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プロデューサーに学ぶアイデアを現実にする力 第6回 公務員プロデューサーが世界的科学者の種を蒔く 横浜市教育委員会 内田 茂氏

スキル・キャリア 鈴木 貴博 2009年09月29日

理系離れの逆風の中で、科学技術高校の新設に挑む
~プロデューサーが持つ責任感とは

 横浜市立サイエンスフロンティア高校という新設校をご存知だろうか。
もともとは地元の工業高校を再編する計画が、科学者を育てる高校を作ろうという構想へと大きく計画が変更され、2009年度に開校したばかりの市立高校である。それも単なる科学者でなく世界を変える科学者だ。

 計画変更を指示したのは当時横浜市の市長だった中田宏氏である。そして、構想を打ち立てる中心となったのは遺伝子工学分野の世界的科学者であり、独立法人理化学研究所ゲノム科学総合研究センター所長でもあった和田昭允東大名誉教授。生命、ナノテク、環境、情報通信の先端科学技術4分野に重点を置いた教育プログラムで「先端科学技術の知識を活用して世界で幅広く活躍する人間」を産み出せるような高校にしたいと構想をぶちあげた。そして市立高校新設としては破格の94億円の事業費が計上されることになった。

 いよいよ2年後に開校というタイミングで、このプロジェクトの実現を任されたのが今回登場いただく、横浜市役所の公務員・内田茂氏である。2007年4月、当時、「横浜市立科学技術高校」という仮称で呼ばれていた新設校の準備担当の事務方トップの任を任された。その着任時にどのような状況だったのかということからお話を伺うことにした。

 「内示のときの話では、コンセプトは出来たので、具体的なところを詰めるところからやって欲しいというでした。2年後に開校するけれど、プロジェクトとしては少し遅れているから頑張って欲しいとも」

 ところが内田氏はこのプロジェクトの実現に大きな危機感を感じた。このまま進めてもゴールは達成できないと内示の段階で問題点を見抜いていたという。

 「世界的な科学者を輩出できる高校にするためには理系分野で優秀な成績の生徒が集まる進学校にしなければいけないですよね。でも優秀な生徒を集めるための具体的な方策は開校2年前の段階ではまだありませんでした」

 それだけではない。様々な関係者に話を聞いて回ると、理系に関する評判は低く、進学校に対するアレルギーは高かった。

 「理科の先生が真顔で“理科を強調すると生徒が集まらないですよ”と進言するほどでした。ですから校名も理系をイメージさせない横浜市立『フロンティア高校』にほぼ決まりかけていたんです。そこをひっくり返すのが着任最初の仕事でした」

 正確に言えば、内田氏が着任する時には校名は正式決定しているスケジュールだった。内示段階でその情報を耳にし、危機感を感じた内田氏は、上司に談判して正式決定を1ヶ月遅らせることを約束させた。このとき内田氏は何を考えていたのか。

 「94億円というとてつもない予算を投入する市の事業だという責任感が大きかったですね。それだけの税金を投入するのに、このままでは普通の高校を作ることになりかねないと思ったんです。まず理系とか科学から逃げてはダメだと思い、校名を“サイエンスフロンティア高校”にすべきだと考えました。それを認めさせるのが最初の仕事でした」

 公務員・内田茂氏の特徴を、プロデューサーという切り口で分析してみよう。

 ユニークな市長と世界的な学者が創ったコンセプトがあるとはいえ、普通に考えればそれに近い内容の新設高校をひとつ作り上げれば、仕事としては十分だ。それで自分のミッションも達成したと考える人の方がビジネスマンでも大多数ではないだろうか。しかし、内田氏はコンセプトが本当に実現されている世界を創ろうと決心した。その意欲の背景には、94億円を支出した市民への強い責任感がある。そして出資者への責任感は、プロデューサーが持つ重要な資質のひとつである。

 もうひとつある。コンセプトと現在地のギャップを冷静に測定できることもプロデューサーの持つべき重要な別の資質である。コンセプトと現在地にはこの時点で大きなギャップがあった。今回の新設高校計画の場合、それを埋めるためには「内容」と「ブランド」と「集客」の3つが欠けている。特に自分が着任する直前に、ブランドが毀損しかねない事態が起きていた。

 「1ヶ月時間を稼いだ上で、どうすれば決まりかけている校名を変えることができるか必死で考えました。いろいろと調べて見ると、コンセプト段階で参加いただいた学者の中にサイエンスフロンティア高校という校名を推す意見があったという書類を発見したことと、高校が建てられる地域が横浜市ではサイエンスフロンティア地区と呼んでいるという事実があったこと、このふたつを示して、校名変更を実現することができました」

 実は、科学技術高校のコンセプトを創り、現在では横浜サイエンスフロンティア高校の常任スーパーアドバイザーとして週1回来校して生徒を指導する和田昭允東大名誉教授もこのプロセスで力になってくれた。

 「和田さんが“サイエンスが校名に入らないなら私は降りるよ”とおっしゃってくれた。それで新校名にすんなり変更することができました」

 こうした状況で内田氏は開校準備の責任者として本格的に動きはじめるのだが、プロデューサーとしての手腕が問われるのはその直後のことである。



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コラムニスト・プロフィール

鈴木 貴博すずき たかひろ

事業戦略コンサルタント。百年コンサルティング株式会社代表取締役。  東京大学工学部物理工学科卒。ボストンコンサルティンググループ、ネットイヤーグループ(東証マザーズ上場)を経て独立。  企 ...

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