大阪市内の専門学校。
高齢者や障がい者の介護についての講座が開かれていた。
この日の授業は、目の不自由な人の生活を支援する方法。
受講生2人1組の実践形式で、講師が付きっ切りで指導にあたっていた。
<講師>
「障害者役の最後の一歩がフロアにつくときに『はい、最後です』と言ってください」
<受講生>
「はい」
<講師>
「脇をしっかりしめてください」
<受講生>
「はい」
実は、この受講生たち。
こちらの専門学校の生徒ではない。
「求職者支援制度」を利用している訓練生だ。
「求職者支援制度」は、雇用保険を受給できない失業者が職業訓練を受け安定した就職を目指すもので、おととし10月から始まった。
国に訓練機関として認定された民間業者が、無料で3か月から半年間授業を行い、国からは受講生に生活費として月10万円(一部除く)、
訓練機関には、受講生1人につき、およそ6万円の奨励金が支払われている。
介護からビジネスマナーまであらゆる訓練が行われ、昨年度の受講生は10万人、およそ467億円が支出された。
<受講生・元自営業(62)>
「ものすごく助かっています」
<受講生・元IT関係(44)>
「1社、内定もらってますけど」
<マル調>
「この講座が生きた?」
<受講生・元IT関係>
「そうですね」
職を求める人々が、新たなチャンスをつかむための助成。
一方で、制度を悪用したとされる、ある疑惑が浮上している。
大阪市内に住むAさん(20代)。
去年、「求職者支援制度」で、大阪のソフトウエア開発会社が開いた
スマートフォンのアプリのプログラミング講座を半年間受けた。
結局、Aさんは就職はおろか、アルバイト先さえ見つからなかったが、受講先の会社にはうその報告書を提出したという。
<マル調>
「この報告書は誰が書いたものですか?」
<Aさん>
「書いたのは私です」
<マル調>
「仕事(就職)したことになってますよね?」
<Aさん>
「まー、書いてるんで、そういう形になりますね」
この制度では、訓練機関が講座終了後、3か月以内に受講生から就職できたかどうかの報告を受け、「就職率」としてまとめて国に報告することが義務付けられている。
Aさんは、訓練機関の講師から頼みこまれ、うその書類を書いたというのだ。
これは、Aさんが訓練機関に提出した報告書。

Aさんは自ら「就職した」に印をつけ、就職先の社名と住所まで言われるがままに書いていた。
<Aさん>
「(講師から)『この会社名と住所を書いておいてくれたらいいよ」と言われたんで」
<マル調>
「そのまま書かれた?」
<Aさん>
「はい」
<マル調>
「ご自身は知ってる会社なんですか?」
<Aさん>
「知らない会社ですね。場所にも実際にいったこともないんで。書いたらそれで済むという話だったので、楽なほうを・・・というか、そのような感じで書いた」
うその報告書を書かされたと話すのは、Aさんだけではない。
同じ会社の講座を受けた、Bさんも知らない会社に就職したことになったという。
<Bさん>
「講師の方は『ちょっと助けてくれ』という感じで。結構、懇願に近かったので。講師と仲がよかったので、断るのもアレですし」
では、なぜ講師はうその報告書を書かせたのか。
「マル調」は、Aさんらを担当した元講師から話を聞くことができた。
元講師は「訓練機関として生き残るには、就職率をあげる必要があった」と証言した。
<元講師>
「大阪なら大阪で、訓練校として(国に)申請するときに、ほかの会社も申請するわけですよね。ここは『就職率が100パーセントだから』ということで、足きりされないということですよね。就職率が低いと申請できませんから」
複数の訓練機関が、講座の開講を継続したり、規模の拡大を希望した際、国は過去の「就職率」をもとに審査する。
選ばれた訓練機関は、生徒が増えることにより、その分、国からの奨励金を多く確保できる仕組みだ。

では、一体誰の判断でうその報告書を書かせたのだろうか?
<うその報告を書かせた 元講師>
「社長から(就職先にする)会社のリストを渡されるんです。3社から選んで『うまいこと振り分けて書いてくれ』と。この生徒は、「もしかして、(虚偽記載を)バラすかもしれないな』と言う人は、自分が社長を務める会社を書かせる」
訓練機関を検索するサイトには、この会社の就職率を100パーセントと記したものもあった。
証言が本当なら、うその実績で生徒を増やし、国の奨励金を得ていたことになる。
しかし、「マル調」が取材をすると、会社側は元講師への指示を真っ向から否定した。
「社内調査を進めているが、うその報告や指示をしたという事実は認められない」(会社側のコメント・先月27日)
双方の主張は、平行線をたどったままだ。
では、訓練機関から報告を受ける国は、どうチェックをしているのか。
取材を進めると、ずさんとも言える審査の実態が見えてきた。

失業者の再出発を支援する「求職者支援制度」。
そこで、「就職率が水増しされている」という疑惑が浮上した。
<元受講生>
「『ここに就職しましたよと書いて』と、『どことなりと書いて』と言われました」
<元講師>
「(報告書は)うそですよ、と言うことを…」
これに対し、訓練機関である、大阪の会社は「不正を指示したことはない」と真っ向から疑惑を否定している。

では、訓練機関からの報告は、どこまでチェックされているのか。
厚労省に聞いた。
<厚労省能力開発課 小野寺徳子企画官>
「受講生自身が、自らの就職について自署において確認、署名していただものを報告していただくと。自署以上に、なにか添付書類、証明書なりをつけて、それをひとつひとつチェックするというのは、なかなか難しいかなと」
つまり、チェックされるのは、受講者本人が書いた報告書1枚だけで、証明する書類の添付も必要なく、就職先への確認もない。
報告は鵜呑みにされていた。
では、何をもって「就職」と位置づけるのだろうか。
<厚労省能力開発課 小野寺徳子企画官>
「特に雇用形態とか雇用期間で何か定義しているものではなくて、基本的には労働の対価として賃金を得ている。アルバイトであっても、賃金をもらっているということと、本人が訓練を受けて就職したと報告としていれば、“就職”と認めています」
例えば、IT関係の講座を受講した人が、日雇いのティッシュ配りの
アルバイトをしても、就職としてカウントされることになる。
そして、そこからはじき出された就職率で訓練機関が選ばれ、多額の税金が注ぎ込まれているのだ。
告発した元講師の同僚も、受講生に講座のビラを配るアルバイトをさせ、就職したことにしたケースもあったという。
社会保障政策に詳しい専門家は、支援制度を巡る審査方法の甘さを指摘する。
<明治大学公共政策大学院 田中秀明教授>
「ひと言でいえば、極めてずさんな仕組みだと思います。やさしい目標のほうが厚労省にとっても、職業訓練の機関にとっても就職率が高いほうが頑張っていると評価になるわけで。あくまでも公のお金でやっているわけですから、貴重な財源を有効に使うという視点が欠けている」
先月、元講師らは国側に問題を報告し、資料を提供した。
現在、国側の調査が行われている。
<元講師>
「(うその就職)報告は今なおさせられている現状なので、実態をさらけだして、いまやられている講師の方がこれ以上、手を染めないようになっていけたらなと…」
<厚労省能力開発課 小野寺徳子企画官>
「自分の本意ではない取り扱いを受けて、問題として申告されている人がいるということは事実ですので、その点は残念です。いずれにしてもどういうことだったのか早急に確認して、改善すべきは改善しなければいけない」
求職者の再出発を支援する制度で、疑惑とともに浮上した制度の不備。
実態解明とともに、厳格なチェック体制が求められている。
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