2013年04月02日 (火) | 編集 |
第2回
病気と聞かされていた婆ちゃんは、ピンピンしていた …
「何これ? イガイガ動いてる」
アキは生きているウニを見るのは初めてでした。
「何でウニ採ってるの?」
橋の上に上がってきた夏の元へ駆け寄ってアキは尋ねました。
「仕事だからね」
「仕事? お婆ちゃん、もしかしてあれ? … ウニ採り婆あ」
「海女だ」
「あまってなに?」
… … … … …
「やっぱりここにいたのか」
「夏ばっぱ、海開きは明日だよ」
海女仲間の弥生たちが夏を見つけて集まってきました。
「夏ばっぱ … え、お婆ちゃん?」
アキは、弥生たちの会話からこの女性が自分の祖母、夏だということを知りました。
「わらし、待ってろ」
夏はそう言うと、橋の上に腰かけ、手慣れた手つきで道具でウニを真っ二つに割って、アキに差し出しました。
「ほら、大丈夫だ … 食え」
アキがためらっていると、手で口を押えて、ウニの身を押し込みました。
「どうだ、うまいか?」
「この味がわかれば、酒飲みの証拠だ」
海女たちはアキに注目します。
「うまっ!」
機嫌をよくした夏は、アキにもう一口食べさせました。
「うまっ!」
… … … … …
一方、春子の方は …
「ごめん、春ちゃん … ダマすつもりは、ねかったんだ」
土下座する大吉に春は冷たく言い放ちました。
「ダマされてませんけど … そもそも、大吉さんが何であたしのアドレス知ってるのかが疑問なんですけれど」
「漁協の安部ちゃんから聞いた」
アキに“まめぶ”を勧めた安部小百合です … しかし、春子は小百合にも教えた覚えはありませんでした。
「またまた、おめえら同級生だべ?」
いつからいたのか、安部小百合42歳も玄関に腰かけていました。
「いやいや、同級生って言っても … 春ちゃんは学園のマドンナで、あたしなんか校庭の片隅でひっそりと干からびているセミの死がいですもの … 」
… … … … …
「アドレスの件はいいよ、変えるから … それよりさ、このメール!
『お母さん倒れた!(‘j’)/』
『今、救急車を呼んだYO!(‘j’)/』
『いしきがないYO!(‘j’)/』
… まあ、文章はいいや、このさ、顔文字どういう意味なの?」
(‘j’)/(‘jj’)/(‘jjj’)/
大吉は一言 …
「じぇ!」
… … … … …
アキはご機嫌で、スイーツでも食べるようにウニを食べ続けていました。
「じぇ! このわらしさ、ひとりでウニ7個も」
かつ枝があきれたように笑いながら言いました。
「じぇ!って何ですか? … おばちゃんたち、さっきからじぇ!じぇ!って言ってるから何だろうと思って」
アキが尋ねると、美寿々が答えました。
「袖が浜の訛りだ、昔からびっくりした時、じぇ!って言うのさ」
「へえ … じゃあ、すごくびっくりした時は?」
「じぇ!じぇ!」
「ものすごくびっくりした時は?」
「じぇ!じぇ!じぇ!」
アキの無邪気な質問に海女たちは愉快そうに笑い声をあげました。
… … … … …
「ウニ、もう一個いいですか?」
「4千円」
アキが8個目にウニをねだると、夏は冗談でそう言いました。
「夏ばっぱ、このわらしさ、春ちゃんの娘だよ」
かつ枝に知らされると、夏の顔色が変わりました。
「春子の?」
「んだ、あんたの孫しゃ」
笑顔が消えた夏は、改めてアキを見ると、手を出して言いました。
「3千円」
「じぇ!じぇ!じぇ!」
… とアキ。
… … … … …
春子は、大吉に顔文字の説明を受けていました。
「へえ、だからこのじぇ!じぇ!じぇ!(j j j)ってじぇ!(j)が増えてるわけね」
「びっくりした?」
「しねえよ! … だいたい、ウソだってわかってたし … 取りあえず、こんな見え透いたウソまでついて、あたしを呼び戻した理由を教えてください」
少し得意になりかけた大吉に突っ込みを入れて、春子は聞きました。
説明しようとする大吉を小百合が制しました。
