「まず今回の帝国の被害について、ジルグスはどのような形で謝罪、そして保障をしていただけるのかをお聞きしたい」
切り出したのはエルドランド。
はなから今回の事件の責任は全てジルグスにあるという態度だった。
「謝罪と補償、それは妙な話ですな。これは魔族の仕業と言うのは事前に報告した通りで、ジルグスもいわば被害者であるということは事前にお知らせしたはずです」
キルレンが毅然とした態度で応える。
ジルグス国の方針としては下手に虚偽を混ぜて報告をして、難癖をつけられてもたまらないので事実をありのまま報告し、全て魔族の所為だと責任を押し付け、むしろこちらも被害を受けているとするつもりだった。
「それを素直に信じろと言うのはいくらなんでも無茶な話だ。それがまかり通るなら、全て魔族の所為にできてしまう。何よりその魔族と言うのが非常に眉唾ものと言うか、到底信じられん」
魔族は確実に存在する人族全体の脅威だが、現在その脅威に直接触れたものは皆無に近い。
一般人にとっては、ほとんどおとぎ話も同様になっている。
「さよう、そもそも魔族が人族領内にてそのように活動をしたなど、ここ三百年ありませぬ」
ベアドーラがエルドランドに追随する形で言う。
「それを証明するための証人を用意しております。魔族と戦闘し討ち取った者です」
キルレンの紹介に早速出番か、と思いつつカイルが前に出る。
「報告にあった、魔族を討ち取ったというのはお前か?」
カイルをエルドランドの射すくめるかのような眼が貫く。
精神の弱いものならそれだけで震え、何もできなくなるかのような眼光だが、カイルは平然としていた。
「はい、カイル・レナードと申します。正確には魔族は二人で、一人を討ち取りもう一人は撃退しました」
更にいうなら逃げられたというより逃がしたなのだが、そこまで正直に言う必要は無い。
「……口だけでは何とでも言える。お前はジルグスの直接の家臣ではないようだが国民であるのは変わらず信用はできない。魔族がいたという何か明確な物証でもなければな」
「それは当然でしょう。実際に魔族がいて、それを倒した証拠はこれになります」
カイルが取り出したのは、角。
魔族ガニアスからカイルが斬りおとした羊角だ。
それを見た瞬間、糸のように細められていたベアドーラの目が開く。
角にまとわりつくかのような人族とは違う異質な魔力の残り香を感じ取ったのだ。
震える手でカイルから角を受け取り、しげしげと観察した後深くため息をつく。
「これは間違いなく強力な力をもった魔族の、それも保存されているような遺物ではなく、最近斬りおとされた角に間違いありませんな。このようなものが現在の人族領に存在するとは信じ難いですが、こうしてある以上……」
認めざるを得ない、そんな口ぶりだった。
帝国側に沈黙が訪れる。
ベアドーラが認めた以上帝国そのものが魔族の存在を認めた事になるのだ。
「……なるほど、これが魔族の物だという事はわかった。しかし魔族が本当に関わっていたとしてもだ、それが本当にこの大使館での殺戮に関与しているかどうかはわからないのでは?」
「では少々考え方を変えてくれませんか? 帝国の大使館の人員の半数とワイバーンを含めた飛龍騎士団、更には宮廷魔導士第二位のアルザード殿をほぼ一瞬で討ち取る……これが魔族以外に出来ると思いますか?」
「む……」
こう言われてはエルドランドも押し黙るしかない。
カイルの言う通り大使館の生き残りの証言からも、襲撃は大規模人数で行われたのではなく少数によるもので、短時間で行われたとは解っている。
そして自国の戦力に自信を持つ帝国からすれば、そんな相手がそうそういてはたまらない。
「ふむ……だがそうなると、お前達はそれだけのことをした強力な魔族よりも強い、そういう事になるが?」
「はい、その通りです。自分たちは帝国騎士団や宮廷魔導士を倒した魔族、それよりも強いです」
ためらいなく、はっきりとカイルは言った。
そんなカイルを見てエルドランドは流石に少し呆れた顔になり苦笑することとなる。
「なるほど、大した自信だ……だが全て魔族単独で起こしたわけではないのは解っている。例えば誘拐事件については命令を出したのはカランの都市長だという事ではないか。そしてカランは現在ジルグスの支配下にある。その事についてはどうかな?」
