地域再生の嚆矢となり得るか「小倉記念」の岐路
「土着権力」の形成と衰亡──。小倉記念病院と理事長兼病院長である延吉正清の現状についてこれまで2回にわたって詳報してきた。今号で一端の終止符を打つにあたり、冒頭の一文を想起した。
延吉にはこの間取材を申し入れてきたが、黙殺あるのみ。延吉側の理事会を事実上差配しているとみられる弁護士・清原雅彦にも取材を試みたが、こちらも返答がなかった。
前号発行後、匿名の電子メールでの「情報提供」が相次いだ。中には誤字だらけの文面で記事の「意図」や「執筆者」をただす体を装った恫喝・脅迫まがいのものまであった。商業出版の意図などあらためて問うべきものではない。本誌掲載記事の文責は編集部にある。愚問というほかない。このメールも含め、全てに氏名を明かした上で対面か電話による取材を申し込んだが、期限までに応じるとの回答は皆無だった。
理事長・病院長独占の弊害
延吉が平成紫川会理事長に就任したのは2006年のことだ。初代理事長である島村秀一の後を襲った人物の退任が決まった。後任には意中の人物がいたものの、延吉は理事・評議員の顔ぶれを自分の患者一色に染め上げていく。工作の結果、病院長・理事長兼任の座を手にした。
「兼任によって延吉の独走に歯止めが利かなくなった。本来の性格がむき出しになり、病院と財団は完全なワンマン体制下に置かれることになってしまいました」(病院関係者)
今日に至る混乱の原因の一端はこの独裁体制にある。理事長・病院長兼任によって内部統制が機能しなくなる危険性。病院経営上あってはならない事態をどう考えればいいのか。
「高齢化によって日本の社会保障費、医療費は増大の一途をたどっています。小倉記念病院にしても収益改善の余地は十分ある。ただ、医師でありながら経営のプロという人はそれほど多いとはいえない。医療との分離。この方向性は将来、日本の産業構造を変える上で一つの鍵になります。その意味で小倉記念は壮大な失敗事例。公共の福祉を考えても、許されることではない」(病院経営に詳しいコンサルタント)
「社会保険病院だった時代、小倉記念の経営状態には社会保険庁がかなり口を出していました。ところが、財団法人になった途端、『自治』が求められる。この段階で理事長の意に沿う理事・評議員で周囲を固められれば、手の出しようがない。株式会社で取締役会を株主総会が牽制するような仕組みは財団にはありません」(経営の内情を知るOB)
延吉は福岡県の高額所得者十傑に名を連ねる大立て者だ。本業で年商1000億円を稼ぐ理事も平成紫川会にはいるが、それより上を行く。年収にして実に3億7000万円。
「病院・財団の私物化以外の何物でもない。十傑の中には他にも医療者がいるが、全て個人病院のトップ。雇われ理事長、雇われ病院長で巨額の富を稼ぎ出しているのは、延吉ただ一人です」(前出OB)
一連の取材の中で、延吉の「異様なまでの金銭への執着」を多くの関係者が異口同音に証言している。
前々号で延吉の薬物依存症疑惑を取り上げた際、厚生労働省医道審議会宛の〈上申書〉を引用した。実は今年2月、同審議会に提出されたもう一通の上申書が存在する。
上申書によれば、延吉は昨年6月に来院した際、事務長の島村ら5人が見守る中、理事長室の別室(病院4階)備え付け金庫から〈封筒や100万円の帯に巻かれた新札、推定5000万円を〉鞄に詰めて持ち帰った。〈1年6カ月の間に本人が金庫に入れた現金であることは明らかであるし、病院内でやり取りされたものであると考えられる〉という。
さらに、〈院内では、延吉は患者や出入り業者から多額の現金を受け取っているとの話が職員の間では公然の秘密とされていた〉。
加えて延吉にはこんな疑惑もある。北九州市小倉南区に土地建物を所有しているというのだ。建物の名は「舞ヶ丘テニスクラブ グランツ」。
「所有者は有限会社ワイ・エヌカンパニー。本店は延吉の自宅と同じ住所。代表取締役は延吉洋子。延吉の妻と同姓同名の人物。大手ゼネコンから贈与された物件との疑いがある」(延吉を知る関係者)
4月中旬には本誌宛てに電子メールで内部通報があった。絶対匿名が条件。今は退職した病院関係者からである。数度にわたる電話取材と別の関係者への確認作業の結果、次のような事実が明らかになった。
メハーゲン(浦崎忠雄社長)グループの関連会社に「フィデスワン」という医療機器販売代理店がある。心臓カテーテルを扱う営業部と不整脈事業部である販売開発部を主とする企業だ。フィデスワンは小倉記念循環器科で使用する商品の大部分を1社でほぼ独占している。
「浦崎は延吉と癒着していました。毎週月曜日の午後6時ごろ、延吉の自宅に必ず足を運ぶ。在宅していれば、そこで会食。それだけではありません。後日、食事のお礼と称して浦崎の部下が延吉宅に5万円の商品券を届ける」(前出関係者)
浦崎に確認するため、連絡を試みたが、期限までに返答はなかった。
平成紫川会の公益法人化はまだ実現していない。病院内は現在、島村を中心とする事務部門幹部グループと、田中明副院長兼病院長代行ら副院長グループ、延吉の後押しをする清原ら弁護士グループと京都大学医学部の木村剛・循環器内科教授と坂田隆造・心臓血管外科教授の京大グループが角逐を繰り広げている。
「清原は内紛を大きくして、自分の『退職金』代わりにしようと画策している」(病院の出入り業者)
「京都大学にとって小倉記念は貴重なサテライト。有り体にいえば、天下り先です」(前出のOB)
田中、木村、坂田各氏に個別に取材を申し入れたが、回答がなかった。
地域が誇れる病院への再生
延吉は所轄警察署である小倉北署の署長が異動で交代するたび、現金50万円を渡している(小倉北署は本誌の取材に対し、これを否定)。何が目的なのかは定かではない。
昨年4月には病院に勤務していた福岡県警元警部が地元広域暴力団に銃撃され、重症を負う事件が発生。大きく報道されたのは記憶に新しい。
島村派は病院の再生を視野に入れている。延吉体制下の「惰性の経営」とは決別し、診療科を再編。中央から知名度の高い医師を招請し、ドリームチームでアジア各国の富裕層を呼び込む。すでに都内の病院長級からも協力の内諾を得ている。
旧弊を絶ち、地域再生に踏み出せるか。答えは近く出る。
(敬称略)
2013年5月 1日 09:30 | 事件・医療・厚生労働省・病院・社会