「その前に、大事な話が」
小百合は、大吉の隣に畏まりなおすと、目くばせしました。
「… ああ、わかってる」
不審な顔でふたりを見る春子。
「実は、俺たち … 離婚したんだじゃ」
… … … … …
「 … で?」
「そこは、じぇ!だろ?」
不満そうな大吉。
「だって、結婚したことも知らなかったしさ … いつ?」
小百合は答えました。
「18年前 … 」
「いえ、結婚じゃなくて離婚が」
「だから、18年前 … 」
小百合に代わって大吉が答えます。
「18年前に結婚して、半年で離婚したんだ」
春子はうなずきましたが、だからどうしたという話でした。
「で?」
… … … … …
現在、袖が浜の海女は、夏をリーダーに長内かつ枝59歳、今野弥生56歳、熊谷美寿々50歳、そして安部の全員で5人しかいません。
「その夏さんが、今年限りで海女クラブの会長を辞めて、引退するっと言い出したの」
「今年で65歳だべし、老体に鞭打ってまで潜りたくないって … 」
それを聞いたかつ枝や弥生、美寿々までも「夏さんが辞めるなら」自分たちも辞めると言い出したのです。
「そうなると、来年から最年少の安部ちゃんがひとりで潜ることになる!」
大吉は、声を大にしましたが、春子にしてみれば、やはりだからどうしたという話でした。
「で、何か問題でも?」
… … … … …
「大問題だべ、最年少ったって42歳だぞ!」
「深刻な後継者不足なんです」
血相を変えて訴える大吉と小百合。
「その後継者問題とあたしと何の関係があるの? … ちょっと何してるの?!」
ふたりは土間まで後ずさって下りて、春子に向かって土下座しました。
「春ちゃん、海女さんになってけろ! … 来年から、夏さんの代わりに潜ってけろ!」
… … … … …
「大吉さん、それ本気で言ってるの?」
「 … なんなら、今年からでも、な」
「んだんだ、ちょうど明日海開きだし」
春子の意志も確認せずに話を進めようとするふたり。
「無理無理無理! あたしだって42歳だもん、同級生じゃん」
「同級生っていっても、春子さんは学園のマドンナで、あたしなんか机の中に入れたまんま忘れられて干からびたコッペパンに生えたカビですもの … 」
… カビって、どこまで卑屈なの …
「頼む! 北の海女は町の大事な観光資源なんだ!」
… … … … …
北三陸地方の男性の多くは、遠洋漁業の漁師で、一年の大半を海で過ごします。
家長が留守の間、家を守り生計を立てるのが、女の役目 … 伝統的な海女漁は今も各地で行われていますが、その中で日本のみならず、世界的にみても最北端に位置するため、袖の海女は「北の海女」と呼ばれています。
… … … … …
アキは、夏たちの後について、海女クラブを訪れていました。
部屋の壁に所狭しと飾られた古い海女の写真。
「このきれいな人、お婆ちゃん?」
「いや、おらだ」
「おめえはこっちだ、それはおらだ」
きれいな人と言われて、皆が自分だと主張しあっています。
… … … … …
「夏ばっぱが海女クラブを作った頃、昭和50年か … あの頃がピークだったなあ」
最盛期の思い出に浸る大吉と小百合。
「懐かしんでる場合でねえべ! 北の海女の伝統をここで絶やすわけにはいかねえんだ」
いくら熱く語られても、春子にとっては、興味のない話でした。
「海女と北鉄は観光の二枚看板だべ!」
… … … … …
「夏ばっぱの見事な潜りを見物した後は、北鉄さ乗ってリアスの限定30食ウニ丼食いながら、車窓の景色を眺めるのが、定番コースだべな」
その限定ウニ丼も夏は今年いっぱいで止めると言っていると小百合が嘆きました。
「ちょっと待ってよ … その観光の二枚看板のどっちも、ウチの母親が背負っているってこと?」
「んだ」
何の躊躇もなく答える大吉に春子はムっとしました。
「背負わせないでよ、64の婆さんにさあ」
… … … … …
「もちろん、海女と北鉄だけでねえ … 他にも名物あるさ」