エルドランドの問いに、出番だと言わんばかりにオーギスが出てくる。
「その件に関してですが、命令に従っていた実行犯を捕え詳細を聞き出しております。どうやらバックス都市長は魔族にそそのかされたようでして、半ば無理やり協力させられていたようです」
オーギスの説明にキルレンが事前の打ち合わせと違う、と腰を浮かしかけるがオーギスが鋭い目でキルレンを黙らせる。
こればかりは長年の経験の差、としか言いようのない迫力だった。
「それはジルグスに都合の良い解釈ではないか? その都市長が目的の為に魔族を引き入れたかもしれないではないか」
「いえ、その実行犯の話を聞く限りそうとしか判断できませんもので。その捕えた者達もそれなりに信用できるかと……何せガルガン帝国の元工作兵なのですから」
ポロリという感じで、何でも無い事のように付け加えるオーギス。
工作兵、それを聞いた瞬間ざわりと帝国側に動揺がはしった。
「……事前の報告にはそのような記載は無かったと思うが」
エルドランドがそれこそ睨み付けるかのような目でオーギスを見る。
「おや、そうでしたか? ならそれはこちらの記載ミスでしょうな。大変失礼いたしました」
しれっと言い、頭を下げ謝罪するオーギス。勿論わざとで、事前にこの事について対策をされないためにだ。
「ただそちらのお手を煩わせないようすでに裏どりはしておりまして、確認した結果間違いないとの事です。あ、これがその詳細です」
その捕えた元工作兵の情報、名前や所属していた部隊、似顔絵などが明記されている紙を渡した。
控えていた文官がすぐに確認の為に室外に出ていったが、エルドランドはオーギスの態度からこれが事実だろうとほぼ確信していた。
帝国の軍の規律は厳しく、それが強さの秘密の一つにもなっているのだが、その分耐えきれず脱走兵も多い。
軍規で脱走兵は死刑なのだがそれでも無くならず、帝国の悩みの一つだ。
特にこの工作兵というのは厄介で、色々と表沙汰にはできない特殊な任務を請け負っている場合が多く、知られるとまずい情報を持っている可能性がある。
「こちらとしましてもガルガン帝国は信頼すべき同盟者、もしご希望がありましたら引き渡てもよいのですが……まあその際には改めて話し合いになるでしょうが」
何なら引き渡してもいいが、勿論それ相応の代償はいただきますと言っているのだ。
そんなオーギスを憎々しげに見る帝国陣営。
オーギスのこういった根回しは流石というところだろうが、これを己の手柄にする為キルレンにも黙っていたのだろう。
キルレンも責めるかのように睨んでいるが、オーギスは涼しい顔のままだった
この後も話し合いは続いたが平行線のままだ。
ジルグス国としては魔族が原因で責任は一切ないとの立場を崩さない。
ガルガン帝国はジルグスの責任を追及したいのだが、魔族のいた証拠と帝国の元工作兵が関わっていたという事実があってはそうもいかない。
しかし現実に被害が出ている以上食い下がる必要もあった。
証拠を捏造しいいがかりをつけて賠償を求めたり、または開戦の口実にするという手もあるが、流石にそうそう使える手でもないし今回の事は帝国にとっても突発的な事であり準備が整っていない。
今日のところは一旦終了し続きは明日、という雰囲気になり始めたころ、無遠慮にドアが音を立てて開かれ、室内にいた全員が一斉にそちらを見る。
国家間の会議の場に乱入してきたのは、派手な服をだらしなく着た明らかにこの場に不似合いな若い男だ
その男を見て帝国側の半数が怒りの混ざった苦い顔になり、半数は呆れた様に苦笑する。
「よう、ちょいと邪魔するぜ、兄貴」
不敵そうな笑みを浮かべたまま、軽い調子の声でエルドランドに話しかける。
「マイザーか、何のようだ」
マイザー・レング・ガルガン。ガルガン帝国第三皇子にして、ミレーナ王女の元婚約者だった男だ。
第三章四話です。
時間ギリギリで申し訳ありません。
さて次話ですが……明日投稿できるかちょっと微妙です。
出来れば明日投稿したいのですが、ダイジェスト化も同時に行っておりますので少々時間がかかるかもしれません。
出来る限り早く投稿いたします。
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