サンフランシスコ平和条約
1. 国際法における条約解釈
1.1 条約の解釈の基本原則
条約の解釈は文言主義解釈を基本としており、ウィーン条約法条約第31条及び32条に成文化されている。
ウィーン条約法条約(1969年)
第31条 解釈に関する一般的な規則
1 条約は、文脈によりかつその趣旨及び目的に照らして与えられる用語の通常の意味に従い、誠実に解釈するものとする。
2 条約の解釈上、文脈というときは、条約文(前文及び附属書を含む。)のほかに、次のものを含める。
(a) 条約の締結に関連してすべての当事国の間でされた条約の関係合意
(b) 条約の締結に関連して当事国の一又は二以上が作成した文書であつてこれらの当事国以外の当事国が条約の関係文書として認めたもの
3 文脈とともに、次のものを考慮する。
(a) 条約の解釈又は適用につき当事国の間で後にされた合意
(b) 条約の適用につき後に生じた慣行であつて、条約の解釈についての当事国の合意を確立するもの
(c) 当事国の間の関係において適用される国際法の関連規則
4 用語は、当事国がこれに特別の意味を与えることを意図していたと認められる場合には、当該特別の意味を有する。
第32条 解釈の補足的な手段
前条の規定の適用により得られた意味を確認するため又は次の場合における意味を決定するため、解釈の補足的な手段、特に条約の準備作業及び条約の締結の際の事情に依拠することができる。
(a) 前条の規定による解釈によつては意味があいまい又は不明確である場合
(b) 前条の規定による解釈により明らかに常識に反した又は不合理な結果がもたらされる場合
1969年のウィーン条約法条約ではあるが、国際司法裁判所の判例において31条32条は既に存在した慣習法を成文化したものに過ぎないとして1891年の条約解釈に援用しており、1951年発効のサンフランシスコ条約への適用に問題はない。
Sovereignty over Pulau Ligitan and Pulau Sipadan , 2002(国際司法裁判所)
裁判所はインドネシアがウィーン条約法条約に参加していないことに留意する。しかしながら、裁判所は慣習国際法に基づき第31条及び第32条に反映されたものであることを想起するだろう。(The Court notes that Indonesia is not a party to the Vienna Convention of 23 May 1969 on the Law of Treaties; the Court would nevertheless recall that, in accordance with customary international law, reflected in Articles 31 and 32 of that Convention:)
※Territorial Dispute (Libyan Arab Jamahiriya/Chad),Kasikili/Sedudu Island (Botswana/Namibia)でも同様な判決あり。
1.2 条約解釈の補足的手段
国際法学者のブラウンリーは草案等の補足的手段について以下のように述べている。
PRINCIPLES OF PUBLIC INTERNATIONAL LAW by Ian Brownlie
一般に国際司法裁判所および常設国際司法裁判所は条約文がそれ自体で十分に明確であるときには、準備作業に頼ることはなかった。いくつかのケースにおいて裁判所は他の手段により到達した結論を確認するために準備作業を利用してきた。(中略)国際法委員会は、起草に参加しないで条約に加入する国々が加入以前に検討できたと思われる準備作業は自国にとって承認しがたいとは主張できないとの見解をとってきた。
また、東グリーンランドの判例において、グリーンランド等へのノルウェーの請求権を放棄するとした1819年の条約第9条の『キール条約一般およびとくにその第六条【財産条項】に関連して全てのことが完全に解決された』についてノルウェーとデンマークによりその解釈が争われた。キール条約の第四条ではグリーンランドをデンマークに残すとされており、デンマークの解釈では第四条も含むとされ、ノルウェーは財政処理に関するものだけだと主張した。
Legal Status of Eastern Greenland, 1933 常設仲裁裁判所(Permanent Court of International Justice)
確かに1819年7月16日コペンハーゲンにおいてデンマーク側委員により作成された第一次条約草案(草案6条が9月1日の条約第九条に相当)は、もっぱら財政問題に関するものであったことに注意されよう。この草案の第六条は次のようになっていた。『キール条約第六条【財政条項】の実現に関する全てのことは、上記の諸点によって解決されたものとみなし・・・』。しかし、このデンマークの草案が前マーク全権委員とイギリス仲介者によってストックホルム会議に提出されたときに修正された。この第二次草案は1819年7月16日のデンマーク第一次草案の第六条の範囲を拡大し、その結果、いまや完全に処理されたとみなされるべきものは、単にキール条約第六条だけでなく、「キール条約一般および特にその第六条に関連して全てのこと」であるとされるに至った。条約第九条において維持されたこの変更はキール条約第六条で取り扱われた財政問題だけでなく、同条約で言及された全ての問題、従ってまたグリーンランドをデンマークに残しておく第四条の領土問題をも最終的に処理するものである。