と言ったものの、他に何も思いつかない大吉に代わって小百合が言いました。
「まめぶ!」
「いやあ、まめぶは違う … 安部ちゃんが思ってるほど、まめぶに将来性はねえ」
不満そうな小百合に大吉は続けました。
「大体、甘いのか辛いのかもわかんねえ、おかずなのかおやつなのかもわかんねえものを、どんな顔して客に出せばいい? それに、まめぶは … 」
春子がだんだんイライラしてくるのがわかりました … 余程まめぶのことが嫌いなのでしょうか。
「もうやめてよ、ひとんちの玄関先で、まめぶまめぶまめぶって … まめぶの将来なんてどうでもいいの! … 大体何なの、何しに来たの?」
… … … … …
「だから、夏さんの後を継げるのは、春ちゃんしかいねえってば」
「いやっ! 絶対にいや … あたしには、あたしの人生があるの、生活があるの!」
大吉は座りなおし、改めて話しはじめました。
「春ちゃん … あんたら親子の間に … その、いろいろ、いろいろ … いろいろあったの知ってる」
「いろいろ? いろいろ? … いろいろあったよ」
… … … … …
「こんなド田舎いたくねえ」
その日開通した北鉄に乗ってこの町を出て行く18歳の春子に20歳の大吉は尋ねました。
「母ちゃんの後継いで、海女になるのがそんなにいやか?」
… … … … …
「あれから24年、絶縁状態だもんなあ」
しみじみと語る大吉。
春子は仏壇に飾ってある父・天野忠兵衛の写真に線香をあげながら言いました。
「お父ちゃん死んだのも知らされてなかったし … 」
それを聞いて驚くふたり。
… … … … …
外から賑やかな声が聞こえてきました。
夏が海女仲間を連れて帰って来たようです。
「ただいま!」
元気よく家に入ってきたアキに春子は尋ねました。
「何処行ってたの?」
「海 … 海、見に行けって言ったじゃん」
いつもと何か感じが違うアキを見て狐につままれたような顔をする春子です。
「ああ、疲れたあ」
アキは大の字になってひっくり返ってしまいました。
「てえしたもんだぞ、このわらしな、ひとりでウニ8つもかっ食らったよ」
「さすが、夏ばっぱの孫だ」
すっかり海女たちと打ち解けたアキが一緒に楽しそうに笑いました。
一番後から、夏が入ってきました。
春子を一瞥しましたが、何も言わずに玄関に腰かけて靴を脱ぎ始めます。
気まずい雰囲気を察した海女たちは適当な口実を口にしながら帰って行きました。
… … … … …
「どうしたの?」
蜘蛛の子を散らすように皆いなくなってしまったことを不審に思ったアキ。
母と祖母は目と目もロクに合わせず、言葉一つ交わしません。
「あ、言葉が見つからねえんだふたりとも、無理もねえ、24年ぶりの再会で」
不機嫌そうに台所へ向かう夏。
「超すげえのお婆ちゃん、ザバアって潜って見えなくなったと思ったら、ウニいっぱい抱えてザバアって上がってくるの」
興奮しながら、祖母のことを母親に報告する娘。
「引退なさるそうで … 海女クラブの会長さん、長い間ご苦労様でした」
台所の夏の背中に春子は話しかけました。
… … … … …
「夏さん、おらが春ちゃん呼んだんだ … 余計な世話だとは思ったけどね … お互い子供じゃあるめいし、母ひとり子ひとりなんだべ? 昔のことは水に流して … 」
台所から茶の間に戻ってきた夏が春子の向かいに座り、いきなり手を差し出して言いました。
「3千円 … ウニ1個500円、8個で4千円 … 家族割引で3千円」
呆気にとられる春子。
「このわらしの母親だべ? … 早いとこ払ってください」
「そりゃねえべ、夏さん … 娘に向かって」
さすがの大吉も夏を諌めました。
「心配して飛んできたんだ、東京から … なあ、春ちゃん?」
「それにしちゃあ、荷物がやたら大きいが」
玄関に置かれたスーツケースを見て夏が嫌味っぽく言いました。
「悪いが、おらまだまだ引退などしねえど」
大吉が慌てだします … この男、また口から出まかせを??
