徒、「あまちゃん」に登場する「潮騒のメモリーズ」のような町おこし目的のご当地アイドルなど多種多様で、その数は数百とも1000以上とも言われる。
次に向かった現場は秋葉原。地下からメジャーデビューを果たし、一段上のステージに上がった「アイドルカレッジ(アイカレ)」が量販店のイベントスペースでライブを開いていた。ファーストアルバム「アイドルカレッジの伝えたいこと」のCDを買うとライブを見ることができ、特典券が2枚もらえる。1枚で握手会、2枚で写真撮影ができる仕組み。平日の夜なのに100人以上が集まった。
アイカレはレギュラー9人と候補・練習生6人で構成。2月に大手レコード会社からシングルを出し、9月は初の全国ツアーを展開中だ。
「メジャーデビューしたけど、お客さんが増えたわけでもないし環境は変わっていない。もっと成長したい」。センターポジションの床爪(とこつめ)さくらさん(17)は率直な思いを披露する。本音を伝えるのがアイカレの持ち味だ。重本未紗さん(17)は「人前で歌って踊って、ファンから『元気をもらった』と言ってもらえるような経験は普通の高校生活では味わえない。アイドルになってよかったと思う」と話す。「目標は国立競技場で単独ライブを開くこと。アイドルといえばアイドルカレッジといわれるよう知名度を上げたい」と2人で声をそろえる。
ライブの帰りにファンらは居酒屋に集まって感想戦と呼ぶ飲み会を開く。その日撮った写真を見せ合ったり、お薦めのCDを交換したりするのだが、初対面の私が交じってもそれほど違和感なく会話に加えてもらえ、アイドル談議は終電まで続いた。
「アイドル界はAKBの天下から、ももいろクローバーZが台頭した戦国時代を経て、多様性の時代に入った」。そう話すのは「グループアイドル進化論」の共著があるライターの岡田康宏さん(37)。サッカーにも詳しい岡田さんは「Jリーグが始まった20年前、若者はサッカースタジアムに向かった。今はそれがアイドルの現場になっている。みんなと一緒に盛り上がって楽しみたいという文化は共通するのではないか」。濱野さんは「地域社会や職場の人間関係が希薄化している中で、地下アイドルはその埋め合わせをするものの一つかもしれません」と指摘する。「週に3、4回会って話すのは私の場合、実家の両親とよりはるかに多い。メンバーへの疑似的な恋愛感情もありますが、いつも現場で顔を合わせているのでファン同士も親しくなってコミュニティーが築かれる」と話す。
オタクは個室にこもってビデオや雑誌に見入っているものと思っていたが、いまどきのオタクは連日のようにライブに足を運び、アイドルやファン仲間と直接会話を楽しむ。ネット社会の今だからこそ、生身の人間関係が求められているのかもしれない。
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最終更新:9月17日(火)15時56分
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