以上より、条約の解釈にあたっては条約文による解釈を行い、その解釈の結果を補足手段から確認することとなる。また、条約の草案は古いものよりも最新のものが優先されることになる。
1.3 地名の用語の意味
上記の東グリーンランドの判例において、デンマークの行政措置等にある「グリーンランド」という用語についてグリーランド島全てを示すとするデンマークとグリーンランドの西側のみを示すとするノルウェーの解釈の対立があった。判決では当時の地理的意義により解釈しなければならないとし、この考えはキール条約中のグリーンランドの解釈等にも適用された。
Legal Status of Eastern Greenland, 1933 常設仲裁裁判所(Permanent Court of International Justice)
ノルウェーは、デンマークがその主権行使の証拠として援用する十八世紀の立法・行政措置において「グリーンランド」という言葉は、地理的意義で用いられておらず単に西岸の植民地または開拓された区域だけを意味するにすぎないと主張した。これは立証責任がノルウェーにかかる論点である。「グリーンランド」という語の地理的意義、すなわち、この島全体を指すために地図」で慣用されている名称がこの語の通常の意義とみなさなければならない。
以上より、条約中に明記された地名の解釈については条約締結時の当該地名が指し示す地理的範囲により解釈されることになる。
2.サンフランシスコ平和条約の解釈
2.1 条約本文の解釈
サンフランシスコ条約における韓国に関連する領域権原にかかわる条項は、以下のとおりである。
第一章 平和
第一条(b) 連合国は、日本国及びその領水に対する日本国民の完全な主権を承認する。(The Allied Powers recognize the full sovereignty of the Japanese people over Japan and its territorial waters.)
第二章 領域
第二条(a) 日本国は、朝鮮の独立を承認して、済洲島、巨文島及び欝陵島を含む朝鮮に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。(Japan recognizing the independence of Korea, renounces all right, title and claim to Korea, including the islands of Quelpart, Port Hamilton and Dagelet.)
また、サンフランシスコ条約に関する韓国政府の主張は以下のとおりである。
1954年9月25日
「独島(竹島)領有に関する1954年2月10日付け亜二第十五号日本外務省の覚書において日本政府がとった見解を反駁する大韓民国政府の見解」
すでに日本政府に指摘したように、SCAPIN677号にも対日講話条約にも独島領有に対する大韓民国政府の正当な主張に矛盾する条文はない。そして、この条約第一章第二条a項に関して大韓民国政府は三個の重要島嶼の列記は決して独島を韓国領有から除外しようとしたものではないとの見解をとっている。また、鬱稜島の一属島として独島がこの平和条約によって鬱稜島とともに韓国領域として承認されているという意味にも解釈される。
まず、気をつけなければならないのは「韓国には既に権原を有する」ことを前提としてSCAPIN677及びサンフランシスコ条約に矛盾はないが故に韓国領としていることである。しかしながら、例え講和条約前に竹島を占有していたとしても(当該証拠は未見)それは、違法性のあるものであり講和条約等により法的治癒がなされなければならないのはブラウンリーの指摘のとおりである(「SCAP/GHQの統治とSCAPIN」参照)。このため、韓国が竹島の権原を取得したことを証明するにはサンフランシスコ条約により法的治癒がなされたことを証明する必要がある。
さて、サンフランシスコ条約1条において、戦争状態が終了し日本はその領海を含めた日本国における完全な主権が認められたことになる。完全な主権であることから、SCAPINによって停止されていた統治も含めるものと解され、新たに竹島に関する割譲等の条項がない限り韓国政府の主張と矛盾することとなる。そして日本の権原を放棄するとした2条(a)項に竹島の文言はない。条約は締結当時における通常の意味において解釈されなければならないとの原則があることから、「鬱稜島」という用語の地理的範囲に竹島が含まれていたとの証明が必要になる。しかしながら、SCAPINにおいても鬱稜島と竹島は個別の島として別々に表記されており、1905年の編入以降行政区域も島根県であり朝鮮総督府の管轄となることはなかった。更には韓国自身が1951年3月の米国草案の「済洲島、巨文島及び欝陵島」という文言に「竹島」を挿入させることを要求しており鬱稜島の範囲に竹島を含めて認識をしていなかったことになる。なお、本来は特別な意味に使用しようとする側に立証責任があることから、鬱稜島が竹島に含まれていることの証明は韓国によってなされなければならない問題である。しかしながら、韓国は「鬱稜島とともに韓国領域として承認されているという意味にも解釈される」とするだけでその証明は何もなされていない。