「いやいや言ったべ夏さん、もう限界だって」
「来年も再来年も潜る、自分が食う分は自分が稼ぐさ … あんたの世話にはなりません!」
春子に向かって、言い捨てると再び台所に向かいました。
… … … … …
どっと力が抜けた春子は、ため息をつきました。
「ばっかバカしい … 勝手にして!」
食卓に3千円叩きつけると、立ち上がって玄関に向かいます。
「アキ、帰るよ」
アキは立ち上がりましたが、祖母の方を向いていて動こうとしません。
「何してるのアキ? … こんなところにいたって、しょうがないんだから!」
… … … … …
しかし、アキはまたその場所に膝を抱えて座り込んでしまいました。
「アキ、東京帰るよ!」
春子が怒鳴っても、アキは動きませんでした。
そんなふたりを我関せず、夏は食事をとり始めました。
「いやだ … 帰りたくない」
母親が怖くて動けなかったわけではありません … アキは動かなかったのです、自分の意志で …

まめぶでB1グランプリ?
病気と聞かされていた婆ちゃんは、ピンピンしていた …
「何これ? イガイガ動いてる」
アキは生きているウニを見るのは初めてでした。
「何でウニ採ってるの?」
橋の上に上がってきた夏の元へ駆け寄ってアキは尋ねました。
「仕事だからね」
「仕事? お婆ちゃん、もしかしてあれ? … ウニ採り婆あ」
「海女だ」
「あまってなに?」
… … … … …
「やっぱりここにいたのか」
「夏ばっぱ、海開きは明日だよ」
海女仲間の弥生たちが夏を見つけて集まってきました。
「夏ばっぱ … え、お婆ちゃん?」
アキは、弥生たちの会話からこの女性が自分の祖母、夏だということを知りました。
「わらし、待ってろ」
夏はそう言うと、橋の上に腰かけ、手慣れた手つきで道具でウニを真っ二つに割って、アキに差し出しました。
「ほら、大丈夫だ … 食え」
アキがためらっていると、手で口を押えて、ウニの身を押し込みました。
「どうだ、うまいか?」
「この味がわかれば、酒飲みの証拠だ」
海女たちはアキに注目します。
「うまっ!」
機嫌をよくした夏は、アキにもう一口食べさせました。
「うまっ!」
… … … … …
一方、春子の方は …
「ごめん、春ちゃん … ダマすつもりは、ねかったんだ」
土下座する大吉に春は冷たく言い放ちました。
「ダマされてませんけど … そもそも、大吉さんが何であたしのアドレス知ってるのかが疑問なんですけれど」
「漁協の安部ちゃんから聞いた」
アキに“まめぶ”を勧めた安部小百合です … しかし、春子は小百合にも教えた覚えはありませんでした。
「またまた、おめえら同級生だべ?」
いつからいたのか、安部小百合42歳も玄関に腰かけていました。
「いやいや、同級生って言っても … 春ちゃんは学園のマドンナで、あたしなんか校庭の片隅でひっそりと干からびているセミの死がいですもの … 」
… … … … …
「アドレスの件はいいよ、変えるから … それよりさ、このメール!
