朝日新聞「解雇しやすい特区」は釣りタイトルな気がするよ。国家戦略特区構想の雇用について少し調べてみた

朝日新聞DIGITALにこんな記事が掲載されていました。

「解雇しやすい特区」検討 秋の臨時国会に法案提出へ(朝日新聞DIGITAL)

タイトルだけ読むとギョッとしますね。

案の定、Twitterで「解雇しやすい特区」で検索すると、反対や疑問の声を多数見ることができます。はてなダイアリーではこんな記事も見つけました。

ヒャッハー特区構想(男の魂に火をつけろ!)

いやー、朝日新聞さん、爆釣ですね。

記事にはなんだか恣意を感じたので、一次ソースを探してみました。

産業競争力会議 課題別会合(首相官邸)

こちらの「配布資料」中に言及がありましたよ、と。

国家戦略特区構想は別に雇用ルールだけに限定したものではないため、医療や教育、都市再生、農業改革なども取り沙汰されています。「公設民営学校の設置」とか、なかなかよいんじゃないでしょうか。

今回の「解雇しやすい特区」なるものについては、資料最後の別紙2に簡潔にまとまっています。A4一枚のペラ資料なので、引用しつつコメントしていきます。なお、太字は私の編集です。

開業率と対内直接投資が低水準にとどまっていることは、我が国の経済再生に向けて克服すべき重大課題。新たな起業や海外からの進出が拡大してこそ、よりイノベイティブな産業の創出、切磋琢磨を通じた競争力強化が見込める。
このため、新規開業事業者や海外からの進出企業などが、より優れた人材を確保できるよう、雇用制度上の特例措置を講ずるエリアを設ける。

基本的には、新しく起業された会社や、海外からやってきた会社を対象にイメージしているわけですね。朝日新聞の記事でも『特区内にある開業5年以内の事業所や、外国人労働者が3割以上いる事業所が対象』とちゃんと書いてあるのですが、全体の論調が批判的なため、油断すると特区内の多くの職場でこのルールが適用されるのだと誤解しそうです。

引き続き、特例措置の適用範囲について。

<特例措置>
特区内において
・開業後5年以内の企業の事業所に対して、(2)(3)の特例措置
・外国人比率が一定比率以上(30%以上)の事業所に対して、(1)~(3)の特例措置

この条件を逆にいうと、開業6年以上で、外国人労働者が30%未満の事業所」は対象外となるわけですな。データがないのでわからないのですが、ほとんどの事業所は対象外になりそうです。ほぼ、これから新しくできる事業所を対象にしていると考えてよいのでは。

(1)有期雇用
・契約締結時に、労働者側から、5年を超えた際の無期転換の権利を放棄することを認める。これにより、使用者側が、無期転換の可能性を気にせず、有期雇用を行えるようにする。
→ 「労働契約法第18条にかかわらず無期転換放棄条項を有効とする」旨を規定する。

個人的には天下の悪法だと思っている、「5年以上働いたら無期雇用に転換できる権利」をゆるめますという話。この規制のせいで雇い止めが頻発しましたからな。よろしいんではないでしょうか。

(2)解雇ルール
・契約締結時に、解雇の要件・手続きを契約条項で明確化できるようにする。仮に裁判になった際に契約条項が裁判規範となることを法定する。
→ 労働契約法第16条を明確化する特例規定として、「特区内で定めるガイドラインに適合する契約条項に基づく解雇は有効となる」ことを規定する。

朝日新聞記事では、『「遅刻をすれば解雇」といった条件で契約し、実際に遅刻をすると解雇できる。』と煽っている「解雇しやすい」ルールについて述べた箇所ですが、但し書きとして「でも、ガイドラインに沿わない解雇は無効なんだからね!」とあります。

現行の労働法よりも、企業との雇用契約を優先するという意味では朝日新聞の記事は間違っていないのですが、さすがに「遅刻一発で解雇」はガイドラインで禁止するんじゃないでしょうか。パワハラ解雇を防ぐ程度の内容はきっと盛り込まれるでしょう。まあ、中身が出てこないとわからないので、あくまで予想なんですけれど。

(3)労働時間
一定の要件(年収など)を満たす労働者が希望する場合、労働時間・休日・深夜労働の規制を外して、労働条件を定めることを認める。
→ 労働基準法第41条による適用除外を追加する。

奴隷的労働の復活とも受け止められるこの条項ですが、「一定の要件」が何なのかで意味が大きく変わります。低年収で残業代なしではブラック企業を量産してしまいますので大問題でしょう。ネットの反応でもここに注目したものが多かったようです。

ではどんな条件なのか、この資料中には言及がないのですが、まさかの赤旗で記述を見つけました。

主張 国家戦略特区 解雇自由、残業代ゼロの企て(しんぶん赤旗)

これによると、「課長級、年収800万円以上」が対象となる模様です。バリバリのエリートホワイトカラーが対象で、ほとんどの人には関係ありません。国税庁の民間給与実態統計調査によれば、平成23年度で800万円以上の給与収入を得ている人は全体の8%に過ぎないようです。

平成23年分 民間給与実態統計調査(国税庁) ※PDF

っていうか、この層って現状でもすでに裁量労働に近い形で働いているんではないかと思うのですけれど。現状を追認するだけで、実際的な意味を持つ条項とはあまり感じません。

推測が多くて申し訳ないんですが、具体的な法案が出ていない現時点ではこれくらいしか言えないかなと。反対賛成以前に材料が乏しい。ともあれ、巷で騒がれているように企業の横暴を許すための法案ではないと思いますね。

個人的には、雇用の流動性を上げないと、いくら景気がよくなってもなかなか失業率は改善しないと考えておりますので、特区をうまく使って実験と実証を重ねつつ、全体として最適な労働法改善に結びついていったらいいなあと。(声高に反対している人たちは、それが嫌なんだろうけど)