また、韓国政府は後述のように、ラスク書簡や駐韓米国大使館からの文書によりサンフランシスコ条約において竹島を日本領のままとする旨の回答をもらっており、「竹島を鬱稜島に含む」と主張することは信義誠実(good faith)の原則にも違反しているように思われる。なお、ラスク書簡等は1994年に公開されたことから、それまでの韓国政府のサンフランシスコ条約の解釈が故意に基づく歪曲であったことが明らかとなった。
2.2 草案等に基づく解釈の補足
2.3.1 条約草案の変遷
サンフランシスコ条約の作成過程において、「日本の領土を規程する方式から日本が放棄する領土を規程する方式に変更された」とする主張をしばし見かけるが、これは正確ではない。当初の草案では、日本の領土、日本が放棄する領土の双方が個別に定義されていた。そのうち、日本の領土については放棄する領土以外の主権を認めるという条項を挿入することによって代替されたのである。
(作成中)
3. 既往研究や発表の検証
3.1 内藤正中氏
内藤正中氏は、日本政府のパンフレットに対して以下のように反論している。
竹島=独島問題入門 内藤正中 P60
確かにラスク書簡は韓国の主張を明確に否定した。ラスク書簡が前提にしているのは1949年12月のシーボルド提案である。それが日本側の一方的な情報にもとづき、当面するアメリカの利害にかかわる安全保障の見地からまとめられた内容であることは前述のとおりである。したがって、ラスク書簡を金科玉条にして、アメリカは竹島を日本領とみている、対日講話条約によって日本の竹島保持は確定したとする外務省の姿勢は如何なものかといわなければならないのである。日本はアメリカに期待をかけ、働きもしてきたが、アメリカは日韓両国の紛争にまきこまれたくないという態度を基本の姿勢にしてきている。竹島の領有権を決めるのは、アメリカではない以上、当然のことである。
まず、事実誤認を指摘しなければならない。「ラスク書簡は日本の一方的な情報に基づく」との断定は拙速にすぎる。なぜなら、ラスク書簡を発出する直前にアメリカは、駐米韓国大使館からも竹島に関する情報収集を行っているからである。
1951年8月3日 フェアリーからアリソン宛の書簡
In his attached memorandum, Mr. Boggs states that although he has “tried all resources in Washington” he has been unable to identify Dokdo and Parangdo, mentioned in the Korean Embassy’s note. On re-ceiving Boggs’s memo. I asked the Korean desk to find out whether anyone in the Korean Embassy officer had told him they believed Dokdo was near Ullengdo, or Takeshima Rock, and suspected that Parangdo was too. Apparently that is all Korean short of a cable to Muccio.
仮に、アメリカが日本側の錯誤の情報に基づき自国の安全保障のためサンフランシスコ条約で竹島の放棄を要求しなかったとしても権原には影響を及ぼさない。錯誤は条約の無効原因となるが、実際に無効とするには手続きが必要だからである。
ウィーン条約法条約
第65条 条約の無効若しくは終了、条約からの脱退又は条約の運用停止に関してとられる手続
1 条約の当事国は、この条約に基づき、条約に拘束されることについての自国の同意の瑕(か)疵(し)を援用する場合又は条約の有効性の否認、条約の終了、条約からの脱退若しくは条約の運用停止の根拠を援用する場合には、自国の主張を他の当事国に通告しなければならない。通告においては、条約についてとろうとする措置及びその理由を示す。
サンフランシスコ条約の締結国が竹島を放棄させなかったことが錯誤であるとして条約の無効を通知した事実は存在しておらず、サンフランシスコ条約は依然として効力を有している。
次に、日本政府のパンフレットは日本がサンフランシスコ条約で竹島を放棄していないというものであり、その証拠としてラスク書簡、ヴァンフリートの報告書を援用しているのである。既述のように国際法上、敗戦国の領土であってもその主権の移転には講和条約等による敗戦国の同意が必要となる。竹島の領有権を決定するのはアメリカではなく主権者たる日本ということになる。このため、日本が権原放棄に同意した唯一の条約であるサンフランシスコ条約において竹島が含まれていたかどうかは非常に重要である。同条約で竹島を放棄していないことから、韓国に竹島の主権を移転するには「日本が同意をもって竹島を放棄したこと」を別途証明する必要が生じるが、このような証明はなされておらず、日本領として維持されてたことが確定することになる。この国際法上の権原に対して、「アメリカが紛争に巻き込まれたくない」という話は何の関係もないし、影響も及ぼさない。アメリカは紛争の仲裁者、紛争の解決者としての役割を忌避しているのであり、「サンフランシスコ条約起草者としてサンフランシスコ条約で竹島を放棄させなかったこと」を否定したり、覆そうとしているわけではないのである。内藤氏は、領有権(権原)を紛争解決手段で否定するという過ちをおかしていることになる。国際法上の領有権(権原)の立証と紛争の解決手段(第三国の仲裁、国際司法裁判所、当時国間での協議)の選択は別問題である。