『お母さん倒れた!(‘j’)/』
『今、救急車を呼んだYO!(‘j’)/』
『いしきがないYO!(‘j’)/』
… まあ、文章はいいや、このさ、顔文字どういう意味なの?」
(‘j’)/(‘jj’)/(‘jjj’)/
大吉は一言 …
「じぇ!」
… … … … …
アキはご機嫌で、スイーツでも食べるようにウニを食べ続けていました。
「じぇ! このわらしさ、ひとりでウニ7個も」
かつ枝があきれたように笑いながら言いました。
「じぇ!って何ですか? … おばちゃんたち、さっきからじぇ!じぇ!って言ってるから何だろうと思って」
アキが尋ねると、美寿々が答えました。
「袖が浜の訛りだ、昔からびっくりした時、じぇ!って言うのさ」
「へえ … じゃあ、すごくびっくりした時は?」
「じぇ!じぇ!」
「ものすごくびっくりした時は?」
「じぇ!じぇ!じぇ!」
アキの無邪気な質問に海女たちは愉快そうに笑い声をあげました。
… … … … …
「ウニ、もう一個いいですか?」
「4千円」
アキが8個目にウニをねだると、夏は冗談でそう言いました。
「夏ばっぱ、このわらしさ、春ちゃんの娘だよ」
かつ枝に知らされると、夏の顔色が変わりました。
「春子の?」
「んだ、あんたの孫しゃ」
笑顔が消えた夏は、改めてアキを見ると、手を出して言いました。
「3千円」
「じぇ!じぇ!じぇ!」
… とアキ。
… … … … …
春子は、大吉に顔文字の説明を受けていました。
「へえ、だからこのじぇ!じぇ!じぇ!(j j j)ってじぇ!(j)が増えてるわけね」
「びっくりした?」
「しねえよ! … だいたい、ウソだってわかってたし … 取りあえず、こんな見え透いたウソまでついて、あたしを呼び戻した理由を教えてください」
少し得意になりかけた大吉に突っ込みを入れて、春子は聞きました。
説明しようとする大吉を小百合が制しました。
「その前に、大事な話が」
小百合は、大吉の隣に畏まりなおすと、目くばせしました。
「… ああ、わかってる」
不審な顔でふたりを見る春子。
「実は、俺たち … 離婚したんだじゃ」
… … … … …
「 … で?」
「そこは、じぇ!だろ?」
不満そうな大吉。
「だって、結婚したことも知らなかったしさ … いつ?」
小百合は答えました。
「18年前 … 」
「いえ、結婚じゃなくて離婚が」
「だから、18年前 … 」
小百合に代わって大吉が答えます。
「18年前に結婚して、半年で離婚したんだ」
春子はうなずきましたが、だからどうしたという話でした。
「で?」
… … … … …
現在、袖が浜の海女は、夏をリーダーに長内かつ枝59歳、今野弥生56歳、熊谷美寿々50歳、そして安部の全員で5人しかいません。
「その夏さんが、今年限りで海女クラブの会長を辞めて、引退するっと言い出したの」
「今年で65歳だべし、老体に鞭打ってまで潜りたくないって … 」
それを聞いたかつ枝や弥生、美寿々までも「夏さんが辞めるなら」自分たちも辞めると言い出したのです。
「そうなると、来年から最年少の安部ちゃんがひとりで潜ることになる!」
大吉は、声を大にしましたが、春子にしてみれば、やはりだからどうしたという話でした。
「で、何か問題でも?」
… … … … …
「大問題だべ、最年少ったって42歳だぞ!」
「深刻な後継者不足なんです」
血相を変えて訴える大吉と小百合。
「その後継者問題とあたしと何の関係があるの? … ちょっと何してるの?!」
ふたりは土間まで後ずさって下りて、春子に向かって土下座しました。
「春ちゃん、海女さんになってけろ! … 来年から、夏さんの代わりに潜ってけろ!」
… … … … …
「大吉さん、それ本気で言ってるの?」
「 … なんなら、今年からでも、な」
「んだんだ、ちょうど明日海開きだし」
春子の意志も確認せずに話を進めようとするふたり。
「無理無理無理! あたしだって42歳だもん、同級生じゃん」
「同級生っていっても、春子さんは学園のマドンナで、あたしなんか机の中に入れたまんま忘れられて干からびたコッペパンに生えたカビですもの … 」
… カビって、どこまで卑屈なの …
「頼む! 北の海女は町の大事な観光資源なんだ!」
… … … … …
北三陸地方の男性の多くは、遠洋漁業の漁師で、一年の大半を海で過ごします。
家長が留守の間、家を守り生計を立てるのが、女の役目 … 伝統的な海女漁は今も各地で行われていますが、その中で日本のみならず、世界的にみても最北端に位置するため、袖の海女は「北の海女」と呼ばれています。
… … … … …
アキは、夏たちの後について、海女クラブを訪れていました。
部屋の壁に所狭しと飾られた古い海女の写真。
「このきれいな人、お婆ちゃん?」
「いや、おらだ」
「おめえはこっちだ、それはおらだ」
きれいな人と言われて、皆が自分だと主張しあっています。
… … … … …
「夏ばっぱが海女クラブを作った頃、昭和50年か … あの頃がピークだったなあ」
最盛期の思い出に浸る大吉と小百合。
「懐かしんでる場合でねえべ! 北の海女の伝統をここで絶やすわけにはいかねえんだ」
いくら熱く語られても、春子にとっては、興味のない話でした。
「海女と北鉄は観光の二枚看板だべ!」
… … … … …
「夏ばっぱの見事な潜りを見物した後は、北鉄さ乗ってリアスの限定30食ウニ丼食いながら、車窓の景色を眺めるのが、定番コースだべな」
その限定ウニ丼も夏は今年いっぱいで止めると言っていると小百合が嘆きました。
「ちょっと待ってよ … その観光の二枚看板のどっちも、ウチの母親が背負っているってこと?」
「んだ」
何の躊躇もなく答える大吉に春子はムっとしました。
「背負わせないでよ、64の婆さんにさあ」
… … … … …
「もちろん、海女と北鉄だけでねえ … 他にも名物あるさ」
と言ったものの、他に何も思いつかない大吉に代わって小百合が言いました。
「まめぶ!」
「いやあ、まめぶは違う … 安部ちゃんが思ってるほど、まめぶに将来性はねえ」
不満そうな小百合に大吉は続けました。
「大体、甘いのか辛いのかもわかんねえ、おかずなのかおやつなのかもわかんねえものを、どんな顔して客に出せばいい? それに、まめぶは … 」
春子がだんだんイライラしてくるのがわかりました … 余程まめぶのことが嫌いなのでしょうか。
「もうやめてよ、ひとんちの玄関先で、まめぶまめぶまめぶって … まめぶの将来なんてどうでもいいの! … 大体何なの、何しに来たの?」
… … … … …
「だから、夏さんの後を継げるのは、春ちゃんしかいねえってば」
「いやっ! 絶対にいや … あたしには、あたしの人生があるの、生活があるの!」
大吉は座りなおし、改めて話しはじめました。
「春ちゃん … あんたら親子の間に … その、いろいろ、いろいろ … いろいろあったの知ってる」
「いろいろ? いろいろ? … いろいろあったよ」
… … … … …
「こんなド田舎いたくねえ」
その日開通した北鉄に乗ってこの町を出て行く18歳の春子に20歳の大吉は尋ねました。
「母ちゃんの後継いで、海女になるのがそんなにいやか?」
… … … … …
「あれから24年、絶縁状態だもんなあ」
しみじみと語る大吉。
春子は仏壇に飾ってある父・天野忠兵衛の写真に線香をあげながら言いました。
「お父ちゃん死んだのも知らされてなかったし … 」
それを聞いて驚くふたり。
… … … … …
外から賑やかな声が聞こえてきました。
夏が海女仲間を連れて帰って来たようです。
「ただいま!」
元気よく家に入ってきたアキに春子は尋ねました。
「何処行ってたの?」
「海 … 海、見に行けって言ったじゃん」
いつもと何か感じが違うアキを見て狐につままれたような顔をする春子です。
「ああ、疲れたあ」
アキは大の字になってひっくり返ってしまいました。
「てえしたもんだぞ、このわらしな、ひとりでウニ8つもかっ食らったよ」
「さすが、夏ばっぱの孫だ」
すっかり海女たちと打ち解けたアキが一緒に楽しそうに笑いました。
一番後から、夏が入ってきました。
春子を一瞥しましたが、何も言わずに玄関に腰かけて靴を脱ぎ始めます。
気まずい雰囲気を察した海女たちは適当な口実を口にしながら帰って行きました。
… … … … …
「どうしたの?」
蜘蛛の子を散らすように皆いなくなってしまったことを不審に思ったアキ。
母と祖母は目と目もロクに合わせず、言葉一つ交わしません。
「あ、言葉が見つからねえんだふたりとも、無理もねえ、24年ぶりの再会で」
不機嫌そうに台所へ向かう夏。
「超すげえのお婆ちゃん、ザバアって潜って見えなくなったと思ったら、ウニいっぱい抱えてザバアって上がってくるの」
興奮しながら、祖母のことを母親に報告する娘。
「引退なさるそうで … 海女クラブの会長さん、長い間ご苦労様でした」
台所の夏の背中に春子は話しかけました。
… … … … …
「夏さん、おらが春ちゃん呼んだんだ … 余計な世話だとは思ったけどね … お互い子供じゃあるめいし、母ひとり子ひとりなんだべ? 昔のことは水に流して … 」
台所から茶の間に戻ってきた夏が春子の向かいに座り、いきなり手を差し出して言いました。
「3千円 … ウニ1個500円、8個で4千円 … 家族割引で3千円」
呆気にとられる春子。
「このわらしの母親だべ? … 早いとこ払ってください」
「そりゃねえべ、夏さん … 娘に向かって」
さすがの大吉も夏を諌めました。
「心配して飛んできたんだ、東京から … なあ、春ちゃん?」
「それにしちゃあ、荷物がやたら大きいが」
玄関に置かれたスーツケースを見て夏が嫌味っぽく言いました。
「悪いが、おらまだまだ引退などしねえど」
大吉が慌てだします … この男、また口から出まかせを??
「いやいや言ったべ夏さん、もう限界だって」
「来年も再来年も潜る、自分が食う分は自分が稼ぐさ … あんたの世話にはなりません!」
春子に向かって、言い捨てると再び台所に向かいました。
… … … … …
どっと力が抜けた春子は、ため息をつきました。
「ばっかバカしい … 勝手にして!」
食卓に3千円叩きつけると、立ち上がって玄関に向かいます。
「アキ、帰るよ」
アキは立ち上がりましたが、祖母の方を向いていて動こうとしません。
「何してるのアキ? … こんなところにいたって、しょうがないんだから!」
… … … … …
しかし、アキはまたその場所に膝を抱えて座り込んでしまいました。
「アキ、東京帰るよ!」
春子が怒鳴っても、アキは動きませんでした。
そんなふたりを我関せず、夏は食事をとり始めました。
「いやだ … 帰りたくない」
母親が怖くて動けなかったわけではありません … アキは動かなかったのです、自分の意志で …
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